なんか面白くない。
カナダ・エドモントンからやってきたインプロ・グループ「スクラッチ」のインプロ・ショーを観ました。彼らは、男性の2人組みで、インプロ・グループ「ラピッド・ファイアー」のメンバーでもあります。
彼らのショーは、「場所」、「物」、「好きな映画」のタイトルをもらって、3つのシーン(それぞれはまったく関連していない内容)を創り、それがコネクトしていくという「ハロルド」スタイル。
「場所」=「裁判所」
「物」=「ブーメラン」
「好きな映画」=「テルマ&ルイーズ」
グループとしては3年ぐらい一緒に活動しているそうで、安定したインプロ・パフォーマンスでした。
ただ、、、。
勇気を出して言うならば、「あんまり面白くない。」。。。
(「良かった!」と簡単に言ってしまうこともできるし、「インプロだから、いつもいいとは限らない」と割り切ってしまうこともできるけれど、それでいいんだろうか?
なんとなくでも、自分が「面白くなかった」と思えること、それを口にすることから、新しい発見ができるんじゃないだろうか?)
そんなことを考えさせられた公演でした。
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「インプロのパフォーマンスで大事なことは、いったいなんだろう?」
と考え込んでしまいました。
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昨日観たインプロ・ショー「ファンク・ラビット」も、男性2人のハロルド・スタイル。
フォーマットとしては似ています。
でも、観客としてのわたしが受けたインパクトの質がまったく違いました。
どう違ったか?
<パフォーマーについて>
「面白いことをしてやろう」と意識して(もしくは無意識にそういう根本思想のもとに)パフォーマンスをしているインプロバイザーは、どんなにアイデアが面白くても、面白くない。
と、いうか、観客としてのわたしは楽しむことができなかった。
無垢な気持ちで楽しんでパフォーマンスしているインプロバイザーのほうが面白い。
とても面白いインプロバイザーは、上記の理由+もともと持っているパフォーマーとしての「質」(才能とも言う?)を持っている。こういうインプロバイザーは、インプロ(もしくは表現活動)をやめることはない。どうしてかというと、それは「人間として空気を吸う」ことと同意味だから。
<ストーリーに関して。>
「車に乗る」「旅に出る」「忘れ物をする」などの事柄が変わっても、ストーリーにはならない。
(それをストーリーと呼ぶ人もいるけれども、それはただ時間の流れを表現しているだけで、観客を感動させることはできない)。
キース・ジョンストンは「ストーリーとは、人間関係が変化することである」と言っている。
わたしは同じことを、2つのショーを見て感じた。
1つは、人間関係の逆転や、あるキャラクターの内面の変化があったし、それによって「感情」がほとばしるインパクトのあるパフォーマンスだった。
もう1つは、場所や事実が変化したのだけれど、キャラクターは変わらなかった。だから
テレビを見終わったようなそんなインパクトが残った。何か見たけれど、何も残らない感じ。
観たけれど、観客としてのわたしの心にはまったく影響が無い感じ。テイストレス。
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これらは、トレーニングをつんだインプロバイザーでも陥りやすいポイントなんだなぁ~と感じました。
そもそも、「スクラッチ」の選んだ形式は、タグアウトやキャラクター・チェンジをものすごく沢山つかっていて、それが「ストーリーテリング」にはと~っても効果的。
お互いのアイデアをイエスアンドしていくためにも、クレバーな形式。
しかし、この形式には大きな落とし穴があったのです。それは、キャラクターの内面の変化を表現しづらいということ。
だから、観客のココロを動かすことは、この形式では難しい。
むしろ観客が理屈を考えだすことを刺激してしまう形式だったりする。。。。
これは、インプロのパフォーマンスをするためには、演出家として、観客との距離や与える効果を見極める人が必要だということも示唆しています。
自分たちが「面白い」と思っていても、それが観客にどういうインパクトを与えるのか、それを見極めなくては、ホントウに伝えたいことを伝えることは難しいでしょう。
2つの、似ているけれどもまったく違うパフォーマンスを観たことは、自分のそれを振り返るいい機会でした。
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