My Photo
無料ブログはココログ

« 来年9月メルボルンへ。 | Main | 疑わない強さ。 »

December 02, 2004

人を信頼するということ。

『智慧の実を食べよう 学問は驚きだ』(糸井重里・出版ぴあ)を読んだ。

中で、社会心理学者の山岸俊男さんが、「信頼」についてとても面白いことをおっしゃっている。

<日本人とアメリカ人。>
他人に対する信頼度合の高いのはどっち?

これがなんと、アメリカだそうだ。

なんと日本人は(世界的にみて)、他人に対する信頼度が低めらしい!

一見信頼関係で成り立っている日本の社会は、「~するかわりに~すること」という関係をつくることでお互いが共存できているだけであって、信頼関係ではないのだそうだ。「人を信頼する」ということは、ともすると「裏切られるかもしれない」という危険がある。だから山岸さんは信頼とはリスクを負うことだと言う。

そういわれてみると確かにそうかもしれない。
わたしも思い当たる経験がある。

たとえば外国だと、無償で人のために何かをすることは、ごく普通の行為だ。わたしが海外に行くと、みんなできる限りもてなしてくれる。ボランティアで人のために活動している人も多い。反面、日本では海外の友だちが来ても、「ごめん、仕事が忙しいから」と言って、もてなす時間をとることができない。「お金」が派生しないと、他人のために動かない人が多い。こんなに裕福な国なのに、駅前の募金箱にお金を入れる人が、ものすごく少ない。

他人に協力できない=他人を信頼できない。
他人に協力できる=他人を信頼できる。

無償で他人に協力できないから、他人を信頼できない。
他人を信頼できないから、無償の協力ができない日本人。

どうしてそうなのか?
山岸さんはここで、はっきり回答をしているわけではないのだが、わたしなりに解釈すると、こうです。

自分が孤独だと思っている人のほうが、孤独だと思っていない人よりも人間関係に敏感である(本著引用)―。

つまり、人にあまり共感しない人、協調性が低い人、共同生活がニガテな人ほど、人間関係を正確に見極めることができる。だから他人を信頼できないし、リスクを負えない。

つまり、日本人は“孤独”と思うことが、他国の人たちより多いのではないだろうか?
家族は少子化しているし、近所付き合いはないし、仕事の仲間は仕事のときだけと割り切っている人も多いし、夫婦は一緒に行動しないし、子どもは一人で夕飯を食べるし。。。。

日本人はみんな孤独なのかもしれない。
だから、なかなか人を信頼できないのかもしれない。
「忙しい、忙しい」と言っている人たちは、実は他人が信用できないから、自分ですべてをやろうとして、抱えているだけかも、、、。

自分の行動を振り返ると、そうだったことが多々あったなぁ~。
わたしって、なかなか人を信用することができていないなぁ~。
協調性ないしなぁ~。。。。

これってなんか、こころもちが卑しいかんじ。こころが淋しいです。

再び山岸さんの言葉を引用させていただくと、
社会的知性にはすくなくとも二種類があるそうです。

1)「開かれた社会での適応に役立つタイプの社会的知性」

他人に対する信頼感が高く、あるいはその機会を追求しようとするためにリスクを負うもの。
関係に縛られないような状況での他人の行動の判断にすぐれている。

2)「閉ざされた社会環境での適応に役に立つ社会的知性」

低信頼者の間で高く、こういう知性の持ち主は、安心していられる関係、
お互いにお互いを縛りあって裏切ることができないような関係を求める。

日本社会では今まで、(2)のほうが大事だったようです。
しかしこれからは、言うまでもなく、(1)ですよね。

ちなにみ、これはインプロ・ワークス&キヌガワの仕事の仕方、仕事の選び方と同じ考え方!
わたしの活動方針は、開かれた信頼関係でみんなと仕事ができること。
社会心理学者さんと同じ考えであることは喜ばしい。
まだまだ発展中のわたしだけれど、大事なことを肝に銘じていきましょう。

ちなみに、他人を信頼すると、快楽を感じる脳の部分が活性化するそうですよ。

ほんとうに、学問は驚きですね。

« 来年9月メルボルンへ。 | Main | 疑わない強さ。 »

Comments

>まさぞうさん

わぁ~い!
面白そうな本を、たくさん紹介してくださって
ありがとうございます。

さっそく求めて読んでみます。

楽しみ!

さっそくのコメントありがとうございます。

>まさぞうさんおススメの「社会心理学」の本を紹介していただけますか?

謹んで喜んで。「社会心理学」ではないかもしれませんが。

「世間」とは何か 講談社現代新書 阿部 謹也 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061492624/249-5820140-5872306

中空構造日本の深層 中公文庫 河合 隼雄 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122033322/ref=pd_bxgy_text_2/249-5820140-5872306

ジャパンローカルを学問の言葉で語るのはとてもたいへんです。ヨーロッパから入ってきた言葉を翻訳して作られているため、日本にしかないものを表現できないからです。
日本人による日本論や日本文学論さえ、ヨーロッパ流を逃れられません。「近松門左衛門は日本のシェークスピア」とか言っちゃうわけですが、シェークスピアに似てなきゃ偉くないのかよ? って話で。そんな中で阿部さん河合さんは大健闘されています。なんか偉そうな言い方ですけど。

近松で思い出しました。渡辺保『歌舞伎ナビ』(マガジンハウス)もおすすめです。ストーリーでなく、役者の仕草や物腰を楽しめば歌舞伎はもっとおもしろい、という異色の歌舞伎論です。「武道家」の私は、この本のおかげで歌舞伎座に行っても退屈しません。「マツケンサンバ」もこの本の文脈で見てたりします。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4838714025/249-5820140-5872306

歌舞伎で思い出しました。たくさん本を出している高校教師が、ジャパンローカルの歌舞伎論を教育論との関連で展開しています。
歌舞伎に学ぶ教育論 洋泉社 諏訪 哲二【著】
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/cat-12735.html
学問に馴染んでない強みで、教育論はものすごくリアルです。歌舞伎論としてはどうかわかりませんが、今までの歌舞伎論が、もっぱら近代的な枠組みで江戸時代を批判してきたらしいということはわかります。日本人にとってリアルなことは学問の言葉では語れないようになっているんじゃないか、とさえ思います。プロとして負けちゃいられないんですが。


>まさぞうさんはきっと「社会心理学」という言葉に反応されたのではないでしょうか。

実は日本の人文科学、社会科学の世界では、「だから日本はダメなんだ」という論調がいまだに主流なのです。「あいつは日本をほめている」と言っただけで相手を批判したと思っている人がいるくらいで。
自然科学だってそうかも。「アメリカの環境教育はこんなに進んでる。なのに日本は!」とか言ってしまうわけですが、アメリカの知人が自慢している「環境教育の成果」ってのは「うちの大学では退勤時と週末にパソコンの電源を切るキャンペーンをやっている」なんてレベルなわけで。
ですから、「また学者の日本叩きか」と早合点してしまい、最初から「欧米>日本」という図式が決まっている学問の言葉に馴染みすぎるとユリさんのせっかくの直感が鈍る、もったいない、としゃしゃり出てしまったんです。

たとえば、ユリさんマイブームの脳は医学の言葉で語られてますが、骨は主に整体や武術の言葉で語られます。私には骨の話の方が魅力的なのですが、脳の話の方が説得力(科学的根拠)があるのは間違いなく。でもわかりやすいから正しいとは限らないわけで。骨を語る系の言葉のほうが人を動かすことや、ポイントをつかんでいることだってありますよね。

>(山岸俊男さんは一流の社会心理学者さんですし、おそらく新鋭の著書がいくつかおありになると存じます)

ウェブサイトを見つけました。確かに一流の方のようです。
http://lynx.let.hokudai.ac.jp/members/yamagishi/
でも、ここまで縷々書いてきたような学問世界特有の事情で、「一流だから優秀」とはいえないのが日本の学者の世界なのであります。いえ別に山岸さん個人がどうこういうわけではありませんが。

長文失礼いたしました。

まさぞうさん、コメントありがとうございます!

わたしの言葉が足りませんでした。ごめんなさい!

孤独うんぬんのところは、わたしが山岸さんのお話から「勝手に」考えたことなので、山岸さんから出た言葉ではありませんし「だから日本はだめなんだ」という色一色の考え方ではありませぬ」。決して誤解のなきよう!

(山岸俊男さんは一流の社会心理学者さんですし、おそらく新鋭の著書がいくつかおありになると存じます)

まさぞうさんはきっと「社会心理学」という言葉に反応されたのではないでしょうか。自分の専門を誤解されたら、ひとこと言いたくなりますよね。もしできたら、まさぞうさんおススメの「社会心理学」の本を紹介していただけますか?

読んでみます。勉強してみます。興味ありますもの!

これからも刺激的なご意見ウエルカムです。
よろしくお願いしまーす!

ゆりさん、その節はお世話になりました。まさぞうです。
職業知識人の端くれとして申し上げますが、その「社会心理学」、話半分で聞いておいた方がよろしいかと。
キリスト教文化圏では人はゴッドと向き合っているから一人でも孤独ではないのに対して、日本にはゴッドに相当する絶対的な神がいないから人と人の網目を作って関係を安定させてきた、という文化的な事情を無視して、ヨーロッパやアメリカを基準に「だから日本はダメなんだ」と言い立てる、とっても古い理論のように見えます。
人の網目が「仲間内」に閉じてしまうのはまずい、というのは同感ですが。

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56341/2129247

Listed below are links to weblogs that reference 人を信頼するということ。:

« 来年9月メルボルンへ。 | Main | 疑わない強さ。 »