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February 27, 2005

わたしをインスパイアーしてくれる人やもの。

2月最後の日曜日、みなさま、いかがお過ごしですか?

わたしは2日間の合宿稽古から戻ってきました。

リサ家の別荘は、モダンなつくりで、でかいデッキから海がど~んと見えて、「あなたを、めっちゃバケーションな気持ちにする場所」(苦笑)。わたしたちは、その誘惑と(ある意味)戦いながら、2日間稽古したのでした。

このコメディのコンセプトは、「多国籍国家ニュージーランド」。
リサはスコットランド出身、ロブは生粋のマオリ、ゆりは生粋の日本人。
わたしたちはいわば今のニュージーランドを象徴するキャスティングであり、わたしたちだからこそ伝えることのできるメッセージをコメディという媒体を通して表現できたらいいねぇ~というもくろみ。

それにしても国籍も違うし、育った環境もほ~んとにぜんぜん違う!

たとえば、お葬式。

マオリのお葬式は4日間続く。
その間、家族の誰かが、毎晩、死んだ人と添い寝するそうだ。
そしてお葬式の間、とにかくみんな悲しみを思いっきり表に出して、泣きまくる。
腹の底から、泣いて泣いて泣いて。みんなで号泣する。そこですべての悲しみを出し切る。

もっと昔は、死んだ人がガイコツになるまで、木につるしておいたそうだ。
家族たちは、死んだ人がつるされている下に立ち、死んだ人の身体からでてくる液体を身体にあびる。
(もちろん、激臭!)あびることで、死者のたましいの一部を、自分のものとするのだという。
これって、ものすごく死者をリスペクトしていることだよね。
これがマオリのお葬式。

スコットランドなど西洋では、「できるだけ泣かないように。お葬式は短く」という傾向にあるらしい。

日本のお葬式も独特。棺おけの釘を、家族が打つとか、お骨をお箸で骨壷に入れるのとか。
リサもロブも、とても驚いていた。

こうやって、わたしたちはお互いの違いに驚きながら、このお芝居のストーリーを探していった。

2日目は、コメディア・デラルテのマスクを使って即興したり、ひとりひとりのクラウンを探したり。
自分たちの個人的な体験を、それぞれが発表したり。それを、他2人がまねしたり。
体験の底に流れている感情やメッセージやテーマは何かを話し合ったり。

「ただ表面的に”笑えた。面白かった”というコメディじゃなくて、ずっし~んと五臓六腑に染み渡るコメディにしようね」と話しあった。これは、自分の立ち位置を再確認させてくれることとなった。

その晩、「オークランド・フェスティバル」のオープニング・セレモニーが行われた。

いろいろな国のいろいろな催し物が数週間にわたって行われる。

ダンス、演劇、音楽。

世界は、わたしたちをインスパイアーしてくれることだらけだ。


February 25, 2005

合宿稽古!

これから、5月のコメディ・フェスティバルの公演に向けて稽古で~す。

リサ家の別荘に、2日間合宿。

「水着、忘れないでね!」と、昨晩、リサから電話がかかってきた。

ニュージーランド流の合宿稽古は、圧倒的にのんびりなのだ。

出演者3人とも忙しくなかなか稽古できないので、この2日間はとても貴重なものとなるであろう。。。

(と期待している)。。。


February 24, 2005

奇妙な動き、ひきつった顔。

オークランド大学院の教授と会って、今年のスケジュールについて話し合う。

予想以上に今年は忙しくなりそうなので、それでも勉強できるような日程組みを決めた。

6月に「おりがみシアター」。
10月中旬にスペインのお芝居に出演.
年間プロジェクトとして、「ソロ・ショー」の脚本を練り上げる。

「ソロ・ショー」は去年からず~っと練り練りしている作品なんだけど、創作に行き詰っていたので、大学院のプロジェクトとして教授の指導を仰げることは、とてもありがたいことだ。しかもエドモンド教授は、ドラマタージといって、ドラマづくりの研究をしているので、わたしの希望にまさしくピッタリ・フィットなのだ。
「ロング・フォーム・インプロ」のプロジェクトを予定していたけれど、たくさんの生徒をまきこんだ大掛かりなプロジェクトなので、今年は断念することにした。

今年から通信教育で大学へ行くか、来年からunitecで映画&舞台の演出を学ぶか。
いろいろ迷ったけど、今わたしの周りにある現実を見回してみて、やはり今年から通信で日本の大学で勉強することにしようと思う。よく考えたら、映画づくりのチャンスは、学校に行かなくても、すぐ足元にあることを発見したのだ。学校に行こうと思ったのは、もしかしたら、実際に行動するのが恐いので、そのためのエクスキューズだったのかも。

その後、ハンチングトン病の患者さん3人とお会いした。

病院ではなくて、患者さんたちが自主的に生活できるようなサポートシステムになっている施設だ。

ハンチングトン病についていろいろな資料を読んだけど、実際に患者さんとお会いするのは始めて。
失礼のないように、よく分かっている看護婦さんに事前にお話しを伺う。

すごく緊張した。

ジルは、きちんとした身なりで、赤い口紅をほんのりつけている上品な女性。
発病前は学校の先生をされていたという。時々、びくっとする奇妙な動きが、彼女の病状の進行度を物語っている。

ブライアンの部屋に入ったら、ぷ~んと異臭が。
汗のにおい。ハンチングトンの人は、「自分からなにかをする」ということができない。「洗濯しましょうね」というと、洗濯できるけど。彼は発病前、ビジネスマンで、自分のヨットを持っていて、海が大好きな成功者。でも発病してから、奥さんと離婚して、子どもとも離ればなれになったという。「病気になって、いちばん悲しかったのは、家族とのこと」とおっしゃっていた。

マルコムはラウンジで待っていた。
わたしたちのことを、ひどく怒っていた。ジルとブライアンに会っていて、待ち合わせの時間に数分遅れてしまったのだ。彼の病状は2人より進行している。痙攣というより、ダンスのような、大きな動きが始終止まらない。寝ているときも、この動きは止まらないのだそうだ。

3人は、とても知的でステキな人たちだった。
自分たちの苦しみ、悲しみ。そして楽しいこと。オープンに話してくださった
わたしは3人がとても好きになった。その奇妙な動きも、ひきつった顔も。

映画という媒体を通して、このような貴重な体験と出会いをさせてもらって、本当にありがたいと思った。

この施設ではボランティアで働くことができると伺った。

わたしは、その申し込みをすることにした。


February 23, 2005

ハンチングトン病

今日はこれから、監督のカースティと共に、短編映画のリサーチのために病院にいく。

ハンチングトン病という病気の患者さんと看護婦さんにお話しを伺うのだ。

ハンチングトン病というのは、日本ではあまり聞かない病名かもしれない。
わたしも話を伺うまでは、聞いたことのない名前だった。
脳の一部が壊れてしまう病気で、計画性がなくなり、極端に物事にこだわる思考になってしまう。
つまり、性格が変わってしまう。身体的には、突然、踊りだすような動きをする。

奇妙な病気だし、発病してしまったら回復する方法が(いまのところ)見つかっていない。
ケアーが難しい病気なので、発病すると、そのケアーの大変さ・病状の奇妙さに患者の家族がヘトヘトになってしまう。そのため、家族が患者から離れていく(離婚させられてしまうとか)ケースがとても多いそうだ。

わたしはハンチングトン病の患者さんといっしょに生活している看護婦の役なので、生活での具体的な作業やこころの動きを伺って、役作りの参考にさせてもらう。

この映画には、ニュージーランドのハンチングトン病の患者さんや家族のソサエティーが協力してくれている。
彼らは、この映画を通して、人々がこの病気を理解してくれることを心から願っている。

わたしも、その一端が担えれば嬉しい。

February 22, 2005

だから、あんまり悩まないでいこう。

とにかく、サイトが無事リニューアルできて良かった!(^^;)

計画性があまりないキヌガワの、船頭さんになってくれたウエブ大工のシーモア、ありがとうぉ~。

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今日は朝からステーティブンのお芝居を、”島”で稽古。
再来週に、できているところまで公開する予定なのだけれど、はたして間に合うのか、、、?
はたして、わたしたちはライトウエイ(正しい道)を進んでいるのだろうか???
稽古と言っても、ディバイジングなので、なんとも道なき道。
不安をかかえながら、できるだけキリキリしないように心がける。

その後、”島”に住んでいる友人宅でディナー。
友人は映画監督で、実在した詩人を主人公にした映画の脚本を、なんと10年もかけて書いている。
しかし、今だに納得できる脚本にならない。
フィルム・コミッションからも認められていないので、撮影に取り掛かれない。
あまりに煮詰まったので、しばらくその仕事から離れて、ドイツやオーストラリアでドキュメンタリーの演出をしていて、最近帰ってきたのだ。

10年、道なき道をひとり行く気持ちは、どんなにシンドイことだろう。

それにしても。
がんばらない生活を選らんだ人たちが億万長者になり、がんばってがんばって生活している人が日の目を見ない。

こともある。

たとえば、この”島”。

数十年前は、ヒッピーたちが掘立小屋のような家をたてて暮らしていた。
土地や家もめっちゃ安かったので、みんな海沿いの見晴らしのいいところに住んでいた。

ところが、ここ20年。アメリカズ・カップ(インターナショナル・ヨットレース)が行われたころから、この”島”に、たくさんの別荘が建ちはじめた。アメリカ人のお金持ちが、ばんばん土地を買い取った。土地や家の値段は沸騰。
ただ同然の土地に数億円の値段がつく。
半ば世捨て人にのんしゃらんとその日暮らしをしていたヒッピーたちの土地も数億万円で売れていく。。。
そして、”島”に住んでいるヒッピーたちは一生働かなくていい生活になった。
そんな成金ヒッピーが、この島にはうじゃうじゃいる。

人生って、ままならないなぁ~。。。。

マイク・リー監督の新作「ベラ・ドレイク」を観た。
人生ままならないことばかり。という映画だった。
(登場人物すべて、もんのすごくすばらしい!)

雑誌のインタビューで、監督はこう答えたという。
「お客さんに”答え”を与えるんじゃなくて、”質問”を投げかけたかった」と。

人生は”質問”ばかりだ。
どうしてだろう?と思うことばかりだ。
問い続けていくことが、人生そのものなの「かも」しれないなぁ~。

(だから、あんまり悩まないでいよう。。。)

February 21, 2005

リニューアルし続けること。

今日は”島”でスティーブンと稽古をして、
その後、ひさびさのリビングシアター(ロング・フォーム・インプロ)だった。

わたしは15分ぐらいのソロをやった。
イスから離れて、自分の足あとをたどり、自分の家にたどり着くまでのライフストーリーが出来上がった。
自分が常にエンターテイメント性を意識するタイプだということをしみじみ感じる。

スティーブンは、ドアに恋するブッフォンを演じて、大爆笑。
あまりに面白くて、嫉妬した。
わたしは、まだまだ小手先でインプロしてる。
頭でインプロしてる。
ダイナミックさが足りない。
もっともっとリスクを負って、感情豊かに表現できるはずだと思った。

まだまだ、まだまだ。

「自分に満足しないところが、自分のいいところ」。だと思いたい。

ところで、もうすぐサイトがリニューアルする。

あと数時間だ。

ドキドキ!

今まで二転三転したサイトづくりなので、みなさんに公開するのがとても楽しみ。

(それにしても、とにかく、間に合って良かったなぁ~)

さあ、これがスタート地点。

どんどん面白いサイトにして、みなさんに喜んでもらいたい。

そんな気持ちでいっぱい。

初めてコンタクト・インプロを体験しました。

土日にかけて、コンタクト・インプロのワークショップに参加した。

先生はボストンからやってきた、Martin Keogh。
世界中でコンタクト・インプロの指導をしている。その業界では一流の先生。

受けつけの人が「彼は危険な人よ」と言っていたけど、わたしの彼への第一印象は、「わぁ~、この人、イルカみたい」。スキンヘッドで、白くて、見掛けもイルカなんだけど、内面もあたたかくて平和な気持ちに満ちている人。

さて、まるまる2日間、どっぷりコンタクト・インプロに浸かりました。

コンタクト・インプロとは、身体同士が即興で会話すること。

自分の身体との対話、他者の身体との対話。

具体的には身体をリラックスすること、感じることから始まって、相手の身体を知り、身体を感じるエクササイズ。
なんどか実際にコンタクト・インプロのパフォーマンスをして、そして、それに伴ういくつかのアイデアやテクニックのエクササイズをする。そしてまた何度か実際にパフォーマンス。という2日間でした。

受講者のほとんどはプロのダンサーたち。
役者はわたし含め、ほんの数人だったと思われます。

コンタクト・インプロといってもいろいろあるみたいなのですが(わたしが受けたワークショップは、プロのダンサー向けの内容だったこともあるかもしれないけど)、コンタクト・インプロはまさしくダンスの分野であり、演劇とはまた違う分野だなぁ~と感じました。もちろん、わたしたちが取り入れることができる要素は山盛りにあるのですが、領域としてはダンスだなぁ~。

それにしても。

私たちがやっているインプロだと、身体がおざなりになりがちなので、いくつかのトレーニングは取り入れることができるなと思いました。ワーク参加者はすでにコンタクト・インプロを続けている人たちで、これからも定期的にジャムをするそうなので、わたしも参加させてもらい、もう少し勉強しようと思います。そしたら日本のみんなにも還元できるね。

また。

マーティンといろいろ話しができたのがおおきな収穫。
いろいろな国でのコンタクト・インプロ情報や、コンタクト・インプロ業界の状況や、先生がた、歴史など、いろいろ聞くことができたので、今後の活動のヒントになりそう。また世界がちょっと広がったかも。

もちろん、マーティンを日本に招聘することも、(将来的に)あるかもしれないなぁ~。

それにしても、今日はあざだらけ&筋肉痛。
ひじに、ひざに、お好み焼きサイズの青あざが広がっています。

勲章みたいで、けっこう壮観。

(苦笑)

カウントダウン

HPのリニューアルのために、インプロワークスのHPの表紙は、カウントダウン状態になっている。
軽い気持ちでカウントダウンしているんだけど、秒数まで掲示されると、なんだかドキドキするね。

February 18, 2005

ニュージーランドの日本レストランはまずくて高い?

ニュージーランドに住んでいて一番あたまに来ること。

それは、「日本料理のレストランがまずすぎる!高すぎる!」

今日行った日本料理レストランは、現代風の建物で、おしゃれ。
しかし。
エビのてんぷら一匹「だけ」で、なんと¥500!!
(もちろん、ほとんどが衣。気絶しそうになった。。。)
刺身の盛り合わせは、赤みまぐろとサーモンが2切れづつだけで、¥1500!
しかも、よれよれで、まるでキャットフード。
ウエイトレスは明らかに英語が分かっていない(おそらく語学留学生)。
何度も「お水ください」と言っても出てこない。あきらかにやる気なし。
もっともあきれたのは、生酒を熱燗で出してきたこと!

あまりにふざけている。
お客を馬鹿にしているとしか思えない。
ウエイトレスの顔が、どろぼうに見えてきた。
おおい、金返せっ!

それにしてもさぁ~。
わたしたちは、魚取れ放題の豊かなニュージーランドに住んでいて、日本の半分の物価で商売ができるのに、どうして山盛りのお刺身とか、美味しい煮着けとか、新鮮なサラダとか、ほっぺたが落ちるような料理をつくろうとしないんだろう?どうして安くて美味しいものを作ろうとしないんだろう?

料理人としてのプライドはないのか?
ニュージーランドに来てまで、東京のレストラン、いや、ファーストフードにも劣るような料理を出していて恥ずかしくないのか?
これがホンモノの日本料理だと思ってしまうニュージーランド人を、気の毒だとは思わないのか?

疑問だ。

それから、こういう盛り付けやニセの雰囲気にだまされちゃうニュージーランド人のなんと多いことよ、、、。
「オー、これこそジャパニーズテイスト。これこそ、”禅”の世界ぃ~」
な~んて簡単に感激しちゃうんだなぁ~。
そういう人たちに限って、なぜか、”おたく”っぽかったり、”ひと時代まえのヒッピー風”だったり、”オリエンタルかぶれ=西洋ではちょっとはみだしもの?"みたいな人が多いような気がする。現代的な風采ではないんだなぁ~~。なんとなく)。

レストランに入る前に、マイク・リー監督の新しい映画を見た。
今までのハッピーエンドとは違い、とても物議をかもしだすエンディングだった。
貧しいけれど親切で明るい善良な市民が、法のものとに、めった切りに裁かれてしまう。
人生はアンフェアーだ。
人生は矛盾だらけだ。なに一つとして公平なものなんて、ありゃしない。
みんな表面的に綺麗ごとを言ったって、その底には、知られたくないダークサイドがある。それが現実だ。

そんな映画だった。

そして、このふざけた日本料理レストランに入った。

これも何かのメッセージに違いない。

怒りを通り越して、悟りの境地に至るべし。。。(苦笑)

みなさん、ニュージーランドに来たときは、日本料理レストランには気をつけてね。


夢の吟味

カースティンと映画の打ち合わせ。
彼女のうちがロケ地なので、いろいろ見せてもらう。
と~っても広い。3室ベットルーム、プール、そして広い庭。
わたしはここに7年間すんでいる看護婦の役なので、4月・5月になったら、ここに住み込んで役作りをすることになる。

ヨガをやった後は、背筋がぴんと伸びて、呼吸が深くなって、心地よい疲れでよく眠れる。
4年続けているけれど、行けたり行けなかったりで、飛び飛び。できたらもっと定期的に続けたいなぁ~。
ヨガは身体を鍛えるというより、柔軟にしなやかにするのが目的なので年寄りになっても続けられる。いい趣味だと思う。

明日からのコンタクトインプロ・ワークショップのお金を払いに、UNITECという大学に行く。
ここでは、実践的に演劇・映画・ダンスを学ぶことができる。
オークランド大学はどちらかというと、アカデミックな勉強が中心なのだけれど、UNITECはとにかく実技が多い。

学内をうろうろしていたら、知り合いの映画監督クリスティーンにたまたま会った。
ここの講師をしているそうな。わたしが演出の勉強をしているという話しをしたら、彼女のススメで、なぜか演出コースのヘッドと会うことに。いろいろとコースの話しを伺う。

「この大学は実践的に演出が学べるからいいわよぉ~」とプッシュされて、気持ちがうるうる揺れる。
わたしは大学中退なので、今年、大学を卒業するために日本の通信教育学科に入学する予定にしている。
もう99%、そうするって心に決めているのに、いったい、なんなんだ、この心の揺れは???
ど~しよう、なんか、この学校に入ったら、すごく、いろいろ、いい体験ができそうな予感がするぞ。。。

昨日、カースティと話したことを思い出した。

自分の夢はいつか必ずかなう。
言い換えれば、かなってしまう。
だからもし、悪いことを願えば、悪いことが帰ってくる。
虚栄心で願えば、虚栄なものがやってくる。
ほんとうに望んでいるものを願えば、それがやってくる。

だから、かなったときに「あれ、わたしってこんな夢を見ていたの?なんか想像と違う!」ということにならないために、自分の夢を吟味する必要があるネと。

そういう意味でわたしは、突然、自分の夢の吟味をしなくてはならない状況に立たされることとなった。

人生は出会いだ。

February 17, 2005

万事塞翁が馬。

今日はこれから映画監督のカースティと、ロケの現場になる家(実は彼女の母親の家)に行く。

この短編映画の撮影は、おそらく5月後半になる予定なのだけれど、その前にいろいろリサーチしなくてはならない。

間に合えば5時からヨガに行きたい。

この週末に、アメリカからコンタクト・インプロの大先生がやってきてワークショップが行われる情報を入手。
あわてて申し込みをする。

すべりこみセーフ!


February 16, 2005

島でディヴァイジング。

再び”島”に行き、スティーヴンと稽古。

「天上から(海の)砂を降らせる」仕掛けを作るのに、4時間もかかってしまった。
稽古場中は砂ぼこり、スティーヴンは砂だらけ、みんなくたくた(苦笑)。

砂が滝のように降るのは、とても美しく、ダイナミックだったけれど、このアイデアは結局ボツにすることにした。
4時間は水の泡。だけど、ディバイジングではよくあることだ。

その後、違うオープニングのアイデアを試す。
こちらはあっという間に準備修了。試してみたら、こりゃ面白い!
インスパイアーされて、いろいろなアイデアが連携されて出てくる。
なんと数十分で、印象的なシーンができあがってしまった。
砂まみれの4時間のあとに、あっけなく。

疑わないで試してみること。それがかりに馬鹿馬鹿しいアイデアであっても。
わたしは面倒くさがりのナマケモノだけど、スティーヴィンは、なにごとも実際にやってみないと納得しないタイプ。
違うタイプの人間のアイデアをリスペクトすることで、自分の既成概念を壊すことができる。
そして、それによって共同制作にスタミナがつくような気がした。

稽古が終わったのは5時。

それでも外は昼間みたいに明るい。

刺すような日差し。

オゾン層が、もっとも薄い時期。

光が裸眼にしみる。


February 15, 2005

ニュージーランド流・ディバイジング

島に住んでるスティーヴンと稽古。

わたしは彼のひとり芝居を演出する。

演出といっても、最初から台本があるわけではなく、ディバイジングという手法を使う(手っ取り早く言えば、集団創作)。ステーヴンとわたしと、顔をつき合わして、いちから創作する。

この一人芝居は4つのシーズンに分かれていて、わたしはその1シーズンを手がける。
テーマは、”ニュージーランドの大自然と人間”。
カヤック、トラッキング、キャンプなどを経て、大自然を冒険する人間の姿を描く。ほとんど言葉なし。身体の表現を使った舞台になる、予定。

今日は今年初めての稽古だった。
どんなことをしたかって?
なんともニュージーランド流、ディバイジングでのお芝居の創り方。

まずは”大自然を体験する”ということから始めた。

稽古は島で、水着着用、。
まずはカヤックに実際にのってみる。漕いでみる。スノーケリングで海をもぐってみる。海中を見てみる。昆布をとってみる。ひとりがリーダー、もう一人はリーダーの真似をする。いろいろな海の遊びが見つかる。

森林に入って、しばらくトラッキングする。ジャングルみたいなところ(ブッシュという)を歩く。気がついたことを話し合う。木漏れ日のことや、鳥の声のことや、見つけた草花のこと。巨大なパームトゥリーの葉っぱで遊んでみる。これは舞台装置に使えるかもしれないと話す。

このように実際に、芝居の舞台になるところに行って、体験して、感じて。
そこから生まれるアイデアは、頭で考えたものじゃなくて、もっと体感的でダイナミックでオリジナルなものになるに違いないと確信した。

その後、稽古場である公民ホールに行く。
舞台つき、キッチンつきなのに、ほとんど使う人がいないし、使用料はめっちゃ安い!
(これはニュージーランドのいいところ。演劇人としては、うれしい限り)。

でっか~い紙にアイデアを書きなぐる。
公民ホールの舞台裏をひっくり返して小道具を見つけ、しばしアイデアを試してみる。
テーマはなにか?なにを見せたいか?いろいろな疑問も書く。とにかくすべて書く。
いつの間にか、わたしたちの頭の中が、この大きな紙に投影される。

ふむふむ。

課題点がクリアになったところで、稽古修了。
これからのスケジュールを決めて、スティーヴンに車でフェリー乗り場まで送ってもらう。

のんびり「感じて」、しっかり「アイデアを出して」、心よく疲れた一日だった。

明日も稽古。

February 14, 2005

洗礼式に参加。

友だちの赤ちゃんオースティンの洗礼に参加した。

映画なんかでは見たことあるけどー教会で、神父さんが、赤ちゃんの頭に水をかけるー、実物ははじめて。

教会には、参列者のための小冊子があって、みんなに配られる。
神父さんが読むところと、参列者が読むところがあって、まるで台本みたいだ。
内容は、「わたしたちの罪をゆるしたまえ、わたしたちは神さまを信じます、アーメン」から始まって、「この子が仲間になることを多いに歓迎します」と赤ちゃんを歓迎する言葉になり、最後は(やっぱり)「神をたたえよ、アーメン」。

言葉って不思議。

わたしはクリスチャンじゃないけど、この何千年とつづいているであろう厳かな教会の厳かな儀式。そしてたった数ページ書かれた台本を読むだけで、なんとなく、神さまを信じたくなってしまう。神父さんが「この赤ちゃんは、これからどんなにつらいこと、苦しいことがあっても、わたしたちの仲間です。そしていつでも、どこの教会にでも受け入れられます」なんて言うと、「え~いいなぁ~。じゃあ、わたしも入れてぇ~!」なんていう気持ちにもなる。

ロマンチックであり、映画の世界であり、ここにいれば怖いことなんて起こりそうもない。。。。

しかし、『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』遥洋子著を読んだせいか、言葉の大事さも分かるけど、反面、言葉をまるごと信じてしまうことの危険性に敏感になってきたキヌガワは、教会の言葉にも敏感だ。

台本に書かれている言葉だから、みんななんとなく口にしてしまう。たとえば「わたしは罪を犯しました」という聖書には頻繁に出てくる言葉。不思議なことに、口にすると、なんとなく自分には罪があるように感じてしまう。それが自分の意志であればいいのだけれど、意志に反していたらどうだろう?無意識層に呪文のように問いかけられると、無意識は「そうなのだ」と納得してしまうのではないか?これって危険だよね?

ということで、最初はロマンチックな気持ちで洗礼式に参加していたんだけど、「わたしが言いたくない言葉」が小冊子にたくさん出てきてしまい。最後は無口になってしまったのでした。

その後、夫ともその話しをしたけど、夫も同じような気持ちだったらしい。

クリスチャン批判をしたいんじゃなくて、言葉を口にすることには威力があるので、自分の意志をもって口にしたいなぁ~と思ったのでした。(宗教はその辺を、実にうまく淘汰していると思う)。

ちなみに
この赤ちゃんオースティンのおじいちゃん&おばあちゃんに当たるのが、惑星からきた物体X(過去のブログ参照)。彼らはやっぱり違う顔をしていた!顔に注射をしたんじゃないかと夫は言う。2人ともハリウッドの熟年夫婦みたいだ。顔が(人工的に)張り切ってる!

洗礼式が終わって、昼からのパーティでは、もう2人の顔に釘づけ。

それにしても(いくら友だちだとしても)聞けないよなぁ~。。。

「ねえ、整形したの?」って。。。(苦笑)


February 13, 2005

尻をたたきが尻たたかれになる(苦笑)。

”島”に住んでいるスティーヴンに会いにゆく。

”島”といっても、オークランドからフェリーで30分。
大自然で、おしゃれなカフェやバーがあって、リッチな人たちの巨大な別荘が立ち並んでいる。
アーティストもたくさん住んでいる。つまり、日本でいうと、”表参道”みたいな位置づけ(?)。
ニュージーランドの”表参道”。それがワイヒキアイランド。

さて友だちのスティーヴンは”ニュージーランドの表参道”でピザ・レストランを経営している。
ここのピザは(おそらく)、オークランドいち!
生地がものすご~く薄くて、ぱりぱり&具は新鮮。
め~っちゃ美味い!
お店はものすごっくポピュラーで、ものすごく繁盛している。
この日も予約満員御礼だったそうだ。

さて、そして彼はめっちゃクレイジーなインプロバイザー&役者でもある。

レストランが繁盛しているので、”ついでに”インプロバイザー&役者みたいな状況だけど、夏の忙しいシーズンが終わったら、新作の舞台を創り、ロングフォーム・インプロのパフォーマンスをやろうと計画している。わたしは両方の企画に関わっているので、そろそろ彼の尻をたたかなくてはなならない。

「ピザ焼いている場合じゃないよ。そろそろ稽古を始めようよ!」って。

というわけで、なかなかつかまらない”島”に住んでる彼に会いにいったのだ。

彼はピザの粉にまみれ、大きな焼き釜を前に、ニコニコ仕事していた。

「ユリ、稽古しよう!」と開口一番に言った彼の顔は、なんと、ひとまわり引き締まり、身体は実にマッチョになっていた。立て板に水のごとく、舞台のアイデアをしゃべりだす。

ああ、彼はきっと、レストランが忙しくても、身体訓練していたのだ、人知れず。

彼は忘れていなかった、自分の本職を。

やっぱり、彼は、ただのピザ焼き職人じゃない。

”ついで”なんかじゃない。

一流のパフォーマーが焼いたピザは、やっぱり手抜きなしの一流なのでした。

尻をたたきに来たのに、逆に尻をたたかれたような気がした。

February 11, 2005

わたしの本の選び方

「質問です。
ユリさんは何を目安に読む本を選んでいるですか?
ユリさんなりのコツとかポイントがあるんですか?」
というメールをいただいた。

本好きのキヌガワにとって嬉しいクエッション!

まずまず。
わたしにとって本というものは、2つ。
1)知らない世界につれていってくれるピーターパン。
2)自分にとって必要なことを教えてくれるサリバン先生。

もちろん、本屋さんにはピーターパンとかサリバン先生的な本だけじゃない。
外見はいいけど中身のないフック船長、
いらないことを教えてくれる海賊たち、
こちらの欲望を利用して、わたしたちに無駄遣いをさせるワニ
がいて、わたしたちを狙っている。つかまったら最後、わたしたちは見えない、聞こえない、しゃべれない、ヘレンケラー状態になっちゃう!

さて、わたしのピーターパンやサリバン先生を見つける方法をお教えいたしましょう。

まず本屋に行きます。

大きければ大きいほどグ~っド。
すみから、すみまで眺めます。
(ここでトイレに行きたくなること、何度も。)(苦笑)
すると、タイトルを見て、「ピン!」とくるものがあります。
(理由は分からないけど、「ピン!」とくるのです(別名=直感ともいいますね。)

「ピン!」と来たら手に取ります。

手に取ったからといって、すぐ購入はいたしませぬ。
わたしの(今の)興味はこれなんだなぁ~と知るがポイント。
この本に「ピン」と来たということは、わたしは(無意識のレベルでは)、こういった分野、内容、タイトルの本を読みたいと思っているのだと理解するのです。つまりこれは自分の必要なことを知るためのガイガーカウンターなのです。それが分かったら、その分野の本を探します。(「ピン」と来たからといって、その本を買うわけじゃないところが味噌。まあ結局、最初の直感に従うことも多いけど)

そして、探している分野のセクションが見つかったら。

A:著者の経歴を見る

(これはただたんにわたしの経験から思ったことだけど)無名の人が書いた本が面白いこともある。けれど、意外とよく分からない人が書いてたりする。ひどいのだと著者が明記されていない!こういう本はたいがい、タイトルは興味をひくけど、内容がない。

B:本の内容を見る。

引用が多すぎたり(自分の言葉で書いていない)、あいまいな表現が多かったり(~のような気がする。~みたいだ)。する本はあまり信用できない。そういう表現をするということは、自分の意見に自信が持てないということの表れだから。単純に、漢字が多いのもパス。わたしのような(馬鹿な)読者を想定して書かれたものでないと、買ったはいいが、結局理解できないことが多いから。編集が読者にやさしくないのも、あんまり好きじゃない。

そして、「これだっ!」と思ったら、購入。

日本で買って、ニュージーランドまで連れて行く本あり。おいておく本あり。

日本からニュージーランドへ連れてきた本たちは、さすが選ばれただけはありますねぇ~。
何度も読み返す本ばかりです。

自分の本棚は、あたまの中の地図そのもの。

どんな興味でつまっているのか?

自分を客観的にみれるいい機会です。

わたしの場合は小難しい本たちに混じって、マンガや長新太さんの本がまじっているのが特徴です。

みなさんの本棚は、どんな興味でつまっていますか?


February 10, 2005

あからさまに勝つのはよくない。

『私の嫌いな10の言葉』中島義道著(新潮文庫)を読んで、圧倒される。

わたしの身の回りに飛び交っていた言葉の数々が、めった切りにされていく。ドキドキし、納得し、スッキリした。そうだよなぁ~。きれいごとじゃない本音にブラボー。身の回りにある「当たり前なこと」を見直す、問い直す、疑う。これを突き詰めた人間が、ゆるぎないメッセージを発信することができるんだろうなぁ~。

『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』遥洋子著(ちくま文庫)でも、いかに人間が思い込み・無意識に行動しているかを指摘している。著者は言う。ひとつの思考のみならず、そこを変更してもなお、思考を構築する「作業」そのものに、思い込みがある。となると、学問を教えるということは、どうやって考えるかを教えなければ、見方も聞こえ方もなにも変化しない。

これは大変なことだ。想像力を使って、なんとか理解するのでいっぱいいっぱいになる。
こんな凡人のわたしはいったい、どうしたらいいんだろう?

同著者は、私たちと同じような視点から、さまざまな(過酷な?)体験を経て、いろいろなことに気づいていく。
(ある意味、今の若い人達が「勉強したい」のなら、「どうやって勉強したらいいか分からない」のなら、一度この本を読んでみてほしい。学ぶことがどういうことか(学ぶことは感動だ!)ってことが、イメージできるので)。

ひとりの時間を持ちなさい。自由にものを考えなさい。決めつけず、逃げず、面倒くさがらず、人と相対しなさい。

新しい価値観に出会って、自分の価値観が揺るぐとき、それは自分が変化できるチャンスだ。
たじろがず、まずは自分の時間をもつこと。自分の気持ちを言葉にしていくこと(漠然としたものを明確に知覚するために)。それが新しい体験を実にして、身につけていくコツかもしれないと思った。

ここで紹介した2冊は文庫本になっていて安価。
若者にもニッコリ価格なので、興味ある方はぜひ読んでみてくださいませ。

February 09, 2005

筋を通すということ。

先日帰国したときに、デラルテ舎の吉田さんとお会いした。
デラルテ舎という名前からイメージできるように、イタリアでコメディア・デラルテを学ばれた光瀬名瑠子さんとともに、海外の演劇手法の紹介や公演プロデュースなど、さまざまな活動をされている。

(ちなみに、コメディア・デラルテというのは、ヨーロッパで生まれた仮面をつかった喜劇のこと。喜劇劇団の名前じゃありませんよっ!)

インプロワークスでは、リサ・ブリッケルさんを招いて、コメディア・デラルテとルコックシステムのワークショップを企画しているので、その相談もあってお話しを伺った。

最近、会社組織の人たちと仕事をすることが増えてきた。
そこで勉強したのは、お互いがお互いをサポートする信頼関係を築くために”筋を通す”ことがとても大事だということ。他カンパニーのプログラムや案内文章を勝手に使ったり、他カンパニーと同じようなワークショップ講座名にしてしまったり、そういうことを無断でしてしまうこと自体が、いかに信頼関係を壊すことなのかということ。

たとえば、びっくりするのは、インプロのカンパニーがよく使う言葉として、「インプロは、マイクロソフト、ピクサー、スターバックスの研修に使われています」というのがある。一見、「へぇ~、インプロってすごいんだぁ~。社会に認められているのねぇ~」と思わせる文章。へたをすると、「それじゃあ、このワークショップはきっとすばらしいのね~。わたしたちもビル・ゲイツと同じ研修を受けて見ましょうか?」と思ってしまう。

しかし、この文章にはウソがある。実際には、そのインプロ・カンパニーがマイクロソフトやピクサーやスターバックスと仕事取引をしているわけじゃない。アメリカの名前も知らないカンパニーがインプロを使って研修しているというだけのこと。どんなプログラムで、どんな風にインプロを使っているのか分かっていない。しかもインプロでも使い方によってまったく違うものになるので、言葉として「インプロ」と言っているけど、違うかもしれないのだ。

インプロはまだまだマイナーだから、とにかく有名な名前を出して宣伝すればいいのか?
わたしたちのカンパニーはまだまだマイナーだから、とにかく有名な名前を出して宣伝すればいいのか?
しかし、そんな仕事の仕方してていい訳がない。受け手は馬鹿じゃない。いいものとそうでないものの区別はすぐにつく。そして、もし、いいものでなかったら、さっさと離れていく。それだけだ。それでいいのだろうか?
そんな疑問で頭がモヤモヤする。(これはわたしが『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』遥洋子著(ちくま文庫)を読んだせいなのか、、、?

いやいや、それではインプロが小乗仏教になってしまう。大乗仏教方式で広がったほうが、きっといいに違いない、、、。もっと広いこころを持とう~。。。な~む~。。。

チィ~ン。。。

さて、話しがそれました。。。

なんとデラルテ舎では、今年の4月にものすご~く偉いコメディアの先生、アントニオ・ファーヴァを招いてのワークショップを開催されるそうだ。

ひえ~~!
アントニオ・ファーヴァといえば、ダリオ・フォーと並んで一流中の一流の先生!
すご~~~い!
こんなチャンスめったにない!!!
コメディア・デラルテだって(悲しいことに)日本ではマイナーだけど、一流の先生を招いてホンモノのワークショップを企画しているぞ!

みんな、この凄さ分かる???

そうなのだ。

こうやって、ホンモノを紹介していくことしかない。

ニセモノを指摘するのは時間の無駄だ。

(このワークショップは本当にすばらしいで、興味のあるみなさんお問い合わせください。デラルテ舎http://www.dellarte-c.com)

後日談、アントニオはリサの先生だったそうだ。世の中狭いっ!

デラルテ舎とは、お互いに情報交換をし合って、できたら今後面白い企画を一緒にできたらいいねぇ~と話しました。
いい関係でこれからもお付き合いしていけそうです。

尊敬できるお仕事をしている人たちに、また出会いました。

February 07, 2005

友だちがカヤックでやってきた。

友だちのクリスが、突然、カヤックに乗ってやってきた。

カヤックとは、細長い一人乗りで、1本のオールを左右に漕ぎながら進むボート。うちの前はマングローブ茂る湾岸で、禁猟区になっているけれど、カヤックや小型ボートなどが入ることができる。だから満潮になると、カヤックを楽しむ人がデッキから見えるし、手を振ることだってある。魚がジャンプするのも見えるし、ときどきイルカが迷い込むこともある。しかし我が家にたどり着くためには、マングローブの林を通って、近所の庭を通過しなくてはならないし、マングローブを通過するためには、満潮のときだけ。潮がひくと、通れなくなってしまう。

そんな状況の中。
友だちのクリスは、カヤックに乗ってやってきた。
いきなり。
電話のアポも携帯メール連絡もなしに。
夕方ご飯時に。隣の庭を通過して、草むらから。

ごくごくビールを飲みながらクリスは言う。
「いやぁ~、仕事が終わったら、海が満潮だったんで、たずねてみようかなと思って」。

クリスは若いころ自転車競技でオリンピック選手になりそうなぐらいの人だったんだけど、自転車競技界があまりにドーピング漬けなのに嫌気がさしてやめてしまった。それからは普通のサラリーマンなんだけど、こうして仕事が終わると、エクササイズのために、カヤックしたり、サイクリングしたりしている。

カヤックに乗ってやってきた友だちは、ひとしきり話しをして、ビールを飲んで、潮が引かないうちに、スーイスーイと帰っていった。

家と家をボートで行き来するなんて、ベネチアみたい。

なんとのんきなんだろう。

車や電車の移動とは、また違う時間を体験できるだろうなぁ~。

「なに」で移動するかじゃなくて、「どう」移動するかが大事なのかもしれないなぁ~。

あとでクヨクヨしないために。

リサとロブと、5月のインターナショナル・コメディ・フェスティバル作品についての打ち合わせ。

ここでも書いたけど、リサは先週の土曜日に結婚したばかり。明日から3週間(!)ハネムーンに行くので、その前に稽古について打ち合わせるということ。

結婚した女は強い!
明日ハネムーンに旅立つ彼女に無駄な時間はない。すがすがしくこの公演の意気込みを宣言し、はきはきと稽古段取りを整え、「やりたいこと、大事なことの全てをあきらめずに生きていこうね」とねちねちと語り、「じゃあ、行ってきまぁ~す!」と駆けっていった。

やるときはやる。

やらないときはやらない。

遊び時は遊ぶ。

働くときは働く。

生活にメリハリをつけて、あとでクヨクヨしない、これがリサ流。

どうしてこういうことができるかというと、それは彼女が「何をやりたいか」「自分にとって何が大事か」ということを、よ~く分かっているから。それは自分の内面を見つめて、自分のこころの声を聞く時間をもっているからできること。これって、どんなに忙しくても大事だね。でないと、自分が自分に反発してしまい、手がつけられなくなってしまう。な~んとなくイライラしたり、な~んとなく自己嫌悪を感じたり。

そういうときは、自分の声を聞いてあげるのだ。

答えは自分がすでに知っていることだから。

そのための時間は無駄じゃない。

他人から見たら、「この人、止まってる」と思われるかもしれないけど、

無駄じゃない。

February 06, 2005

モルティカルチャー結婚式

友人リサの結婚式に出た。
ダンナのディオンはマオリ・チャイニーズの彫刻家。リサはスコットランド系ニュージーランド人のパフォーマー。
アーティストの2人らしい、個性的な結婚式だった。

そもそもニュージーランドでは、日本みたいな「結婚式の伝統」とか「結婚式とはこうあるべきだ」とか、結婚式に対する既成概念があまりない。それぞれ自分流。自宅でパーティをする人も多い。

さて彼らの挙式は、なんと「キャンプ場」! 森林の中!
切り株のうえに神棚があるのは、リサが仏教徒だから。でっかい羽のうちわや敷物はマオリのもの。
横断幕はインド風(仏教徒だから)、イスにレイがかかっているのはポリネシアン。
列席者は人種のるつぼ。マオリ人の大家族たち、中国人夫婦、ニュージーランドの白人(奇妙な妖精のような格好をしているのはリサの友だち、ハイセンスなスーツ姿はディオンの友だち)、小太りな(?)日本人など色とりどり。
流れる音楽は、胡弓とチェロのデュエット生演奏。

しかも参列者はテント持参で、夜になったらキャンプする。
電気ないぞぉ~蚊がすごいぞ~(苦笑)。

わたしは珍しく風邪引きくんだったので早々に引き上げたけど、夜中まで盛り上がったらしい。

日本の挙式で定番の、豪華なセット、スモークマシーン、長いスピーチ、お金のやり取りや引き出物、衣装換え、フルコースの食事。そういうものはいっさいない。けれど時間にせきたてられることもなく、カジュアルな格好でのんびりと、結婚式を楽しんでいる。その様子がとても印象的だった。お金をかけないで、みんなが豊かな気持ちで、こころから祝い会える挙式。

日本だと、こういう結婚式をするのは、かえって難しいかもしれないなぁ~と思った。

豊かな国だからできること、できないこと。

「国の豊かさっていったい何なんだろう?」

February 04, 2005

ホンモノのコンテンツを。

先日行った大阪のワークショップについての取材が、朝日新聞(関西版)に取り上げられた。
わたしはまだ現物を読んでいないのだけれど、とても好意的な記事だったらしく、事務所にぞくぞく問い合わせが来て制作の中野ちゃん、大阪メンバーのみんなは対応に追われていると、連絡があった。

わたしは成田エクスプレスの中で、みんなにエールのメールを送って、空港でチェックイン。
これからニュージーランドっす。

成田空港のレストランに入った。
そもそも、成田空港第二のレストランで、まともな食事を食べさせてくれるのは、野田岩というおすし屋さんか、とんかつ専門店だけなんだけど、な~んとなくカレーが食べたくて、洋食レストランに入った。
なんとカツカレー¥1300!「空港なんだから、仕方ないか、、、。」と思って妥協した。けど、すぐに後悔。まず、ウエイトレス、やる気ねぇ~!のったらのったらやってくる。そして、出てきたカツカレーを見て、またびっくり。カツは紙のように薄っぺらで、冷えたころもがお皿からはみ出そう。そしてカレーは、、、ボンカレー(みたい)。。。心の中でこうつぶやきながら食事した。「もうぜったいこのレストランに入るもんか、、、。」そしてお金を払うとき、あまりの怒りでこう言ってしまった。「ごちそうさまでした。と~ってもまずかったです」。って。(苦笑)

ワークショップだって、なんだって同じだ。
新聞で宣伝されたからといって、問い合わせが殺到しているからって、喜んでいる場合じゃない。その後の対応の方がもっと大事だ。興味をもってくださった方々にどのくらいちゃんとした情報&コンテンツを提供できるか。これで息の長さが決まる。いくら立派な箱を用意しても、中身がダメならダメなのだ。

お問い合わせしてくださったみなさん、インプロに興味をもってくださったみなさん、はじめまして!
大阪でのワークショップは定期的に行う予定です。
こころを込めて企画させていただきます。
ボンカレーは使いません!(苦笑)

ぜひご参加くださいませませ。

February 03, 2005

イエス・アンドについて。

イエス・アンドについて考える。

「イエス」というとき、自分はちゃんと相手を受けとめているだろうか?

「イエス」と言っているくせに、頭の中で自分の「アンド」を考えていることはないか?

「イエス」というときは、全身で「イエス」の状態であればいい。そして相手のアイデアを、いっしょに見るのだ。

「イエス」で相手のアイデアやイメージを共有できれば(共感できれば)、「アンド」は「イエス」の先に自然に生まれてくる。人口のテクニックを使わなくても、自然に産まれてくる。

自然分娩だ。


February 02, 2005

本を。

本を、買って買って買いまくる。

仕事をして、お金をもらって、何が嬉しいか?
それはわたしの場合、『読みたい本が買えるから』。

若いころは、¥2000の本を買うのにもずいぶん迷った。図書館や古本屋も利用した。しかし今はバンバン買っている。いまだに¥2000以上の本を買うときにびびるけど、買っていいんだよと自分を勇気付ける。稼いだお金は、自分の次の仕事のために投資したいから。。。

それにしても、図書館とか本屋とか古本屋とか、本が並んでいるところに行くと、トイレに行きたくなりません?

わたしはなぜか、本屋にいくと、下っ腹がぐるぐるするのです。本は見たいし、トイレには行きたいしで、あたふたっ!
特に、買うのをきめた数冊の本をすでに手にもっているとき。本をもとのところに返してから、トイレに行くべきか?いやいや、それでは間に合わないかもしれない(冷や汗)。でも、本をもったままトイレに入ったら、なんか法にひっかかるに違いない。あれっ、この本屋さん、トイレが無いのぉ~~!!!!

ああ、、、、、。

どうして本屋に行くと、トイレに行きたくなるんだろう~???


February 01, 2005

自分再生。

久々に実家で一泊。
日本に帰ってきても、家族親戚になかなか会えないので。

弟の子どもたち(2歳&6歳)が、大きくなっていてびっくりする。長女の綾香ちゃんは、わたしにそっくりだ。カワイイ~!!!を連発。ほとんど自画自賛。普段鏡を見ていても、「あ、今のわたしの表情、綾香ちゃんそっくり。」と思ってしまう。本当は反対なんだけどね(苦笑)。。。

家族と会うとほっとする。
いつもの役割と違う役割、昔のわたしの役割(家族の一員で、飯島家の長女の由美ちゃん)に戻れるから。

人間って一定の環境の中で、一定の役柄を演じている。だから、それ以外の顔(部分や気持ち)があることを忘れてしまいがち。おばあちゃんにだって、初恋でドキドキだった少女のころがあったように、誰にでも、普段見せられないカワイイ自分の面があるよねぇ~。

たまには、そういう自分の可愛いところを箪笥から引っ張り出してあげるのも大事かもしれない。

けっこう自分再生になりまっせ。

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