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March 26, 2006

反対も正しい。

映画「クラッシュ」を観ました。

友人たちの前評判がとても良かったこと、アカデミー賞を受賞したこと、それから、アメリカのインプロバイザーたちがしきりにこの映画について話をしていたことが印象にあって、期待の一品でしt。あ

いやぁ~、人間は進化しているなぁ~。
ストーリーをどう語るか。自分のメッセージを映画という媒体でどう伝えるか。
その手法に関して、フィルムメーカーたちは実に進歩しているなと思いました。
(というか、新しい手法を使うフィルムメーカーがどんどん進出しているんでしょう)。

この作品では、人種差別がひとつテーマになっています。

最近のわたしも、これに関心をもっています。
自分自身、ニュージーランドに住んでいて、差別を受けるときがあります。
それは国同士のあからさまな差別ではなく、日常レベルで個人レベルの差別で、はたから見ると差別か意見の食い違いか判別がつけづらいぐらいの差別です。だからじわじわココロに効いてきます。

どちらにも悪気はなくて、どちらもいっしょうけんめいに生きているがために起こる差別。

それらは、どっちが悪いと一方的には決めつけられないものです。
一方が正しいのなら、もう一方も正しい。(反対も正しい)。
それは人と人の関係だけではなくて、ひとりの人間がもっている二面性についてもいえるということ。

この辺りを、この映画は実に上手く表現しています。

すばらしい映画、演劇、音楽、絵画など芸術作品と言われるものは、お客さんが映画館や劇場やコンサートホールを出るときに、お客さんの「価値観」や「ものの見方」が変化することなんじゃないかなと思いました。

この映画を観ると、人間への見方が変わります。
そして、それは、もしかしたら世の中を救えるんじゃないかと思えるぐらい、バランスのとれた考え方に思えます。

たとえばキリスト教とかイスラム教とか、そういった宗教は「これが正しい。これは間違っている」ということがはっきりしていて、それを守らないと(簡単に言うと)仲間にしてもらえません。このように強烈にひとつの考え方を信仰することには(もちろん)すばらしい点があるのと同時に、現代のように生活も物の価値観も多様化している社会では非常に偏った物の考え方にもなりうるのです。

反面、神道と仏教の両方を信仰している人が70%を占める日本では、なにかを信じるということに非常に寛大です。「これも信じるけれども、これも信じる」というあいまいさがあって、いろ~んなところに神さまがいます。

これは、「なんでも取り入れる」という日本の寛容さ貪欲さにつながっているように思えます。たとえば、クリスマスもすればお彼岸もある。どんな音楽のジャンルも取り入れる。日本酒も飲めば、ボルドーも飲む。

反面、こういう考え方が、「でもホントウは何が正しいのかよく分からない」という中心不在の国をつくっている要因でもあると思います。

どちらが正しいということではなく。反対も正しい。

大事なのは、それを理解すること。

ただ、これを理解するためには、手間がかかるし、面倒くさい。
だから現代人は「忙しい」をエクスキューズにして、理解しきる前に相手や物事に対して「こういうものだ」と判断しがちです。

もし、この世界を「やさしくて安心で健康で楽しい」世界にしたいのならば、ひとりひとりが進む前に立ち止まって、物事を「理解する」時間を作ることが、ホントウに、ホントウに、ホントウに、必要な気がします。

そんなことを考えさせてくれる映画でした。


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