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January 31, 2005

向き不向き。どうせなら前向きで。

税理士さんに事務所に、確定申告のことで伺う。
役者だけをしていたときは、自分で申告していたのだけれど、いろいろなところからの収入+出費なので、おととしから税理士さんにお願いするようにしている。

それまでの数年間は、「うっわぁ~めんどくさぁ~い!憂鬱つつつ!」と愚痴をこぼしながら泣く泣く手続きをしていた。それはわたしにとって、まるで地獄。針の山をはだしで歩くのと、そう変わりがない。天上からクモの糸は見えない、、、。そしてひょんなことから税理士さんにお願いするようになった。そしたら、なんと、いっきに、目の前の雨・風・雲・霧はすべてすっとんだ。なんとこころの軽いことよ!カンダダは糸に引っ張られ、いっきに天上界のハスの上!(これなら、もっと高く飛べるぞぉ~い!)

人には向き不向きがある。
不向きを、「まし」にする努力も尊いけれど、その労力を「向いてること」に向けたほうが、短い人生の精神衛生上にはよいような気がしている。

「もともと、Bの才能をもっているならば、努力してAレベルになれるかもしれない。でも、Cの才能だったら、どんなに努力してもBレベルどまり。だから自分がもっているいろいろな才能の中でもAレベルのものを突き詰めたほうが、トップになれるよ」と、昔、デパートの屋上の手相見の人に言われた。

そのときは、「役者になる」と思い込んで、その道をまっしぐら。誰かれ問わず頭をさげ、みじめな思いで営業したのに、な~んにも仕事がもらえなくて、あせりのきわみだった。そんなときにそう言われたので、「なんと言われても、私は役者になる。どんなに才能がCでもいい、最終的にBレベルでいいんだつっつつ!」と思っていた。しかし、昔のわたしの考え方=(自分の現実を見つめたくない)も、悪くはないけれど、やっぱり、自分の良さを生かせる仕事を選んでいくことは、自分が本当に幸せになるための近道かもしれないと思う。

どうしてかというと、昔のわたしの固執した考え方は、自分のエゴを満たすだけで、ぜんぜん「人のため」にならないものだったから。そして仮に自分のエゴを満たすことができたとしても、決して幸せな気持ちにはなれないんだってことが、分かってきたのです。

あなたが幸せな気持ちになるときって、どんな時ですか?

January 29, 2005

インプロバイザーは修行僧?

名古屋でのイエローマン公演を終えて、静岡入りしました。
明日はここで2ステでっす。

今日の公演では、お世話になっている人たちが大阪・京都・岡山・神戸・名古屋(地元!)から、わざわざきてくださった。本当にありがとうございました!

即興のパフォーマンスはホント生もので、毎回毎回違う。ストーリーが変わるのはもちろんのこと。プレーヤーのオファーの仕方、ストーリーに対するテーマへの意識、お客さんとの距離が毎回違うので、自分のインプロバイザーとしての力量が問われる。お客さんには(おそらく)、分からないかもしれないけれど。プレーヤー同士のやりとりはまるでシーソーゲーム。お互いのバランスを取り合うことが大事だ。

即興の恐いところは、台本がないために、ひとりが勝手に爆走したり、プレーヤーのエゴが出ると、たちまちストーリーに影響してしまうこと。そしてもしそうなった場合でも、イエスアンドで仲間を助けていくこと。裏切られても信じ続ける。まるで禅僧のように。そういう意味で、わたしは即興パフォーマンスをやっているときに、まるで修行僧になったような気持ちになることがある。そう、問題児のキヌガワにとっては、大変ありがたい修行の場所なのだ。

「坊主憎けりゃ」袈裟まで憎い」ということわざがある。

わたしの場合、「坊主好きなりゃ、袈裟まで好きになれっ!」(字余り)の精神である。

な~む~。。。

January 28, 2005

インプロやっている人も、舞台に立つなら役者のトレーニングするべきだと思う。

台本があるにせよ、無いにせよ、舞台に立つからには役者である。
そして舞台に立つ人はすべて、そのための訓練を受けるべきだ。
「わ~、見られてる、見られてる!」と自意識でいっぱいになってしまう人は、まだまだ舞台に立つ資格はない。

即興のワークショップを受けて、そのままな~んとなく舞台に立ってしまう人たちがいる。
でもね、それは違う!ワークショップは誰でも受けることができるけど、ワークショップとパフォーマンスは別物。
インプロではワークショップとパフォーマンスの境があいまいで、そこで「錯覚」が起こってしまうのかもしれないなぁ~。インプロのワークショップに出ていると、な~んとなく舞台に立てるような「錯覚」を持ってしまうのかなぁ~。

けれど、これは本当に危険なの。
どうかどうか、それに気がついてほしい。
身体や声の意識、舞台の立ち方、役者としてのトレーニング。そのようなこと抜きで舞台に立つことはできない。それではじきに限界がくる。そのような無目的な行動をしても、どこへも行けない。お客さんは馬鹿じゃない。見透かされてしまう。何も伝わらない。誰にも注目されない。友達は離れていく。毎年1年づつ年はとっていく、傷をなめあう友が類を呼ぶ。。。。ということが想像できないのか?そもそも役者やインプロバイザーであるならば、そういう想像力ができないこと自体どうかしてる。このような人たちは、いったいどこに行こうとしているのか?何を目的にしているのだろうか?思い出づくり?ロマンチックな青春の自己満足?やることが見つからないから、とりあえずやっている????

みんな幸せぼけしてないか?

世の中には(残念ながら特に都会の日本人。。。)誰でも役者になれると思っている人がいるけれど、そういう人は「役者」という職業をよく理解していないのではないだろうか。「役者」という職業は、特別な技術職。誰でもなれるという訳ではない。練習すれば誰でもある程度はピアノが弾けるようになるけれど、その中からプロになれるのがごくわずかであることと同じだ。そのための訓練、努力、そして(どうしたって)才能がなければ無理である。つまり、誰でも演劇やインプロはできるけれど、誰でも舞台に立てるという訳ではないのだ。

わたしは簡単に人を舞台に上げることはしない。これは舞台人として当たり前な考え方だと思っている。厳しい意見かもしれないけど、みんなの夢を壊すかもしれないけど、これが現実だと思う。だから夢を現実にするために、もっと「必要な努力」をして欲しいのだ。

舞台はお客さんのためにある。
自己満足のためだったら、お客さんのいない場所でやるべきだ。

それから、これはわたしたちリードしている側の課題でもある。
参加者が誤解しないように、錯覚しないように、参加者の夢を本気で応援するために、あるときは厳しく指摘する勇気をもたなくてはならないと思う。

ああ、こんなこと書いたら、みんなに嫌われちゃうかなぁ、、、(苦笑)。。

テレビは見ない。

ひさびさにテレビをつけると、ワイドショー番組で「NHKはつまらないので、もういらないという人が大勢いる」と放映していて、とても驚いた。

「え~、いま日本で一番ましなのは、NHKの番組じゃない?」
海外から見ると、NHKはとてもすぐれたドキュメンタリーをつくっている優れたテレビ局なのになぁ~。

NHKの不祥事事件は知らないわけではないけれど、いらないテレビ番組は、はたしてNHKなのだろうか?
そんなにバッシングしなくてもいいんじゃないかと思った。なんだか、他テレビ局が「いじめ」をしているみたいだぞ。

わたしは日本に帰ってきたら、できるだけテレビは見ないようにしている。ニュースは新聞で十分たりる。騒々しいタレントたちのお遊びや芸能ニュースにつきあいたくない。ニュースのキャスターやプレゼンテーターたち、かなりいい加減なこと言っているよ。みんな気がつかないのかな?そういことでムカつきたくない。

みなさん、テレビを見て、これが日本だ、これが今の流行だ、これが今の日本の問題点だと思ったら大間違いですよ。もちろん、テレビから放映されることにも真実はあるだろうけれども、あまりに一方的な意見の押し付けが行われていますよ、テレビの世界では。わたしはそれを不快に感じることが多いのです。

むしろ普段、目の前にいる人たち、ワークショップなどで出会う人たちの声を聞いていたほうが、よっぽど今の日本を感じることができるように思う。芸能ニュースには詳しいけど、自分の子どもに何が起こっているのか知らない人たちのなんて多いことか。。。。

それにしても。
日本のテレビが民放だけになったら、どうしよう~。
すごく不安だ。
すべてのテレビのニュースが、ごてごてと派手に装飾されたセットで、所在の知れないコメンテーターのコメント付きばかりになっちゃうのだろうか?キーキー声のタレントの巣窟。ゲロ~~。。。。日本人って、テレビでやっていることにすごく影響されるでしょ。いろいろな価値観があっていいのに、違う価値観は排除してしまう。しかも排除されるのは、地味だったり静かだったりして「争わない」タイプの人たちなんだなぁ~。

NHKのケースはまた違うのだろうけど、NHKのあの地味さがすきな私としては、「つまらないから、ないほうがいい」と簡単に言ってしまう人たちの排他的なところ、決め付けがとても危険だと思う。

January 27, 2005

イエローなわたし。

週末の愛知&静岡の公演に向けて、イエローマン・グループの稽古。

イエローマン1号、2号、3号、4・5号に久々に会う(ちなみにわたしは4号)。

楽しかった!

みんな(世界に通用する)すご~くいいプレーヤーなのに、あんまり自覚や野望がない。
そこがまた凄い。

ホント、みんな忙しくなっちゃった。
ゆっくり話す時間がとれなかったり、海外公演になかなか行けないのが残念。まあ、なにも仕事がなかったころに比べれば、ずいぶん人間らしい暮らしになったと、喜んだほうがいいのかもしれないけどね(苦笑)。

自分がポジティブでいると、カモがネギをしょってくるらしい。何事にも、前向きな気持ちでいることが大事だ。

第一回:東京インプロ・ワークショップ勉強会

「インプロ・ワークショップ・リーダー(東京)勉強会」第一回。

はじめて勉強会をひらくので、当然マニュアルは無い。ゲームの種類、やったほうがいい順番を覚えたからといって、指導はできない。どうしてかというと、ワークショップは、人間対人間が関わる場所。理論じゃなくて、感性どうしが響きあうための場所だから、そういう空間をつくりだすための、目に見えないことをリーダーが分かっていなくてはならない。わたしは、そこが一番大事だと思っている。だから、わたしに「ワークショップ・リーダーをしたいのですが、どうしたらいいですか」と聞いてきてくれる人たち対しては、自分なりの取り組み方を理解してもらいたいし、きちんとそれを理解した上で、スタートして欲しいと願っている。だから勉強会に参加しているメンバーには、わたしのノウハウ(いわば「ユリさんの知恵ぶくろ」)をぜ~んぶ包み隠さないで教える。そして相手が成長できるように、かなり厳しい指摘もする(これは本当はかなりニガテなことだけど)。その代わり、「ちゃんと理解するように勉強します」という宣言をきちんとしてもらう。こういう信頼関係がないと、指導者を育てるなんてオコガマシイこと、できるもんじゃない!

第一回目。
わたしがいなくても、自主的に活動できるためのプログラムづくりをみんなと一緒にした。
大事なことは勉強会で、何を得たのか、何が自分にとって大事なのか、今後の課題は何なのか。この3点をはっきりとさせること。モヤモヤして言葉にならない状態がかなり多いので、それをきちんと言葉にし、今後の成長に役立たせるのがポイントだ。

若い人は、自分がどうしたらいいのか、なにをしたいのか分からないという、漠然とした悩みを抱えている。その気持ち、よ~く分かる。わたしもそうだったから。なにをしたいのか、なにが自分にふさわしいのか、どうしたらいいのか?いっつも考えていた。そしてドツボにはまっていた(苦笑)。で、いろいろ苦労&工夫して、ようやく、そういう漠然とした不安に振り回される自分と折り合いをつけて生活できるようになった。だから、みんなが分からなくなっているのがよく分かる。

そういう時間こそ、(苦しいけど)大事なのだと思う。きっと後で役に立つ。荒馬な自分=つまりすご~く何かの衝動に突き動かされている自分がいることを客観的に見られるようになる。荒馬な自分の正体は、もしかしたら人を思いやる温かい気持ちかもしれないし、常に幸せで楽しく自分らしく生きたいという欲求かもしれない。(これは人それぞれ)。

こんなことも考えながら、アニュアルを勉強するだけじゃない、勉強会になるといいなと思っています。

勉強会で起こったこと、発見したこと、感じたことは、「勉強会のブログ」で記録していく予定です。
ブログが立ち上がったら、発表しますね。

January 26, 2005

奈良美智さんの展覧会を見る

大阪・中ノ島のギャラリー「グラム」で、奈良美智さんの展覧会を見た。

わたしなんぞが今さら言うまでもなく、奈良さんの絵はすごい。

真実を発してる。と心の底から感じる。
絵の中に、喜びから悲しみまで、ポジティブからネガティブまで、まじめからユーモアまで、全部表現されている。
「かわいい~!」と感じる人もおられるし、ギャラリーなどにはあまり足を運ばない若者が、「このメッセージに共感!アートって面白いじゃん」と思うかもしれない。わたしは絵の見方はよく分からないけど、奈良さんの絵を近くで見たとき、その細かい表現への工夫に驚かされた。きっと、専門家が見たら、専門的な分析をされるんだろうなぁ~。

絵だけじゃない。展示の仕方、(おそらく)ギャラリーの選び方、出版物へのこだわり、すべてに妥協しない彼の姿勢が感じられる。

近隣の方、ぜひ足をお運びいただきたい。

余談:

東京の森美術館にいったとき、奈良さん作の時計があった。
奈良さんの作品のモチーフになっている絵がたくさん盛り込まれていて、なんともユニークな時計だ。ものすごくステキ。「欲しいっ~!!!!」って思った。しかし(なんと)1万6千円もする。(当然ながら)アーティストの作品だから、それなりの(当然の)値段なのだ。で、あきらめた。で、その時計に、大阪のこのギャラリーで、またまた出会ってしまった。初めて時計を見たときと同じ気持ちがした。「ステキぃ~~欲しいっ~~!」。売り場の前を、何十分もウロウロして、何度も時計を手にし、経済状況(自分の財布の中)を考え、迷いに迷って。

今、その時計が、わたしの目の前で動いている。

すごく幸せな気持ち。

やっぱり買ってよかった!

January 25, 2005

ワークショップ実況中継イン大阪

大阪でワークショップをしています。
忘れないうちに、ワークで発見したことを記しておきます。

ゲーム「拍手まわし」をして、その後いろいろなゲームをし、ワークの中ごろになってゲーム「1・2・3」をやった。ゲーム「1・2・3」をやるとき大事なことは、“相手”や“今起こっていること”に対応すること。頭の中で数字を数え、「次は1。次は3」だと、目の前にいる相手を見失ってしまう。シンプルなゲームなんだけど、得られる効用は大きいのだ。

どうして、わたしたちは、目の前にいる人を忘れて、頭で考え始めてしまうんだろう?
理由は2つある。
1) 頭で考えてから、身体が動くという癖がある。

きっと原始時代の人間は、天気や季節、家族の状態、他者の状態を敏感に“感じ取る”ことができたに違いない。でないと、生きていけないもの。現代では、天気はテレビが教えてくれるし、家族が病気になったら病院につれていけばいいし、他者とはメールでやりとりすればいい。だから、“感じ取る”能力を発揮するチャンスがなかなか無い。だから身体があることを忘れ(身体性の欠如)、まずは脳みそで考えてからでないと行動できない。

2) 思い込みで生きているので、相手からの刺激を、新鮮に受け取れていない。

“こうであるべき”という思い込みがあるために、目の前にいる人を新鮮に見られない。このゲームの場合「相手は1と言うことになっている」ので、表面的には相手を無視してもできてしまう。だから相手からくるオファーをしっかりと受け取れない。「ゲームのルールを守れば、それでいい」という体質。ゲームを使ってクリエイティブに遊ぼうという意識があれば、相手が自分をインスパイアーしてくれる大事な存在であることに気づくはずだ。

で、このワークで面白かったのは、ゲーム「拍手まわし」をゲームに取り入れることで、この2点に当人たちが気づき、問題を解決できることを“ワーク中に”発見したことだ。

以下はそのときの実況中継(少々分かりやすいようにアレンジしてありまする)。キヌガワが、みんなに話しをしている中でひらめき、新しいゲームが生まれていく様を想像してもらえたら嬉しいです。

ゲーム「1・2・3」をやってみた後。
キヌガワ:オッケー、いいでしょう!みんな、しっかり相手のこと見てた?しっかり相手にオファーしてた?1.2.3.って、自分の中でつぶやいているだけじゃオファーじゃないよ。相手にしっかり伝えなくちゃ。ほら、最初にやったゲーム「拍手まわし」覚えてる?拍手をまわすときに、自己完結しないで、相手にしっかり伝えるのが大事だったでしょ。ほら、こんな風に(キヌガワ、となりの人にパン!と拍手をまわす)。これだと伝わるんだけど、これ(キヌガワ、頭で考え事をしながら拍手をする)だと、拍手はしているけど、相手には伝わらないの。自分では伝わるはずだと思うわけ、自分は拍手しているから。でも相手に届いてない。相手がたまたま拍手を目撃してくれれば、これ幸い(笑)、拍手したことは認知されるけれど、それは残念ながら「記号として」伝わるだけなのね。それじゃあ相手に本当に伝えていることにはならない。全身で“伝える”。これがポイント。(キヌガワ、ハタとひらめき)、じゃあ、1,2,3をするときに、拍手もいっしょに伝えてみよう(みんなで一斉にやってみる。思いつきでとりいれた拍手が想以上に効果的であることを、みんなのやっている様で気がつく)。は~い、終了!ど~だった?みんなすごくしっかりオファーしていたのが分かったよ。さっきとの違いを感じられるかな?わたし、今気がついたんだけど、はっきりしたオファーをもらえると、はっきりしたリアクションができるね。曖昧にオファーされると、受け取った側が困っちゃう。「ど~しよう~」。リアクションできないのね。自分のオファーが、相手のアクションにつながるわけだから、相手のためにもしっかり伝えよう。自己完結しないで。そのほうが自分もスッキリ晴れ晴れする。しっかり相手に伝えるということは、自分だけじゃなくて相手にとっても気持ちのいいことなのだねぇ~(キヌガワ、しみじみ納得)。

ワークをやりながら、リーダーであるわたしも勉強させてもらい、発見させてもらった瞬間だった。これは参加者といい関係が結べないと、なかなかできない。いい関係を結ぶために意識もエネルギーも時間もとられてしまうから。そういう意味で、継続したワークショップは、リーダーも参加者もより深い学びが得られるということがいえるかもしれない。

それから、これはぜんぜん別の話題なんだけど、ワークショップを「ドタキャン」する参加者がおられる。ひどい人は申し込んだのに当日来ない。連絡もしない。諸事情おありだろう。いたし方ない理由がおありなんだろう。しかし主催者としては、満員御礼のため、泣く泣く参加をお断りした人たちの顔が浮かぶ。しかも、講師を呼ぶために予算をたてていたわけだから、採算もあわなくなってしまう。つまり赤字になってしまう。今回のワークショップは大勢の「ドタキャン」が発生するという事態になった。ドタキャンがある場合を想定して、あらかじめ掲示をしていなかった、こちらの責任である。

それにしても「ドタキャンすること」が、そういう事態をまねくことなのだということを参加者が想像できないのだろうか?できないのだとすると、主催者側の顔が見えていない、主催者側のオファーが届いていないということだ。ビジネスホテルのようにオートマティックに受付ができる場所は、平気でキャンセルできちゃったりする。自分にとってど~でもいい関係は、へいきで「ドタキャン」できる。大事じゃない相手との待ち合わせだと、平気で時間に遅れる人、いるもんねぇ。痛いけど、わたしたち主催者側はこれを受け止めて、どうやったら相手にもっと分かってもらえるかを考えていかなくてはならないと思う。参加できないのが分かったら早めに連絡してほしい。これが主催者側の本音だが、それを言ってもらえるような主催者側の努力も必要なのではないか。

January 24, 2005

本来無一物、いずれのところにか塵埃をひかん

島根演劇ネットのワークショップが修了。
あっという間だったけど、ものすごく濃い2日間だった。

なぜ濃かったのか。
それはワークショップが具体的な気づきに至ったからだ。
つまり、ワークショップでやったことが、「いい思い出」とか「いい時間を過ごせた」という「その場かぎりの体験」ではなくて、それを「自分の生活」に結び付けて実践していく方法へと変化したからだ。これは、参加者からの感想ではじめて分かったことです。今回の参加者のみなさんの精神レベルの高さを感じました。

ワークショップをそこだけの経験で終わらせないこと。自分の実にしていくこと。

指導する側は、参加者がそこに至れるようになるために試行錯誤するべきだし、参加者に寄り添うべきだ。そして今できるかぎりの全てを提供する。しかし面白いことに、同じゲームをしても、「ああ~楽しかった!」というだけの人と、自分や他者への発見をたくさ~んできる人がいる。つまり参加者次第。その気づきの意志は誰にもコントロールできない。そして、最近分かったことは、こちらがどんなに「これはいいですよ」と言ってもダメで、本人が「ああ、これはいいなぁ~」と思わない限り、その人には伝わりきらないのだというところ。つまり、わたしたちリーダーは答えを言ってはいけないのだ。答えは参加者がそれぞれ感じることでしか、答えにはならないから。

さて今回は、劇団あしぶえの演出家・園山土筆さんと、ゆっくりお話しできて嬉しかった。前にお会いしたときは国際演劇祭の最中。とてもじゃないがわたしごときに、土筆さんを独占できるようなチャンスはない。

彼女は、尊敬している女性のひとり。広くて、柔らかくて、鋭い。わたしの百倍ぐらい雑念がなく、二百倍ぐらいクリアで、三百倍ぐらいたくましい。爪の垢をせんじて飲めば土筆さんみたいになれるのなら、ああ、いっそそうしたい(苦笑)。。。今回も刺激的なお話しを伺った。内容は「わたしの宝物」なのでここでは書けないのだけれど、ヒントとしては、「本当に正しいと思うことを、相手にわかってもらえるように努力しよう」と思ったことだ。

そして今回嬉しかった2つ目は、土筆さんに評価してもらったこと。土筆さんは、すごく早い時期から「キヌガワさんのワークショップはいい」と推薦してくださっている方で、わたしのワークショップをず~っと参加&見学してくださっている。いわば母。その目から、「キヌガワさんのワークショップのいいところは、キヌガワさん自体が常に進歩しているところだ」と評いう言葉をいただいた。この言葉は涙が出るほど嬉しかった。わたしとしては(なまいきで鼻持ちならない発言かもしれないけれど)、「鋭い!さすが、分かる人には分かってもらえるんだ」と思ったし、仮にお世辞だとしても、この言葉はわたしをとても勇気付けてくれた。「なんて、人を育てるのが上手な人なんだろう」。わたしはこの人に「育てられている」と実感。この人の生き方、言葉、態度、アイデア。すべてに接することができて、ほんとうにありがたい。300年ぐらい長生きしてください、土筆さん。

さて土筆さんたちは、3年に一度八雲村という山村で「八雲国際演劇祭」を企画実行されている。去年は光栄にもイエローマン・グループが参加させてもらった。このフェスティバルのすごさは、以前ここでも書いたけど、ほんとうにすごい。なにがすごいって、目的がはっきりしていて、目先のことや先入観にとらわれず、大事なことは見逃さず、たくさんの人に理解してもらう努力をして、夢を実現させているからだ。しかもこれは個人の夢なんかじゃない。土筆さんのビジョンは日本であり、世界であり、人間同士についてである。だからこのフェスティバルがすごいのだ。

去年フェスティバルが終わったばかりなのに、もう3年先のフェスティバルへの準備が始まっているという。

「もうわたしは待てないわぁ。お先にいくけぇ~」。
雑念者を尻目に、真理の道を軽やかにゆく。

(この演劇祭についての詳しいお問い合わせは www.yitf.orgへ)

January 23, 2005

島根!

島根県の一畑口というところでワークショップをしてます。
昨日と今日との2日間。島根の演劇人&学校の教師&中学生などなどの面々。

同じゲームをやっても、地域によって反応が違うことに、あらためて驚かされます。

「地域じゃなくて、ひとりひとりが違うんじゃないの?」

確かにそう。

ただ、明らかにそれぞれの集団には、集団としての個性があって、いろいろな地域に行くと、その地域としての個性があるのを感じるのです。

ビルに囲まれて、たくさんの人の中で、関係性の希薄な地域で生活している人たち
緑に囲まれて、人の少ない、でも関係性の濃い地域で生活している人たち

それは発想やら、柔軟性やら、人との関係性のつくりかたやら、物のとらえかたやら、価値観やらが違うのは当然のことと言えましょう。

いやぁ~、面白いなぁ~。

January 22, 2005

わたしにとっての戦友

島根の演劇人のためのワークショップをするため出雲いり。
雪がちらほらの出雲空港に、親指トムの自家用飛行機(みたいに小さな飛行機)で到着。
夜は、出雲在住の即興ミュージシャン歌ちゃんと、飲めや歌えや。

自分が昔いた位置と、今いる位置が、これからいきたい位置への下準備になっていることに、両者気がつく。彼はトップクラスのミュージシャンとしてもてはやされた時期があって、今出雲でボディ・ヒーリングのお仕事もして、そしてそれら「つながらね~だろなぁ~」と思うような多岐にわたる体験が、実は大きなプロセスとなって、将来の彼をつくっているのだなぁ~。キヌガワは昔小劇場の片隅でお芝居をしてて、今インプロバイザーとしてインプロを人々に体験してもらうワークショップをやっていて、そしてその両者が最終的につながって、自分自身が自分自身であるための表現になっていくのだろうと思う。

そんなことをしみじみ語れる仲間は、わたしにとっての戦友なのだ。
いつも一緒にいるとか、よくお茶するとか、いっしょに温泉旅行するとかそういう関係じゃなくて、違う分野でそれぞれ自分の道を歩いていて、たまに会ってお互いの気持ちを共鳴させあうような関係。ノスタルジーじゃなくて、現在進行形としての戦友。そんな頼もしい友人たち。本来照れ屋で人付き合いがあまり得意でないキヌガワは、そういう関係のほうが心地よかったりする。

ニュージーランドから、正式に『インターナショナル・コメディ・フェスティバル』への出場が決まったというメールが届く。ダリオ・フォーやルコックにインスパイアーされて、コメディア・デラルテのマスクを使ったり、インプロの要素を取り入れたりして、去年からなが~い稽古時間をかけてディヴァイズしている作品:3人芝居(コメディ)『マイグラント』。ついに上演が決まった。というか、決まってしまった。これで2月からは本格的な作品づくりに入らなくちゃならない。今まではダラダラ稽古してたけど(苦笑)、そうもいかなくなってきた。フェスティバル参加が怠惰なわたしたちの尻をたたいてくれたということだ。誰かに尻をたたかれないと行動にうつせない無精者(苦笑)。でも叩かれるうちが華かもしれないから、今のうちにたくさん叩いてもらおう。

そういう意味で、戦友っていうのは、人間だけではなくて、もしかして「日々のできこと」だったり、「運」だったりするのかもしれないなぁ~。

とにかく、ありがたい。

January 21, 2005

キースの知恵ぶくろをみんなに届けたい

大阪のワークショップに参加してくれているメンバーの発表会をみる。

早朝にニュージーランドを発ち、関西国際空港から、すべりこみセーフ状態での観劇。最近、客観的に日本のインプロのショーを見ることがなかったので、新鮮で気楽な立場。出演者のメンバーはみんなが緊張&高揚しているのが分かったので、な~んとなくただよっているクラゲのような居住まいを心がける。人に見られる状態で、がんばらないで楽しんでいられるのって簡単じゃない。

インプロ・ワークショップに参加することと、舞台で即興パフォーマンスをすることは、ある意味まったく違う位相にある。ワークショップは自分のためになにかを体験する。パフォーマンスはお客さんのために表現をする。すご~く変なたとえかもしれないけど、「神さまに祈ること」と、「ミュージカル・『ジーザス・クライスト・スーパースター』に出演する」ぐらい違う。(どっちがすごいとか、すごくないとかという意味じゃなく)

インプロのパフォーマンスは、出演者の微妙な心理、陥りやすい落とし穴、観客の心理、観客へのアプローチに、神経をゆきとどかせた演出が必要だ。この辺も見る側とやる側の大きな違い。見る側は分からないかもしれないけど、インプロのパフォーマンスには、緻密な演出が必要だったりする。

そういう意味で、人間の機微を検証しつつ、インプロのショーの演出ができるのがキース・ジョンストンだ。キースは、精神分析者かと思わせるぐらい、じつにプラクティカルにパフォーマーや観客の心理を理解し、いろいろなショーをあみ出した。彼が考案した『シアタースポーツTM』のルールは、そういう経験からの工夫に満ち溢れている。

さて大阪メンバーの発表会はあっという間に終わった。
「みんなにそういう話をしたいなぁ~」と思っていたんだけど、旅の疲れもあり、次の日の移動もありで、それがかなわなかった。残念。ただ初心者の発表会について、とても大事なヒントや気づきをもたらしてくれたことに感謝したい。

それと同時に、「おばあちゃんの智慧袋」じゃないけど、キースが考えたインプロをステキに見せるルールたちを、みんなにきちんと伝承していきたいなと思った。それを守ることが目的じゃなくて、自分を仲間たちをもっと輝かせるために。


January 19, 2005

君たちは、遊星からの物体Xか?

明日から日本です。
ここ最近、毎月ニュージーランドから日本へ通勤してる。定期があればいいのになぁ~(苦笑)。

アメリカから帰ってきたわたしの友人夫婦とディナーする。
あれれれ?なんか顔が変わったみたい。2人とも、やせたのかな?若返った?お肌がすべすべ、しわなしよ?
な~んか頬っぺたが引きつっている感じがする。

しげしげと見て気がついた。
彼ら、整形したんだっ!

いっくら仲良しの友だちだからと言って、いきなり、「ねえ、顔、整形した?」な~んて聞きづらいなぁ~。。。

彼らは何ごともなかったように、アメリカ旅行がど~だった、こ~だったなんて話している。

「違う、違う、そんな話しじゃなくて、”整形した話し”を聞かせてよぉ~」。

夫はニコニコして話しを聞いている。夫は気づいていないのだろうか?

「ああ、今すぐ話題を中断させて聞きたいっ!あなたたち整形した?って!」

ってず~っと言っていた、こころの中で(苦笑)。

わたしにとって、アメリカ旅行の話しなんてどうでもいいの。わたしにとって、否、あなたたちにとって、一番の大事件は、その顔を整形したことじゃないの?

でも、とうとう最後まで質問できなかった。。。。

バイバイするときも、心の中ではず~っと語りかけていた。

「ねぇ~、顔、整形した?」って。

整形するのがいいとか悪いとか思わない。その人が幸せならそれでいい。わたしだって、クレオパトラなみの鼻になってみたい。でも、今の気持ちはそんなことじゃなくて、とにかく本人たちから聞きいて納得したいのだ。

「そうよ、整形したのよ。でも、わたしたちは今までのわたしたちと同じよ」って。

だってだって、すごく顔が変わっているんだもん。
じゃないと、「この人たち、もしかして友人の皮をかぶった宇宙人かしら?」って、どうしても疑っちゃうんだもん!

ーもしそうだったらどうしよう?宇宙人が友人になりすましているっていう可能性が”ない”とはいえないでしょ?

January 18, 2005

キィウィ・マン

平日お昼の3時。近所のビーチで初泳ぎ。
家族連れ、若者グループ、カップルなどで賑わっている。

「おいおいみんな仕事しなくていいのかぁ~???」(私も夫もだけど。ヘヘへ)。

ニュージーランド人はビーチ好き。都会でショッピングする人より、海にいく人のほうが圧倒的に多いに違いない。小麦色の肌で、みんな丸っこくて、素朴な顔つきをしているポリネシアン系の子どもたちが長々と海に浸かっている。大人は、トドの群れみたいに(?)集まって、ごろごろしながらだべってる。白人のこどもたちは(なぜか)素っ裸で砂浜を駆け回っている。派手な水着すがたの老夫婦が、仲良く手をつないで海に入っていく。カップルや女性たちは、たいがい白ワインを片手に本を読んでいる。お父さんたちはバーベキュー係。それぞれ家からもってきたハンディタイプのバーベキューの火を、せっせとおこしている。

平日のお昼の3時。

お父さんが、子どもと遊んでいる姿っていいなぁ~。
(そういえば、日本ではあまり見られない姿かも)

お父さんの背中に子どもが乗っかって、いっしょに泳いでる。亀の親子みたい。ほほえましいなぁ~。
(なにより、子どもたちが安心してるのがいい)

お父さんたちが、バーベキューのソーセージを家族にふるまっている姿っていいなぁ~。
(みんな手作り。海の家、無いしね。。。。)

のほほんな男性たち。。。。

ニュージーランドのお父さんたちはのんきでいいなぁ~。

男に生まれるなら、ニュージーランドの男がいいなぁ~。

仕事はそこそこ。残業なんてとんでもない!
家族や友だちといっしょにいることを心の底から楽しむことができるもの。バーベキューすることが、大事な役目だったりするし(日本だったら鍋奉行?)。「実はこれが普通の生活なんだよなぁ~」って思う。

ネクタイという名の首輪をしめて、満員電車につめこまれて、ごりごり押されながら人ごみを歩き、一日コンクリートの建物で仕事をして、帰りは真夜中。家族の顔を見る暇もない。そんな生活をしている人たちが東京には山ほどいる。そんな生活、苦しいよ。その生活は、あなたが求めている「みんなと同じ。当たり前の生き方」じゃなくて、「とっても変わっている苦しそうな生き方」なんだよ、外から見ると。もっと楽で自然な生き方もあるよぉ。

「そんなの安易だ」って怒られるかもしれないけど、ホントそう思う。

永井明さんの『適応上手』(角川ワン・テーマ21)を読む。
『ぼくが医者をやめた理由』がベストセラーになった作家で、今は船医として船で生活されているという。
日本の男性でも、自分を大事にして、縛られない生き方を選ぶ人がいるのだなと嬉しくなった。

情報や自分の思い込みに振り回されがちだけど、なんとかわたしも、自分らしい選択をし、自分らしい生き方をして、自然界にとけこむような終わり方をしたいものだ。


January 17, 2005

インスタント・ジブリッシュ

日本語がしゃべれない夫に、わたしが言う日本語の早口言葉をまねしてもらう。

わたし:なまむぎ、なまごめ、なまたまご。

夫:ナマママ、ナマゴゴ、ナマナママ~!

わたし:赤パジャマ、青パジャマ、黄パジャマ。

夫:アカピジャ、アワゥォピジャ、キキジャジャ!

わたし:新春少女、シャンソン歌手による、新春シャンソン・ショー。

夫:(やけっぱちに)シャシャシャシャシャァ~!

ほら、あっという間に、インスタント、ジブリッシュのできあがり!

(苦笑)


炭鉱のカナリア

わたしの背丈以上に育ったサボテンから、わたしの顔の大きさほどある真っ白な花が咲いた。しかも真夜中に。
知ってました?サボテンの花って夜咲くのね。。。

朝起きたら、札幌の大野君から郵便が。
ゆっくりAERA12月号(04年)に掲載されていた、よしもとばななさんのエッセーがあまりにすばらしいので、コピーして送ってくれたのだ。内容は。ホントにすばらしかった。かいつまんで言うのはおこがましいが、読んでいない人のためにかいつまむと、、、。ああ、やっぱ、かいつまんで言えることじゃないなぁ~、これは(苦笑)。

現実の要求に呑まれていた自分、しゃかりきにがんばりすぎていた自分を発見。(またがんばりすぎてたよぉ~・反省)。ばななさんが呼びかけるように、デブでもブスでも馬鹿でもセンスが悪くてもいいから、一日の中の宝を大事に輝かせて、自分だけのやりかたを思い出そう。と思った。


January 16, 2005

222のリニューアルに向けて

2月22日のリニューアルに向けて、インプロワークスのホームページ作成班はモーレツに(?)がんばっている。

先日、ロゴをデザインしてくれた草谷隆文さんから、表紙デザイン案が3つできてきた。

あまりのステキさに、キヌガワ&ウエブ大工さん、しばし絶句!

表紙はひとつだから、どれかに決めなくちゃならないんだけど、どれもステキ!

見とれてしまう、、、。

(あ~みなさんに3つともお見せしたいっ!)

実はロゴを選ぶときも、2つのステキなデザインがあった。そのときも、すんごく悩んで、いろいろな人の意見をもらって、ようやくそのうちの1つを選んだ。落選したロゴもステキなのよん。今までのインプロワークスのイメージとぜんぜん違っててね。ああ、いつか、みなさんにお見せしたい!

さて、インプロワークスのホームページ。どんな表紙になるか、みなさまご期待あれ!

January 15, 2005

今年の大学院でのプロジェクト

子ども劇「おりがみシアター」の台本を作る。

これは台本・演出・プロデュース・出演すべてを自分でやる初めての試み。オークランド大学院のプロジェクトとして、上演日程はまだ決まっていないけど、今年中には、ニュージーランドの子どもたちに披露する。

日本の良さを盛り込んで、日本人としての作品ができたらいいなぁ~と思う。

選んだ作品は『舌きりスズメ』。日本のものがたりのスケールの大きさ、残酷さとユーモアが同時に盛り込まれているし、おりがみの良さをエンターテイメントに見せられるように思ったので。

それからもう一つの大学院でのプロジェクトは、「1年かけて、学生たちとインプロをして、パフォーマンスまでもっていく」というもの。こちらは3月に入ったら、さっそくオーディションを行い、稽古を始める。こちらもわたしとしては初めての試み。しかもニュージーランドでは「シアタースポーツTM」は、すでに高校教育に取り入れられたりしているので、わりとポピュラーなんだけど、ロングフォーム・インプロはまだまだ未開拓。なので、生徒たちにとっても、ニュージーランドの演劇界・インプロ界にとっても、新しい試みになのです。

おひつじ座、血液型0型、一白水星。あたらしもん好きキヌガワは大いに、非常にコーフンしてます!

ふんがぁ~(注:これは鼻息)

January 14, 2005

「わっかるかなぁ~?わかんないだろうなぁ~」。これって誰のギャグだっけ?

日本の太鼓グループ「鼓動」のDVD(坂東玉三郎さん演出)を、リズ宅でみんなと見る。

最初に、ひとりで自宅で見たとき泣いてしまった。
この人たちの鍛錬のすごさや、日本文化のとらえかたの美しさとかに。

さて、「太鼓」の「た」の字も知らないニュージーランドの人たちは、いったいどんな反応をするのだろうか?
わたしと同じように、太鼓のビートにしびれるのだろうか???

さて、リズ宅のホームシアターのスクリーンは畳4畳半ぐらいある。
その4畳半のスクリーンに、いきなり、白ふんどし姿の男衆が大写しになる。

「ごっくん」。みんなが思わず生唾を飲み込む音がする。

そして止まることのない連打。

太鼓奏者たちの力強さ、研ぎ澄まされた身体の動きに、みんな「はぁ~」っと官能のため息。

みんなの反応が面白くて、そっちばっかり見ていたよ、わたしは(苦笑)。

男女の関係をさりげなく表現するところとか、佐渡の踊りがゆっくり通り過ぎていくところとか、唄の歌詞とか、「ぐっ」とこころをつかまれる瞬間の連続。でも、これ、日本人特有のものだもんなぁ~。

「わっかるかなぁ~?わかんないだろ~なぁ~?」

終わってからの友人たちの感想

「真ん中で太鼓をたたいていた一番若い男の子が、いちばんハンサムだった」だって!

イエェ~イ

January 13, 2005

言葉とイメージ

J・ルコックの翻訳本、ちらっと読んだだけで、「なんか、よく分からん」とほっぽらかしていたんだけど、あらためて手にとって読み始める。

あらあら。(意外と面白いじゃん)

ふむふむ。(なかなかいいこと言ってるぞ)

へぇ~。(すごい、深い!率直。真実!)

身体に浸透していくように、ルコックの言葉がしみこんでくる。

正直言って、この本は、実際に、ルコック・システムを体験したことがあったり、話を聞いたりしたことがある人じゃないと、理解するのはとても難しいのではないかと思った。わたしは、友人リサからきいたルコックの学校のこととか、ビデオで見たルコックの指導の様子とか、自分が習ったルコック・システムとか、去年からトライしている「マスク」をつけた演技とか、そういう自分の知識を総動員したので、書かれている現場をイメージすることができたけど、そういう経験がなかったらイメージするのは難しいだろうなぁ~。

それにしても、なんとしても、こういう本はとても貴重なのです。

そして「この本以前」の本がもっともっと沢山必要だし、(小谷野洋子さんの『マイム』晩成書房はそれに近い名著)、「この本以降」の本も必要だと思った。「本で読むだけじゃだめじゃん!分かりっこないじゃん!」と意見される方もいらっしゃると思うけれど、逆に「本から学べることって、意外にたくさんあるのです。だから必要」とも思うんですわ。

初めて映画に出演するとき、ま~ったく映画経験のない私に一番役立ったのは、なにはともあれ、演出家の指導でも、演劇の経験でもなく、マイケル・ケイン著『映画の演技』(劇書房)という一冊の本だったんだから。

追加。

『心を映すー仮面たちの世界』(監修:野村万之丞・檜書店)は、コメディア・デラルテやマスク(能や狂言の面についても)を理解するのに、とても親切な本。「マスク」の世界を言葉にするのは、まさに目に見えないことを言葉にしていく作業。すごく大変なんだなぁ~、きっと。

マスクの面白さについては、また改めて書いてみたいです。チャオ

意識のバランスー「外」へ「内」へ

映画監督のカースティと打ち合わせ。
彼女は今、2つの映画の準備をしている。

1つは(以前このページでも紹介したけど)、ハンチントン病の母親と、その娘と看護婦の物語。わたしは看護婦の役。キャラクターについて、看護婦の仕事について、映画のアイデアについて、ながながと話しあう。

もう1つは、「輪廻転生」がテーマの短編映画。
出演者はたった一人で、その役者がいろいろなキャラクターに扮装し、即興でそのキャラクターを演じるところをノーカットで撮影するもの。これもキヌガワが出演。即興で演じることついてのプロセスを話し、できるだけ早く撮影しようと誓いあう。

打ち合わせが終わって、彼女を見送ったあと、とても清々しい気持ちになり、エネルギーに満ち溢れている自分を感じた。

ワークショップ・リーダーは、どちらかというと「アウトプット」の作業が多い。
人に喜んでもらうことが目的なので、そのために全身全力を傾ける。自分のことは二の次。そのためにワークの準備にはお金も時間もかけるし、始まる前の心労が大きい。ワークをやっているときは無我夢中だし、自分もめっちゃ楽しいのだけれど、終わった後の安堵感は計り知れない。

反面。
演技は、もっと自分の内面と向き合うことになる。

「アウトプット」と「インプット」。

「外に向かう意識」と「内に向かう意識」。

この両者のバランスが、わたしにとってとても大事なことだと、あらためて自覚した。

今日は、リサとコメディア・デラルテの日本ワークショップについて、5月のコメディ・フェスティバル出演についての打ち合わせ。

なんか、創作意欲がもりもり沸いてきたぁ~!

January 12, 2005

感情を勘定してごらん(苦笑)

笑うと健康にいい。妬みは身体に良くない。

これ『なぜ人は破壊的な感情を持つのか』ダライ・ラマ&ダニエル・ゴールマン共著からの引用なんだけど、妙に納得できる。肯定的な気持ちだと、身体の免疫力が高まり健康になるし、否定的な気持ちだと、脳の活動が鈍ったり、病気になったりするんだって。

だからといって「否定的な感情を持ってはいけない」ということじゃなくて。妬んでも怒ってもいいじゃないかぁ~ハハハハと笑い飛ばせればいいのだ。

感情は永遠じゃない。流れていくもの。人のこころにとどまるけれど、いつかは消えていく。

感情って面白い。

感情がある理由は2つ。

1)「自分はこう感じているんだ」と相手に知らせるコミュニケーションのため。

2)「あなたはこう感じているんですよ」と自分の気持ちを知らせてくれるため。

どちらにしてもキーワードは「伝達する」「伝達されたことを知る」ということ。

感情はコミュニケーションのツールなんだね。

January 11, 2005

こちらは真夏です。海に行きたい。。。

どうしよう。

仕事が溜まっているのに、外はマリンブルー。

太陽サンサン。真っ青な空。真っ青な海。

今朝は、満ち潮で、海がマングローブの林をカバーしてとても綺麗。
仕事場の窓から、白いヨットの帆や、赤や黄色のウインドサーフィンの帆が見える。
ああ。。夏っていいなぁ~。。。

今年のお正月はちょっと寒かったから、まだ泳いでいない。ボディボードもまだ。
お正月が明けて、仕事が始まったとたん、こ~んなにいい天気になるなんでズルイ!

こ~んな真夏日に、仕事してられましょうかっ?

いやいや、仕事しようよ、大人なんだから(苦笑)。

そんな気持ちの葛藤しばし。

みなさんだって、夏休みをとりもんね。今が「夏休み」だと思えば、、、ちょっとくらい休んでもバチはあたらないかなぁ~?

(これって、こじつけ?)

January 09, 2005

ある意味、タイムトリップともいう(?)

朝6時。気がついたら、我が家のダイニングキッチンの床で寝てた。寝袋で。

あれ、さっきまで、ミッジの家でパーティしてたのに、、????

ミッジの家にいって、祝えなかった去年のクリスマスを祝って、シャンパンがおいしくて、ぐいぐい飲んで、、、。

記憶はそこまで!

そして記憶が復活したのは、我が家のダイニングキッチンの床。

ああ。。。。またやってしまった、、、。完全なる飲みすぎ。記憶なし。

「今回はすごいよ。記憶は食事の前までだもん。何を食べたか、何をしゃべったか、いつどうやって帰ってきたか、ぜ~ぜん覚えてないんだもの、、、」

寝室を覗いてみると、夫がネコと寝ている。起こしてみると、「あれ?今までどこにいたの?」だって。

彼は家に帰ってきたことまでは覚えているけど、わたしがダイニングで寝ていたことは覚えてないらしい。

夫婦して飲んだくれ。記憶なし。

わたしの脳みそは、さぞかしアルコールづけに違いない。

だったらさぁ~、アルコールさんよ。

ちょっとは消毒してくれてもいいんじゃない、わたしの脳みそを!

January 07, 2005

わたしを使ってくれぇ~!!!!

世界的に有名なダンサー&振付家のダグラス・ライトさんが、ひょっこり我が家にやってきた。

前にお芝居で共演したウォーレックに連れられて(彼らはホモ友だち!)、我が家を見に来たのだ。

我が家はデザインが変わっているので、ときどき雑誌の人が取材にきたりする。イタリア・フランス・スエーデン・オーストラリアのデザイン雑誌に載ったこともある。ぜんぜんリッチなお家じゃなくて、ちっこくて、できるだけ安く建てたんだけど、変わったものが好きな人たちには、なぜか評判らしい。。。。(不思議、、、)

ということで、ニュージーランドのアーティストたちが、めずらしがって遊びに来たりする。
(ニュージーランドでは、自宅に人を呼ぶのが日常茶判事なので、前触れもなしに、人がひょっこり遊びにきたりする。これはわりとあたりまえ。最初はびっくりしたけど、最近やっと慣れてきた)

ダグラス・ライトさんはロンドンのDV8というダンスグループもいたことがあるし、ニュージーランドに帰ってきてからは、伝説的な舞台をいくつもつくっている。去年自叙伝を出版、彼の人生を描いたドキュメンタリー映画もできた。わたしはそのドキュメンタリー映画をビデオで見たことがあって、それでお顔を知っていた。

それにしても。
なにしろ、「あの」ダグラスさんが、いきなり、電話もなしに、面識もないのに、ひょっこり遊びに来たのだ。握手して、顔をよく見たら。あれ?この人、見たことある。。。って思った。しばらく世間話をしているうちに、突然思い出した。「あっ。この人は、ダンサーのダグラス・ライトさんだっ!」って。いやぁ~びっくりした。最初はただのちびっこい、サル顔のおっさんかと思ったよぉ。。。

それにしても。
夢のような、びっくりすることは突然起こるものだ。

友人のテサは、今、南ニュージーランドでアンソニー・ホプキンスと映画の撮影している。

「このオーディションが受かったら、アンソニー・ホプキンスと共演だよぉ~。羊たちの沈黙だぞぉ~。へへへへ」
冗談みたいにだべっていたのに、テサは本当にオーディションに合格して、4番目か5番目にいい役に抜擢された。

いやぁ~、夢のようなびっくりすることは突然起こるものです。

それにしても。
ダグラスさんはとても繊細な人だった。言葉ひとつひとつを選びながら話していた。たたずまいが人間ばなれしている。背筋がすっとして、ふわっと足が地面についている感じ。庭のサボテンを見つめたまま、「うつくしい、、、」と感動にひたっていた。サボテンといえば、「あ~、とげに刺さったっ」と大騒ぎするがさつなキヌガワとは大違い。人物や草花、世の中にあるものを見る目が哲学してる。

風のように去っていったダグラスさま。

そういえば、エイズだと聞いたことがあったっけ。

初めてだ。

エイズの人を見たの。

けっこう元気そうじゃん。。。

ふぅ~ん。。。。

。。。。。。。。。。。。。。。。

今年1年かけて新作を創ると言っていた。

「がんばってね!また会おうね!」って言ったけど、本当はこころの底では、こう言いたかった。

「わたしを使ってくれぇ~!!!!」

ああ、なんてあさましいんだろう、わたしって、、、。

トホホホホ(苦笑)。。。。

January 06, 2005

もっとも「即興」を「即興らしく」表現できているホンモノの本、発見!

うん、この本はすんばらしぃ~!!!

あんまりステキなんで、自分ひとりの宝ものにしたいなぁ~~。

みんなにあんまり紹介したくないなぁ~~~。。。

でも。紹介するね。

『即興演奏ってどうやるの』
野村誠&片岡祐介著(あおぞら音楽社)

「即興」という言葉をどう表現したらいいかいつも悩むんですが、この本はじつにクリアに表現してます。大事なポイントをしっかりおさえている。指導のしかた、コミュニケーションのつくりかた。あ~も~、的をついているっ!言葉で表現しようとするけど、なかなか言葉にならないところを、うまく表現してくれていてとても心地いい。即興の面白さも十分に伝わってくる。

おまけにCD。
これによって、現場の状況がイメージできるのもスバラシイ!

そしてそして、この本のすごいところは、即興のミラクル性(即興では奇跡が起きるときがある)をも表現しているところ。

とにかく、関心しました。
大事に大事に、丁寧に丁寧に、つくった本だなと思いました。

野村さんと片岡さんと、いっしょに仕事してみたいなぁ~~~。
(だれか紹介してくださぁ~い!)

January 05, 2005

仏教と科学

『なぜ人は破壊的な感情を持つのか』

ダライ・ラマ&ダニエル・ゴールマン共著(アーティストハウス発行・角川書店発売)を読む。

仏教と科学が、”感情”について、じっくり研究し討論した5日間を、ドキュメンタリータッチでつづる。
ダライ・ラマは仏教の視点から、ダニエル・ゴールマン他、世界中からやってきた一流の科学者たちは西洋科学の視点から。破壊的な感情とは、自分や他人を傷つける行為を引き起こす感情と定義している。

心理学的、宗教学的、科学的にとても興味深い本である。

キヌガワはダライラマにすんごく共感した。
ダライ・ラマは本書で、仏教を、科学的に実証しようとしている。
(インプロも、”なんとなく楽しいから”ということだけでなく、科学的に実証されれば、もっと人のためになると思う)。

ダライ・ラマは、科学的に間違っていると証明された仏教の教えに関しては、教えを変えてもいいとまで思っている。
(たとえば、地球は丸いと実証されたけれど、仏教の経典ではそうではなかった。ダライ・ラマは地球は丸いと言いきる)つまり、仏教が現実的なものであるように、常に目を向けているのだ。

ダライ・ラマが科学者と議論しあって、その違いや同じ部分をはっきりとさせていくところがスリリング。

また両者のすばらしいところは、感情について議論するだけではなく、一般の人たち(仏教徒だけでなく)の生活でも役立てるように、人々が実施できるように考えていることだ。

題名に惹かれて『知の即興空間』(山口昌男著・岩波書店)を読んだ。
「即興」のその字も感じられない本書は、知的文化人山口さんが自分の生活をエッセー風につづったもので、その中にたくさんの「教授」と呼ばれる人たちがでてくる。「教授」と呼ばれる人たちは、政府のお金で世界中旅行して、学会をして、難しい論文を発表する。本書では、ものすごくたくさんの知識をもって、政府のお金を自由につかえる権力をもっていて、世界中のすぐれた人たちと会うことができると語る。

そんなすばらしい人たちなのに、読んでいくうちに、なんだか、なさけなくなった。
そんなすごい力をもっている人たちなのに、な~んも社会の役にたってない。。。。
知識盛りだくさんの論文なのに、むずかしすぎて読めないよぉ~~~。。。。。
文章、はっきり言って、つまらんですぅ~。。。。。。。。。
わたしなんかより数千倍の力のある人たちが、その知識を一部の「会」の中でひけらかすだけなんて、もったいないなぁ~。

ホントウは、実は、「教授」と呼ばれる人たちは一般社会に貢献しているのかもしれないけど、すくなくとも、わたしはそういう実感は感じられないのです。伝わってない。残ってない。

そういう意味で、(話しが戻りますけれど)、『なぜ人は破壊的な感情を持つのか』という本はすばらしい。
なぜなら、宗教&科学の最先端の人たちが、「一般社会にどう貢献できるか」ということを底辺において活動しているから。

なんか、初春早々、いいヒントをもらえたような気がします。

January 03, 2005

バカバカしいので、これっきりね。

「ユリさん、ユリさんのワークショップを受けたことをある人に言ったら、“ああ、あなたはユリ派なのね”って言われましたよぉ~」。。。

のほほんとした顔の姫ちゃんが言った。どうやら、この世には“ユリ派”と呼ばれるものがあって、なんとわたしが“派閥の大将”になっているらしい。いやぁ~びっくりしましたぁ~。。。というか、正直に言うと、ちょっと「アハハハ」というか「トホホホ」な気持ちになりました。

わたしがワークショップを始める前のこと。だんだん流行になりつつあった表現ワークショップに派閥があって、「○○先生派」と「××先生派」の生徒たちが対立しているらしいと聞いたことがあります。そのとき、「なんてバカバカしいんだろう。なんてバランスの悪い考え方なんだろう」と思いまいた。また劇団などでも派閥争いのために、グループが分裂することがあるし、演劇界だけじゃなくて、政治の世界だって、お茶やお花の世界にだって派閥があります(この場合は流派というけど)。

そして。
いやぁ~ついにやってきました、インプロ界にも“派閥”が!

バカバカしい。。。。(苦笑)

わたしは一度も自分から、「わたしはユリ派よ。あなたもユリ派に入らない?」な~んて言ったためしがないし、他のインプロのグループの人たちに対しても、「あなたは○○派の人ね」な~んていう目で見たこと、一度もない。いったい誰が、そういうこと言ってるのか~???

それにしても笑える。
自転車操業、キヌガワが裸一貫(?)で活動しているインプロワークスでっせ。派閥もなにも、人がいない! スタッフは制作メンバーのみ。ワークショップは単発だし、おなじみさんはいても、むしろ「みなさん、もっといろんな人のワークショップを受けたほうがいいですよ」と薦めることのほうが多いのに。「即興を遊ぼう会」も「ワークショップ・リーダー勉強会」もわたしが牛耳っている会じゃなくて、みんなが自主的に活動しているだけ。キヌガワは「集団行動のできない女」なので、とにかく「集団行動しなくてはならなくなる所帯」は作らないようにしてきた。それなのに、“ユリ派”かぁ~~~。へ~~~。(妙に関心してしまふ)。。。

それにしても、ワークショップというものは、そもそも参加実践型の勉強方法のこと。それ自体が組織になるのは変だし、仲間が固定化してしまうと、マンネリになるし、成長がストップする。これではワークショップの本来の目的とは離れてしまう。だから、ワークショップ同士で派閥をつくるのなんてナンセンス。

そんなこんなで。

わたしはけっこう人から悪口を言われたり、言われるような種を自分から蒔いてしまうような、馬鹿なところがあるので、陰口を言われても「な~んかねっ」。と思って忘れてしまうことができるのですが、わたしのワークショップを受けた人たちが、いわれもない決め付けによって、不快な思いをされているとしたら、それはとても悲しいこと。

だから言いましょう。

「インプロワークスは“ユリ派”の人たちが集まっている場なんだ」。と思っている方、どうぞ、それは“勘違い”です。わたしのワークショップを受けている人たち、また受けた人たちは、“ユリ派”なんかじゃありません。たまたまユリのワークショップを受けてくださっただけであり(これはわたしにとって嬉しい出会いですし、できる限りの提供をしています)、その人たちがどのワークショップを受けようと、その人たちの自由です。

またキヌガワとしては、派閥づくりというより、むしろ反対のこと(それぞれが、いち個人として活き活きできる場所づくり)をしたいと思ってます。

勘違いしているみなさん、どうぞご理解を!

それにしても、こういう弁明は、これっきりにしたいものですわん。

January 01, 2005

2005年がやってきた!

新年あけましておめでとうございます!
(昨日は去年、今日は今年。不思議な気分、、、、)

みなさんは、2005年の初日をどうお過ごしですか?

わたしは、昨晩から友人が経営する海辺のロッジに泊まって、カウントダウンしました。
こちらは真夏です。みんなTシャツに短パン。すっぴんで、ビニールサンダル。
すんご~くカジュアル。神妙なムードはこれっぽっちも無いっ!
蚊の大群と戦いながら(こっちには、蚊取り線香がないっ!)、満天の星空にかこまれて、バーベキュー。
テレビは無いので、(もちろんだけど)紅白歌合戦はやってない!

これって、なかなか淋しいものですよ、日本人としては(苦笑)。。。

11時ごろから、友人たちとビリヤード開始。
飲んだくれてるし、あまりにみんなが下手で(とくにユリ!)、あやうくビリヤードをしながら年を越しそうでした。
「もしかしたら、2年にわたる大勝負になるかもねぇ~」ってハラハラもの。勝負がついたのは、あと5分で来年(12時55分!)。

勝負づかれでグダァ~っとしていたときに、「ハッピー・ニューイヤァ~!」がやってきた。

こちらは、ハグハグ&キスキスでお祝いする。

わたしも慣れないながら、みんなとハグハグ&キスキス。

年越しそばとか、お正月のおせち料理とか、そんな日本のお正月を恋しがる自分と、慣れない文化の中で、なんとかお正月を迎えている自分の両方を同時に感じた瞬間でした。

みなさんは、いかがお過ごしですか?

つきなみですが、、、、

お餅の食べすぎに注意しよう!

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