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November 30, 2004

仕事をさぼって、ブログなり(苦笑)

三度の飯よりお風呂が大好きなキヌガワ。
でもニュージーに帰ってくると、なぜか積極的にシャワーを浴びようと思わない。
日本だったら、家に帰ってくるなり「ああ、風呂に入りてぇ~」と思うのだけれど。

だってだって。
東京にいると、鼻毛が伸びる。
タバコのにおいが染み付いた服に「おえぇっ~」となるんだもの。

ニュージーでは、鼻毛の伸びはストップして、タバコのにおいをかぐことはあまりない。レストランでの喫煙は禁止。残念なことに、タバコを吸う若者はかなりいる。不思議なことに、ほとんどの大人はタバコを吸わない。


東京人の顔はけわしい。
「きりっ」としていて、すきが無い。
感情を抑えた目に睨まれる。

オークランド人の顔はゆるんでいる。
ニコニコしている。すきだらけ。
知らない人にでも「こんにちわぁ~」と挨拶する。

くるみと豆腐。

いずれも高たんぱく質という点では、同じだけど。


November 29, 2004

助成金獲得までの道のり。。。

気がついたら、助成金の申し込み締め切りがせまっていて、びっくり。

いつもキューキューの予算で活動しているので、助成してもらえるととても助かる。
もっと格安でワークショップがしたいし、自腹を切っての来日を、どうにかなんとかしたい。
海外からすばらしい講師やグループを日本に呼びたい。儲からないけど、インプロや演劇や芸術や、そういった方面の目からうろこ本を翻訳出版したい。。。どうしたらいい???

助成金の申し込みをするには、山盛りの資料を作成しなくてはならない。
紙の束。難しい漢字が満載だぁ~!
一文字一文字注意して読まないと、内容が頭に入ってこない文章。。。。

いやはや、そう文句を言ってもしょうがない。

嫌なことを歯をくいしばってやることで人間は成長するって、イチローも言ってたなぁ~。

めげそうな気持ちをなだめながら、書類と向き合う。

ふぅ~っ。。。(苦笑)

浮世離れしてるかもしれないけど、現実にある話し。

昨晩は、うちのダンナがプロデュースしたドキュメンタリーの完成パーティ。

関わった人たち+スタッフが、我が家に集まった。
(わたしはすり身でさつま揚げに挑戦しましたが、みごと大失敗。
やわらかすぎて、ぐちゃぐちゃになっちゃった(涙))

オークランドには、アーティストたちが集まってモデルをスケッチする会がある。そこに集まる5人のアーティストを追ったドキュメンタリーだ。ニュージーランドでは有名な人たちばかり(らしい)ので、緊張していたけど、会ったらヘンテコでオープンで率直な人たちだった。

マリーは6人の子どもをもつ農家の専業主婦だった。
ひょんなことで行った絵画教室で「あなたは才能がある」と言われ、悩んだ末に6人の子どもとダンナをおいて家を出て、画家になった。当時彼女は40歳。今ではニュージーランドを代表する画家のひとりとして活動している。「悔いはしていないわ。でも6人の子どもには悪かったと思っているの、、。」とマリーは言っていた。

40歳、6人の子持ち、農家の主婦だった女性が、国を代表する画家になったのですよ、みなさん!
人生捨てたものではありませぬ。
夢はきっとかなうに違いない。
彼女の生き方に勇気づけられたなぁ~。。。

それ以外のアーティストも個性的な人たちばかりで、わたしは生意気にもいろんな質問をして会話を楽しんだ。

「彫刻は即興の対極にあるね」彫刻家のテリーは言う。

彫刻というものはプロセスが複雑で、なんども手をかけて仕上げるかららしい。
彼の彫刻はとても面白くて、一方向から見ると「顔」にみえて、反対から見ると「全身」にみえるような不思議な作品が多い。

人間の脳は、ひとつをひとつのイメージとしてしか見ることができない(つまり、ひとつを2つのイメージで同時に認識することができない)らしい。だからグループで即興すると、あるひとつのイメージをみんなで構築していくことになる。しかし彼はひとつのものの中にいくつものイメージを見て、それを現実化しているので、人間の脳ではなかなか創れないものを現実化させているといえる。

わたし的には、すぐれたアーティストはすぐれた即興性を持っていると思っているので、テリーにしつこくたずねた。「ねぇ、でも即興で作品をつくったりするでしょ?即興性もあるはずだよねぇ~?」って。でもテリーは「決して即興はしない」と頑固に言い続けてた。う~ん、そうだろうか?なんども習作を重ねたものであっても、その筆の勢いや、ひらめきを感じたときは即興なわけで、それを失わないためには内的な即興が行われているはずだっ、、、。

わたしも頑固なので(苦笑)、アーティストの即興性について、もっと調べてみたいと思った。


明日は、義理の妹の個展が開かれる。
彼女は数年まえに「画家として生活する」と宣言した。
それまではニュージーランドで数すくない映画のカラーリングを仕事にしていた。すごく優秀な人で、ニュージーランドの映画やコマーシャルのほとんどは彼女が関わっているといって過言ではない。
しかし、ある日宣言したのだ。「もう仕事はしない。絵を描いていたい」って。

すごいなぁ~。

高給取りのカタカナ職業をあっさりやめて、食えない画家になるなんて、、。

最初はそう思っていたけれど、違うね。やりたいことをやるほうが、なによりも大事。

彼女が描きあげた作品をもって、8畳ぐらいの小さなギャラリー入りした。展示のお手伝いをさせてもらった。
並べ方ひとつで絵の印象も変わる。あ~だ、こ~だ言いながら、絵を並べ替える。

お客さんが入ってきたとして、ストーリーを考える。
まず最初に目がいく壁には、いちばん強い印象のこの絵。
そして、連作の3枚をその横に、その後、おっきなグループ群をもってくる。
ぐるりとまわった最後には、しっくり大人の女性の絵で閉める。

ギャラリーに飾られた絵を単発で見るんじゃなくて、ストーリーとして想像していくのはとても楽しかった。

きっとこんな風に、ストーリーはいろんなところにあるに違いない。

日本で大人として社会的な活動をしてきたばかりなのに、ニュージーランドではアーティストたちに会って、なんだか浮世離れしてる。

現実と夢がストーリーとしてつながっていくような、そんなことをぼんやり感じた。

しどろもどろ。

初夏のはずなのに、東京なみに寒いニュージーランドです(苦笑)。。。

今回は日本滞在が長め(5週間)だったので、ものすご~く久々に帰ってきたという感じ。
英語をしゃべるのも5週間ぶりなので、ぎこちない。
ダンナとも久々の再会なのに、英語がしどろもどろで変に無口になってしまった。

英語が身についたと思うと日本へ帰国。
日本語を楽しんでいるとたちまち英語の生活へ。
この繰り返しなので、さぞかし脳みそもフル活動していることだろう。

がんばれ我が脳みそ。

ぼけてる場合じゃないぞっ!

なんだかんだ言って、1週間たったら日本へまた帰国だ。


November 26, 2004

ひらめき。

「直感を信じる」

最近よく聞かれる言葉だけれど、「直感」って、いったいなんだろう?

「直感」って、ひらめくこと。
だから、時間をかけてよく考えたから出てくるとは限らない。
ひらめきはある日突然やってくる。
わたしたちはそれをコントロールすることができない。

なんだか、神秘的だなぁ~。。。。

それゆえ、意味が分からないのに、なんとなく使っている人もいるように思える。「インプロはひらめきが大事だ!」とか「わたしは直感人間なんです」とか、ザッパリと言い切ってしまう人たちの一体何人が、「ひらめき」や「直感」の正体を知っているだろうか?

さて「直感」は右脳からやってくる。左脳を使っているときは「直感」が働かないらしい。

そして、人間がひらめくためには、4つのプロセスがあるという。
(吉永良正著『ひらめきはどこから来るのか』草思社より)
1) 考えて考えて考え抜く時期
2) 考えすぎて、壁につきあたる
3) ホケ~っと忘れる
4) 関係ない活動をする。
→ある日突然、ひらめく!

つまり、考えるだけでは直感は働かないらしい。考えが「浅い」のもダメ。しかも考えているだけじゃなくて、身体を動かすことも大事らしい。そして、自分の考えを「手放す」こと。

面白い例がある。
ゲルマンというシカゴ大学の研究者は、講演で間違えた数字を言ってしまったことで、新しい方程式を発見した。口がすべっていい間違えた数字。この数字が、すべてを解決する方程式を導いてしまったのだ。

このように、直感はひょんなことから現われる。予想ができないし、コントロールできない。

これを上手につかむには、日ごろから開いた心と身体が必要なんじゃないかと思えてきた。
突然あらわれるんだから、うかうかしてられない。柔軟性がないと受け取れない。

「ひらめく」ためには、いつでも即興で生きることが大事だ。

November 25, 2004

誰にでも喜ばれて、めっちゃ楽しいことが特徴。

「ほぼ日イトイ新聞」のなりたちを読んで、とても勇気付けられた。

ご存知の方も多いと思うし、このブログでも最初のほうで紹介したけれど、「ほぼ日イトイ新聞」は(いまや)アクセス3万人という、ものすごい人気のあるホームページだ。

流行の最先端を走っていたイトイさんが追求したプロセスは、「自分が本当にやりたいこと」だった。
きっぱりとそれをやり通した過程がとても面白かった。わたしもイトイさんと同じように(と言い切るにはおこがましいけれど)、今まで誰もやっていなかった、新しい道を見つけようとしているから。

「どうしてそれをやりたいか」

これがはっきりしてさえいれば、「どうしたらいいか」は自然に見えてくる。反対に動機が深くないと、「どうしたらいいか」ばかりを考えて、目先の利益を得ようとしてしまうか、誰かがすでにやったことを無意識に選んでしまう。これだと、一向に成長はない。同じ水槽の中をぐるぐる回るマグロのように。

自分がなぜこれをやりたいのか。これはきっと、ものすごく個人的なものに違いない。自分が信じていること。これは綺麗ごとではすまされない。誰になんと言われようと、どうしてもそう信じている何か。それをどうしても達成したいがために、人間は生きている。ほとんどの人はそこまで追及しないけど、気がついている人たちは、すでにそういうレベルで仕事をしている。そういうレベルの人たちが作り出した新しい道は、誰もに喜ばれて、めっちゃ楽しいのが特徴だ。

November 23, 2004

反省と挑戦

ひたちなか市でインプロの公演とワークショップをやった。主催してくださった方々は、インプロにとても興味をもってくださっている。ありがたいことだ。来年からなにか一緒にできるといいなと検討中。お互い相思相愛なのだけれど、「いったい何ができるか?」を明確にしないと、ただの「思い込み」になってしまうので、気をつけなくてはならない。

ワークショップでは中学生から大人(50代)まで幅広く集まってくれた。中学生の男の子たちがファッショナブルでびっくり!着ているものも、髪型も、すごくおしゃれ!最近の中学生は進んでるなぁ~(苦笑)。中学生が伸び伸びと表現している傍ら、大人の不自由さが、ちょっと気にかかった。すごくマジメに取り組んでくれている。そういうくせがついている。それは悪いことじゃないんだけど、もっと柔らかな心持ちがあると、もっと楽なのに。マジメになりすぎると、「楽しいかどうか」を感じる気持ちがなくなっちゃうから。。。もっと「気楽に」楽しんでほしいなぁ~。。。。

ここでのワークショップは初めてだったので、いろいろなニーズの人たちが集まった。中には「なにをさせられるのか分からない」という人もおられたようだった。加えて「マジメに勉強しよう」と構えておられた人もおられた。こういう方々に、キヌガワ流のメッセージを伝えるのはとても難しい。繊細に取り組まないといけない。でないと、伝わらないから。。。

正直言って、今回はかなり惨敗だった。最初から、どの言葉が参加者に響くだろうか?と伺いながら進めたけれど、「これだっ!」という響きを引き出せないうちに終わってしまったように思う。いかんせん、中学生と大人のニーズはぜんぜん違う。最後の感想では、大人が楽しめた瞬間と、中学生たちが好きだったゲーム、その中間層の好きだったことがぜんぜん違っていた。このことからも今回は、焦点がしぼりきれなかったといえるだろう。

両者の心を引き合わせ、新しいものと出会ってもらう。

今思うと、そういう仕掛けが提案できたのではないかとも思う。

ワークショップはいつも反省と挑戦のくりかえしだなぁ~。

November 22, 2004

ノンシャランと。

気持ちのいい秋晴れ。
東京でのワークショップが無事終了しました。参加者のみなさま、ありがとうございました!
昨晩はみんなと打ち上げしたこともあって、今日はちょっとヘロヘロしてます(苦笑)。。。

どこでもいつでもワークをやると大きな発見や感動があって、今はそれによる満腹状態。これをなんとかアウトプットしなくちゃなぁ~。

今わたしは「指導できる人を育成したい」という気持ちマンマン。自分が得たものを早くみんなに伝授していきたい。でないと間に合わないかもしれない、、、。なんか変なんですが、人生がすごく短く感じる、、、。

いい具合に、わたしが必要としている人や事柄が、自然にわたしの目の前に現われてきてるみたい。なので、その流れにのっていくことにいたしましょう。

ノンシャランに。

November 20, 2004

視点を変えると、風景は二度美味しい。。。

インプロ・ワークショップを指導する人のための講演をした。
講演というと偉そう(?)だけど、簡単に言えば、「キヌガワが体験談をくっちゃべる会」だ(苦笑)。

講演と言っておきながら、暴露してしまうと、わたしは「講演会」というものにほとんど行ったことがない。だから一般的な講演会というものがどういうものなのか分からないのだ。逆に言えば、だから面白いことができる可能性を秘めているとも言える。

普段はみんなと一緒に(心も身体も)動いているので、直感がピンピン働いて感度良好なんだけど、座って話しをすると、頭の回路が変わるみたい。できるだけ動いている状態をイメージしながら話しを進めた。

わたしがやっていることを話すなんて、なんの価値もないと思っていた。誰でも知っていることだと思ったし、別に大してすごくない。しかしある日、若い人たちにちょっとだけワークをリードするコツを話したら、「え~、すごい、そういうことだったのかぁ~」って反応が返ってきた。「え、こんなんでも役に立つ???」思った以上に大きなリアクションに驚いた。

そういえば(わたしが最初にインプロを習ったオーストラリアの先生)リン先生から、初めて教えについて伺ったとき、とても驚いたことがある。変な話だけれど、わたしは、「自分は”教える”という視点で、物事を考えたことが、いまだかつて無かった」ということに驚いたのだ。つまり、「教えるなんてちょちょいのちょい!」と思い込んでいたのは、じつは習う側からの視点であって、「教える」という立場になると、その視点がガラリと180度変わっていくのだ。その風景、その眺めは思っていた以上に、ほんと~に、違ったものだった。

自分の体験を思い返して、今の若い人たちの視点になってみる。昔の自分の視点を思い出して。

キヌガワには、これが必要ですね。


そうそう。
この講演で話したことは、なんらかの形でみなさんに発表しようと思っています。

(そうだよね、Kさん!=協力お願いしまーす!)

November 19, 2004

理想のインプロ・コミュニティ

どうやったら、インプロのコミュニティがもっと健康的に活性化するかを考えた。人生は短いので、自分が生きているうちに、インプロが面白いことになっていって欲しいと思うからだ。(すごく傲慢な考え方かもしれないけど。。。)

今、点で活動している人たちが、情報交換したり交流できる場づくり。刺激しあい高めあい、協力できたらいいなぁ~。きちんと教えられる人がいるのであれば、わたしが開拓してきたワークショップ分野を人にまかせてもいいと思っているし、ワークショップやショーのノウハウを、人に提供したいとも思っている。プレーヤーとしては、トップのインプロバイザーたちと、気軽にセッションできる場があるといいし、若いインプロバイザーと一緒にプレイすることで伝えられること、感じあえることがあるに違いない。

どうやったら、そういう場が作れるのだろう???

まずその場は、一部の人の営利目的だと難しい。その人、もしくはそのカンパニーの宣伝のために使われてしまうと、目的が違ってしまう。また、それぞれが自主的であり、かつ平等の役割を担えることが大事。それぞれの人が意見を言えて、それを反映できる場。もちろん意見がまとまらないこともあるかもしれないけど、ベースの部分では理解しあっている人たちが同意のもとで集まっている場。。。。

きっと、わたしが手を上げたのでは難しいと思う。

私を嫌っている人もいるだろうからなぁ~(苦笑)。。。

「え~、キヌガワがやるなら、わたしはやらない!って人が出てきそう、、(涙)」

まとめ役には、もっと人格者がふさわしい。
こころが広くて、平等で公平な人。せこくない人。
自分の営利を優先しない人。
そこになら、個性的なそれぞれのグループが集まる。考え方は違っても、インプロということでつながれる人たちに違いない。

そんな集まりができたら、それこそ「全国インプロ・フェスティバル」が開けると思うのだ。


今はまだまだ、それぞれのグループが「ぐぅ~っ」と拳骨をにぎりしめてがんばっている時期。(がんばらなくては”ならない”時期かもしれないし)。いつかその手が「ふわあ~っ」と開いていけるようになったら、自然とインプロをまとめていく人格者が現われるに違いない。

そんな漠然とした見通しができたら、「すっ」とココロが静まった。

あせらなくても大丈夫。時間がきっと、私たちを成長させてくれるし、すべての問題を解決してくれるだろう。

なんか他力本願だけどねぇ~。(苦笑)

November 18, 2004

答えは自分が知っている。

コーチングを学んでいる人のためのインプロ・ワークショップ・経験者クラスをやった。

何度も言うようだけど(苦笑)、コーチングの人って不思議。
ネクタイしてスーツ着て、パンプスはいて口紅つけて、名刺交換もちゃんとできるちゃんとした大人なのに、視界が開けている。ちゃんと人の話を聞くことができる。おまけに自分の気持ちをきちんと見つめる目をもっている。(あらあら、キヌガワがもっている大人への偏見が暴露されてしまいました、、、冷や汗。)

ワークショップの感想も普通の大人と違う。「わたしはこんな気づきがあった」とか「まだ頭で考えている自分がいるのに気がついた」など、前向き+冷静に起こったことを見つめることができる人が多い。しかも、子どもみたいに遊ぶセンスもある。う~ん、すごい。ネクタイしてスーツ着て、パンプスはいて口紅つけている大人がこんなに魅力的でオープンなんて、、、。このようにコーチングの人たちは、わたしが思っている大人の概念をボロボロと崩してくれている。

おもしろ~い!!

コーチングの人たちとお付き合いする度に、インプロを、どうコーチングに活かせるかが見えてくる。そのためにはた~くさんの想像力を使う。頭をフル回転させる。その作業がとてもスリリングで楽しい。いつか、このことについて、まとまったものが書けたらいいなぁ~。

今日は、子どもたちにインプロのワークショップをやっているIさんとお会いして、久々にゆっくりとお話しした。Iさんは、ココロの底から子どもたちとの共同作業を楽しんでいるみたい。「こういうことをやっていきたい」という気持ちが伝わってくる。物語づくりや想像力を使うこと、それをお芝居として演じることは、子どもの成長にとってと~っても大事。それをつくづく感じる。わたしは、Iさんみたいに健康的な志を持った人を、できるかぎり応援したいと思った。

そのためにキヌガワができること。
それは「なぜインプロが、なぜ演劇が、なぜ物語づくりが大事なのか?」ということを言語化することだ。

「なんとなく楽しいから」
「なんとなくコミュニケーションできるから」
「なんとなく元気になるから」

こういう理由じゃあ、世の中すべての人は納得できない。
たしかに、楽しいし、コミュニケーション能力が高まるし、元気になるんだけど、こういう理由で、ワークショップでお金をとっちゃいけませんぜ、ダンナ(苦笑)。

やっている人たちは面白さが分かるけど、そうじゃない人、これから出会えるかもしれない人たちがたっくさ~んいるんだから。その人たちと出会うためには、こちらがもっと勉強しなくてはならない。

(余談ですが、世の中には”なんちゃってインプロ”という呼び名があるらしい。”なんちゃって”とはぐらかしてインプロのワークショップをしている人や、そのインプロのことなんだって。インプロバイザーさんたち、そんな風に言われないように、きちんとワークやろうね。こんな不名誉な名前は飛んでいけぇ!)


「分かってくれる人が少ないから」

ではなくて

「分かってもらえるように努力しよう」。


人とワークをすることで、人と話しをすることで、自分の役割が見えてきたように思えた。


答えは自分の中にあって、すでに動き出している。

November 17, 2004

「蹴りたい背中」を読む。

商売人の家庭で育ったからだろうか?

わたしは、「人に必要とされる」ことが大きな喜び。
必要とされるのであれば、(それこそ犬のように)一生懸命その人に喜んでもらえるようにがんばる。

反対に、「人に必要とされていない」ことを感じると、と~っても悲しい気持ちになる。自分の存在価値がない=生きてる価値がない。みたいな気持ちになる。

昔のキヌガワの傾向
「自分が仲間に入れてもらっていないグループがある」→「もりあがっているみたいだ、、、と横目で見る」→「どうして自分は仲間に入れてもらえないのか?」→「みんなはわたしを必要としていないからに違いない」→「悲しい」→「わたしは用なし人間、、、」と、思い込んでしまう。このように昔はささいなことで落ち込んでいたキヌガワだけど、最近は自分の落ち込みと仲良くつきあえるようになってきた。実際、誰からも必要とされなくても自分は自分。「生きているだけで丸儲け」なのだ。人生は楽しむためにあるから。

さて、ここのところ、芥川賞受賞作品を読みあさっている。

すばらしくてびっくりして関心したのは、綿矢りさ著「蹴りたい背中」。

主人公のココロの動きをするどく、かつ新鮮に描いている。(著者はなんとこのとき19歳!すごいなぁ~)自分ではとても分析できない、表現しきれないココロの微妙な感じが文章になっている。

この本を読んだとき、主人公が「はっ」と、自分に気がついていくのと同じ速度で、わたしも「はっ」と自分に気がついたような気がした。

人生はミルフィーユみたいに、何層ものカスタードクリームでできているみたい。味わい深い。

November 15, 2004

逆三角、ピラミッド。

ある企業に勤めているAさんと、集団のあり方について話をした。

「これからわたしたちは、どういうグループづくりをしたらいんだろう?」

「どういう活動形体をとったらいいんだろう?」

「他のインプログループと、どう協力しあったらいんだろう?」

そんなことを相談した。

インプロが日本に上陸して約10年。じょじょに広がりつつあるけれど、この先10年20年を見据えた展望が必要だ。しかもそれは健康的であること。みんなが納得して、幸せになれる形体であること

まず言えるのは、従来の会社のような組織づくりではダメだということ。

ひとりが頂点にいて、裾野が広がっているピラミッド型では、下の人たちが規則にしばられて自由に活動できないばかりでなく、トップがいなくては機能しないという弱点がある。ひとりひとりがもっと自立して、もっと創造的でいられて、しかも「心意気」を共有している組織づくりのためには、どうしたらいいんだろう?

ちなみに、お恥ずかしながら、わたしは就職したことが一回もない。
つまりわたしは、「社会人になれなかった女」である。

こんな女がいったい何を考えられるというんだろう???

ちょっとやけっぱちになったわたしは、ふざけた気持ち半分でこういった。

「そうだ、これからは”逆ピラミッド”だぁ~!」

社会人Aさんの顔色が変わった、、、。

さらにふざけてキヌガワ「社長が一番下っぱ。そして部下が広がるようにして、自由に活動するってのはどう?」

企業のコンセプトを実現化するために教育プランをつくっているAさんがこういった。

「ユリさん、じつは、その通りなんです、、、」。

「へっ???」

なんと、逆ピラミッド形の組織づくりは、ビジネス界で有名な人が、すでに提唱しているもので、ベストセラーにもなっているらしい。。。

勉強不足とはいえ(苦笑)、ビジネス界で有名な人と、同じ考えだったなんて、すごいじゃん、わたしって。と有頂天になる。

有頂天ついでに、来年からは、ほんとうに逆ピラミッド形の集団づくりを目指そうかなぁ~。。。

コマネチっつ!


調布のほとけさま。

昨日は「イエローマン・グループ」の公演で、初めて調布に行った。

調布の人たちって、なんだかニコニコしてる!

ゆとりがある歩き方をしてる人が多くて、生活を楽しんでいる感じが伝わってくる。子どもたちもなんだかおっとりしている感じ。

お天気が良かったから?

日曜日だったから?

それとも調布の人たちは、いつもこんな風に幸せそうなのだろうか???

普段とりたてて知らない人の笑顔に感動することはないのだけれど、特にすてきな笑顔だったのは、駅前のミネ薬局の薬剤師のおじさん!まるで仏さまみたい!混んでいる店内で、ニコニコ微笑んで、目がキラキラ。そしておじいちゃんやおばあちゃんたちに「最近どんな具合ですかぁ~?」とか「この薬はね~」とか丁寧に話しかけている。なんか、久々に「こころから人と接している人」を見たなぁ~。

イエローマンの公演は、いつもながら楽しくて。

前のほうに座っていた低学年の子どもたちの大興奮ぶりが可愛くて、ついつい客席に入って芝居するシーンが多くなってしまいました(苦笑)。。。

一般売りもしていたので、インプロワークスのスタッフにも、わたしのパフォーマーぶりを見てもらえて良かったです。

November 14, 2004

「シアターゲーム」体験記

先週の土曜日の「即興を遊ぼう会」は、札幌で「シアターゲーム」を教えている大野さんをお招きした。

「シアターゲーム」の考案者・ヴィオラ・スポーリンの考案した理論やゲームを紹介してもらうという趣向。「シアターゲーム」を体験したい!というわたしの我がまま企画でもある(苦笑)。

さて、ヴィオラ・スポーリンはキース・ジョンストンよりも前の世代で、演劇のトレーニングとして即興のゲームを考案した人。「シアターゲーム」は、アメリカ・カナダなど英語圏の演劇専門書店に必ず置いてあるロングセラー。今まで日本に紹介されなかったのが不思議なくらいベーシックなトレーニングだ。来年(今年?)、大野さんの手によって、この本が出版されることになる。

さて、大野さんのワークショップ。
20人を越える大人数の参加(定員オーバー!)そして「即興を遊ぼう会」ワーク・リーダー陣も全員集まった。初めての人~熟練者まで、ごっちゃのグループに、その日札幌から駆けつけた大野さんはなかなか戸惑われたみたいだった。

まず「スポーリン・ゲーム」とは何か?との説明から入って、ゆっくりと「身体で感じる」トレーニングをする。こうやって自分とゆっくり向き合って感覚を味わう作業は久しぶり。嬉しくなる。わたしはこういうトレーニングになると、周りを忘れて突っ走ってしまう傾向があるので、周りがおとなしいことにちょっとフラストレーションを感じる。しかし大野さんのリードが「ゆっくり・あせらないで」とわたしにブレーキをかける。自分のスピードと違うリードが新鮮。

とにかく「身体のいろいろな部分で感じる」ことを何度もやる。その後グループで、「空間をシェアーしながら動く」。わたしは(どちらかというと)すき間を見つけて、そこをすり抜けていくことのほうが得意なので、、空間を分け合う感じが新鮮。空間を分け合うという「やさしい考え方」にスポーリンの方向性が感じられる。こういうトレーニングは演劇人やインプロバイザーにとても大事!しかも、じっくり時間をかけてやるべきものなので、今回の3時間じゃあ短すぎる!

無対象のものを触ることでシーンを展開するゲームを、かなりの時間をかけて行う。みな最初は戸惑ってるみたい。今までのアプローチと違うからだ。インプロでシーンをつくるとき「いかに言葉に頼っているか。イメージや身体で表現できることを、いかに信用していないか」が如実に現われる。インプロはアメリカ文化の影響をもろに受けて、言葉に頼りすぎなので、これからは身体を使っての表現をしっかりやれるように指導したほうがいいなぁ~と感じる。

キヌガワの我がままリクエストで(苦笑)、ワークが終わったあと、追加クラスをやる。

これはぐっと人数を減らしてもらって、経験者のみに参加してもらった。その前のクラスで、ものを触ってシーンをつくるということが腑に落ちなかったので、もう一回やってもらう。見たりやったりしていくうちに、だんだんみんながはっきりしていくるのが分かる。それぞれが意見を言って、いったい今わたしたちが経験したことは何だったのかを話し合う。少人数だったし経験者ばかりだったので、けっこうコアな話しができた。

その後、宴会。「シアターゲーム」や「インプロ」の将来のことについて、「ワークショップ」というものについてガヤガヤしゃべる。

その後、大野さんはうちに泊まってもらったので、ず~っとワークの話しができた。次の日、駅で別れるまで(苦笑)。。。

大野さん的には、今後の興味がまたゆっくりと変わりつつあるらしい。面白い人たちの活動や、興味深い本たちを紹介してもらう。「アウグスト・ボワールという人の活動がすばらしい!」と言うので、本の題名を聞いてみたら、あらあら、わたしが今読んでいる本の一冊だった。英語の本だったので、日本語発音の著者の名前がぴんと来なかったのだ。わたしたち、本の好みが似ているねぇ~と関心する。

今回はあっという間の滞在だったので、次回は「じっくり時間をかけて体験する」ワークを企画したいと思う。

その方が実践に生かせると思う。

November 13, 2004

名前をレイプしないで!

お茶の水駅の近くに「ミロ」という、いまどき珍しい「純喫茶」がある。
レースがかかったソファーと四角いテーブル。卓上のメニューが置いてあって、コーヒーとサンドウィッチを出すお店。ウエイターさんは白いシャツに蝶ネクタイ。

この「純喫茶」という言葉には、いろいろな遍歴がある。

昔、コーヒーを飲ませる店をカフぇと言った。
美人さんが給仕するようになると人気がでてきたが、ちょっと「いやらしいお店」という印象がつくようになった。そこで、純粋にコーヒーを飲ませるお店は「喫茶」と呼ばれるようになった。しかし、風俗業界が「○○喫茶」と名づけて、そういうお店を出すようになったので(「ノーパン喫茶」とか)、またまた「エッチな」イメージがついてしまった。そこで風俗のお店と違うのだということで、純粋にコーヒーを飲ませるお店は、「純喫茶」という名前で呼ばれるようになったそうだ。

それにしても「純喫茶」って、ちょっとエッチな感じしません?

「純喫茶」としてはこう言いたいに違いない。
「ちょいとみなさん、わたしはノーパン喫茶とは違うのよ。一緒にしないでよぉ~。ちゃんとコーヒー出すし、健全なのよぉ~」と。

しかし悲しいかな。
一度とりついたノーパンのイメージは消すことができないのだ。
「純」のひと文字を入れたとしてもね、、、、(涙)。。。

レイプされた名前たち。かわいそう。。。。

November 12, 2004

モチベーションある夢はきっと叶う!

コーチングを学んでいる人のためのインプロ・ワークショップをした。

わたしはコーチングのプロではないけれど、コーチングのプロから「ユリさん、インプロはコーチングにすんごく活かせますから、ぜひワークをやってください」と言われたのがきっかけ。

いつもながら「え、わたしでいいの?」という不安が半分、「よっ、面白そう!」が半分。

コーチングのプロからコーチングを伝授してもらいながら、インプロがいかにコーチングの人たちに活かせるかを具体的に考えてみる。そしてプログラムを作った。

ワーク当日。
考えていたゲームから始めたけれど、参加者の雰囲気を感じて、新しいゲームをいくつか思いつく。わたしはこういうときの自分の直感を信じているので、迷い無く試してみた。「やっぱり!」。みなさんが、それぞれ腑に落ちていくのが分かる。

コーチングを学んでいる人、コーチングのプロの人は、きちんとトレーニングを受けているので、自分や他人のココロの動きについてよく知っているし、普通の人より自覚している。だからフィードバックも具体的で、的をついているものが多かった。そういう意味で、わたしはとても楽しく、かつ充実した時間を過ごすことができた。

今日は「即興を遊ぼう会」制作グループと久々に会って、打ち合わせ。
みんなの近況を聞くとともに、会に対する思いを語ってもらった。「なぜ自分はこれをやりたいのか」「なにをどうしたいのか」がはっきりしている人たちなので、コーチングの人たちとのワークのように充実した時間を過ごすことができた。

どんな人でも、モチベーションがはっきりしている人と話すのは楽しい。

相手のモチベーションを満足させるためにはどうしたらいいか?と考えると、インプロを使ったいろんなアイデアが出てくる。「これをやりたいんだけど、どうしたらいい?」と聞かれるので、なんとか自分の中から新しいアイデアを引っ張りだす。そのおかげで、自分の潜在能力が引き出される感じがする。

実際、モチベーションがはっきりすれば対外の夢はかなうと思う。

しかし反面、「何がしたいのか分からない」という人から相談を受けると、どういうコメントをしたらいいか分からなくなる。愚痴を聞いたり、カウンセリングまがいのことはできるけど、わたしじゃ頼りにならないよん(苦笑)。
そういうことがしたいのなら、わたしじゃなくて、もっとふさわしい人がいるに違いない。わたしのところに来なくてもいいんじゃない???って思ってしまう。

ああ、こんなこと書くと、友達なくすかなぁ~。。。なんて身勝手なんだろう、わたしって(苦笑)!

[ひとりでできるインプロゲーム]その2

今日のテーマは好奇心。

大人になると「これはこういうものだ」。という固定概念でものを見がち。
これだと、刺激がないので脳は活性化しないし、人間的感情にかけていきます。

「生活に慣れないで、子どものような新鮮な目でものを見ること」。
これによって、脳は刺激されて活性化します。脳が活き活きすると、元気はつらつで、ものごとに柔軟に対応できるようになります。

とは言っても、毎日同じようなことの繰り返しでは「物事を新鮮に見る」ことはとても難しいかも。

ということで、今日のゲーム。

タイトル:名づけて名づけてゲーム!

1)まず、今、目の前にあって、目に見えるものの名前を言います(1分間)。
 (たとえば、机、ポット、ビール、みかん、パソコン、ノートなど)。
 
自分で物を選ばないで、今、目に見えているものをすばやく次々と。「え~っと」となかなか言葉が出ないときもありますが、あせらないで言葉にしていきます。

2)次に、今見えるものを、見えている印象からイメージして、本来とは違う名前で言います(1~2分間)。
  (たとえば、机=小さな船、ポット=ちいさいお地蔵さん、ビール=鉄アレイ、みかん=目玉おやじ大集合など)

遊びごころをもって、次々に言います。あまり迷わないで、想像することを楽しみます。浮かんだ自分のアイデアを「これはいいアイデア、これは良くないアイデア」と決め付けないでください。流れ出てくるイメージを大事にします。

いろんなイメージがわきましたか?思わず飛び出した自分のアイデアに「プフフっ」と笑えるとベストです。

3)今、イメージしたものを、もともとの名前で呼びます(1分間)。
  (たとえば、机、ポット、ビール、みかん、パソコン、ノートなど)

4)さあフィードバックです。

最初に物の名前を言ったときと、3)で物の名前を言ったときでは、心持ちに違いがありますか?
その物がよりはっきり見えたり、より個性的に見えたり、親しみを感じたりしましたか?
それともあまり変わらなかったでしょうか?

<ポイント>

このゲームはめっちゃ単純です。でも不思議。このゲームをすると、ありきたりのものが輝いて見える」。新しい視点でものを見ることで、「これはこういうものだ」と決め付けている自分の固定観念がを崩すのです。誰にでも好奇心はあります!自分の”好奇心のゆれ”を感じてもらえたらいいなぁ~。


November 10, 2004

「ひとりでできるインプロゲーム」その1

「ひとりでやるインプロゲーム」とか「5分でできるインプロゲーム」の企画を考えてます。(注:同業者の方、まねしないでね。(苦笑))

いくつもゲームがあるので、ここでいっちょ紹介していきたいと思います。

今日は身体編・その1

タイトル:マルとバッテン

やりかた:座ってでも立っていてもOK。

1)右手で、空中にマルを書きます。大きく、小さく、早く、ゆっくりと。

2)左手で、空中にバッテンを書きます。大きく、小さく、早く、ゆっくりと。

3)さあ、右手と左手、同時に動かして見ましょう!できるかな?

4)右手と左手、マルとバッテンを交代してやってみましょう!

<バリエーション・その1・かんたん編>

1)左足で、空中にマルを書きます。

2)右手で、空中に自分の名前を書きます。

3)左足と右手、同時に動かします。できるかな?

4)右足と左手でやってみましょう。

<バリエーション・その2・てごわい編>

1)右足で、空中にマルを書きます。

2)右手で、空中に自分の名前を書きます。

3)右足と右手、同時に動かしてみましょう!できるかな?

4)左足と左手でやってみましょう。

ポイント

楽しんでやるのことが一番大事!
脳は「楽しいことは理解するし、身につける」けど、「楽しくないことは理解しない=情報として取り入れない」という特徴があるんです。だから、なにごとも楽しんでやるのが大事!

それから、これは「できた、できない」は、あんまり重要ではありません。むしろ、「普段やらないことをやってみる」ということが重要。それによって、脳が活性化しますので、元気に前向きな気持ちになれます。

楽しんでトライしてみてね!

ハラホレヒレハレを伝授します。

予感の朝。
いろいろなことが終わり、いろいろなことが始まろうとしている。

昨日は「インプロを教えられる指導者」のための指導をした(ややこしいネーミング(苦笑))。

わたしは「教え方」について特別教えを受けたことがない。みようみまね。自力でここまでやってきた。いわば野生児のサル。自分に「教わった」という経験がないので、自分がやっていることをどう人に伝授したらいいか、なかなかイメージできない。

そういえば、海外の先生たちも「教えるノウハウを教える」ということは無かったっけ。純粋にインプロを教わった生徒たちの中から「やりたい」と思う人が始めて、その中から「ふさわしい」人たちが残っていく。

さて。そのややこしいネーミングのワーク。
今までやったことのない形式でのワークをやってみた。いつものワークショップでは、参加者がスムーズに感じられるような配慮をしているので、途中で余計なストップがない。しかしここでは、そういうときの「とっさのキヌガワの工夫」を、止めながらみんなに伝授してみた。一般の参加者がおられたら、これはなかなかできないことなんだけど、全員がインプロ体験者で、これから指導をしていきたい人たちということだったので、思い切ってやってみたのだ。

みんな「へぇ~」「ほぉ~」「ははぁ~」って。
人は関心するとき、「はひふへほ」をよく使うらしい。

これに関しては、最近ここで書いているように「現実に役立つワークじゃなきゃ意味が無い!」ということを踏まえて、
<わたしの講義+彼らの実践+フィードバック+実践>を繰り返して実現させていけたらいいなと思っている。このプログラムはただいま実験中でもあり、しっかりしたやり方が見えてきたら、みなさんともシェアーしたいと思っています。

ああ、人生は短い。
「もっと教えられる人が増えたら、キヌガワ楽できるなぁ~」というもくろみもある(苦笑)。幸い、「もっと知りたい!」と言ってくれる人たちもいる。

自分が学んだいろんなこと(秘伝)を自分ひとりで抱えていないで、み~んなにあげちゃおうかなぁ?
そんな気持ちがムラムラと沸いてきた。

なんてったって10年でっせ(苦笑)。しょうもなくても、けっこう具だくさん(苦笑)。これをみんなに伝授してしまったら、すっからかんの自分になっちゃうなぁ~。それはちょっと心もとないなぁ。けれど、もしそうなれたら、<ピッカピカの新しいもの>が自分に入ってくるんじゃないかな?

それって人生を何倍も生きているってことになるんじゃないか?

昨日のワークで、今までだれにも教えていなかった秘伝をしゃべったとき、ある種の開放感があった。今まで秘めていたものが、ハラヒレホレハレと飛んでいった。ココロが軽くなった。

飛んでいったハラホレヒレハレは、「自分が発見したもの」「体験で得たアイデア」。それは使っていくことで「手がかり」になり「自信」になり「こだわり」になる。それは悪いことじゃない。しかし注意!長年握り締めていると発酵する!そしてそれは、「教える側のヨロイ」と化すのだ!こわいですねぇ~。

(けっこう自分って重かったんだな。まだまだ開けるぜ。と反省)

重い自分をスリムにするべく、今まで学んできたもの、みなさんに伝授しまっせ!

注:いらなかったら、ゴミ箱にすてて可(苦笑)

November 09, 2004

やわらかい頭

ワークショップとは「その場だけ楽しい場」であり「現実逃避の場」ではない。「現実に役立つ場」であることが大事だ。

ワークショップだけじゃない、演劇など芸術も、勉強も、仕事も。

「現実に役立たない場」は、沼みたいに水が滞る。流れがないので、水が腐ってしまう。そしてそれは、意外にも心地よかったりする。だから、たくさんの人がそこで滞る。

「ワークショップ・おたく」という言葉がある。いろんなワークショップ(もしくはひとつのワークショップ)を受け続けるだけで満足している人たち。こういう人たちが集まっている場は、水が腐る可能性が大きい。わたしが10代だった大昔(苦笑)、ある演劇のメソッドのワークショップに行ったら、そんな人たちがうじゃうじゃいた。役者になるために勉強してるのに、ワークショップでやった内容をマスターすることにエネルギーを費やしすぎている(費やすのは悪いことじゃないけどね)。だから現実的=役者として活動するということが視野にはいっていない。その演劇クラスを受けるためにバイトして、何十年もクラスを受け続けて、役者になるという目的を忘れてしまった人たち。「危険だなぁ~」とそのとき思った。

さて、その反面。
「現実に役立たない場」に見えるけど、本当は「現実にめっちゃ役立つ場」というものもある。たとえば、ピカソの絵。「これのどこが現実の役にたつんじゃい!」と思う人もいるかもしれない。けど、人によっては(わたしなんかは)、ピカソの絵を見るとめっちゃ元気になるし、エネルギーもらえるし、今でも人生の先輩としてすばらしいエールを送ってくれているように思う。長新太さんの絵本も、岡本太郎さんの太陽の塔も、ビギンの唄も。

昨日はコーチングの人とワークショップの打ち合わせをする。「コーチングとはなんぞや?」の教えを受けつつ、「現実的で役立つワークショップに改善していこう」といろいろと話し合った。それから将来のビジョンについて。

いろいろ話した結果、やれインプロだの、やれコーチングだのと考えるだけじゃなく「人々の役にたつものを提供すること」を一番大事なじくとして考えるのが大事だと至った。

「インプロ」自体をセールスするんじゃない。「人の役にたつこと」を提供するのだ。それが(たまたま)わたしの場合、インプロだったわけ。そういう「じく」を大事にしていかないと、この消費社会。生存競争。ああ、東京砂漠(古い?)。見失ってしまうことも多いわけ。

今日は、いろんな人たちと会って話しをすることでそれが再確認できた日でした。

November 08, 2004

直感小僧。

金沢の芸術村でインプロ・ワークショップをさせてもらった。

参加者は芸術村で子どもたちに表現活動を指導しているキッズクルーのメンバー、地元の演劇人、学校の先生がおもな顔ぶれ。以前にもここでワークをさせてもらったし、イエローマングループもお世話になったので、ここは「懐かしい!」と思える地域のひとつ。

「ワークショップの参加者って、それぞれの地域で違うものですか?」とよく聞かれる。
答えは「イエス」。というか、地域ごとにも違うし、年齢が違うとぜんぜん違うし、職業でも違う。男女比が違うと雰囲気は変わるし、参加人数が変われば雰囲気も変わる。つまり「すべてのワークショップはすべて違う」。

さて。
金沢だけでなく、今いろいろな地域でいろいろな人とワークショップをさせてもらっている中で、一番危機を感じるのは「先生たち」。わたしは学校に関わっていないので状況がよく分からないし、そういうことの専門家ではないので、批判しているのではないのです。どういう意味かというと、ワークショップに来る先生方はたいがい、ガタガタに疲れてガチガチ・ボロボロになっているのです。富士山ほどの悩みをかかえ、しかもそれを誰にも話せないでいる。この状態でワークショップに現われる。。。。正直いって、ワークショップを受けられる状態じゃない。残念ながら、インプロのワークショップはセラピーでも相談所でもないので、、、。

ワークショップは「その場だけ楽しい場」=「現実逃避の場」ではないと、わたしは考えます。

ワークショップは「これからに役に立つ場」=「現実にも役立つ場」であり、なにかをもって帰っていただきたい。

なので、ガタガタ・ガチガチ・ボロボロの先生方にも、参加したからには何かを持って帰っていただきたい。それは、生活を難しくするものではなく、生活を楽しくする体験や考え方。

こういうとき、ワークショップ・リーダーとして自分の力が試されているときだなと感じます。自分がどういうものを、みなさんに提供できるのか????

すごく瞬間瞬間の判断なので分析するのが難しいのですが、なんとかそのときのわたしの心の状況を分析してみますね。へんてこな話、こういうときわたしは、一生懸命参加している人たちの「気持ち」「感覚」になろうとしています。客観的に感じるんじゃなく、「その人として物事を感じてみる」みたいな。なんか抽象的な話しになってきましたねぇ~(苦笑)。。で、「わたしは今こうしたい!」ということをワークショップに参加している人間として直感で感じて、そこからワークショップの次の展開=こちらが提案することを選び出します。

すごくへんてこな話しですね(苦笑)。
わたしはわたしの直感をすごく信じられるのです。どうしてかというと、直感で動いたほうが成功することを実体験しているから。「そんなもん、信じられん!」と思われる方も、たくさんいらっしゃると思います。わたしも最初は「そんなもん、信じられん!」側だったのです。しかし(!)成功した人・元気な人・(わたしが)ステキだなと思う人の体験談を読んだり、伺ったりすると、みなさん直感を信じておられる。ウソをついておられるのだろうか?いやいや、世界はウソつきが成功するようにできているはずがない(と信じたい!)とすると、成功した人・元気な人・ステキだなと思う人はみんな「直感を信じて」いるんです。わたしはそういう人みたいになりたいので、そういう人にあやかって直感を信じてみることにしました。そしたら物事がスムーズに上手くいく。難しいと思っていたことは、じつは自分が、難しいと”思い込んでいた”だけだと気づいた。物事はスムーズに上手くいくように、もともとできていることが分かった。

話しがそれました。

金沢のワークショップは、そんなキヌガワが自分の直感を総動員させて提供したものでした。
どうか受け手のみなさんにとって、なにかの「収穫」でありましたように。

(どういうことをしたかって?それはまたいつか、整理して書きたいと思います)。

脳は疲れないらしい!

も~れつに本を読みまくる。

もりもりと、ごはんを食べるように本を読む。

ワークショップ・リーダーはアウトプットが多いので、インプットが必要なのだ。

去年出版されて話題になった本池谷裕二&糸井重里著『海馬ー脳は疲れない』(朝日出版社)は、脳についての対談書。この本を読んだきっかけは、インプロをやっていくうちに直感のすごさ&確実性に感動。「直感っていったいなんだ?」と疑問に思うようになったこと。そしていろいろな本を読んだり、勉強したりしていくうちに「脳」のことがもっともっと知りたくなってきた。そこでたどり着いた本がこれ。なにより分かりやすい!わたしのような専門家じゃない、一般人にもよく理解できるように説明されている。(さすが糸井さん!)

近日中に、「脳とインプロ」についての文章をHPで公開したいと思っている。


November 06, 2004

パッション!ゴシゴシ!手加減なし!

7時間かけて八雲村から金沢へ入った。長旅でヘトヘト。頭もよう動かん~。なのでホテルの大浴場で長湯する。韓国あかすりエステ40分4000円が目に入った。さんざん迷って。でも「自分へのごほうびとして」初めてやってもらうことにした。女性用大浴場の一角にしつらえた小部屋。ここで韓国あかすりエステが行われる。ビニールをひいたベットがひとつ。エッグマンみたいにお腹がポヨンと出た小柄な女性が、黒いブラ、黒いショーツ姿で、鼻歌をうたって、現われた。「どうなるんだろう???」期待半分、恐怖半分。ベットに仰向けにねると(もちろん全裸!)エッグマンが両手に韓国あかすりのタオルをもって、「いやぁ~!」っとばかりにわたしの裸体をゴシゴシする。わたしの脂肪がブルブル揺れるぅ~!どこもかしこも遠慮なしにげしくゴシゴシ。手加減なし!韓国の人は日本人よりパッションをもった国民性だと感じていたけど、まさにその通り。パッション!ゴシゴシ!手加減なし!普通のエステだと「やさしくふわぁ~」とマッサージしてくれるけど、そんな生半可なやさしさは一切なし!骨までとどけと全身ゴシゴシされた。

いやぁ~、身体中が一皮むけたみたい。肌がつるっつる。

見ると、エッグマンおばさんは汗いっぱい。大変なお仕事だ。
なんともありがたくて、何度も何度もお礼を言う。

頭がすっきりしたので、その晩は買い込んだ本をいっきに読みまくった。

つづく。

ヒザゆるんでますか?

みなさん、ヒザのお皿、ゆるんでますか?

ヒザが痛くて困っていたら、ヒーリングできる即興ミュージシャンの歌ちゃんがわたしのヒザを触ってくれた。そして一言。「あれ、ゆりゆり、ヒザのお皿が固いねぇ~」。「お皿?ぜんぜん動かないよ。え?動くのが普通なの???」。我がお皿は脚にへばりつき微動だにしない。となりにいたナオミンのヒザを触らせてもらうと、あら不思議、ガクガクン、グリグリンとゆるく動くではありませんか。「え~!変だよ、動くよ、おかしいよ!」。さらに驚いたことに、人間の健康なヒザのお皿は、触るとガクガクって動くもの。「動くほうが普通。あたりまえ」なのだそう。

知らなかったぁ~!

歌ちゃんに固まりをほぐしてもらったら、こりゃまた不思議。ヒザの痛みが無くなった!彼いわく、これは応急処置にすぎないので、ちゃんとほぐした方がいいらしい。それから意識して、ヒザのお皿を自分なりにウニウニとつまんだり押したりしている。

それにしても。

ヒザがそんなに硬くなっているってことは、もしかしたらがんばりすぎていたかなぁ?「がんばりすぎないでいいんだよ」と言っていたくせに、実は自分自身が「がんばっていた」のかなぁ~?それで余計な力をかけたから、ヒザに疲れが溜まってしまったのかなぁ?

そういえば先日、八雲国際演劇祭のイエローマンの公演のあとのパーティで、以前わたしのワークショップを受けてくださった女性からこう言われた。「初めてユリさんのパフォーマンスを見て、とても驚きました。だって楽しそうで、チャーミングで、可愛いんだもの!ワークショップのときと別人みたい。ワークショップのときのユリさんは、教えることで必死だったでしょ。深刻な形相だったので、実を言うとちょっと恐い印象があったの」。自分では気がつかなかった自分(きっと鬼みたいな顔だったのかも?苦笑)を目の前につきつけられたような気がしてショックだったけど、これが真実だったんだなぁ~。教えてもらって、本当にありがたいと思った。気がつかないうちに、がんばってしまっていたんだなぁ~、自分。

あなたのヒザはどうですか?

緩んでいますか?

November 05, 2004

八雲国際演劇祭に参加す。その2。

八雲国際演劇祭でのイエローマン。

メンバーとパフォーマンスするのはすんごく久々(3ヶ月ぶり!)。

ショーの前は(いつもながら)「大丈夫だろうか?」と心配したけど、始まったらまたまた新しい発見があったりして、おんもしろかったぁ~。

客観的に自己分析すると、(手前味噌だけど)自分でびっくりするぐらいちゃんと舞台に立ててたし、いつもと違う役割でシーンに登場できたし、ストーリーがより「演劇的」になっていた。

面白かったのは、メンバーのオファーの仕方や、ストーリー展開のテイストが変わってきていること。言葉で説明するのは難しいのだけれど、わたしたち年をとってきて少し「円熟」してきたのかなぁ~。わたしは普段は(英語で)もっと自由なスタイルでインプロしているので、久々にイエローマンとしてパフォーマンスすると自分やメンバーの変化がすんごくよく分かる。始終いっしょにパフォーマンスしていたら分からなかったかもしれないことも。今まで否定されていた類のオファーを相手がすんなり受けてくれると「おや、大人になってきたな」と思うし、メンバーが陥りやすいパターンがはじまると「またそうきましたね」と客観的でいられるようになってきた。

インプロバイザー・キヌガワとしては、今までは「ストーリー・メイカー」として、ストーリー全体をフォローする役割が主だったんだけど、最近は、ストーリーを「体よく創ろう」とあまり思わなくなってきた。これはニュージーランドでものすごく自由なロングフォーム・インプロをやっているため。ストラクチャーが全く無いロングフォームでもストーリーは必ずある。これを何度も体験しているので、「ストーリーを創らなくっちゃ!」とあせる必要がなくなった。それから演出を勉強している影響でインプロ・パフォーマンスをもっと演劇的に見るようになってきた。ストーリーを進めようとするのではなく、できてきたストーリーを深めることとか、演劇的に表現できることを楽しみたくなってきた。

長くやってると、いろいろ面白い体験をすることができるから面白いなぁ~。

インプロに関してだけは「もう終わった」と思うことがない。

これもできるね、あれもできるね、それを試してみようよ、こんなのもできるね!というアイデアが枯れることなく出てくる。

どうしてこんなにインプロが面白いか?これはちゃんと科学的理由があるんですよぉ~。

これについては、またあらためて。

八雲国際演劇祭に参加す。

ある小さな村で「国際演劇祭」が開かれている。

島根県松江市八雲村。

シイの木々に囲まれ、村人たちがひっそりと暮らすちっさ~な村。ちっさ~な木造の劇場があって、ちっさ~なアマチュア劇団「あしぶえ」が活動を続けている。その劇団リーダー園山つくしさんらの情熱が村人たちを動かし(なんと)村をあげて開催される国際演劇祭だ(3年に一度)。

国際演劇祭でっせ、みなさん!

参加国はベネズエラ、ベルギー、エストニア、オーストラリア、リトアニア、スペイン、フィンランド、インド。キヌガワにとっては、なじみの無い国がほとんど。わたしたちイエローマングループは(光栄にも)、演劇祭のオープニング公演をさせてもらった。

八雲村に入るまではあまり想像できなかったのだけれど、この国際演劇祭は半端じゃない!村の人たちーおじさん、おばさん、若者たち、子どもたちーのボランティア・スタッフが一致団結!じつにチームワークよく、それぞれの役割の仕事をきびきびと行っている。劇場の周りには、すてきなテントがたっていて誰でも休憩できるようになっているし、近くに公共施設が喫茶店になっていて、ボランティアの主婦たちが手作りのクッキーで迎えてくれる。駐車場からはアンティークな送迎バスが動いている。しかも出演者たちは全員、村の人のお宅にホームステイする。これもボランティア。もちろん村の人全員が英語をしゃべれるわけではないので、なんとか片言で。それでも手厚くもてなしてくれるそうだ。わたしは若い夫婦+4歳の女の子のお宅に二泊おじゃました。

村の人たちが裏なく親切で、心底演劇祭を祝っているのを見て、ほんとうに驚いた。こんなに大勢の人たち(村ごと!)が演劇を大事なものと理解して、行動してくれているなんて。。。。

じいちゃんばあちゃんも、子どももペットも演劇祭を楽しみにしている。。。。

イエローマンは、久しぶりに英語+日本語のちゃんぽん公演。
日本語だけのショーとはまた違ったテンポなので、オープニングのしゃべりの部分を(めずらしく)練習。

そして本番。
500人のお客さんのうち、インプロを見たことがあったのはオーストラリアの役者さん5人だけ(!)だし、海外の人たちには「わたしの英語が通じただろうか」と心配だったけれど、いくつかの新しい試みに挑戦した。

即興ミュージシャン・歌ちゃんの新しいコーナー(THIS IS YOUR SONG)は、お客さんを見たイメージで曲を奏でるというもの。これが感動的だった!2人の八雲村のおじいさんに舞台にあがっていただき、歌ちゃんが「じっ」と2人を見る。そしてす~っとキーボードをたたき、音楽が始まる。それだけ。ものすごくシンプルなんだけど、だからこそ「じっくり音楽と人を味わう」コーナーになって、バタバタしがちなイエローマンのショーがすっきりとリッチになった。

ストーリーもステレオタイプじゃないものに仕上がって良かった。これは自立したプレーヤーがいい具合にセッションできていたから。ブラボー・イエローマン!と自分で自分のグループを褒める、キヌガワ(苦笑)。

ショーが終わってオープニング・パーティの会場に行ったら、もんのすごい歓迎とサインぜめ。いろいろな国の役者さんたちも飛び掛りそうな勢いでやってきて「すごく良かったよぉ~おめでとう!すばらしいかったよぉ~」と言ってくれた。カナダやインド(!)やベルギーの人たちは「イエローマンをわが国のフェスティバルに招待したい」と言ってくれた。いつもながら自分たちができるだけのことを、できる瞬間を十分使い切ってインプロしたので後悔はないのだけれど、お客さんの感想をじかに聞いて喜んでくれたことを知ると、ほんとうにホッとする。そしてあらためてイエローマンというグループの存在価値に感動する。イエローマンがこうして国際的に評価されることが、これからの日本のインプロバイザーたちにどんなにたくさんの(使い古された言葉だけど)夢と希望をt与えることだろう。。。

そして宴会。そして宴会。そして宴会。。。

次の日。後ろ髪ひかれる思いでさよならする。
ホストファミリーの田辺さんも娘さんのさえちゃんも、イエローマン男性陣がお世話になったご家庭のおばあちゃんも、最後までず~っと手をふって送ってくれた。

歌ちゃんの車で松江へ。
「他の国の人たちともっと話したかったね。いろんなお芝居も見たかったね」とさんざんグズグズした後、「これはきっと、わたしたちの将来への”なにかのきっかけ”になるに違いない」と確認しあう。

そう、これはきっと何かの始まりに違いない。
今、なにかの種が蒔かれたに違いない。
そしていつか芽を出すに違いない。。。。

そんな予感がした。

残念ながらわたしたちは仕事のため、劇祭には初日しかいられなかったけれど、この演劇祭は今週いっぱいやってます。大自然の中ですんごくあったかい歓迎を受けながら、いろいろな国の人たちが演じるドラマを楽しめますよ。
近隣の方、興味のある方はぜひご来場ください!

http://www.ytf.org

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