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April 30, 2006

自分を表現する。

絹川友梨ワークショップの最後は、「自分を表現する」というテーマでした。

な~んて漠然としたタイトルだろう、、、。

つけた自分にあきれ果て、、、(苦笑)。。

あまりに大きなテーマです。
というか、もう、みんなが「生きてる」っていうことじたいが、すでに表現なんだよね~。
居るだけで、それは表現です。何もしなくてもね。

人に喜ばれるとか、人を笑わすとか、人に誉められるとか。
そういうことが「自分の表現」だと思っていたら大間違いかも。
人に喜ばれなくても、人が笑わなくても、人に誉められなくても、人に認められなくても、それは表現だと思う。

さて、そう思う癖にどうしてこのテーマにしたかというと、「何もしなくても、そこにいるだけで表現なんだ」ということを知って欲しかったし、体験して欲しかったし、そういうあり方で舞台にいる人を客観的に見て欲しかったから。

さてワークショップでは、前半はいろいろもろもろ筋肉トレーニング的エクササイズ。
後半は、ソロか、デュエットか、トリオでインプロ。
このパフォーマンスは、ストーリーがあってもいい、無くてもいい、相手と関わってもいいし、関わらなくてもいい。
ただ自分の衝動に従うこと。「やりたい!」と思ったことをやること。無理して相手に合わせて「イエス」する必要なんかない。自分がホントウに思う「イエス!」を大事にすること。

これは「リビング・シアター」という手法です。

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<ストーリーに関して>

わたしはひとつのストーリーが平面に「説明」される舞台にあんまり興味がない。
インプロのパフォーマンスでも、ひとつのストーリーが時間軸通りに表現されるのは退屈だと思う。
これらストーリー展開のほとんどはありきたりのステレオタイプなので、最初の一言二言でその先10分ぐらいはどういう展開にあるか予想がついてしまうものなのだ。(おきまり)ってやつ。だから「インプロ」って言ってるけど、実際は即興していない。ステレオタイプをなぞっているだけだ。「こうなるだろうな」という思い込みで、頭の中でイメージしたストーリーをなぞっているのだ。

わたしは、こういう状態で即興をやっているプレーヤーと共演したことがある。
こういうプレーヤーは面白いぐらい相手役を見てません。相手は無視!だって自分の頭の中にあるストーリー展開にしたいので、思い通りに動かない相手役は邪魔な存在なのです。そして自分が描いた台本通りに進めたいので、「ものすご~くコントロールします」。タイプライターとかやらせると、展開のすべて、結果のすべてを自分で言ってしまう。。。(しかも、こういうプレーヤーは、なぜか”自分は上手いプレーヤーだ”と思い込んでいることが多い。。。こ、こ、恐~い!)

わたしが好きなストーリー展開は、こちらの想像を刺激してくれるもの。
自分の深いところと繋がることのできる懐があること。

だから、ありていのストーリーがなくても、抽象的な表現だとしても、そこに「真実」があれば、わたしは納得できる。

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さて、参加者のみなさんのパフォーマンス。

ソロの表現は、その人そのものがにじみ出てくる。
その人が今、何を考えて、何にぶつかっているか。それらがよ~く分かる。隠そうとしても無理!
(隠そうとすると、「隠そうとしている」ことが見えてしまう)。。。
だから正直に舞台に立っている人からは、圧倒的に清々しさを感じることができる。

参加者によっては、インプロを長く経験している人たちもいたので、そういう人たちにはあと一歩、壁を乗り越えるためのアドバイスをした。

デュエット。
人と人のやり取りのスリリングさを感じる。
もっとお互いがバラバラでもいいのになぁ~と思う。

この場面以外でも、日本の人たちはワークショップの中で「人と一緒にやる一体感が楽しかった」という人が圧倒的に多い。わたしなんぞは、「できたら一人でいたい」と思うし、「人にあわせる」ことがニガテなので、みんなの感想を聞くと、びっくりしてしまう。わたしは、人と一緒にやることが楽しかったら、最高に幸せだれど、無理してあわせることはしたくないなと思っている。一緒にいれればいるし、いられなければ一人ぼっちでもそれはそれで充分楽しい。デュエットをするとき、わたしだったら、相手の存在に引っ張られないで自分を表現したいと思う。その中で、どのくらい相手と関係を持てるか。そのほうが個人的には興味がある。

トリプル。
これはちょっと複雑すぎて、かえってゆるい場になってしまった。
舞台はもっとスリリングであるべきだ。トリプルを選んだのは初心者の3人だった。これを了承してよかったのか、アドバイス的に「一人か2人でやったほうがいいよ」と言ったほうがよかったのではないか。始めるまえに「このトリプルはもしかして良くないかも」と直感が働いたのに、それに従わなかったことを後で悔やんだ。
こういうときの直感はほとんど的中するのだ。

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こういう表現の場が、もっと日常にあれば。と思う。

一般の人が、普段の自分の役割から解放されて、出せない自分を出してみる場所。

そういう演劇的な場所は、一般の人たち向けには、なかなか無い。

一般の人たちは見ているだけなのか?

それでいいのか?

こんなに面白い人たちがたくさんいるのに。。。

そんな気持ちにもさせられた一日でした。

Follow the Follower

Follow the Follower.

魔法の言葉。

インプロをちょっとだけ勘違いしてしまって、舞台でインプロやるのが苦しい人、インプロなのにシーンがマンネリしているグループ、「どうしよう、シーンに入れない!」と舞台上で思ったことのある初級インプロ・プレーヤーたちが、たちまち楽になることのできる、魔法のエクササイズ。

今日はその効果を充分体験することのできるワークショップでした。

すべての人が生かされる。すべての人が輝ける。すべての人がストレスなく楽しい。

それがインプロのパフォーマンスのはずです!!!!

ランディも言ってました。

「インプロは簡単だ!」


キースのスペシャル・ブラボー!

シアタースポーツを体験するワークショップをしました。

シアタースポーツの歴史、発祥の由来、ルール、フォーマット、キースの理念、現在のシアタースポーツ事情などをお話したところ、今までシアタースポーツをやったことのあるインプロメンバーから、「こんなこと今まで知りませんでした!すごく面白かったし、シアタースポーツのどこがすばらしいのかが分かりました」という意見をいただきました。

かなり経験のある方からの発言だったので、正直言って、ちょっと驚きました。

だって、シアタースポーツというのは、キースの理念がとても大事で、そこがスペシャル・ブラボーな部分なので、それを知らないではシアタースポーツは成り立たないだろう勢いのことなのですから。。。

もしかしたら指導者はプレーヤーに理念を伝えているけれどプレーヤーたちが理解していないのかもしれない。
けれど(それでも)(いずれにしても)、インプロプレーヤーは、キースのスペシャル・ブラボーなシアタースポーツの考え方を理解しているべきだと思います。それなしでは、このフォーマットを上演する資格はないと。。。わたしは思うなあぁ~(^^;)。。。。

さて。5時間のワークショップの最後にはみんなでシアタースポーツをやってみました。

今まで「型」に閉じこもっていたプレーヤーが、自分から飛び出すクリエイティヴィティを信じて、「型」を壊し、舞台にいたこと非常に嬉しく思いました。今までの100倍ぐらい、ステキに見えました。
初心者のみんなが、いろいろな役割を楽しんでくれていることも嬉しかったです。

わたしは、このキースのスペシャル・ブラボーを大事にしながら、ジェントルにこのフォーマットを上演していきたいと思っています。それは必ず、いいプレーヤーといい観客を育てることになると信じています。

インプロ体験を日常に生かす。

東京インプロ・ワークショップの開催中です。

第一日目は、生活に活かすインプロというテーマだった。
一般的に、ワークショップとはその場で楽しいけれど、実社会には役立たないのではないかと思われがちである。
しかし、そうではない。ワークショップという非日常世界で自分らしくある体験を思いっきりすることで、日常をより豊かに生活することができる。

日ごろは出せない自分・言えない意見・無理だと思っているアクション・夢・希望。

そういうものを「架空」の世界で表現し、体験してみることは、現実世界のいわば「予行練習」かもしれない。ここで練習して、実社会で試してみる。

これはテキストがある練習ではなかなかできない。だれかが作った型にはめられていては、隠している自分・抑圧している自分を出すことはできないからだ。そこで、「即興(インプロ)」という手法が用いられる。台本がないから、自分の言葉で表現しなくてはならないから出せることなのである。

さて、わたしのワークショップでは、ワークショップ中に体験したこと、ゲームをやった後、日常生活との結びつきについて参加者が明確なイメージを持って帰ることのできるような工夫をしている。

これは昔からワークショップ中に、こういわれたことがきっかけだ。

「ユリさん、インプロのワークショップは楽しいのだけれど、それはこの場だけで終わってしまいます。日常に帰ると、またいつもの自分に戻ってしまうのです。インプロのワークショップで学んだことはとても大事だと思うのですが、日常にどう活かせばいいか分かりません。せっかく楽しい気持ちになっても、その気持ちはすぐにしぼんでしまうのですもの。。。。」と。

こういう意見をいただいてから、わたしは「どうしたら参加者のみなさんの”実生活”に役立つワークショップを提供できるだろうか?」その事をいろいろと考えていた。

(考えて、「こうするといいのではないか?」ということを試してみて、そして効果がちょっとあって、そして今も考え続けて、試して、考えて、試して。)

そして、ちょっとだけその方法が分かってきた。

どんな方法かって?

ヘヘへ。それは企業秘密っす。。。。

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このワークショップを受けてくださった企業研修をお仕事にされている方から、こんな感じのコメントをいただきました。

「ユリさん、変わったねぇ~!ユリさんのワークショップの指導の仕方が、とっても変わった!より万人のためになったし、より分かりやすくなった。よりプロフェショナルになった。企業研修みたい。成長したねぇ~」

その方は、昔のわたしのワークショップに参加してくださっていて、しばらくご無沙汰していたのですが、このワークショップに久々に参加してくださったのでした。

自分でも変化しているなと思っていましたが、本当に変化しているようです。

へぇ~。。。

April 26, 2006

営業インプロ・特別トレーニングでみな涙。。

「営業インプロ」の講師候補の方々と、集中ワークショップを開く。

一般のワークショップとは違い、「トレーニング」の意味合いが強い。

みなさんとは「深い&厳しい部分」もシェアーしたい気持ちがわたしの中にあったので、「このワークは、いつものように楽しいだけじゃありません。覚悟してきてください。覚悟ができない人は来ないでください」とお願いして、覚悟して集まってもらった。

10:30-6:00まで

動いて、叫んで、泣いて。

動いて、笑って、驚いて。

そんなトレーニングでした。

明日は筋肉痛だと思います(苦笑)。。。

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株式会社アメニモの社長:村野さんの、「営業インプロ」への情熱はただならぬものがあります。

それはリクルート時代に自ら営業マンであったこと、たくさんの「不幸せ」な「苦しんでいる」営業マンたちを見てきたこと、そしてそういう人たちが「幸せ」で「営業を楽しんでいる」営業マンになってほしいと、こころから願っています。

この想いがあって、「営業インプロ」トレーニングが誕生しました。

営業インプロに興味のある営業畑の方、将来、営業インプロの講師になりたいと思っている方、このプロジェクトは動き出したばかりです。乗るなら今が旬だと思います。最初の苦労をともにできるのも、人生のうまみだと思うから。。。

その後、違う研修の打ち合わせ。

御茶ノ水大学で心理学者の岩壁先生とひさしぶりにお会いした。

岩壁先生は、華奢で美男子で言いたいことを率直に言える人。
一緒に入った中華料理店のメニューを見て、「これしかメニューが無いの?こんなの家で作れるものばかりじゃない!」と嫌味なく発言したお方だ。

(当然、店を変えた)。。

わたしやインプロのことも評価してくださっていて、会ってて元気になる。

こんな楽しい方とご一緒して、好きなインプロをして、お金がいただけるなんて、なんて幸せなんだろう~!

と思った。


April 25, 2006

フジテレビ「インプロ!」

6月の福岡県飯塚市で行われるインプロパフォーマンスに向けての稽古。

4人目のメンバーに、山の手事情社の倉品淳子さんが決まった。

すごくパワフルな女優さんで、今井さんも拓ちゃんも嬉しそう!

3人の出演者だとすべてを自分でやらなくてはならないけど、4人だとちょっと楽になるので、わたしも嬉しい。

倉品さんならなんでも任せることができる。気が利く。そういう意味で人の気持ちを理解できる頭のいい人。
ほ~んと頼もしい!倉品さんとであわせてくれたのは、作曲家の野村誠さん。野村さん、ありがと~!

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その後、フジテレビcsの「インプロ!」の収録を見に。

古くからの友人で俳優の吉家さんが、プロデューサー&演出家さんを紹介してくださる。

おふたりのこの番組に対する想いを伺い、できることを出来る限りお手伝いしたいと思った。

そもそも、この番組は「インプロ」を紹介する番組ではない。役者さんたちのすばらしさ、舞台という媒体のすばらしさをテレビで表現したいという想いで外枠を探していたところ「インプロ」に出会ったのだと演出の方はおっしゃっておられた。

インプロをやっている側の人間としては「インプロ」という表現方法にこだわりがあるので、それを違った解釈で使ってほしくないとか、粗雑に扱って欲しくないとか、「そんなのはインプロじゃない」という意見というはあるだろう。(実際にそういう反応をしているインプログループはあるそうです)。しかし、先方がおっしゃっていることもまた事実&大事なことである。

ここで「イエス・アンド」をして、両者の想いがひとつの番組で表現できたら、それはすばらしいことではないか。

そう思った。

第一回目が放送された後、「わたしたちもインプロをやっています。わたしたちのほうが、もっと上手にできるので出演させてくれ!」という意見が視聴者から届いたそうだ。反応があったことに対してプロデューサーさんは嬉しそうだったけれど、表情が微妙な感じでちょっと気になった。

つまり、この番組は、「インプロを上手に」見せることが主眼ではない。

(だいたい「上手なインプロ、ヘタなインプロってどういう表現だろう?こういう発言をしてしまうって、このインプロやっている人は根本的に考え方が間違ってはいないだろうか?とも思った。。。。)

ここでの「インプロ」は、役者さんたちのびっくりするぐらいパワフルなエネルギー、ライブの感覚を表現するためのツールである。「インプロ」は「ツール」である。

これは通常のパフォーマンスでもいえることだ。「インプロ」を見せるのが目的ではないとわたしは思っている。
「インプロ」という手法を使うことで、お客さんに楽しんでもらうことが目的だ。だから、舞台に立ったら、「インプロ」だけど、「インプロ」を忘れなくてはならない。私たちは舞台で「インプロ」をしているのではない。お客さんに楽しんでもらえるための「なにか」をしているだけだ。

稽古では「イエス・アンド」とか、よく聞く・よく見る、相手をステキに見せる、リスクを負うなどの練習をする。
これは野球選手が試合の前に素振りや1000本ノックをするのと同じだ。
そして、試合では、素振りや1000本ノックを忘れなくてはならない。勝負の相手と真正面に向かい合わなくてはならない。インプロも同じだ。ショーのときには、「基本に忠実に」なんて言っていられない。ルールは手放す必要がある。ルールを守るためにショーをするのではない。だいたい、ちゃんとトレーニングを積んだプレーヤーなら、ルールは身体に入っているので、そんなことを意識する必要はない。

そんなことを考えつつ、収録を見る。

チャリT企画の松本大卒君に偶然あってびっくりする。
この番組に出演するそうだ。わたしは1本目の収録で帰らなくてはならなかったので見れなかったけれど、ゆるゆる加減が絶妙でチャーミングな松本くんのこと、きっと面白くやれたに違いない。

1本目の収録。司会の方は関西演劇出身の方なので、出演劇団員の人たちをココロから応援しているのが伝わってくる。演劇、役者、舞台。それらの、ある人たちにとってはスペシャルな聖域を分かっている人だなと思う。すごいな。こういう年上の人になりたいな。性別は違えど、中年演劇人のはしくれとして、若い演劇人の人たちへの温かい関わり方を見せてもらった。

その後、急いでキープラネットへ。

健全な事業とはなにか?というセミナーを聞きに行く。

経営コンサルタントで「1円起業」という本も出版されている大橋先生のお話を伺う。
わたしはまた個人経営で、これからどうしようというところなので、起業についての情報を知りたいと思ったのだ。
お話しは、さすが、面白かった。自分が起業するしないに関係なく、話が面白かった。

その後、ある子ども企画へのプレゼンーション。大橋先生やキープラメンバーにおられる中、わたしの考えた「劇遊び祭り」のプレゼンテーションをする。大御所の先生方に、いろいろアドバイスを受ける。

「ユリさん、お金のことなど不得意なことは自分でやらないほうがいい。その代わり、ユリさんがもっと有名になったほうがいいですよ!」とたくさんの方々から言われた。

「え~?有名になるっていったって、、、。どうしたらいいのぉ~???」

おたおたのキヌガワです。(苦笑)

何人かの先輩がたが「わたしが教えてあげる」と声をかけてくださった。
ありがたい。
まずはそれを頼りに、ぼちぼちやっていこうと思う。

わらしべ長者という昔話もあるではないか。

わらを握って、旅に出よう。

誰かに出会うために。。。。

April 24, 2006

名古屋ワークショップ

岐阜から名古屋へ。

谷あゆみさんの主催で「名古屋インプロ・ワークショップ」でした。

予定人数の2倍の28人も集まってくださり驚きました。

参加者はコーチの方が多かったので、コーチにとって必要な要素である「好奇心」をキーワードとしました。

参加者の理解レベルが高かったので、こちらから概念的な質問を投げかけたりする工夫をしました。これは、「インプロのゲーム」はストレス解消にもなるけれど、それだけじゃなくて日常生活を活性化するためのヒントもたくさん含まれているということをお伝えしたかったから。この視点を持つと、3時間のワークショップからもっといろいろなことを学んでもらえる。

逆に言うと、自分でも知らなかった自分のいろいろ気がついてしまうので、ショックだったり拒否反応が出るひともいる。そういうみなさんからはじっくり率直にお話しを伺い、それを認めていく作業を丁寧にする。すると自分を理解し引き受けることができるようになるのだ。人間は治癒力がある!

いやな自分を受け入れたとき、その人の顔はがらっと変わる。雲が晴れて、すっきりとしている。そして、よりその人のチャームが透けて見えるようになる。

このように、28人という大人数でしたが、グループとしてインティマシー(親密)な関係をつくれて、そこで日常レベルまで問題点や改善点を見つめる作業ができたので、非常に豊かな時間だったと(自分で言うのもなんですが)思います。

そんな嬉しいワークショップでした。

ワーク終わって去りがたし。。。

会場の外で数十分みんなで立ち話。みんな離れがたいんですね。

わたしは後ろ髪ひかれながら、新幹線に飛び乗りました。

ご飯をろくに食べていなかったので、「21世紀出陣弁当」を食べながらちょっとだけビール。

神経が興奮していて、その日はなかなか眠れませんでした。

みなさん、ありがとうございました!


ケア・インプロ

岡山から名古屋へ。

そして岐阜へ。

めっちゃくちゃパワーのある方にお会いした。

岐阜県の「サンライフ彦坂」という介護老人福祉施設の院長の豊田さん(とよぴー)だ。
人間としてのパワー、ユーモア、情熱。すべてが満タンにつまっている感じ。
インプロに非常に理解をしてくださっており、この日も「拍手まわし」でわたしたちを迎えてくださった。

そもそもこの施設は、名古屋でインプロを用いた研修をされている谷あゆみさんが職員の方にインプロを指導されたことから始まる。そこでみなさんがインプロを大好きになってくださって、年間とおしてインプロのトレーニングを続けられているのだ。

そんなことがあって、院長だけではなく職員の方々も「イエス・アンド!」なのである。
とても明るいし、気が利く。自分の意見をはきはき発言できる。お会いしたすべての職員のかたが清々しい。
このケアの現場で、間違いなくインプロが生かされているのが分かった。

福祉は人と人が関わる職業である。知識だけでは足りない。人間としてのコミュニケーション、相手の立場にたてる想像力、人を愛する根本的な気持ちが必要だ。そういう意味で、「インプロ」は楽しくその部分を引き出してくれる。(「楽しく」というところは大きなポイント!深刻にならないで物事を客観的に捉えることで、善悪超越して受け入れていける感覚を手に入れることができる)。

「ユリさん、ケア・インプロをもっといろいろな人たちに伝えていきましょう!」と院長が言ってくださった。

ケア・インプロ。

シンプルで覚えやすい言葉だ。

わたしは福祉について詳しい人間ではないので、福祉の分野でお仕事をされている人たちと手をつないで、「インプロ」という側面から、みなさんのお手伝いができると思う。

このご縁は、6月に株式会社ミュースの立ち上げで大忙しの谷あゆみさん(あゆりん)からのご紹介である。

あゆりんも「インプロ」の意義を感じてくださっている一人。

このように「インプロ」の良さを分かっている人たちと繋がっていけることが、とても嬉しい。

ちなみに、院長先生の発案で、8月にケア・インプロのビッグ・イベントを行う予定。

キヌガワのワークショップ、講演会、そして(もしかしたら)、政治家の人と福祉&インプロについてのトークもやるかもしれない(らしい)。

政治家の人「スピットファイアー」とか上手そう。

「イエス・アンド」はできるかな?


連弾研修やってまーす。

京都から岡山へ。

インプロ×岡山のメンバーへのスキルアップ研修でした。

わたしは一般公開のワークショップも行いますが、限定グループ、限定メンバーでのクローズドのワークショップも行っています。こういうクローズドのワークショップの良さは、メンバーが突き当たっている具体的な問題点を解決することができるからです。またこういう研修は少人数で行うため、一人ひとりをじっくり見ることができるのも利点です。

今日は、全員が、わたしと「イエス・アンド」でシーンを創るという連弾体験をしてもらいました。仲間同士で練習するのもいいのですが、わたしとペアになってインプロすることで、また違うことを発見できるのです。わたしもそれぞれのインプロバイザーのタイプを把握できて、さらに深い指摘をすることができるし。

そんな研修もやっておりま~す。


April 23, 2006

京都ワークショップ

京都でワークショップでした。

午前中はワークショップ・リーダーへの指導研修、お昼から一般の方向けのロングフォーム・ワークショップ。
午後からはコアメンバーのみのシーンづくりワークショップ。

京都には自尊心がある。
街が誇りをもっている。
人々も自尊心が元気だ。
流行に惑わされずに自分の表現を追及しようとするアーティストがたくさん住んでいるし、そのための施設も充実しているようだ。

今回は時間がまったくなかったのでお会いできなかったけど、作曲家の野村誠さんや、鍵盤ハーモニカ・おもちゃ楽器・声・紙芝居・絵画アーティストの林加奈ちゃんも京都に在住。

建物や街が、自分のバランス調整をしてくれる。自分で自分を奮い立たせなくても、癒しをもとめなくても、街なみや神社仏閣が自分を元気にさせてくれたり、癒してくれたりするように感じた。

もちろん、実際に住んでいる人たちにとっては手放しにそうはいえない部分もあるかもしれないけれどね。

この街に住みたくなりました。

東京じゃなくては仕事ができない。という訳でもないからな。

どうせ旅がらす、住まいはどこでもいいのだ。

そんな可能性をも感じた日でした。

April 21, 2006

時として好奇心をシャットダウンするも。

京都に到着です。

今回は沖縄、長崎、福岡(飯塚)、岡山と北上しています。
どの街も独特で、もう少し滞在したい気持ちが沸いてきて、哀愁に浸ってしまふ。。。。

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さて、京都もまたまた格別です。

新幹線の窓から威厳あるお寺の屋根屋根が見えると、わくわくします。
ゆっくりお寺周りをしたい!日本庭園を見て回りたい!舞妓さんに会えるかな?

しかも今日はオフ!

  (^0^)/~バンザーイ!
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と、思ったのですが。

岡山の山陽女子高校の「表現」の授業の指導要綱の直しの仕事が残っています。
23日に指導者に稽古をつけるので、それまでに仕上げなくてはなりません。

と、いうことでホテルに缶詰状態っす。(涙)。。。

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さっき、夕食を食べにいくついでに大きな本屋さんによりました。

本棚にはぎっしり情報がつまっていて、手に取ると雪崩のように押し寄せてきます。

成功するために。
お金もちになるために。
健康になるために。
頭がよくなるようになるために。
人生を豊かにすごすために。
いい住まいをもつために。
幸せになるために。

すべての本たちが、「わたしを買ってくれると、あなたは幸せになれますよ」とわたしに語りかけます。

これは、ありとあらゆることについての、他人からのアドバイスです。
しかも他人が「良かれ」と思っているアドバイスです。四方八方から「あなたはこうしたほうが幸せになれますよ」と言われているみたい。他者からのアドバイスに囲まれている感じ。しかもそのアドバイスはそれぞれ価値観がまったく違います。

たしかに役立つことばかりが並んでいるのですが、わたしはなぜか息が苦しくなってきました。

情報の雪崩に巻き込まれ、雪の重みにつぶされてしまいそうな感じ。。。

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自分がはっきり意志をもって本屋さんにいくと、自分の必要な情報を得ることができます。

自分で必要なものがはっきりわかるから。

しかし、自分が空虚のときに本屋さんに行くのは危険です。

自分がいらない情報も、目から耳から鼻から進入してきて、あなたを犯します。

わたしは今日はオフだったし、缶詰状態から気分を変えるためにやってきただけで、ぽけ~っと自分がない状態だったので、いろんな価値観のシャワーを一度にあびてしまいました。

そしたら、自分がどうしたらいいのか、今のままでいいのか悪いのか、急に分けが分からない不安に教われてしまったのです。

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斉藤孝さんがThe 21という雑誌でこうおっしゃっています。

「好奇心を封印する勇気」が情報過多時代の成功の秘訣だ!と。

つまり、ときとして自分の好奇心は悪い情報をも引き寄せてしまい、それに自分が翻弄されてしまうということです。

自分の好奇心によっていろいろな意見にまどわされて、なにが良いのかが分からなくなって、どこか悪いところがあるんじゃないか、だったらわたしはどうしたらいいのかという気持ちが沸いてくるのです。

しかもそういうことは、ゆっくり自分で考えたいことなのに、本屋さんではそれは許されません。おせっかいなことに目の前にたくさんの「答え」が並んでいて、「わたしを見て!」「わたしが答えよ!」ってささやきます。そしてついには、自分が考えることに集中できなくて、他者からの「答え」を見てしまう感じ。

本屋さんはホントウに上手くできているものです。

店先には必ず、自己啓発の本がならんでいますね?

あれは、情報過多の本たちに翻弄されて、自分の好奇心で自分を失った消費者がターゲットです。
だから彼らがすぐに手にとれるように店頭に置いてあります。

反対に、自分が欲しい情報を知っている人たちが買う本は、奥まったところにあります。
その棚のたどりつくまでには、たくさんの好奇心をかきたてる本がならんでいて、消費者を誘惑しようっていう魂胆ですね。(苦笑)。この誘惑に勝って、自分の必要な情報だけを入手することができた人間だけが、ホントウに本屋さんを利用したといえましょう。(おそらくこういう人たちに、自己啓発の本は必要ないのだと思います。)

それ以外の人は、本たちに翻弄され、必要のない価値観に犯され、本を購入したとも(言葉は悪いですが)いえるかもしれません。

さて。

わたしはというと、映画の本1冊、演劇関係本2冊、デザインについての本1冊、コンピューターについての本1冊(これは必要だと思って買ったもの)。それに加えて、自己啓発系の本を3冊も買ってしまいました。

まんまと、本屋さんの翻弄作戦に引っかかったというわけです。

(苦笑)。。。

(しかも、買った本はすぐに読みたいので、今、仕事VS読書が戦っています。これも困ったことだなぁ~)。。。


胸糞悪い批判的な文章に出会う。

偶然に、「インプロ」をやっている人たちについて批判的に書かれた文章を読んで胸糞悪くなる。

生まれたばかり・始まったばかりの分野なのだから、やっている人たちが未熟なのはある意味仕方がないことだと思う。それをそのまま批判して、どうしたいのだろう?と思った。(ちなみに、この文書には、批判だけしていて、「だったらどうしたらいいか」ということが残念ながら書かれていなかった)。

たしかに「インプロ」という言葉が一人歩きして、「インプロ」についてよく知らない人も、「インプロ、インプロ」言うように、10年前よりなった。「インプロ」について、偉そうなことを語る人たちも増えてきた。この作者にとって、気に入らない人物の登場もあるだろう。

しかし、どんなに気に入らない登場人物がいても、「インプロ」が好きならば、批判するだけではなく、どうしたら成長できるかというところまで(どうせなら)書いたほうが良かったのではないか。でないと、人を批判するだけで、結局「人の足を引っ張って、自分が正しいということを認めてもらいたいだけなのかな?」と思われてしまうのに。。。。

それからたとえば、「キース(「シアタースポーツTMを創造した演出家・インプロの先生)がこう言っていたから」という理由で、他の人たちがやっている「インプロ」について正否を語るのはおかしい。「先生が言ったんだからこれは正しい。そうじゃないのは間違っている。だからあんたは間違っている」という考え方だ。これって、自分の考えじゃない。権威を笠に着る卑怯者の言い訳だ。

もちろんキースはすばらしい先生だ。わたしは何度もキースのワークショップを受け、感銘を受け、いい影響を受けた。と~っても尊敬している。けっこう「ダチ」感覚も持っている。現に、演劇分野において、インプロヴィゼーションを確固として表現したインプロの第一人者である。

しかしだ。忘れてはいけないのは、他にもすばらしい先生はおられることだ。違う考え方もたくさんある。インプロについての解釈についても、いろいろだ。キースに対しても、シアタースポーツをやっている人たちは神さまみたいに崇拝しているけれど、ヨーロッパでは、たくさんいるインプロヴィゼーションの先生の中のひとりでしかない(one of them )し、アメリカでもイギリスでも、キースに批判的な人もたくさんいる。また、キースは常に自分の考え方に疑問をもち、変化し続けている人なので、たとえば10年前にキースが言ったことと、今彼が言っていることは180度違う場合もある。

キースはすばらしい。しかしそれを知っているのならなおさら、彼が言うことがすべて(法律)ではないことも忘れてはならない。わたしたちは、いろいろなものの中から、自分にしっくりくるもの・自分が信じられるもの・いいと思うものを選んでいけばいいのではないだろうか。そして、どんな世界でもパイオニアといわれる人たちは、そういう広い視野を持つべきではないかと思った。(これは自分に言い聞かせましょう)。

さて。

<人の振りして我が振りなおせ>という言葉がある。

わたしはこの文書を読んで、つくづく「他人の批判をする人間は、自分の品位を落とす」ということに気がついた。

どんなにすばらしい仕事をしている人でも、理由がはっきりしていない他者への批判をしたとたん、人間として浅ましく見える。どうしてかというと、批判というのは<文字通り>批判であるべきなのだ。ロジカルに批判であるべきなのだ。(だったら品位は落ちないし、人の役にたつかもしれないし世界を変えるかもしれない)。

しかし、そうではない批判(=言葉と本心にずれがある)は、その人の品位を落とす。

たとえば、この作者については、「キースが言っているから、他の人は間違っている」という言い方から推測して、「自分の考えに自信がないのかな」と思う。「「キースが言っているから」という印籠をかさに着て、「自分はすばらしい人間だ」、「他者は間違っていて、わたしが正しい」ということを分かってほしいから、他者を批判しているのかなとも取れる。(もちろん、実際にどうなのかは分からないけれど、そういう本音が言葉の行間から聞こえてきちゃうのです)。

自分に自信がないのかな。注目されたいけど、注目されないからひがんでいるのかな。

わたしは、なんだか、この作者が可哀想に思えてきた。

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それにしても、この文書のおかげで、今、わたしは自分を振り返っている。

わたしも他者を批判することが多い。
このブログでも辛口なことを自覚して書いている。
ただ、一方的に批判するだけじゃなくて、「どうしてそう思うか」という理由や、「どうしたほうがいいと思うか」という肯定的な提案も書いているつもりである。

しかし客観的に、批判的な文章を読んでみると、こういうやり方では、ホントウに伝えたいことは読んだ人間につたわらないということに気がついた。つまり、相手に変わった欲しいと思って書くならば、相手を攻撃するような書き方ではまず伝わらないのだ。(伝えたいことが伝わらないのなら、書いても時間の無駄である)。
だから、もし今後、相手に対して「もっとよくなって欲しい」と思った場合、決して批判的に言わないことが大事と思った。

また冷静に自分を見てみると、言葉ではもっともなことを書いても、こころの奥底では「自分を認めて欲しい。」「自分が誰よりも正しいということを分かってほしい」という気持ちがあることに気がついた。

きっと、胸糞悪い文章は、鏡に映ったわたしだったのだ。

だから胸糞悪かったんだ。

そう思った。

そういう自分を発見した。

さて、だったらどうするか?

まず、「これが人間くささなのかもなぁ~」とトホホと思う。

こういう部分があるのも自分だから、これを直せば「いい人」に近づけるかもしれないな。

でも気がつかなかった自分の部分を見つけることができたから、これからはそれに注意することもできるし、意図的に出すこともできるから、「直そう」と思わなくてもいいかなとも思う。

醜い自分に偶然出会ったおかげで、そんなことに気がつくことができました。

胸糞悪い文書を書いた人、ありがとう~!

(注:キースの名前を出したのは、個人攻撃をさけるための、あくまでも「たとえ」です。)

岡山山陽女子高校にてインプロを用いた「表現」授業始まる。

高松から岡山へ。

岡山の山陽女子高校で、インプロを用いた「表現」の授業が行われるということで、その第一目に参加のためです。わたしはこの授業のために「インプロで表現する」授業の指導要綱を作成し、プロジェクトのスーパーバイザーとして関わらせていただいています。

授業は9:00からなので、すくなくとも8:30には岡山に入らなくてはならないということで、朝5:30に起きて、6:30に高松駅へ。ホテルからタクシーを拾う予定でしたが、タクシー拾えず。スーツケースをひっぱりながら、泣きそうになりながら駅まで走りました。ノーメーク、髪を振り乱し、スーツケースをガラガラひっぱり、どたどた走る姿は、まるで壊れたナマハゲの暴走とでもいいましょうか。客観的に見たら、恐ろしい姿だったと思います。(苦笑)。

そんな姿で駅にいくと、人が集まってガヤガヤしています。

何事かと思い、駅員さんに聞くと、なんと瀬戸大橋が強風のためストップしているとのこと。
唯一の方法は、フェリーに乗り、その後電車を乗り継いでいくこと。これだと通常の3倍の時間がかかってしまします。

人間、突然予定外のハプニングが起こると、頭が真っ白になるものですね~。

キヌガワ、真っ白になりました。

もう絶対、授業には間に合わないからです。

それでも気を取り直し、フェリー乗り場へ走りました。(もうず~っと走りっぱなしです)。

フェリーに乗ったあと連絡を入れて(みんなも驚いているだろうなと思いながら)、フェリーで爆睡。
(ほとんど寝ていなかったので)。フェリーがついたら、タクシーで爆走してもらいました。(タクシー内でも爆睡)。

起きたらなんと、8:55に到着~!

ギリギリセーフでした。(^0^)

自分でがんばって走っていたときは辛かったわりにはあまりいいことはなかったのですが、爆睡している間にいいことがやってきて、まるで狐につままれたような気持ちもしました。

この日は、NHKなど3~4社のテレビ局と、朝日新聞からの取材が入っていました。
遣る側としては取材陣はと~ってもうざったい存在なのですが、この授業をいろいろな人たちに知って欲しいという思いもあり、なんとも煮え切らない気持ちが残りました。

その後、インプロ×岡山のメンバーに誕生日を祝ってもらいました。
インプロ×岡山の大場先生も、偶然、同じ誕生日で(ヒットラーも同じ誕生日!)、わたしはおまけのようなものですが。
不思議なことに、去年もこの日は偶然、岡山にいたので、みんなに祝ってもらいました。

ホントウは誕生日を祝ってもらうのはニガテで、できればひとりでいたい方なのですが、同じ誕生日の人がいると、自分への注目度が半分になるので、わりと気が楽なのが、2年続いているお誕生日会の理由だと思います。

(ホントウは、うちのダンナもここにいて欲しかったけど、ダンナはただいまドキュメンタリーの仕事でインド。
毎日カレーを食べて、カメラなど撮影機具を盗まれないように注意しながら仕事をしています)。

April 20, 2006

高松ワークショップ。

高松でワークショップでした。

高松の「あそび創造集団クロッシング」のメンバーがわたしを呼んでくれたのでした。

昼間はクロッシング・メンバーへのコア・ワークショップ。
日ごろの劇遊び活動をより活性化するためのトレーニングを行いました。
具体的に「こういうことを知りたい!」というモチベーションがはっきりしていたので、そこに焦点を合わせた内容でした。

夜は一般のみなさんとのワークショップ。
インプロ初体験のみなさんもおられる中、「イエス・アンド」をテーマに、日常でも活かせるコミュニケーションテクニックを練習しました。

いつも以上に、参加者のみなさんがワークで体験したことと自分の日常を照らし合わせて感じてくれたようでした。(そういうフィードバックがたくさん出たのです)。

同じテーマでも、毎回参加者は違うのですから、ワークショップのプログラムの内容は当然ながら変わります。
どうしてかというと、ワークショップというのは講師が決めたプログラムを消化することが大事なのではなく、参加者の調子に合わせていくことで、参加者に深く理解してもらうことが目的だからです。

それにしても。

参加者の腑に落ち度がいつも違うわけです。

すご~く感じてもらえるときと、そうでもないときと。

また、フィードバックでなにも発言がなくても、ワークが終わってからポジティブなインパクトがやってきて、そこでワークショップで得たことを知るということもあります。だから、腑に落ち度は簡単に判断できるものではありません。

それにしても。

どんな違いで、腑に落ち度が変わっていくのでしょうか。

たとえば、世の中には、ぜんぜん腑に落ちないワークショップだってあるわけです。

また、「楽しかった!」とか「勉強になった!」とかだけのワークショップもあるわけです。
(ワークショップが終わったら、その効果は消えてしまう感じ)。

反面、自分の人生が変わってしまうぐらいのインパクトがあるワークショップだってあるわけです。
(いい場合もあるし、あまり良くない場合もあるかもしれませんね~)。

これらの違いはいったい何なのか?
具体的な違いは何か?

そんなことを研究すると、さらに参加者にとって効果的なワークショップができるのではないかと思っています。

自分のワークショップのリードの仕方を、もっともっと工夫できるように思えます。

参加者の腑に落ち度がさらに高くなるような指導ができるように、さらに鍛錬していきたいと思います。

うん。

もしかしたら、この辺りの研究を真剣に始めるかもしれないな、わたし。

な~んてちょっと感じている今日この頃です。


April 19, 2006

福岡県飯塚市ワークショップ

福岡県飯塚市でワークショップでした。

飯塚ではイエローマン・グループのショーを何度かやらせてもらったり、ワークショップをやらせてもらったりして、不定期だけれども途切れないお付き合いを続けさせていただいています。

早朝に長崎から移動して(結局、ちゃんぽん食べる時間がとれなかったよぉ~涙!)、飯塚到着後、6月に行うインプロ・パフォーマンス公演の劇場下見。その後ホテルにチェックインして、夜はいつもお世話になっている大谷女子の山田真理子先生のお宅の一部「いおり」でワークショップ。

今日は、いつも参加してくれる子ども劇場(わいわいキッズ)のメンバー+小学校の先生+「少年の船」のメンバー+北九州大学の学生さんというメンバーでした。

経験者と初心者ミックスメンバーでしたので、両者に楽しんでいただけるメニューを考えました。

ある程度経験しているメンバーにはデモンストレーションを手伝ってもらって、その中でわたしがサイドコーチをすることで、インプロ創作方法のより深い点、陥りやすい点を指導しました。

飯塚だけではなく、よくある問題点としては、たとえば以下。

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<「イエス・アンド」について>

1) 「イエスといわなくちゃ”ならない”」という義務感が起きてしまうこと。

2)「イエス!」と言っているときに、「アンド」を考えてしまうこと。

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「イエス」は、他者に共感することである。

他者が感じていることを、同じ波長で感じることである。調和している感じだ。

だから、そのときはアドバンス感覚はない。むしろエクステンド感覚である。

次の展開は考えないで、相手がくれたアイデアにどっぷりつかることだ。

そしてそのときに、相手のアイデアを「いい」「悪い」、「面白い」「面白くない」、「自分の意見と同じ」「違う」というジャッジを入れないこと。

相手への共感にどっぷりつかると、ジャッジの入る隙間はない。そして、その共鳴から自然とするするとアイデアは出てくる。

どっぷりつかっていないと、次にあなたからでる「アンド」は、あなたが「よいしょ」とがんばって出す、自分本位のアイデアになってしまいがちだ。

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このように「イエス・アンド」ひとつとってみても、実に深い発見があります。

(わたしは10年以上インプロをやっているけれど、いまだに新しい発見をしつづけています)。

面白いものです。

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今まではみんなにちょっと遠慮して、ワークショップ中にサイドコーチはあまり入れないようにしていましたが、人生は短く、あとどのくらいみなさんとご一緒できるか分からないので、(明日なにが起こるか分からないという意味で)、「うるさいおばさんだなぁ~」と思われても、できるだけ口を出すようにしています。

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6月のインプロ・パフォーマンスのチラシができてきて、ワークショップが終わってから、みんなで数をかぞえたり、まとめたりしました。みんながこうやって支えてくれるのがホントウにありがたく、いいパフォーマンスができるように精一杯精進しよう!と思いました。

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明日は高松へ移動で~す。


April 18, 2006

長崎ワークショップ。

沖縄から長崎へ。

長崎の劇団のみなさんが20人近くも集まってくださった。

劇団でインプロのパフォーマンスをしていたり、ワークショップを企画することに興味をもっていたり、大学で演劇をやっていたり、子どもたちと関わる仕事をされていたり、ホントウにモチベーションの高い人たちばかりだった。

内容は「インプロのパフォーマンスの実践に使えるもの」ということだったので、

1)今、ここにいること。そのあり方を実感し会得すること。

2)イエス・アンド。(アイデアは目の前にある)

3)柔軟に対応すること。

この3つを中心に行った。

わたしは一般のみなさん向けのワークショップをするのが大好き!

それと同じように、演劇人向けのワークショップをするのが好きだ。演劇は専門分野なので、演劇人に対してより実践的なアドバイスができるからだ。そういう意味で、今日のワークショップは非常にやりがいのあるものだった。

彼らは充分パフォーマンスをやっていけるレベルまで達しているので、数日じっくり稽古して、パフォーマンスのアドバイスまでやりたいなぁ~と思った。メンバーも粒ぞろいなので、「シアタースポーツ」も実現できるかもしれないと思った。また長崎でインプロをしているみんなは(沖縄もそうだけど)、まだ全国でインプロをしているみんなと出会っていないので、いつかみんなで交流できる機会があるといいなぁ~面白そうだなぁ~と思った。

こうやって、人との出会いで「やりたいこと」が生まれてくる。

「やりたいことはなんだろう?」などと考え込まなくても、自分から動いて、人と出会っいけば、自然に「やりたいこと」は湧き出てくるのだ。

感動に突き動かされて自分のやりたいことが見えてくる。

こんなにやりがいのある仕事はない。


April 16, 2006

沖縄ワークショップ2日目。

沖縄2日目のワークショップ終了しました。
参加者のみなさん、ありがとうございました!!!

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お昼は「初級パフォーマンスクラス」、夜は「経験者パフォーマンスクラス」でした。

ワークショップでは、できるだけ経験の有無によってクラスを分け、参加者のニーズに答えようと主催者とわたしは考えます。ただ参加者のみなさんにも「予定」がありますし、かならずしも希望のクラスが受けれるというわけではありません。よって、「初級クラス」であろうが経験者の人が参加するし、「経験者クラス」であろうが、初心者の方が参加することは当然あるわけです。

頻繁に開催されるわークショプであれば、クラス分けをはっきりさせて、限定されたメンバーでクラスを行ったほうがより的の絞れる内容になることは確かです。ただ、それだけが正しいというと、そうではないと思います。経験者と初心者がまじって一緒にやることで、同レベルの仲間とでは味わえない「刺激」を得ることができることが多々あるからです。

今回の沖縄ワークショップは、そういう刺激的な関係がワークショップの中にあったのではないかと思います。

リーダーのわたしとしては、「経験者は満足したけど、初心者はついてこれなかった」とか、「初心者は満足したけど、経験者にとってはいまいち」というワークショップにならないように、両者に満足してもらえるように内容を工夫しました。これって、なかなか簡単じゃないんですよぉ~(苦笑)。

気にしていたことに関して、経験者のひとりからワークが終わってみんなと食事に行ったときにご指摘を受けました。

「ユリさん、正直言って、もっともっと先に進みたかったです。感想の時間など、もっと削れたんじゃないかなと思いました。」と。それはまさにわたしが気にしていたことで、「ご指摘はもっとも」と思いました。

それと同時に、(このワークショップでは感想を言い合う時間を沢山とったのですが)、なぜわたしが感想を言い合う時間をたくさんとったのかという理由もあって、その時間の中から何かを感じ取ってほしいなぁ~という狙いもあって「意図的にそうした」のですが、それがなかなか伝わらなかったのかなという反省が残りました。

わたしもまだまだです。
それにしても、沖縄のワークショップでは、その辺りを多いに鍛えられた感じがして、ありがたい時間でした。

また、沖縄ではインプロのライブをしている人たちがおられるので、そのみなさんと「パフォーマンス」について、もっと突っ込んだ稽古をしたいなぁ~と思いました。

また、社会人の参加者のみなさんとは、もっと日常生活に役立つインプロ・ワークショップを提案していきたいなぁ~と思いました。

中学生・高校生たちとは、もっともっとめちゃくちゃにはじけた時間をもてたら嬉しいなぁ~と思いました。

今回はまったく観光できなかったので、今度はゆっくり来たいな。
(ついでに、うちのダンナも連れてきてあげたいな)。


April 15, 2006

沖縄ワークショップ1日目。

沖縄でのワークショップ1日目が終了しました。

今日は1:00から親子のワークショップ、そして5:00から大人向けのワークショップでした。

親子のワークショップは五感を研ぎ澄まして「相手を感じること」がテーマでした。

どうしてこういうテーマを選んだかというと、最近「子どもの気持ちが分からない」親が増えているといわれており、それに対して、インプロを通してなにかお手伝いができるんじゃないかなと思ったからです。このような問題が起こるということは、大人の相手の気持ちを察する力が弱っていることを指します。日常生活で大人は、子どもへ意識を向けることはしていると思います。しかし、子どもの気持ちをただまっすぐにに「感じる」という作業はなかなかできていないのではないでしょうか。

そういう意味で、このワークショップという(非日常空間)で、思いっきり相手を感じてみる体験をしてもらえたらいいなということ、そして、親が自分のペースで子どもを見ることを一端やめて、子どもの波長に合わせていく経験から、子どもの気持ちを感じ取って欲しいなと思いました。

予想通り、(あたりまえですが)、子どもたちの止まらないエネルギーに大人はヘトヘトになりました。
しかしそれと同時に、どっぷりと子どもと向き合う時間がとれたのではないかなと思いました。

キヌガワ個人の課題としては、ちょっと前まで研修系の大人むけのワークショップを連続して行っていたため、どうしてもそのイメージに引っ張られてしまい、ワーク前のイメージトレーニングで親子のイメージがなかなか掴めなかったことです。(そうなるとプログラムがあいまいになりがちなのです)。

親と子。もっと充実した時間をもってもらえるように、さらに工夫していきたいと思います。


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その後、大人ワーク。

いろいろな職種の方がたにお集まりいただき、「今ここにいること」「柔軟性」をテーマに、いろいろな体験をしていただきました。

いろいろな感想が出た中で、「インプロってこんなに深いのですね。」とか「アイコンタクトしろしろと世間で言うけれど、どうしてアイコンタクトが必要なのか、なにが大事なのかが分からなかった。しかしアイコンタクトをすることで、私たちはとても大事なものを相手から得ることができるのだということが、とてもよく分かりました」とか「この経験をこれから仕事で活かしたいと思います。」など、とても前向きなものが出て印象的でした。

わたしとしては、(おこがましいですが)、ワークをやる前から「ワークショップは難しい」と考えている人の意識改革(そう、変わっていただきたい!)をどう促進していったらいいかということが今後の課題です。

どんなに面白いワークショップをしても、「これは難しい」と思われてしまったら、そこで終わり。
その人はなにも感じることができなくなってしまいます。感じるまえに「難しい」ということで、感性がストップしてしまうのです。(逆に、物事を先に進ませないため、感じたくないことを感じないためには、「難しいねぇ~」という一言を言えば、たちまち物事を感じとれなくなります。そういう意味では便利な言葉です)。

ですから、ワークをやる前から先入観をもって「難しい」と感じている人たちに、いかに受け入れてもらえるかということは、その人にとって非常に大事なことなのです。

しかし、それこそ難しいケースもあります。
たとえば、ワーク参加者のほとんどの人が「楽しい!」という感想を持っていて、ひとりだけ「難しい」という感想を持っている人がいる場合。「難しい」と思っている人へのケアと、「楽しい」といっている人へサービスを、両方バランスよく進めていかなくてはなりません。こういう状況のとき、わたしはこう思います。「わたしの身がふたつに分かれて、それぞれの方がたのフォローを同時にできたら、どんなにいいだろう。。」と。(現実的にあったら恐いのですね~)

実際の現場では、2つの神経を同時に働かせて、両方の方々に意識をむけるようにします。

参加者の中には、ソーシャルワーカーの方、大学の授業で即興劇を指導されている先生、営業マン、牧師さんなどもおられ、わたしにとって、とても刺激的な参加者のみなさんでした。

明日は、パフォーマー向けのワークショップを2コマです。
こちらは経験者が集まるので、今日とはまた一味違うメンバーになるようです。

これまた楽しみ!

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今日は一日立ち仕事だったので、足がパンパン。(でなくても、パンパンなのに、、、(苦笑))。。。

お風呂で足マッサージをして、ゆっくり休むことにします。


April 14, 2006

初・沖縄は夏の匂い。

初・沖縄!

私自身、初めて沖縄に来ました。

渡邊なほちゃんとマリコちゃんが向かえに来てくれました。

東京で会っているなほちゃんと沖縄で会うなんて不思議。彼女は沖縄にほれ込んで、ここでの活動をとても大事にしている。ココロモチ、彼女がいつもより自然体に見える。

空港から出た沖縄は、「夏」の匂いがしました。

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明日から2日間4クラス、初めて沖縄でワークショップをやりま~す!

どんな人たちが来てくださるのだろう?

とても楽しみで、なかなか眠れない。。。(^^;)。。。


モチベーションの「質」。

ある法人へ、ワークショップ&ファシリテーションについての指導をさせていただいています。

これは直接インプロを指導するというのはなく、インプロを通してファシリテーションの技術を磨く指導です。

サンフランシスコでインプロを通したファシリテーターの育成もされているスー・ウォルデンさんから育成方法を伺ったり、自分が行っている勉強会を通して研究したり、インプロワークスのスタッフ内で試行錯誤しながら、指導者への指導方法、指導者の育成方法を開発しています。

こういうことは短時間でできることではありませんので、両者が根気強く学び、経験をつまなくてはなりません。
ワークショップと違って、こちらから厳しいコメントや指摘することも多く、参加者は乗り越えなくてはならない壁につきあたります。それをわたしは応援します。

それでもこの活動が面白いのは、ファシリテーターとして参加者が成長していくさまが見て取れることです。
ホントウに人間は成長できる。やろうと思えばどんな人でも、自分のいいところを開花することができるのだと思えます。

また、相手のモチベーションがないと、なんたって成長できないことは確かですが、それだけではなく、そのモチベーションの「質」が非常に大事なのだということを最近発見しました。この「質」次第で、どのくらい成長できるか、成長できないかが決まるのかもしれない。とまで思えます。

いいファシリテーター、ワークショップ・リーダーは、指導活動の根本的な理由(モチベーション)にエゴがありません。人の成長のために自分を捧げる。それが喜びである。そしてそういう自分に酔ったりしないなぁ~。

イメージトレーニングは、人生を変える力を持っています。

いいイメージを明確にもてると、そのイメージはかならず叶うといいます。

だから、わたしはいいファシリテーターやワークショップ・リーダーにもっともっと出会いたいし、自分のモチベーションの「質」をもっともっと高め、純化させていきたいと思います。


April 13, 2006

ときに師匠は弟子を殺す(?)

今では、「インプロなら、わたしに教えさせて!」とまで言い放つようになったけど、わたしが最初にインプロを習ったときは、まさか自分が教える側になるとは思ってもみなかった。

俳優として「教える側にまわる」ことは、「俳優になれなかったので、教える側になる」というニュアンスを持っていた。「演技の先生って、結局、自分がプロの俳優としては売れなかったから教えているんじゃないの?」少なくとも20代、30代のわたしはそう思っていた。だから、インプロを習ったときも「自分が教える」ということは、まったく頭になかった。

さてシアタースポーツTMを教えてくれたオーストラリアのリン先生が帰るとき、残されたプレーヤーたちの中から当時「教えるのに向いているだろう」と思われた数人が、シアタースポーツ・ジャパンの認定講師ということで、リン先生から教えたかたをちょっとだけ伝授してもらった。

その中にわたしも入っていた。それは「講師に向いている」という理由ではなく、わたしの「プレーヤー」としての資質を高く評価してくださっていたからだと思う。

わたしは断然「自分が教えるなんてとんでもない!」と思っていたので、こんな具合で、その後もいろいろな方々のアシスタントをさせてもらっていた。

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この時代の体験で、最近ふと思い出したことがある。

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ワークショップが行われる前後は、打ち合わせ・反省会などがあるので、講師といっしょにいることが多くなる。わたしはそこで、「講師」という立場の「うらがわ」(ワークショップが「表側だとすると」)をたくさん見させてもらった。ワークショップをリードするのは簡単じゃない。とくにインプロを教えるということは、講師が、柔軟であるあり方そのものを体現できていないと務まらない。たいへんな仕事だ。そのための準備を講師の人たちはしているわけで、そういうことが見えてくる。そしてまた、講師の人たちの「本音」を聞くことになる。

「あの生徒はああだ。この生徒はこうだ。ETC…」(その講師は、生徒がいないところではかなり辛らつなことを発言していた)。

ある日。

ワークショップで講師が見ている中で、ちょっとだけ私がワークショップを仕切らなくてはならないときがあった。
どうしたらいいか、よく分からなかったので、いつもその講師の人がやっている通りのことを真似してやってみた。

今までやったことのない講師という役割は、等身大以上に感じた。
自分じゃないみたい。でも高揚感があった。

誉められるかと思った。
「ユリはインプロというものをよく理解しているね!」と、講師から賛同を得ると思っていた。

しかし、講師の反応はそのまったく逆だった。

「ユリ、ダメだよ!そんなやり方じゃだめ。生徒を傷付けている。ひどい。そもそも人間としてダメ。人間として思い上がっているんじゃないの?」

わたしとしては、いつも見ている講師をそのまま真似したつもりだった。
誉められるならまだしも、ひどくしかられるなんて、、、。

「え?そうなの?これは、あなたを真似しただけですよぉ~?あなたがいつも使っている言葉を使い、指導するニュアンスを真似て、生徒さんへのリアクションもあなたのリアクションを想定してやっただけですよぉ~~なのに、どうして、そんなに怒るの???」。。。

頭の中が「?」マークで散りばめられた。

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このときの私が、ホントウに講師の人の真似をできていたのか、そうじゃなくて勝手な解釈で間違ったことをやってしまったのか、それとも講師がわたしの指導を、鏡に映った自分の姿だと思って怒りがわいたのか、今となっては分からない。

しかし、それは断然わたしのトラウマになってしまった。
とても、とても、とても、とても、とても悩んだし、なによりも、とても傷ついた。

もともと「自分は講師には向いていない」と劣等感をもっていたことと、尊敬していた人から罵倒されたこと、それをまともに受け入れて自分の悪いところに意識をむけすぎて、自分全体が「自分の悪いところを直す」に支配されて、自分らしさを失いかけていたこと。これによって、わたしは「自分らしさ」を取り戻すのにずいぶん時間がかかってしまった。

しかし、捨てる神あれば、拾う神あり。

それからは、ワークショップで参加者のみなさんにお話しをさせてもらうときの自分の態度を、いつでも、どんなときでも、つねに自己チェックして、傲慢・思い上がりがないように努めるようになった。

(まさにピンチはチャンスである)。

そして今。

ひっきりなしに講師のオファーをいただき、身に余るほどの評価をいただいている。

もちろん、「オファーの数=すばらしさ」とは一概には言えないだろう。

しかしながら、ワークショップの価値は講師の魅力にかかっているところも多い。
そういう意味では、口コミでどんどんお仕事をいただいているということは、そんなに悪いことではないと思う。

もちろん、まだまだ未熟なところはある。
これについては、今後も書いていきたいと思う。(未熟なところは沢山あるので、、、(^^;))

少なくとも堂々といえるのは、あのとき講師に罵倒されたわたしのやり方とは、まったく違う指導の仕方ができるようになったこと。七転八倒しながら取り戻した私らしさは、トラウマ以前よりもっとパワフルだということ。
安定感と、どこにでもいける自由感がある。

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「九回の裏、逆転ホームラン」だって、人生にはありうるのだ。

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人の性格は変わらない。
しかし自分を調整する客観的な視点を持つことで、外側から見た自分をクリエートすることはできる。

だいたい人に批判をする人は、わたしたちの表面的な部分を「指摘」しているだけ。
(今思うと、その講師の態度はちょっと傲慢だったのではないかと思う)

わたしたちの「本質」を否定しているわけではないし、そんなことする権利は誰にもない!

だから、そういう意味で、人は変われるし、成長できると思う。

今のわたしから、そのときのわたし(自分に自信がもてなくて、いっぽも外に出られなかった10年前の自分)を見ると、「そんなことで落ち込まないで、自分を責めないで!」と思う。

10年前の自分に会ったなら、そう言ってあげたい。

そして僭越ながら、10年前のわたしのような悩みをかかえている人たちの、ちょっとした気持ちのサプリメントになれると嬉しいなと思って書いてみました。


April 12, 2006

妊娠作戦失敗に終わる。

ある夜、とつぜん、大出血~!

びっくりしたぁ~。

恐かったぁ~。

東京のある病院に行きました。

予約を入れたにも関わらず、待たされること4時間~(ひどいよねぇ~)!

激怒のわたしは、検査の結果を聞いて、いっきに撃沈。

残念。

キヌガワの妊娠作戦、どうやら失敗に終わりました、、、。

。。。ど~ん。。。(落ち込む音)。。。

。。。。。まぁ、20%の可能性だったからな。

。。。。。。。悲しいというより、自分がどんな気持ちなのか分からない感じ。

。。。。。。。。。。それにしても、見たことのなかった世界が垣間見れて良かったっす。

これにて、キヌガワ妊娠作戦レポートを終了いたします。

読んでくださったみなさま、応援してくださったみなさま、ハラハラしてくださったみなさま、メールをくださりアドバイスをくださったみなさま、ありがと~ございました。

次回をお楽しみに~。

(あるかどうか分からないけど。。。)

苦笑。

April 07, 2006

4月のキヌガワ日本時間開始。

今日、さっき、帰国しました。

先月の今ごろも帰国していたので、そのときの記憶から、今日が繋がって、「日本でのキヌガワ」時間が始まります。

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明日は、ひさびさに「即興を遊ぼう会」に参加します。
小林由利子教授の指導がとても楽しみ!
それと参加者にはドラマ教育関係者も数々来てくださる予定なので、久々にみなさんにお会いするのも楽しみだ。

その後、「だんすだんすだんす」の本番出演。
今井さんと川戸さんという、ほおっておいても何でもしてくれる頼もしい人たちなので、わたしは「グリコのおまけ」程度の役割で楽しませていただくつもり。

シアトルで見た手法や、ちょっと試したい手法があるので、突然、本番でやってみようかな。
それはまずいかな、あまりに驚かせちゃうのもよくないし。
サインが分からないと、「楽しむ」というより「解読」になっちゃう。
それだとつまらない。相手プレーヤーが自分にとってわけの分からない表現をしたら、「え~、これっていったい、どういう意味~?」って解読しようとしないで、(これって、ちょっとタイミングを逃すと、相手への遠慮モードになっていってしまうのね。それも危険)。

その表現に出会った瞬間に、それを自分流にエンダウメントしていく。
しかもそれは相手が受け取りやすいようなエンダウメントでなくてはならない。(←これも大事だなぁ~。相手の受けれるものでないと、それは押し付けになるので)。

そんなことを、つらつら考えています。

日曜日は営業インプロの日。読売新聞から取材が入るそうです。

フジテレビといい、読売新聞といい、「インプロ」もいよいよ、そういう時期を迎えようとしているのか。。。?

フジテレビCSで「インプロ!」が番組に!

フジテレビのCSチャンネルで、「インプロ!」という番組が放映されることになった。

これは、2つの劇団が即興でゲームをやって対戦するという趣向らしい。

(まるでシアタースポーツ?かと思いきや、きっと随分違うんじゃないかなと予想している)。

司会は升毅さんで、第一回目は東京乾電池の役者さんたちなどが出演するらしい。

これをきっかけに、まずは演劇人がインプロに興味を持っていただけると嬉しいなぁ~と思う。
劇団には自分たちのスタイルがあるので、インプロという手法は稽古で使うだけである場合が多い。
それをパフォーマンスにするということに興味をもってくださる劇団はほんのわずかだ。
しかも、わたしが行っている「インプロ」という「イエス・アンド」のセオリーをもったスタイルを継承しようとする劇団はほんと~にすくない。(「まだ」少ない。と言っておきたい)。

そして、この番組を見た人が、「インプロって面白いじゃん」って思って欲しい。

アメリカで爆発的ヒットになったバラエティ番組で「Who's line is it Anyway?」というのがある。
これは、司会者が一人いて、タイトルやらゲームを指示する。それに基づいて、4人のインプロバイザーがいろいろ即興で演じる。これは4人のインプロバイザーがめっちゃくちゃ面白いのと、インプロの魅力とで、ものすごくヒットした。そして、この番組がきっかけで、「インプロ」は一般大衆に受け入れられるようになった。

日本でもそんな番組ができるといいなと常々思っていたので、この「インプロ!」という番組がいい番組であって欲しいと、勝手な期待をしている。

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残念ながら、わたしは衛星放送がありませ~ん!(涙)。。。

衛星放送をお持ちの方、ぜひ観てみてください。

そして感想を聞かせてください。

第一回目の放映は、以下のスケジュールです。

4/18(火)22:00~23:00
4/19(水)26:00~27:00
4/22(土)08:00~09:00
4/25(火)22:00~23:00
4/26(水)26:00~27:00
4/29(土)08:00~09:00


April 06, 2006

白馬の王子様に出会う。

明日帰国しま~す!

日本はサクラが満開だそう。
日本のサクラはいい。
散りっぷりがいい。
酔っ払いえをもステキに見せてくれるしねぇ~。

**********************

さて、日本でも引き続き妊娠作戦を繰り広げなくてはならない。

ニュージーランドで行っている治療を、日本の病院で引き継いでやってもらう。

しかし、ニュージーランドの主治医から「日本の医者は知らないので、調べてみて」と言われたので、婦人科の病院リストの中から、日本の家の近くにあると思われる住所を探してかけてみた。

今までは身体や治療や薬の名前はすべて英語だったので、日本語でちゃんと説明できるように練習してから、ダイヤルした。

しばらくして、なつかしい日本の呼び出し音(国際電話直がけなので)。

そして「はい、~~病院です。」という看護婦さんらしき声。

「あああああああああああ~~。日本だ。日本の病院だ。」とたんに心拍音が早くなる。

やさしい気持ちで電話口にいたけど、甘かった。

「これじゃだめだ。この人は悪気なしで人を傷つける力がある。わたしは傷つかないように、ココロに鍵をかけておかないと」。電話口でそう思った。

どうして日本の看護婦さんは電話の対応がこんなに冷たいのだろう?

<ケースその1>

血液検査をして欲しいというわたしのお願いに、この看護婦さんはこう答えた。

「えっ?血液検査ぁ~?知りませんねぇ~。おしっこ?おしっこ検査じゃないの?」

<ケースその2>

キヌガワ 「何時からやっておられますか?」

看護婦 「えっと、8時30分ですけど、午前中しか診察はやっていないんですよねぇ~」。

キヌガワ 「(ココロ声)「けど」って何?今の会話で「けど」って言う必要ある?なんか来て欲しくないみたいな話し方だなぁ~」


こちらは非常にセンシティブな状態だ。(しかも久々の日本語で、ドキドキしてもいる。苦笑)。
それなのにどうして、こんなに冷たい対応の仕方をするんだろう?

日本の病院では、患者さんが惨めな気持ちにさせられることが多い。

看護婦さんの対応の仕方、だいたい看護婦さんに笑顔がない!
声がきつい。トゲトゲ・キンキンしている。
人の声のトーンが、どのくらい相手に影響を与えるか、そういうこと知らないのだろうか?
予約制じゃない病院。何時間も待たされる。8:30からやっていると、7:00ぐらいから並ばないと、午前中には診察をしてもらえない。

こういうのって、患者さんたちのための病院であるはずなのに、なんだか医者や看護婦の都合で物事が決められているようにしか思えない。

わたしはたった一度の電話で、ホトホト疲れてしまい、夫に八つ当たり。
「ね、言ったでしょ?日本の病院はひどいの。こっちが惨めな気持ちにさせられることが多いから、わたしは行きたくない!」。

やさしい夫は、イギリス人が経営している病院を探してくれて、そこにメールをしてくれた。

「病院にメールしたって、レスをくれるわけがない!ほんとうに意地悪で融通がきかないんだから、日本の病院は」。

と、わたしはふてくされていたけれど、数日後、夫はメールのレスを受け取った。

(その病院では、施設が小さいので治療の続きはできないそうだ。)

仕方なく、もう一度リストを手にした。(実際は、もう二度と手にしたくないリストだったけれど。。。)。

近所よりもう少し離れた場所にある病院にかけてみた。

そこでは不妊治療はもうやらなくなったと言われた。

気をとりなおして、もう少し離れた場所にある病院にかけてみた。

そこでは看護婦さんでは判断できず、院長さんしか判断できないけれど、院長さんがお休みなので分からないといわれた。

もう一回。今後は、けっこう離れている病院。

「大学病院」とかだと、雑に扱われそうなので、こじんまりした病院を選ぶ。
ネーミングも「なんとか医院」じゃなくて、「なんとかクリニック」とかちょっと柔らかそうな感じのところ。

そこでは、看護婦さんがやはり判断できず、院長さんが出てくれた。

男の院長さんだった。「ああ、それはボクのところだと即行できないので、○○クリニックか、○○病院がいいですよ。そこならきっとやってくれる。僕からの紹介で。と言ってもらっていいので。」と言ってくれた。

もう人間不信でヘトヘトになっていたところ(大げさかもしれないけど、ホントにそうだった)に、いきなり親切な言葉!

まるで乞食の私に、白馬に乗った王子さまが現われ、「さぁ、舞踏会へ行きましょう!」と誘ってくれたかのような嬉しさ!

電話の向こうの王子様にお礼をいい、紹介されたクリニックに電話した。

そのクリニックでは、特別な治療をしてくれることになった。

しかもそこの看護婦さんはとても親切で、そこのクリニックは予約制だ。

これはいったいどういうことだろう?偶然か?はたまた、わたしの気持ちがほぐれたから、そういう病院に出会えたのか?

この世にはいろんな人や団体が、大きなグループとしてなんとなくあって、お互いが関わりあっていたり、関わっていなかったりする。

意地悪の(?)グループには、意地悪の人たちが集まっていて、大きなまとまりがあるに違いない。

親切(?)のグループには、親切の人たちが集まっていて、大きなまとまりがあるに違いない。

そこには最大公約数の部分もある。

わたしはいうなれば、意地悪のグループの人としかめぐり合えなかったけど、何度も電話するうちに、最大公約数の部分を通過して、その中で親切のグループの院長(白馬の王子)にめぐり合うことで、親切グループのまとまりの中にある親切病院にたどりついたのだ。

な~んて、大げさかな(苦笑)。。。

いずれにしても、「類は友を呼ぶ」という言葉があるように、人間はひとりでは生きていけないので、なんとなく集まります。それが「いい質のもの」であって欲しいと、ホントウに思います。

それは自分を大事にしたいからです。


April 05, 2006

杖ことば。

ひょんなきっかけで宗教の歴史を学ぶはめになってます(苦笑)。

ユダヤ教とキリスト教を読破、イスラム教が終わり、仏教に突入しています。

それぞれの特徴や、どうして発生して、どうやって広がっていったか、くわしく調べれば調べるほど面白い!

だいたい、イエス・キリストさまはたった”4年ぐらい”しか普及活動をしませんでした。
というか、できなかったんです、(磔にされてしまったから)。
それなのに、世界宗教にまで発展した。これってすごいですよねぇ~!

ユダヤ教からどうやって、キリスト教とイスラム教が生まれたかとか。

それぞれの教義とかやってはいけないこととか。それぞれの違いとか。

興味が湧いてきたので、禅についての本もついでに読んでいます。

ココロの支えになる言葉のことを、「杖ことば」って言います。

わたしは若い頃から人生で迷ったり不安になると、いろいろな本を読みました。
自分が安心できるまで、、、。これは、「杖ことば」を探していたんですね。

「インプロ」の考え方に通じる「杖ことば」がたくさんあるので、わたしのワークショップで紹介していこうと思います。


April 04, 2006

「イエス・アンド」で高く飛ぶ方法。

「ありがとう」と「イエス・アンド」。

「イエス」を言うときに、「ありがとう」というニュアンスを付け加えたらどうだろう?

つまり、相手の話が聞けたことに「同意=イエス」だけじゃなくて、「感謝=ありがと」を加えるということだ。

「ありがとう」に評価はない。「イエス」には評価の目が入り込みがちだ。「イエス」には相棒の「ノー」がいるから。。。

たとえば、頭で物事を考えている人たちの「イエス」は、頭で相手の(文字通りの〕アイデアについて「イエス」と言ってしまう。しかし、相手のアイデアというのは文章にできる「アイデア」だけじゃなくて、それを話している”肉体を持った”相手がいたり、その人が話しているときの気持ちという”コンテキスト”がある。「イエス」を言うということは、それらをひっくるめて「イエス」ということだ。相手への全面肯定である。

「イエス・アンド」は、とてもいい言葉だと思う。

共同創作するためには、どんなときでも使える、コミュニケーションを円滑にし、信頼関係を築いて、自分だけでは創りえないものを創りだすことのできる魔法のこ言葉だ。

ただ「イエス・アンド」も、「使わなくてはならない」っていう調子でがんばって使ってしまうと、そのいい効果がなくなってしまう。

「イエス・アンド」は、「イエス」だけでもなく、「アンド」だけでもないところが味噌だ。

まず、「イエス」がある。このときは、全身で「イエス」だ。ここに「自我」はない。

相手の話を聞いているときに自分の「アンド」を考えている人は、「イエス」を言うときに「自我」が混じる。

ホントウはここで相手をリスペクトしたいのに。。。。

できたらこのまま「イエス!」のままでもいいくらいの勢いで、「イエス!」がいえたら、その高まりで考えなくても簡単に「アンド」が飛び出してくるだろう。

混じりけのある「イエス」を言う人は、「アンド」で高く飛ぶことができない。

なんとなく、「びちゃっ」とした、ハトのフンみたいな「アンド」だ。

ホントウに相手のアイデアを「おおお、すげ~!いいじゃんっ!」って思えれば、もっと遠くに行けると思う。

「ありがとう」はストレスを少なくする。

「ありがとう」を多く言うと、ストレスが少なくなる。

と医学博士の斉藤茂太さんの『いい言葉は、いい人生をつくる』(成実文庫)に書いてあった。

「ありがとう。」

あなたは、一日に何回言いますか?

April 03, 2006

シアタースポーツTMの上演権利を取得しました。

ようやく「シアタースポーツ(TM)」の東京での上演権利を取得しました。

この場を借りて、(おそらくこのブログなど読んでおられないかもしれないけれど)、他上演権利取得を許可してくださった他団体のみなさま、ありがとうございました。

シアタースポーツTMには上演権利があって、今、「インターナショナル・シアタースポーツ・インスティチュート」というところが管理している。シアタースポーツは、もともとキース・ジョンストンが開発したのだけれど、彼はもうほとんど運営に関わっていない。キースが創り出したシアタースポーツの意図・大事にしているスピリットとあまりにもかけ離れたシアタースポーツを、いろんなグループ上演するようになってしまって、好きになれないそうだ。
(「観たくない」とまで言ってた。。。)。

世界では、いくつかの才能あるグループだけが、キースのスピリットを継承したシアタースポーツTMを上演している。(ほとんどは、我流に構成しなおしたり、間違った(?)理由で、ショーに違うアイデアを付け加えたりして上演している)。

わたしは、リン・ピアス先生に最初に教わって、日本で最初のシアタースポーツの公演にず~っと出演させてもらっていた。そのときは知らなかったけど、リン先生のやり方は、「オーストラリア・スタイル」とアメリカ人やカナダ人からちょっと失笑されてしまうスタイルだった。リンさんはそれが正しいと思って指導していたわけだから、彼女に悪気はない。それにしても、シアタースポーツTMを始めて日本に紹介するならば、どうして正統派の先生を呼ばなかったんだろう。ど~して、オーストラリアから呼んできたんだろう、カナダやアメリカじゃなくて、キースじゃなくて。。。素朴な疑問です。(それでもリンさんは大好きですけどね)(^0^)

わたしは今まで、世界中で、たくさ~んの「気持ち悪い」シアタースポーツを見てきた。
この「気持ち悪さ」は、新興宗教の人たち(もしくはそれと質感の似たような人たち)が街頭で、みんなで肩をならべて「幸せだぁ~」って大声で歌を歌っているのを目撃するのと似ている。

「いいじゃん、わたしたちは楽しいんだから。いいじゃん、わたしたちは幸せなんだから。」という看板を出して、公共の場で、自己満足だけの表現をする人たち。気持ち悪いシアタースポーツTMって、そんな感じがあるんですわ~。

やはりどんなフォーマットがあっても、所詮、それは器。
やっているプレーヤーや演出家など、中身がちゃんとしていなければ、どんな素晴らしいフォーマットでも汚く見える。(きっと逆もあると思いますう)。

それに、キースが創ったものなのに、それをまったくリスペクトしないで、勝手な解釈で上演してしまうという神経にも、なんだかみすぼらしいものを感じていました。

インプロなのに即興部分がすごく少なくて、決まりごとを見せるようなショーだったり、ホントウにシリアスに競争を意識したり、競争をあおったり。時間制限があったり、ギャグだけだったり、キースが創ったさまざま工夫を無視したり。。。そんな感じで、わたしの周りでやっているシアタースポーツTMに対して、失望感とか嫌悪感とかを感じていました。

そんなさなか。今年の2月にシアトルで、キースと親交の深いランディ・ディクソンから、キースのスピリットがたっぷり込められているシアタースポーツTMを見たました。しかも、日本から来たインプロバイザーたちと一緒に。

そして、み~んなシアタースポーツTMが好きになったし、わたしは、みんなとならやれるかもしれないと思いました。キースが言っていたこの感覚。言葉として限定しちゃいけない感覚。。。これを共有できたことが、わたしを再びシアタースポーツTMの興味へと駆り立てたのです。

ということで、シアタースポーツTMの上演権利をいただいたので、東京で定期的にショーをしたいと思ってます!

東京は(というか日本は)集客がとても大変なので、毎月公演を続けていくのは至難の業。

ですので、できるだけ長く続けていけるように、プロジェクト・チームを作ってやっていけたらなと思っています。

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それから余談ですが、地域で「シアタースポーツTM」の上演権利を取得したいとか、「シアタースポーツTM」って、いったいどういうものだか知りたいという方、微々たるものですが、わたしお力になれると思います。

そういうイメージを持っているかたは、どうぞご一報くださいませ。


April 02, 2006

ヨガと小津安二郎

やたらヨガの教室に通って、やたら小津安二郎監督の映画をDVDで観てます。

ヨガは、だんだん自分の身体の各部分が自律して動けるようになっていくのが、めちゃくちゃ楽しいです!

今日は呼吸について学びました。息を吸うと、背中が伸びて、首が縮む。息を吐くと、背中は縮んで、首が伸びる。こんな身体のメカニズムを呼吸とか背骨とかの視点から見てみて、実際に自分が動いてみて、先生に注意してもらう。自分の身体って、ホントウに複雑にできていて、この情報をいったん知ると、肉体への見方が変わります。もっと肉体の中身の仕組みまで想像しちゃうような。

先生が言うには、「ユリはなかなかいいんだけど、肝臓をぎゅっって絞ってしまうような背中の使い方をしているので、そこに空気を入れてあげながら楽にしていくといいよ。」と言われました。

おやおや、禁酒しているっていうのに。
お酒をやめているにも関わらず、まだ身体が肝臓を痛めつけてるなんて、、、。トホホです。(苦笑)。

それから自分ではびっくりするぐらい、深く呼吸ができるようになってきました。

こりゃ面白い!

小津安二郎監督の映画は、特別に注文して贈ってきてもらったもの。

今日は「お早う」という映画を観ました。
よき時代の日本が詳しく描かれていて、些細な生活のやりとりなのにそこに深いテーマがある。
それが凄い。台詞も面白いし、フレームもキレイ。

この映画は、「おなら」が何度もでてきます。

子どもたちが、「おでこを突っついて!」と言います。
他の子がおでこを突っつくと、突っつかれた子が「ぷーゥ。」とか「ぴぃゆっ」とかおならをするんです。
(どうやら、そういう遊びがこの映画では流行っているらしい)。

ある子は、おならをしようとして、いつも力んで「大」をしてしまい、パンツを汚してお母さんにしかられます。

(しかも母親役は、バリバリ若い杉村春子先生で、お金持ちで婦人会の会長をしているという設定。)

「おまえ、またパンツ汚したのっ?もう、おまえなんか、パンツはかないでいいっ! パンツはかないで学校行きなさいっ!」って。

なんとも微笑ましい。
登場人物たちは、些細なことでクヨクヨしたり、怒ったり、笑ったりします。
それが最後にはとても幸せに見えてきます。

最近のバイオレンス映画なんかより、ず~っといいのにな。

日本人の人、もっと小津監督の映画観るといいのにな。

「並の人」、真剣に生きてるかい?

週刊朝日に載っている内館牧子さんのエッセー「暖簾にひじ鉄」のファンだ。

先日(3月2日号)にこんなことが書かれていた。読んで、気になって、切り抜いて、今、手元にある。

「コメントの変化」というタイトルがついている。

最近「楽しんできます」というのが、まるで流行語のようになっていて、ネコも杓子も、オリンピック選手も芸能人も「楽しんできます。」という。どんな仕事でも楽しいことにこしたことはないし、楽しむことが大事だけれど、選ばれた人たち(国を背負って戦ってくる人たち)の「楽しむ」は、どんなに「楽しむ」ことが簡単ではないかを身にしみて知っているのから「楽しむ」と言う言葉を使っている。

たとえば、(以下、部分的に引用しています)。

金メダルをとって荒川静香選手は、とった後に「楽しもうと思っていました。楽しむことがどんなに大変かわかりますから」と言っている。この「楽しむ」は、猫も杓子もの「楽しんできます」とは違う。

内館さんは、「楽しんできます」を軽々しく使う人たちに対して、「なにかを放棄しているニュアンス」を感じとったのではないかと思った。

わたしの男友達は部下を受注交渉のために米国に送り出した際、「楽しんでやってきます」といわれたと、憮然としていた。受注は韓国に敗れ、男友達は「当然だ」とはき捨てるように言った。

たしかに、「楽しんでいる場合じゃないだろう」と突っ込みたくなる。

同時に、こういうことは日常でとてもよくあることじゃないかと思った。

ワークショップでも「楽しむ」という言葉をよく使う。

しかし、この言葉も、「馬鹿騒ぎする」とか、「パニック状態になるまではじける」とか、「ジョークを言って笑う」とか、「できるだけ馬鹿になるか、馬鹿になっている人たちを見て楽しむ」とか、そういうレベルじゃないと思う。

「楽しかった」という言葉。なにをどう楽しかったのか、「楽しい」ということを、どうとらえるか。

それによって、この言葉がココロに染み入るものになるか、自分をごまかす言葉になるか、変わってくると思う。

わたしはこいうことに変にこだわるたちなので、内館さんのエッセーは「鋭いな」と思う。

このエッセーの最後はこうある。

国を背負って派遣された「選ばれた人」の、美しさを見た気がする。無理せずに自然体をよしとして生きてきた「並みの人」には、持ち得ない美しさだろう。

これは文字通りにも解釈できるけど、一般大衆誌である週刊朝日に書くということ(=「選ばれた人」というより「並みの人」のほうが圧倒的多数の読者)は、きっと、これは「無理せずに自然体をよしとして生きてきた「並みの人」に対して、自分にとってのホントウの「楽しさ」を見つけられるように、真剣勝負で生きていきましょうよ。

という真剣勝負のメッセージなんじゃないかと思った。

だってそうでなければ、「いいですねぇ~、みんな楽しいですねぇ~」と「並みの人」に対してそれ以上の刺激をつきつけないで、なんとか「並みの人」たちから消費を促せばいいのだから。(そういう日本人が多いですねぇ~。それに巻き込まれている人たちも多いですよぉ~)。

内館さんは、「並みの人」を人間と認めて、非常に厳しい言葉ながら、「並の人」にもっと覚醒してほしいを思っているんじゃないだろうか。

そんなことを思いました。

辛口意見です。(苦笑)

4月の「即興を遊ぼう会」が、あっというまに定員を超してしまいました。

(ただいま、小林先生に定員の追加が可能かどうか伺っています)。

それにしても、ありがたいことです。(ペコリ!)

それと同時に、いかに人々が演劇分野に興味をもっているか=他分野に活かしたいと思っているかを思い知らされます。

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最近思うのは、「インプロ」は演劇分野のひとつであって、自己啓発のツールのひとつではないのになぁ~、トホホホということ。

もちろん、自己啓発を促すときのツールになりやすいことは確か。

インプロの物事の解釈はとても分かりやすいし、楽しいので、「楽に解脱できる特効薬」みたいな扱われ方をしてしまう。日本人は、な~んでも取り入れて自分たち流にするのが得意なので、いろいろな分野の人たちが「インプロ」をそのように使っている。

それはそれでいいのだろうけれど、せめて「インプロ」が演劇分野から生まれてきたもので、演劇の一つとして上演されて(オフ・ブロードウエイで上演されたこともありました)いるってこと、普通はインプロバイザーがインプロを使って指導するもので、それはつまり自分がインプロを使ったお芝居ができなくちゃならないこと。=(この言葉には矛盾がある。インプロとは台本のない"お芝居”のことであるから、あえてお芝居といわなくても、インプロと言う言葉には、お芝居をするという要素が入っているべき)

これらを、インプロを使ってセミナーとかワークショップとかしている人たちが分かっていてくれるといいなぁ~と思います。

昔、「ハカ」という有名なマオリ族の戦いの踊りを、日本のコマーシャルで(「がんばって、がんばって」っていうコマーシャル数十年前)まったく違う解釈でパロディ・コメディ調に使っていた。これはこの踊りをリスペクトしているというより、パロディとして使っているようだった。

日本の視聴者(ラグビーやNZを知らない人)は、「変な外人たちが、日本語らしい(ホントウはマオリ語)言葉をいいながら踊っている変なコマーシャル」としか受け取らなかっただろう。

これ、マオリの人たちが見たら怒りますよ。

今、インプロを他分野で使っている人たちは、せめて自分たちが戦いの踊りを「面白いコマーシャル」として消費者に提供しているのだということを、せめてせめて、分かって欲しいなぁ~。

これって、辛口すぎるだろうか?

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コーチングなどを使った研修屋さんが、「インプロを使ったもので、、」とか宣伝しているのを見ると。

この人、どのくらいインプロを練習して、どのくらうインプロができるようになってから、どのくらいインプロを分かってから、こうやって公言しているんだろう?と心配になる。

よけいなお世話だ。

たしかに余計なお世話かもしれない。

でも、ほんと、昔はね、「ちゃんとサイドコーチができないと、とてもじゃないけどインプロは教えられない。」っていうのが、インプロしている人たちの当然の納得事項だったのですよ。

そのくらいサイドコーチが大事だし、それによっての気付きが大きいし。でもきっと、今「インプロ、インプロ」と言っている人たちのほとんどが、サイドコーチとかできないんだろうなぁ~~(苦笑)。

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せめて、インプロは演劇分野から生まれたことを知って欲しいし、指導する人はまず体験して欲しいと思う。

ある研修屋さんは、演劇をやりたい若者を集めてインプロを使ったワークショップをしているそうだ。

ひとこと釘を刺しておいたら、「そうですね、わたしは朗読をやっているので、インプロが演劇だっていうことは良く分かります。」と言われてしまった。

そうではない。。。

わたしが言っている演劇とは、もっとソリッドなプロフェッショナルなものです。

アマチュアの方が楽しみやボランティアでやっている朗読とは質が違うものです。

(もちろん、アマチュアの方が楽しみでボランティアでやっている朗読が”いけない”と言っているわけではありませんよっ!)。

それが分からないから、やっぱり「インプロ」を使ってしまうのかしら。。。

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そもそも悪いのは私です。『インプロ・ゲーム』を出版したんですから。(これはおごった言い方か?)

『インプロ・ゲーム』を出版したときに、晩成書房の水野さんに相談に乗ってもらったことは、この本が出版されたらインプロの本質を理解していない人がやり始めてしまうんじゃないかということでした。

これは今、やはり現実に起こっているということです。

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理解のある人は、それでも私のところに質問してくれたり、問い合わせをしてくれたりします。

そういうみなさんには、できる限りのアドバイスをしています。

そして、最初にもどりますが、そのために小林由利子教授のようにきちんと学んでこられた先生に来ていただいて、トップレベルのワークショップを提供しているわけです。

「日々、これ精進なりっ!!!!」

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さて、愚痴っぽいのも、我ながら嫌になります(苦笑)。

いっそのこと、嫌なものは、見えなかったり聞こえなかったりするといいですね。

あ、自分でそうすればいいのかしら?

(苦笑)。

April 01, 2006

ホームページがリニューアルしました!

ホームページをリニューアルしました~!

いろいろ広がっているインプロワークスの仕事を整理したり、ウエッブでできる「インプロ的遊び」を入れたり、
いろいろ工夫してみました。

何度も何度も見直して、インプロワークスのスタッフにも確認してもらって、「これで大丈夫だっ!」と思って、今日アップしました。誤字脱字ないかしら、大丈夫かしら???(あったら、こっそり教えてくださいねぇ~)。

あらためて見てみると、講師陣の中で、わたしだけ「白黒」の写真なんですね。
なんだか古い人みたい、、、(苦笑)。自分のことはなかなか気がつけないものです。

それから今まで「掲示板」があったんですが、それを無くしてみました。
ちょっと嫌がらせのようなことを書かれたことがあったのと、ご意見などおありの方は、このページ「デイリーキヌガワ」にコメントをいただいたくことができるなと思ったからです。

(インプロ・ワークスという団体と、わたし個人にすこしスペースを作った感じです。)

ですので、どうぞ、新しいページへのご意見・ご感想は、こちらへお願いしまーす!

まずはみなさまが参加できるページもございますので、新しいHPをごゆっくりご堪能くださいませ。


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