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July 31, 2007

海外講師招聘ワークショップ2007

8月25・26日(土日)に行うスティーヴン・ホリンズさんのワークショップ。

いよいよ募集が始まりました。

すでに数名の方からご応募いただいています。定員に達したところで締め切りますので、参加希望の方は、わりかしお急ぎくださいませ~!

これは、スティーブンが行った「クラウン」の公演の写真です。

Slide17

July 30, 2007

無料体験クラス実施。

昨日は「無料体験クラス」を実施しました。

講師は島崎真弓ちゃん。クラスはキャンセル待ちが出たほどの好評で、ありがたい限りです。

参加できなかったみなさま、次回を企画しますので、ぜひご参加くださいませ。

*****

さて、「インプロを継続的に学びたいのだけれど、どうしたらいいですか?」という意見をたくさんいただきます。

ありがたいことで、こちらも対応できるといいなと思います。

ただ、ずいぶん前にここにも書きましたが、インプロを日本に伝える意義を感じると同時に、インプロを日本語でお伝えする難しさも感じています。今まであったものと全く違う概念(インプロ)を日本に持ち込むときに、今までと同じ枠組みの中でしてしまうと、結局、それは、今まである概念からしか認識することができないために、違ったものになってしまう。その難しさです。だから、カルチャーセンターのようなやり方、日本の学校教育のようなやり方でお伝えしたら、インプロはまったく違ったものになってしまう。その危惧です。

わたしたちは英語を10年近く学びますが、一向にしゃべれるようにはなりませんでした。
それは英語という「言語」を、教科のひとつ(=机上で勉強する学問)にしてしまい、学問と同じ方法で学んでしまったからです。

これが、「インプロ」についても起こらないとは限りません。

とびっきり楽しい、そして、とびっきり深いインプロをみなさんに体験していただき、それを身につけていただくためには、わたしたちは既成のやり方に縛られず、インプロに相応しい伝授の仕方を工夫するべきだと思っています。

インプロ・ワークスがクラスをやたらに増やすことを避けているのは、そのためです。もっといい方法があるんじゃないかと試行錯誤しています。

(よって、かなりの時間がかかっていますが)(苦笑)。。。

いずれにせよ、行ったり来たり、失敗したり成功したり。やってみないことには話しになりませんね。

今年下半期の継続クラスが10月から開始になります。

わたしたちインプロ・ワークスは、常に流れに相応しいクラス展開を考えています。

July 29, 2007

教育現場にインプロが必要な理由。Body for self, Body for others.

インプロとは、自分が「主体」として活躍する創造活動である。

イギリスの心理学者ヒュートンは、人間には自分自身の存在を2つのカテゴリーに分けることができるとした。
「Body for self 」と「Body for others」である。
 
「Body for self」とは、主体としての自分ということであり、自分で考え、自分で判断し、自分の責任で行動する自分のこと。そして「Body for others」とは、他者にとっての自分であり、世間体や周りの目を気にする自分である。

このようにわたしたちは「自分」を2つの違った存在として認識することができる。そしてこの両方が成熟してこそ、人間としてバランスのいい生き方をすることができる。これは教育学・哲学における「自律」と「他律」のカテゴリーとも似ている。つまり、自主的に生きる存在としての人間と、社会の一員として生きる存在としての人間である。そして、教育とはどちらに偏ることなく、バランスと取りながら、両者を行き来するのが理想的だと言われている。

しかし、現実はそうでもない。そもそも、日本の教育は「Body for others」ばかりを大事にして、この面においてのみ適応できる人間を育ててきたのではないだろうか。つまり「社会に適応できる人間」の育成ばかりに力を入れて、一人ひとりが「個人」として成熟するための教育をしてこなかったのではないだろうか。人間は「社会化」するとともに、「個性化」していかなくてはならないのに。

日本の教育は、人間としての主体性な自発性をあまり認めてこなかった。

そして、それは今でも同じである。

<たとえば、子どもへの教育について。>

「ゆとり教育」がうんぬん。「子どもの自由」がうんぬん。「子どもが活き活きする」うんぬん。

世の中にはびこる、子どもを利用するビジネスたち。

どんなにそれらしい言葉を使っていても、結局子どもを「社会化」するだけなら、それは「Body for others」な行為である。

さて、即興での表現活動は、「Body for self」の存在感を発揮することができる。なにしろ、自分で考えて、自分で感じて、自分で表現していくことがモットーだから。よって、子どもの時期の表現教育は、人間の成長にとって非常に大事なことである。自尊心を養い、表現力を高めるのは、子どものころが適しており、年齢が高くなるとなかなか難しくなるということは、教育学の分野で言われていることのようである。

即興での表現活動とは、「インプロ・ゲーム」をやることとイコールではない。「インプロ・ゲーム」はいわば、表現に不自由になった大人たちのための補助輪である。大義名分である。大人にとっては、とても必要なツールである。

しかし、生き方そのものが「即興」である子どもに対しては、むしろ自発性を失わせるこれらのゲームのルールは必要ない。かえって、彼らの自発性や遊びの突発的な創造性の芽を摘み取ってしまうだろう。子どもの時期の「習い事」には、自分で考える、自分で行動する力を奪い、「教えてもらうことだけをできるようになる」力が身についてしまう危険性がある。子どもの成長にとって必要な表現活動を教育する側はこれらを理解しているべきであろう。

<たとえば、大人の生涯教育への可能性について>

さて、現代の日本人は、「人のために尽くす」ことがとても上手である。年上を敬うという習慣、失われつつありながら、まだたくさんの女性たちは、老人たちの面倒を見ている。自分を殺して、社会のために生きている人たちのなんと多いことよ。

「なんとなく、違うような気がする」とうすうす気がついているものの、今ある環境から抜け出す勇気を持てないでいる。それは確固とした理由があってそこにいるのではなく、漠然とした「不安」や「恐怖」によって、一歩を踏み出せずに、現状にいるということだ。

「失敗するのではないか。」「そんなことをしたら、他者にどんなことを言われるか分からない」「きっと恥をかくに決まっている」などに気を取られている。もしかすると、これらの声はすべて、「Body for others」から来ているのではないだろうか。

その声は、もしかしたら、自分の「思い込み」や「感情」や「他者から言われた昔の思い出」などに縛られている自分が発しているのかもしれない。

そして。
わたしたちは、「Body for self」でもあることを忘れてはならない。
自分で考えて、自分で表現することができる自分がいることを忘れてはならない。

そしてわたしが思うに、こちら側の自分を活かすためには、ちょっとの「理性」とちょっとの「勇気」が必要に思える。

「感情」は自分がコントロールできないぐらいパワフルなものだ。時に、わけの分からない「感情」に圧倒されてしまうことすらある。こいつを静めるために、わたしたちの「知性」を使うべきだと思う。「知性」で「感情」をコントロールするのだ。自分にとって本当に大事なものを手に入れるために。あふれる情報に惑わされないために。

そしてそのために、わたしは「大人のための教育」が必要なのではないだろうか。つまり「大人になっても勉強する場」、今の自分に(大人になった今でも)、必要な「知」を得るための場が。

そして、いちおう今は、そういう場は「生涯教育」といわれている。そしてわたしは、すでに偏った教育をさせられてきてしまった日本人には、これがすご~く必要だと思っている。

さて。インプロは、「Body for self」を発揮する表現活動である。

そういう意味で、インプロが、もしくは演劇活動が、生涯教育に取り入れられてもいいんじゃないかと、つくづく思っている今日この頃である。


フレンチ・ナイト

昨晩はフレンチ・ディナー。わたしたち夫婦がパリに行った記念ということで。

夫はなんと、まる2日かけて、5種類のコースをすべて手作りしました。テリーヌやら、なんとか風シチューやら、なんとか風パイやら。デザートはもちろんのこと、メインとメインの間のソルベも。しかもメニューまで作るという徹底ぶり。

「料理に2日もかけるなんて馬鹿げてる、、、。」

そう言うと、夫はものすごく悲しそうな顔をしました。「これはユリのために企画したんだよぉ~」と。
(頼んでないけどなぁ~。ま、いっか。(苦笑)。)

友人たちが、ベレー帽+しましま服+ジャケットなど、”おきまり”なフレンチな服装をして、”ボンソワー”とやってきました。

フレンチワインとフレンチで、トレビアーンな夜でした。。。

July 27, 2007

わたしが元気な理由。

ニュージーランドに一時帰国しました。

5月にニュージーを経って、クアルンンプール、パリ、ロンドン、日本、シアトル、日本と移動。久々の自宅です。ニュージーランドの自宅に着いたとき、いままでとは違う感覚がありました。なにもかもが新鮮!

ごくごく日常にあるけれど普段はなかなか気がつかない「素敵さ」を、まったく違う環境から帰ってくることで見つけることができるんだなぁ~。そう思いました。

さて、ついたその日から社交的日常の開始。
なにしろご無沙汰している人たちがたくさんいるし、パーティ好きなキィウィたちですから、なんどもディナーパーティを開かなくてはなりません。(しかもわたしたち夫婦そろって呑み助君+料理好きなので)。。。

「この日じゃないと会える日が無いから」ということで、ロンドンの友達トムとニュージーの映画関係者がやってきました。(料理はすべて夫の手作り)。

トムは映画業界のコンサルタントで、世界中のフィルム・コミッション対象にレクチャーやワークショップを行っています。なにしろ以前はマイク・リー監督などと一緒に仕事をしていた人。すごくエレガントで素敵!。しかし、わたしはこの日、帰国の疲れもあって、大酔っ払いになり、またまた記憶をなくす失態を(苦笑)。後で夫に聞いたら、いつもより明るくていいテンションだったとか。あ~良かった!(^^;)。

*****

今回は2週間ぐらいしかいられないので、とにかく充実した毎日にしたいです。

ニュージーランドに帰ってくると、時間の流れがゆ~っくりになるため、いろんなことを考えることができるようになります。日本での活動についても、一歩離れて、客観的な立場から眺めることができる。そんな大切な時間であります。

(わたしがゆっくりしている間にも、日本では「無料体験クラス」が開催されたり、8月のスティーヴン・ホリンズの特別ワークショップの告知をしたり、9月のAIM(アジア・インプロ・ムーブメント)の公演の準備をしたり、シアタースポーツの準備をしたり、動いているんですがね。)

しかもドイツで知り合った大学の教授から、日本でインプロの講演会やセミナーを開催したいというメールをもらったり、インターナショナル・シアタースポーツ・インスティチュートから翻訳の依頼があったり、またまた海外からのオファーがやってきています。

でもわたしは今、ひつじの国、ニュージーランドなんだな。(苦笑)。

ニュージーランドという世界の端っこで、このようなオファーをもらうということの、ありがたさよ。

そして、このような場所があるから、わたしはバーンアウトしないで、いつも元気なのかも。

明日からダンスやヨガ通いも復活します!

めぇ~~。。。。。


July 24, 2007

里親と友人の死

犬猫の里親を募集するHPを発見。

http://www.satoya-boshu.net/keisai/d.htm

しばし見入る。どの子も可愛らしい!

「何人か(何匹か)ニュージーランドへ連れて帰ろうかしら」と真剣になやむ!

彼らは公園に捨てられていたり、ブリーダーに放棄されたり、飼い主から見捨てられた動物たち。

瀕死状態で見つかったり、すごく年をとっていたり。

人間の視点からすると「とてもかわいそう」な動物たちだけど、動物的にはどうなんだろう?

***

昨晩、ニュージーランドの友人アリソンが癌のために亡くなった。

彼女の夫は、5年前に仕事でロンドンに行き、ジョギングの最中に心臓麻痺になり、墓地で倒れているのを発見された。それ以来アリソンは未亡人として、残された息子家族たちと暮らしていたのである。

癌は去年発見されて、あっという間に蔓延した。

突然、夫を失うということ。それは「悲しみ」をはるかに超えた感情だと思う。その感情が、彼女を打ち負かしたのか。それとも、その感情が彼女を夫のもとに連れていったのか。それとも、そんな理由がはるか及ばないなにかによって、彼女は去ったのか?それともそんなセンチメンタルなことではなく、もっと自然的なことなのか?

いずれにしても、彼女は亡くなった。金曜日がお葬式なので、わたしも参列する。

さっきまで、捨てられた犬猫のことを考えていて、そして彼女の「死」を知った。

関係があるようで、ないようで。複雑な気持ちです。


July 23, 2007

達観してます。(たぶん)。

ビジネス・インプロ・トレーニング(BIT)の講師研修を行いました。

今、インプロワークス&(株)アメニモが行っているBITには、インプロを用いたビジネス研修を行うメンバーが30人近くいます。そして常にハイ・クオリティなコンテンツを提供できるようにスキルアップをはかっています。

(株)アメニモの社長村野さんとは、「根っこ」を共有するために、たくさん話をしています。このようなディスカッションから、信頼関係づくりや、価値観の違いの発見、お互いへのリスペクトが生まれています。また、みんなが活き活きと活動できるようなシステムづくりも行っています。みんなが自分を殺すことなく、BITで自分を発揮できるようなシステムです。

(たくさんの人たちと関わっていきたいな)。

こういう時間は大切にしたいな。

さて、集団生活がニガテで「去るものは追わず」のわたしですが、このプロジェクトと関わるようになってから、物事の捉え方が変わりました。

どう変わったか。

それは、「人とやっていくこと」への忍耐力がついたこと。もちろんこの忍耐力は、「嫌々」関わる「がまん」じゃなく、ココロから、「どうやったら一緒にやっていけるか」を考え実行すること。
これが楽しく&面白くて仕方がない。

しかも、仮に嫌われたとしても「ああ、そっか、わたしのこと嫌いかぁ~。あ~あ、嫌われちゃったなぁ~。でもいつか一緒になにかできるといいな」と漠然と思うことができるようになりました。

昔だったら、嫌われただけで、ものすごいショックを受け、落ち込み、人間不信。その人には自分からココロを閉ざし、断絶してしまうのが常でしたが。

もちろん、今でも必要がない限り集団は窮屈だし、去る人がいても追いかけたりしません。しかし、自分から相手への興味が閉ざすことが少なくなりました。

「まぁ、いつかまた出会えるときもあるだろ~」ぐらいの気楽さ。

「いつでも、誰でもウエルカム~」。

なんというか、ものごとを達観すると、自分と問題や人間関係とに距離ができるので、必要以上に自分を痛めつけることがなくなるかも。

わたしって、ちょっとづつ変わってきてるなぁ~。。。


女性と仕事の未来館&即興を遊ぼう会

「女性と仕事の未来館」でのワークショップ、そして、「遊ぼう会」でした。

「女性と仕事の未来館」でのワークショップは今回が初めてでした。定員20名の枠に、なんと50人もの方々から申し込みがあり、キャンセル待ちが出るほどの盛況ぶりでした。

参加者はすべて女性。しかも、それぞれが問題意識を持って積極的に出向いている皆さんだったので、ひとつひとつのエクササイズに対して、とてもいろいろなことを感じ、発見していただけたようです。

「女性と仕事の未来館」のセミナー担当の方からも、「この企画は今後もぜひ続けていきたい」という言葉をいただきました!ありがたいことです。

そしてインプロのワークショップを通して、たくさんの女性が自分に自信をもって、無理しないで、自分らしく生きていくお手伝いができたら嬉しいなと思っています。

****

「遊ぼう会」のテーマは、「キャラクターを遊ぼう!」でした。

わたしは昔から、日本人が西洋から学ぶキャラクターづくりについて、「それはちょっとやりすぎなんじゃないか。」「それには無理があるんじゃないか」「あまりにデフォルメしすぎているんじゃないか」などと、ちらっと思っていました。

また、参加者自らの創造力というものを、もっと信じたいし、それを発揮してもらいたいなと思っていました。

それで、シアトルのフェスティバルで体験したキャラクターづくりの手法と、昔から「試してみたいな」と思っていた、写真からイメージを膨らませて新しいキャラクターを創る試みをしてみました。

みなさんの発想、表現、イメージ、すんご~く面白かったです!

2つのワークショップ、雰囲気も内容もまったく違うものでしたが、いつもながら、一人ひとりの人間の魅力を堪能した時間でした。皆さん素敵でした!

「即興を遊ぼう会」。次回は、久しぶり、明石くんの登場となります。乞うご期待!

July 22, 2007

コーチのためのインプロ・ワークショップ

昨日は「コーチのためのインプロ・ワークショップ」でした。

ご参加のみなさま、ありがとうございました!
いつもながら、参加者のみなさんから触発されて、実り多きワークショップになったと思います。

みなさんのご要望のように、みなさんが継続して学べるような場所を用意していければなと思っています。

これからも、よろしくお願いいたします!

<ご連絡>
29日(日)に行う「無料体験クラス」が定員に達しました。これ以降はキャンセル待ちとなります。もし希望者が多い場合、もう一クラス作ることも考えていますので、もし興味のある方は意思表示をしてみてください。


July 21, 2007

成功のチャンスはあふれるほどある。

今日は、「コーチのためのインプロ・ワークショップ」です。

コーチングをやっている皆さんにとって、即興で人と関わっていく感覚を研ぎ澄ますことは必須であり、そのレッスンのためにインプロが「最適」とのレスポンスをいただいています。

今日は「相手」にフォーカスを向けて、「相手」と、「相手」から創っていく感覚を養う内容で行う予定です。

さて、わたしはこのようなご縁で、たくさんのコーチの方々とお会いする機会があります。おそらく日本でもトップ・レベルであろう人たちとお会いすることもあります。それで「コーチ」という職業にとても興味を持っています。

そして、コーチの方々からの言葉は、わたしの人生に「潤い」を与えてくれるものです。

最近インパクトがあったのは、「成功の機会は潤沢にある」っていうこと。

つまり、成功するチャンスはあふれるほどあるから、みんなで奪い合う必要はないってこと。たくさんの人は、成功するチャンスは「少ない」「限られた人しか手にすることはできない」とイメージしているので、それを手にいれようとやっきになってしまう。でも本当はそうじゃない。成功するチャンスは、決して枯れない泉のようにあふれているものであって、誰でも気が済むだけ十二分に手に入れることができる。ということ。

この言葉にぴんとくるということは、わたしも枯れていたんだなぁ~。
反省しながら、自分をちょっとだけ再生できた気持ちがしました。

これは、わたしが会員になっている「ewoman」というサイトから見つけた至極の言葉です。(このサイトのリーダーの佐々木かをりさんはたくさんのメディアに登場するようになったのでご存知の方も多いと思います。)

この言葉は、対談相手のダーシー・ニールさんという方のもの。彼女はエグゼクティブ・トレーナー、つまり今流で言うとコーチという職業の方です。

http://www.ewoman.co.jp/winwin/103dn/index.html

面白かったのは、こんなにすごい人でも「仕事だから、すごい」のであって、「人間としてはまだまだ未熟」だと認識しているところ。似ているケースで勘違いされがちなわたしとしては、気が楽になるところでもありました。

「寛容」と「品格」(日本では違った意味で、この言葉が出回っているので、あまり使いたくありませんが)という価値観もわたしにはあまりないことだったので、人生の先輩からもらったアドバイスとして受け取っていきたいと思いました。

それにしても、人生を豊かにしてくれる出会いというものは、人間との出会いだけではないんですね。それは、いろいろな場所にころがっているもので、それを見つけるか、見つけないか、それを「出会い」だと気がつくか気がつかないか、なのですね。

面白いものです。

July 20, 2007

絲山秋子著「作品世界の内と外」

いろいろな人からブログの感想をいただきます。

感想を大まかに分類すると、
「面白いですね~」という意見と、「人の悪口ばかり書いていますね~」という意見の二つに分かれてます。

文章というのは、読み手しだい。
どんな感想を持たれても仕方ないと思っています。

と思っていた矢先に、『新潮』7月号の中で、わたしの気持ちを代弁してくれているかのような文章に出会いました。

それは小説家の絲山秋子さんが「作品世界の内と外」というタイトルで、小説についての小説家と小説の、読者と小説家と小説の距離関係について述べているところです。

わたしは小説を書いているわけではないけれども、納得できることが多かったし、わたしの文章の書き方も彼女の作業に近いところがあると思いました。

あえてここでは説明を省きますが、興味のあるかたは読んでみてください。

そこに、わたしからのメッセージもあったりします。

とはいえ、それを読んだ解釈も、また人によって違うので、結局、すれ違うかラビリンスに陥る可能性もありますね。

ご注意くださいませ。

まぁ、そもそも、芸術っていうものは、そういうものだと、できるならばあきらめていただきたいですが。

(苦笑)。。。

July 19, 2007

国境を越えて。

9月に行われる「アジア・インプロ・コミュニティ」主催による「台北&香港公演(シアタースポーツ)」に向けての稽古でした。

出演する佐藤拓ちゃんと飯野まさまさは、なんとこの日が初対面。
2人は年も近いし、テンションも遊びこころも共通しているところがあるしで、とても面白い稽古でした。3人でできることをもっと探していきたいと思います。

その後、世田谷パブリックシアター・トラムで野田秀樹さん演出出演の「The Bee」を観劇。
即興ばかりやっている私ですので、こういうお芝居を観るのは久しぶり。野田さんを除く3人の出演者はロンドンからやってきた役者さんたちで、英語での上演だったので、自分がまるでロンドンにいるような錯覚がしました。

それにしても、日本の演劇界において野田秀樹さんの貢献はすばらしいものだと思います。これからの日本演劇人に海外への可能性を開いた人間として。もちろん他にも海外に作品を持っていった日本カンパニーはたくさんありますけれども。これからは国境を越えた活動をしていく人たちがもっともっと増えていくことでしょう。

そういう意味で、現代の若者はいい位置にいるんですよね~。

わたしも年をあまり気にしないで、国境を越えていきたいと思います。

それにしても、いろいろな方々の活動を見るたびに、「キヌガワはいったいどうなっているんだ?」という疑問が。
サポート的な仕事が続くと必ず沸き起こる自分への疑問。芸術家として自分と向き合って作品を創る、そういう時間をそろそろ持たなくてはなりません。そんな予感がしています。


インディアンにはインディアン語を

インディアンと一緒に仕事をしたかったら、インディアン語を使うべきです。

日本人は、「わたしたちは言葉がなくても通じ合える」と思う傾向があります。
つまり「言わなくても、きっと相手は分かってくれる。」

昔の日本はそれが成り立つ状況だったかもしれません。貧乏だったし、長屋に住んでいたし、近所同士の行き来も頻繁だったし。日本全体が「村」だったので、「村八分」にされないように、「みんな一緒」の平和を保つように生活していました。

でも現代はだんぜん生活様式が違います。
バラバラだし、お金あるし。近所づきあいあんまりないし。日本全体がグローバル化しています。

しかもテクノロジーの進化は、「意識」の進化よりはるかに早い!

だから、わたしたちの「意識」は進化についていけずに、いまだ「きっと分かってくれる」と思っています。

インディアンと仕事をしたかったら、インディアン語を学ぶべきです。

「こら、インディアン、どうしてわたしの言葉が分からないんだっ!?」って怒っても、その怒りすら相手には伝わりません。しかも自分はほとほと疲れます。

そして、コミュニケーションというのは「コミュニケートしよう」としたところからすでに始まっていて、
たとえば、あなたがインディアン語をなんとか話そうとしているさまは、インディアンにとってシンプルに嬉しいことだったりするのです。つまりすぐに賢いレスをしなくても、コミュニケートは成り立つ。コミュニケートしようとしていること自体がコミュニケーションだから。

だから、よく分からない相手からなにか質問されても、「すぐに答えなくては。しかも気の利いた言葉を」と思わなくてもいいのです。

「なるほど。今、あなたが言った言葉は、こういうことですね。わたしにとってはすごく難しいけど、なんとか理解しようとしてますからね。ちょっと待っててね。今、あなたの言葉を理解しようとして勉強していますから。」

これでも十分、コミュニケーションって成立すると思います。

っていうか、本当はコミュニケーションってこういうところから始まっていいんじゃないかなぁ。

あたまがいいところを披露する気の利いた言葉でクイック・レスポンスすることだけが、「会話」じゃないと思うんだなぁ~。

ちなみに、逆を考えてみると、「付き合いたくない人には、自分流の言葉で反論すればいい。」相手が理解できませんから、あなたの言葉はシンプルに「ねこだまし」になるわけです。

相手を煙にまくことができます。

大事なのは、どっちの言葉を自分が使っているかを自覚することでしょう。でないと、こんがらがったことになりますよ。ご注意を。


July 18, 2007

東京オレンジ公演、満員御礼のうちに終了しました!ありがとうございました!

劇団「東京オレンジ」の公演が、昨日千秋楽をむかえました。

昨日はたくさんのお客さまが当日券で来てくださって、満員御礼ぎゅーぎゅー状態でございました。
ご来場くださった皆さま、ありがとうございました~!

千秋楽ということで、今までになかったようなハプニングもあり、照明音響ブースで見ていたわたしとしましては、いろんな汗をたくさんかきました。

まぁ当たりまえですが、舞台で起こっていることは、実際に出演しているものにしかどうにもできないのですから、わたしがハラハラする必要はないのですが。(苦笑)。

課題を残しつつ終わった公演でした。

課題があるから次にいけるとポジティブに捉えて、次回の公演に邁進していきたいと思います。


歯茎を切る。

「歯の治療は全身麻酔でやってほしい~!」

歯医者さんに行くたびに、そう思います。

どんなちょっとした治療でも、「いつ痛みがやってくるか」と思うと怖くて怖くて。

今日は恐ろしい事態になりました。

だって先生がこう言ったんです。「歯茎を切り取りましょう~」って。

「は、は、はぐき、を、き、き、きりとる。ん。です~か。ぁ~。!!!」

「うん。でも大丈夫。麻酔するから。チクッツ(麻酔注入!)」

でも、この麻酔も痛いよ~。

麻酔をするための麻酔をして欲しい。

やっぱり全身麻酔で気絶してたい。(苦笑)。。

*****

治療が終わってから、先生にお願いしてみました。

「先生、それにしても、歯茎を切るってすごいですね~。」

「そ~お~?」

「先生、全身麻酔でやってくださいよぉ~。」

「大げさだなぁ~、死に至るわけじゃないんだから。。。」

「だって怖いですよぉ~。」

「はははは。」

先生があまりに能天気なので、こんなことも振ってみた。

「先生、歯茎を切る感じで、わたしのお腹の脂肪も切り取ってくださいよぉ~。この辺り(つまんで見せる)」。

「(苦笑)。。。そ~だなぁ~、それはなぁ~。金がかかるよ。保険きかないよ。(苦笑)」

う~ん、そうかぁ~。

お腹の脂肪も、できたら保険内ですませたいなぁ~。

いずれにしても、手術は全身麻酔でお願いしたいけどね。(苦笑)。

July 17, 2007

「リアル」だから好き。

シアタースポーツ決勝戦終了しました~。

ご来場のみなさま、ありがとうございました!
出演してくれた8チーム、ありがとうございました!

ロングフォームのゲストは清水宏さん。

インプロという媒体のインパクトを体現したような舞台でした。清水さん、やっぱりすごい、やっぱりこの人は本物だ!

****

ものすごく刺激的な時間を過ごさせてもらっています。

なにが刺激的かって?

それは、ここではアドバイザー的立場で関わっているキヌガワのアドバイスが思いっきり「無視」されることも多々あるってこと。わたしはマゾでしょうか?(苦笑)。でもそれが面白いと解釈できなかったらわたしもお終いですから、そんなプロセスから自分の幅を広げているところです。

まぁ、ぶっちゃけて言えば、私としては私のアドバイスを受け取ろうがそうでなかろうがどうでもよくて、とにかく舞台が良ければそれでいい。そのためだけだから。だってアドバイスでよくなる場合もあるし、アドバイスが拘束力を持ちすぎるときもあるもの。そんなことです。

インプロを「習って」いる人たちは、ルールに縛られすぎていたり、「ゲーム」(イコール、ルールですが)にとらわれすぎる傾向があります。「優等生」です。それに比べて、小劇場で生きている役者さんたちは小劇場という下克上の世界で生き残ろうとしている荒くれ者たちです。「本気」ですから、ルールなんて関係ない。

そういう彼らから学べることが、今のわたしには沢山あります。

インプロのパフォーマーとして必要なことはいったい何なのか。
インプロのショーに必要なこと(=お客さんにとって必要なこと)はいったい何なのか。
日本のお客さんたちに楽しんでもらうためには、どうしたらいいか。
わたしたちはどこへ向おうとしているのか。
わたしは日本のお客さんに対して、どんなショーを見せたいのか。それはなぜなのか。

ランディ・ディクソンは、「なぜ台本芝居じゃなくて、インプロにこだわっているのか?」という質問に対してこう答えました。

台本は、誰かが作った脚本を、現実の舞台で「再現」するもの。
インプロは、今ここでこの舞台で生きている人間達が、自分の生を使って「創作」するもの。
だからインプロは「今」を表現することができる。わたしは「今」の舞台のほうに興味があるから。

今回の東京オレンジの公演はまさしくそういう状態です。

そこには「今」がある。「リアル」がある。

現実逃避でもなく、固定観念でもなく、ノスタルジックでもなく、偽善でもなく、センチメンタリズムでもない。

「リアル」です。(そしてこれは「Truth」ともいえます)。

当然「リアル」ですから、綺麗なことばかりじゃありません。その反面、日常というフェイクでは見られない綺麗なものも見られます。

だから面白いのです。

***

それから。
ぜんぜん関係ないけど、今出演しているメンバーって、20代だったり30代前半だったりします。
これって、わたしが「もし子どもを持ったら」の子どもの年齢だったりするんですね~(苦笑)~。

もしかしたら子どもを持たないわたしは、こうやって子どもたち世代から大人になるためのメンタルを学んでいるのかも。

長男長女はわりと優等生タイプです。
そして下に行くほど、自由で奔放になっていきます。(それが今のメンバーたちかも。)

いずれにせよ、いつかは巣立っていく人たち。
つかの間の時間ですから、ありがたく関わらせていただきたいと思います。

なんだかんだで、今日は千秋楽だいっ!

July 16, 2007

ボールのやりとりが面白いのです、きっと。

東京オレンジの公演中です。

わたしはスーパーバイザーみたいな役割で関わっています。

どうやったら自分が「役割」を全うできるか。それがわたしの今回の課題。

いろいろな人と関わっていると、いろいろな人たちの「解釈」があることが分かります。英語圏のインプロバイザーだと共通言語があるんですが、日本の現場ではまだまだ共通言語が統一できていません。しかも、日本人は、「外からやってきたものを、自分流に解釈して、アレンジして、”自分流”として人前に出したい」人種ですので、それぞれの解釈がとても違って、しかもそれぞれは確固としている。(頑固)。

それらとどうセッションできるか。

先日、ゲスト出演した俳優の堺正人さんと話をしていて、とても刺激になったことがあります。

「初心者プレーヤーはボールを持ちたがるなぁ~。ボールを自分のもとにキープしようとしてしまうんだよね。でもそれはボールを持ちすぎ。」

という言葉。

確かにそう。お客さんは一人のプレーヤーがボールをず~っと持っているのを見たいのではなく、ボールがプレーヤー同士を行き来するさま、どこにどうボールをパスするかを見るほうが楽しいのに。

どうしてプレーヤーはボールをキープしようとするのでしょうか?

これは人生のメタファーですねぇ~。。。(苦笑)。。。


July 13, 2007

インプロだから感動も創り出せる。

東京オレンジの公演にゲスト出演しました。

ご来場のみなさん、ありがとうございました!!!!!!

*****

<実は>わたしとしては、この公演に向けて、自分の(裏)テーマがありました。

それは、「普段やらないことのほうを、選択すること」。

インプロをやっている人から漂う独特の匂いがもし私にもあるなら、わたしはそこから解き放たれたい。自分の殻をやぶりたい。

だから、いつも自分が選ぶチョイスと別の道をチョイスすることがテーマでした。

いくつかのシーンで、いつもと違うチョイスをしました。

それから、たくさん待ちました。たくさん「すき間」を創りました。「すき間」をつくると、いろんな人たちがそこに入ってこれます。だからさらに意外な展開になっていきます。

そしたら相手役の直人くんが、役者としてとてもいい具合にストーリーに引き込まれていくではありませんか。ラストシーンでは、彼は本当に本当に泣きそうでした。本当の感情が舞台にありました。

「いいぞぉ~、直人~!」

舞台に本当の感情を持ち込むこと。これは役者の使命でもあります。そして簡単なことではありません。しかも即興ですからね。でもね、それが一番大事なんじゃないかと私は思っています。

いつもと違うチョイスだったので、オーガニックに「悲劇」なドラマになりました。

まるでラース監督の「ダンサー・インザ・ダーク」みたい。(といったら言い過ぎでしょうか。)

「生きてる・死んでる」というレベルではアンハッピーなエンディングでしたが、人間関係のドラマとしては2人が本当に「愛してる」と告げることができたハッピーエンドでした。

客席には(出演者の中にも)、泣いていたお客さんもちらほらおられたようでした。(光栄です!)

コメディだけがインプロじゃありません。こういう感動的なドラマを創ることもできるんですね。

それを証明できことは自分の誇りだし、インプロ人生中、忘れられない公演になりました。

ご来場くださったみなさん、本当に本当にありがとうございました!!!!!!!!!

なお、わたしはもうゲスト出演しませんが、東京オレンジの公演は17日まで続きます。
毎年、最終日に向かうたびに満員になっていくので、(観劇環境が非常に悪くなります)、ご覧になりたい方は、できるだけ早い日程(今日とか明日とか)をお薦めします。

本当に楽日とか、ギューギューづめになってしまいますので、お早めにご来場ください!!!

自慢しちゃいます。NYの先生から誉められました(テレ)

御殿場で、とてもとても大事なインプロのワークショップを行いました。

このワークショップについてはいろいろ約束事があって詳しいことはお話できませんが、わたしとしては非常に大事なお仕事のひとつです。もちろん当日は即興で行いますが、毎回、時間をかけて準備します。

なにを準備するかというと、ワークショップ参加者のニーズ、ワークショップ全体のテーマにふさわしいエクササイズやその流れを考えておくのです。またどんなことを声かけするべきか、どんなことは不要か。なにが一番大事なことか。「根っこ」のテーマが揺らぐと、サイドコーチの声かけに「揺らぎ」が出てしまいます。お伝えしたい事柄が上手く伝わらず、違うことが伝わってしまう可能性もあります。だから「根っこ」のテーマを明確にしておくこと。そして「根っこ」のテーマとは、文字通り、表面的なテーマじゃなくて、自分の中のできるだけ一番深いところにあることです。それをはっきりさせておくこと。

しかも、ワークショップは1回1回が勝負です。だって参加者にとっては「その回」がすべてなのですから。
1回1回を大事にします。

考えてみると、わたしは10年ぐらいインプロのワークショップをやっていますが、一度として同じ内容でやったことはありません。毎回内容を変えています。と、いうか、変わっていきます。ま、参加者が毎回変わるのですから(同じ面子でも、コンディションが違ったりしますから)、内容は変わって当然ですが。

今回わたしがやったワークショップは、NYからやってきたこの道のプロフェッショナル中のプロフェッショナルの先生が見学してくれました。彼からアドバイスをもらうのが目的です。

そして、(まぁ、アメリカ人の先生ですから誉めるのは上手なんですが)、それにしてもとてもとてもたくさ~んおほめの言葉をいただきました。

「今までアメリカ、ヨーロッパなどでインプロを用いたワークショップを見てきたけど、ユリが使っているエクササイズはすご~くいいもの。的確であいまいさがない。テーマにふさわしい。それからユリのエネルギーはすばらしい」だって。(テレ)。それからわたしがした声かけについても非常に感動しておられたようでした。

最近、「西洋からきたインプロを、どうやって日本語で日本文化を背負っている日本人のみなさんに伝えたらいいか」ということをすごく考えています。それをこの先生とも話し合いました。(それでも簡単には回答はでないのですが)。そしていざワークショップをやるという段階で、日本人の参加者の前に立ったとき、今まで使ったことがなかった日本語での表現が、わたしの口から飛び出してきました。

こういうところ、わたしは自分がしゃべっているんじゃなくて、誰かがわたしを通してしゃべっているような気さえします。わたしはシャーマンみたい。(不気味に思われる方もおられるかもしれませんが、芸術家(音楽家、画家、小説家)などが作品を創るとき、このような現象は頻繁に起こります)。

そういう意味で、わたし自身にとってもサプライズなワークショップでした。

ワークショップ終了後、その足で下北沢へ。

東京オレンジの「インプロヴィゼーショナル・シアター」にゲスト出演しました。

その話は、次のブログで。


July 12, 2007

「正しい」ことより「真実」を!

ギリギリまで家で仕事をして、下北沢へ。

東京オレンジの本番を見ました~。

即興パフォーマンスというよりも、演出家の横山くんが、即興的に役者さんを使ってお芝居を創っているという感じ。インプロヴィゼーショナル・シアターと銘打っているのはこういう理由なわけですな。

個人テイストとしては、役者さんたちにもっと任せてもいいのになぁ~とも思いますが。

ゲストの山田さん(山の手事情社の役者さん)がとても素敵でした!やっぱり、「正しい」ことより「真実」を表現することだなぁ~とつくづく。

わたしは明日(というか今日)、ゲストで出演するのですが、お客さん層を見ていて、なんとなく自分が場違いなような気がしています。う~ん、どうコミットメントしたらいいんだろ~?悩むなぁ~。。。

さて、お芝居が終わってスタッフ紹介あたりで、わたしは急いで小田急線へ。

明日(というか今日)は早朝から御殿場で仕事なので、今日中に御殿場に入らなくてはなりません。

小田急線で新松田まで。実はわたしの実家が新松田にあるのですが、実家に寄る時間なし(涙)。
松田駅から御殿場線で御殿場へ。どんどん街が静かになって、どんどん闇が元気になる。
久々に感じる自然です。

テレビをつけたら、7党の政治家たちの討論会をやっていました。

「正しい」ことばかりで、「真実」がまったくない。

この世界は、あまりに自然と違う世界っす。

わたしは「正しい」ことを言うより、「真実」を表現したいな。

July 11, 2007

明日、出演します。誰か観に来て~!!!!

いよいよ劇団「東京オレンジ」のインプロヴィゼーショナル・シアターの公演が始まりました!

昨日が初日でした。
わたしは残念ながら、他仕事のため出席できず。(涙)
どうだったんだろう。午後に行ったゲネプロではみんなとても元気な感じでしたが。
気になるところです。

さて主宰の横山くんからメールをもらいました。
わたしが出演する12日(明日!)のチケットの売れ行きがいまひとつ、いや、いま三つぐらいだそうです(苦笑)。
せっかくゲストとして招いてくれているのに、申し訳ない気持ちでいっぱい!
ごめんね~!

正直なところ、忙しすぎて、自分の出演の宣伝はまったくできていません。
今回は、出演する日程をひねり出すのも大変だったので。。。

今からでも宣伝したほうがいいのだろうか???

と、いうことで、ここでまず。

明日、7月12日(木)、下北沢の駅前劇場にて
劇団「東京オレンジ」のインプロヴィゼーショナル・シアター「天国と地獄」にゲストで出演しま~す!

お問い合わせは:東京オレンジ 03-3202-0343 office@orange.jp

よろしくお願いします。

だれか見に来て~!!!!


July 10, 2007

たまには不適材不適所へ。

適材適所。

ものすご事務や制作の仕事がニガテなわたしは、そういうものからできるだけ離れるようにしています。
みなさんに迷惑をかけてしまうので、、(苦笑)。

ありがたいことに、インプロ・ワークスの制作の2人はとても有能です。
ワークショップ担当が日座さん、パフォーマンス制作担当がおっちー。

しかし。

有能な人は忙しいのです。日座さんもおっちーも忙しい。そして、忙しいときは忙しさが集まってきます。

そして、インプロ・ワークスがすごく忙しくなってしまい、日座さんもおっちーも動けない状態になってしましました。

そこで、キヌガワ出動!

たぁ~!!!チラシづくりと、チラシ折り込みを引き受けましたっ!!!!

とぉ~!!!!

やぁ~!!!!!

。。。しかし、もともと、そういうことがニガテなキヌガワは、仕事にすごく時間がかかってしまい、予定の日程から大きく遅れてしまいました。

そしてホントは昨日劇団「東京オレンジ」にしなくてはならないチラシの折込は間に合わず(涙)、お願いして、今日やらせてもらうことになりました。

いやぁ~、十年ぶりぐらいにやりました、チラシの折り込み。(苦笑)。

遊◎機械全自動シアターのころはよくやっていたけれど(バイトでやっていたことも有り)、それ以降はやっていなかったので。

ありがたいことにオレンジのスタッフさんが2人お手伝いしてくれたし、遅れてだけど日座さんも来てくれたので、あっという間に終わることができました。

それにしても、久々の折り込み。すんご~く楽しかったです!!

昔を思い出したり、これからこのチラシを見てくれる人たちのことを思い浮かべたり。

感慨深いです。

やはり、こういうことを忘れちゃいけないなと思いました。

高いところにいちゃだめだ。いろんな場所に移動して、いろんな視点をもたなくっちゃ。

たまには自分の不得意なことを、不得意な場所で挑戦してみるのもいいかもね。

たぁ~~っ!!!!


July 09, 2007

王様は裸だ。

インプロのパフォーマンスでは、出演者のメンタルな部分が直接舞台に現れる。

台本がある舞台では、戯曲作家の言葉を再利用するのだけれど、インプロは俳優の「生」の言葉である。

だからこそ、「今」を表現することができると言える。

そしてそういう世界で、お客さんの心を一番揺り動かし、感動させ、価値観の転換をもたらすことのできる俳優(インプロをやっている俳優)とはどんな人たちだろうか?

それは、なにも取り繕うことなく、こだわることのない、子どものような「真実」の立ち方である。

(もちろん、「子どもっぽい」立ち方ではない。純粋で正直で既成概念を取っ払ってインプロで生きていることだ)。

つまり、「王様は素敵ですね!」とか、
「王様は楽しいですね!」とか、
「王様のガウンはすばらしいですね」とか、
「王様、馬をもってきましょうか?」とか、
そういうオファーをすることじゃない。

裸の王様に向かって、「王様は裸だ!」と言うことである。

July 07, 2007

無力なわたし。

「無力と敗北」の自分と、「あきらめない」自分がいます。

劇団「東京オレンジ」の稽古場にて。

******

インプロとは、出演者がそれぞれの創造力を発揮しながら、共同作業で物語を構築し、観客に「今」を問いかける表現行為だと思います。

舞台(演劇行為)とは、出演者のエゴを披露する場所ではないし、出演者のセルフエスティームを高めるための場所でもないと、わたしは思っています。

しかしながら、演劇の場ともすると、自分のエゴを披露したり、自己肯定感を取り戻すための「理由」に、いとも簡単に利用されてしまいます。日本では、ドラマ教育がないために特にそういう傾向が強いように思われます。本人たちは気がついていないかもしれないけれど、日本ではたくさんの人がこの目的で役者と名乗り、演劇(という名乗ったなんらかの行為)をしています。

もちろんこういう役者さんたちにとって、創造力や協力することや、物語やお客さんはあまり大事ではありません。そもそも、演劇をする目的が違うのですから。自分が相手より目立つこと。人気者になること。笑いを取ること。演出家に気に入られること。(そして共演者のだれよりもいい役という次の仕事にありつくこと。)

しかし。(ここであえて、しかしを使いたい)。もう一度言います。

インプロとは、出演者がそれぞれの創造力を発揮しながら、共同作業で物語を構築し、お客さんに「今」を問いかける表現行為だと思います。

だから創造力を生かして、人と共同作業ができる人(せめてそれを望む人)たちが望ましいわけで、「創造力なんで関係ない。」「共同作業なんてしたくない。」という人たちでは、インプロは成立しません。おそらく。

カレーを作るのに(料理のたとえですが)、「わたしカレー粉きらい。」「わたし煮込むの嫌い」という人がいたら、カレーは作れないでしょう。違う料理をすればいいんじゃないでしょうか。それと同じように、創造したり、協同作業が嫌いならば、インプロや演劇という媒体じゃなく、違う媒体のほうがいいんじゃないかしら。

もちろん、カレーが嫌いな人もいるでしょう。それを否定するつもりはありません。そういう人がいてもいいと思います。ただ、嫌いなことをやるよりも、好きなことをやっていたほうがいいのではないかと思うだけです。

そう、楽しくやりたいのです。

オーケストラで例えると、「さぁ、音楽やろう!」と言っているところに、「わたし、みんなとやりたくない。ハーモニーなんて信じない。わたしは誰よりも目立ちたいから、このフルートで指揮者や演奏しているあなたたちを殴るパフォーマンスします。」って言って、お客さんの前で本当に実行してしまうようなもの。(これって、ひどい例えですね~本当にあったら、怖いなぁ~。苦笑)。

しかも、インプロではプレーヤーが演出家であり脚本家になる必要があります。だから通常の演出家は、通常以上に出演者を「信頼」しなくてはなりません。(だって、演出家はあなたではなく、舞台上の役者さんたちなのですから。)

これは、台本のあるお芝居をやっている演出家さんや役者さんにとって、簡単なことではないのかもしれません。しかし本当に本当に、もしインプロや演劇をやりたかったら創造力や協調性が必要なのです。仲間と自分を尊重し、愛し、信じていかなくてはなりません。

だからそういう行為が嫌いならば、違う表現現場のほうが、やりたいことが実現できるのではないでしょうか。

でないと、お金を払って劇場にやってくるお客さんに失礼です。

でないと、協力してやっていこうという他の役者さんたちに失礼です。

でないと、いつまでたってもエゴとセルフエスティームは満足しないでしょう。

さて。

劇団「東京オレンジ」の稽古に参加しています。(あさってから本番です!)

そして自分の力の無さを痛感しています。

わたしは微妙な立場の中(アドバイザー)。

「伝わっていない」という敗北感の中で、自分の言葉を捜しています。

まぁ、考えてみれば、「人を変える」なんてことはできないことなので、わたしが傲慢なのかもしれません。

アート・ディレクターではないし、それぞれの立場を尊重したいし。

怒っても、縮こまるだけで、どうせ分からない人には分からないし。

こころを閉ざしている人のドアはいくらノックしてもびくともしません。

わたしはドアの前で途方にくれています。

今日は最後の稽古です。

さて、どんな言葉をかけましょうか。

(いずれにしても、舞台に立つのはわたしではなく、ご本人たちなんで、大人なんで、こんなに心配する必要はないかもしれません。ホント、これって年寄りの冷や水かもしれませんがね)。

Well see

****

みなさん、そろそろ夏です。よかったら、ご来場くださいね。


July 06, 2007

いろんな楽器があっていいと思う。

オーケストラにいろいろな楽器が登場するように、インプロのパフォーマンスにもいろんな個性が必要。

バイオリンがあって、チェロがあって、金管楽器があって、シンバルンがいて、トライアングルがいる。

インプロのパフォーマンスを見ていて奇妙に感じることは、「全員が同じカラーである」とき。
つまり、全員がバイオリンだったり、トランペットだったりするグループ。全員が同じようなテンションで、同じようなテンポのとき。

もちろんそういう音楽もありますが、もしかしたらチェロやトロンボーンがあったほうが、音楽に深みがでるかもしれませんよ。

グループの仲間全員に、「バイオリンになりなさい!」って要求していませんか?

「全員同じ譜面で演奏しなさい!」って決めつけていませんか?

グループのリーダーはそういうことを自己に問いかける必要があると思います(これはわたしの問題でもあります)。

もしそういう兆しがあったとしたら、そのグループは「管理」されていることだし、一人の価値観で染まっているし、一人ひとりが尊重されていないことになる。

あまりふさわしいたとえじゃないかもしれませんが。

17世紀のアメリカ、せーラムという街で、「魔女狩り」という事件がありました。
少女たちが集団ヒステリーのような状態になり、人々を次々に「魔女だ!」と指摘、無実の人たちがたくさん死刑になった事件です。なんと街の五分の一の人たちが、魔女の疑いをかけられて投獄されました。

「そんな馬鹿な!めちゃくちゃじゃありませんか!」と現代のわたしたちは思いますが、これはたった300年前には行われていたんです。

この理由のひとつに、その時代が「神権政治」だったことが上げられます。神権政治とは、聖書によって政治が行われるということ。聖書に書いてあることが法律でした。ほかの考え方は認められませんでした。つまり、全員が同じ楽器でいなくてはならなかったのです。

もし自分がフルートとして生まれてきたら、その音はどうしたってフルートの音なのですが、「だめです!ここはバイオリンの街なんだから、バイオリンの音を出しなさい!」って強制されてしまったわけです。だから、ものすごい反動が起こってしまいました。

インプロのパフォーマンスも、オーケストラと似ていて、いろんなプレーヤーがいるから面白いのだと思います。

大胆なことを言ってしまえば、「イエス・アンド」を知らなかったり、無視したりするプレーヤーとか、めっちゃネガティブなプレーヤーとか、キースのゲームを知らないプレーヤーとかがいてもいいんじゃないだろうか。って思います。

もちろん、全員がそうだと収集がつかなくなるかもしれませんので、オーケストラとしてハーモニーを大事にすることは大事です。お互いの音をよく聞きあうとかね。

ただ自分がどんな価値観のプレーヤーをもイエスアンドできれば、そういうプレーヤーとも共演できるんじゃないでしょうか。(だから、「こういうプレーヤーはダメだ」と言ってしまうことは、実は自分の未熟さを披露しているだけかもしれません。)

加えて、わたしは日常でもそうでありたいと思っています。

舞台上で会うときが一番楽しいセッションで、日常だと仲が悪い。そんな漫才コンビもあるようですし、そういうインプロバイザーもいるようです。ですが、わたしはパフォーマンスのときはもちろんのこと、日常でも認め合える関係でありたいな。

わたしが年をとったからかもしれませんが(苦笑)、舞台上だけで「仲良くする」のは、人生と仕事を切り離しているようで心地悪い。いろんな楽器の人たちと、日常&非日常のすべてにおいて面白い関係を作りたいと思っています。

そのほうが、いろんな音楽が創りだせますもんね。


球が止まって見えたとしても、自己満足には気をつけようね、キヌガワさん。

久々に、古き仲間たちとインプロのショーを上演しました。

もともと派手に目立ちたいメインボーカルというよりも、地味なベーシストのタイプなので、その役割をまっとうしたという感じ。

面白かったのは、野球用語を使うならば「球が止まって」見えたこと。

プレーヤー一人ひとり、ストーリーの流れ、その瞬間に必要なこと、瞬間の状況が、今までより格段によ~く見えたのでした。

たとえば、「あ~これこれ、あなた、あなたがしゃべっちゃうから、フォーカスが割れちゃったじゃん。台詞を止めて、相手の台詞を聞いたほうがいいじゃないかい。」とか、「あ~ストーリーを決定付けるオファーが始まっているのに、気がついていないのね~」とか、「あなたはさっき一番で出たのだから、違うプレーヤーに主役を上げたほうがいいんじゃない?(そのほうが両者が引き立つから)」とかとか。

こう書いていくと、発見はネガティブなものばかりですが、もちろん、これ以外にポジティブな「おっ、ナイス、オファー!」とか「ナイス・サポート!」などもあったんですよ~。

ただネガティブな発見ができるようになったということは、そういった自分にもあるであろう悪い癖を発見できていること(つまり、解消できていること)、そしてそれは(もしかしたらものすごい思い上がりかもしれませんが)、密かにプレーヤーとしてのスキルが上がっていることの実感だったりします。

自分で言うのもなんですが、もしサポートして相手を輝かせることができるプレーヤーが一番いいプレーヤーであるならば、今回のキヌガワさんのパフォーマンスは、インプロバイザーにとっていい「参考書」になるかも。
(ショーを見てくれたお客さんから、そういう風に言われましたし)。

注:ただ、これは「あくまで」参考書であり、「参考書」は「参考書」でしかありません。
そして「逆も真なり」ということも、忘れちゃなりません。(わたし自身、自分のやったことの「逆もまた真なり」と思ってますもの)。

キヌガワの自慢話はここまで。

あんまり天狗にならないで、常に学んでいきたいと思います!

歩数ポイントラリーコース。

万歩計って面白いですね!

ただいま丸の内「フィットネスキャンペーン」の「歩数ポイントラリーコース」http://www.ffclub.jp/mfc/というのに参加しています。

それで、毎日、万歩計を持って歩いているわけです。

万歩計をもった途端に、「歩こう!」という気持ちになってきました。人間って単純ですね~(わたしだけか?)苦笑。

大人の女性の平均が6000歩ということで、そこを目指して足踏み開始でございます。

これがけっこう楽しい!
数字が分かるので、ちょっと歩くだけでもそれは自分の達成感になっていくから。小さな自信になりますね~。

事前の測定で、初めて体脂肪率などを計ってもらいました(無料でした!)。

体脂肪率は24.8%
基礎代謝が1175kcal
骨格筋率 27.8%
内臓脂肪レベル(1-30) 3.5
皮下脂肪率 17.8

私の場合、脂肪は少ないらしいです。
基礎代謝が30代前半と同じぐらいなので、脂肪が燃えやすいんだそう。「へぇ~」

でもね、体年齢が、実年齢より4歳「しか」若くないの。
わたしとしては、もっと若いかと思っていたんですわぁ~~。うぬぼれでございました。(^^;)。

ショックだったので、チェックしてくれたお姉さんに、「ねぇ、ねぇ、体年齢を若返られせる方法ってあるんですか~っ!?」って必死に聞いてしまいました(苦笑)。お姉さんいわく、努力しだいで、若返ることができるそうです。

ほっとしていると、隣で測定している日座さん(インプロ・ワークス制作スタッフ)がわたしにこう言いました。

「ユリさん、現実から目をそらしちゃだめですよ!現実と向き合いましょう。」

「う~ん、そりゃそうだけどねぇ~。ちょっと悪あがきしたいわぁ~。。。」

そして、日座さんの体年齢の結果も出ました。

あららぁ~!

なんと彼の体年齢は「49歳」。(実年齢は「30歳中盤」)。。。それに、ちょっとだけ、「メタボ」でした。。。

日座さん、さすがにショックを隠せないよう。そりゃそうですよね~。

「ね、日座さん現実から目をそらしちゃだめよね~。現実と向き合おうね~」

わたしは優越感にひたりながら、反撃でございます。ふふふ。

そしてわたしたちは最新式の万歩計をもらい、これから毎日、どのくらい歩いたかを測定して、ネットでラリーをすることになりました。

「階段で行きましょう~!」

気合が入る日座さん。

一ヶ月後、はたしてわたしたちの体年齢は若返るのでしょうか?

万歩でマンボ!


July 05, 2007

丸の内オフィス街にインプロ登場か?

有楽町で打ち合わせ。

丸の内のオフィス・ワーカー対象のワークショップを企画中です。

「インプロ」を用いて、仕事で人生でもっともっと充実していただけるようなメニューを考えています。

もちろん、ただ単に「楽しい」だけじゃありません。仕事のツールとして、自分の魅力を最大限に活かせるようなポイントをご指南させていただきます!

場所を見学しました。
すごく綺麗で清潔なスタジオ!しかも有楽町の駅からすぐ!

9月・10月には開始する予定です。決まり次第、詳細をHPにアップしますね!

July 04, 2007

子どもたちにとても大事なことは「遊び」というチャンス。それだけかもしれないのに。

NPO法人「子ども環境ミュージアム・アフタフバーバン」理事長の北島さんとランチ。

子どもの教育には、「遊び」が必須、子どもは「遊び」をすることでいろいろなことを学んでいく。
これは学校に行って、机の前で勉強すること以前に非常に大事なことです。本当にものすごく大事なことです。

子どもは「遊び」を通して人間関係を学び、自己表現の仕方を学び、他者を認識していきます。子どもにとってそのぐらい大事な「学び」のチャンスが「遊び」にあるのです。

でも不思議なことに、これを理解していない大人がすごく多くて、「遊び」=「くだらないもの」みたいな扱いをしてしまう。「遊び」を軽んじている。

加えて、子どもは即興で生きてます。彼らの生き方そのものが「即興」です。いわば彼らは即興そのもの。だから即興を「教える」必要はないのです。

お魚の世界にたとえてみましょう。

魚は、生まれてからすぐに泳ぐことができます。誰かに教えてもらう必要はありません。
誰にも教えてもらわないで泳ぎ始めるからこそ、その魚にとって毎日の生活自体が「学び」であり「発見」です。

もしここに、「魚の泳ぎ方スクール」ができたらどうでしょう?

「こうやって泳ぎなさい」
「あっちへいくと危険だから行かないような泳ぎ方をお教えしましょう」
「泳ぐ範囲はここからここまでです。これ以上は行っちゃだめ!」

こういうことを、魚スクールでは教えてくれます。

親の魚は、「まぁこれはコンビニエント!子どもにも必要なことね!」と思って、子どもを魚スクールに入れてしまいます。子どもの魚はスクール通いに忙しくなり、ほかの子ども魚と「遊ぶ」こととか、自分で冒険する時間が無くなってしまいました。。。。

魚スクールは繁盛し、子どもの時間は無くなりました。そして一番悲しいことは、「一番大事な発見や学びのチャンス」が子どもたちの生活から失われてしまったことです。

こういうことが、世界のいたるところで起こっています。

これって、大人がちゃんとした「教育」を受けていないから、子どもの「生」を殺すようなことをしてしまうのかも。
だって、ちょっと「教育学」を勉強すれば、子どもたちの成長に何が一番大事か、今まで私達大人がどんなに間違って子供達を教育してきてしまったかということが分かるもの。

マスコミ的なポリシーで子どもたちを利用するビジネスがこんなに多いのは、やはり大人たちの教養の問題?だって大事なことを知っていたら、こんなビジネスは生まれないもの。(と願いたいが)。

西洋の中世時代では、子どもたちがほとんど教育を受けることができず、物事の価値観はすべてキリスト教的だったので、子どもがカルト的行動を起こすことがよくあったそうです。(玉川大学森教授いわく)少年十字軍とか。(その後も、偏った教育に子どもの行動が影響されることがたくさんあります。ヒトラーユーゲントの洗脳もそう。

教育が変わると、大人が変わる。子どもも変わる。

これって甘い考え方かしらん。。。

北島さんとはこういう状況を嘆きつつ、かつこれを反面教師として、本当に大事なことを見失わないように自らに厳しくしていきたいねと誓い合いました。

July 03, 2007

ピンクのバナーをチェック!

ホームページの表紙、右上のバナー一番トップに、劇団東京オレンジの公演バナーを貼りました。

ピンクでおしゃれでかっこいいバナーです!

公演は7月10日~17日まで。

駅前劇場です。

キヌガワは7月12日にゲスト出演、14・15日にシアタースポーツの審査員で出演します。

ぜひご来場くださいませ!

July 02, 2007

ガリレオは人々に「ドキッ」を提案した。受け入れてもらえなかったけどね(苦笑)。

「痛たたぁ~って感じました。」

「胸がしめつけられるように、ドキッとしました」

ここで書いていることについて、時々読者の方から感想をいただく。

最近は、インプロバイザーの方々から、上記した感想をたくさんいただくようになった。

私は自分が考えていることをこの場で書いているだけであり、もちろん個人を誹謗中傷するつもりはありません。そういう意図で書いているんじゃありません。

どんな文章でも(それ以外の媒体でも)、もしあなたが読んだり見たりして「ドキッ。これはいったいなんだ?」と思ったら、それはその人に「問題」が現れたということ。だって、同じ文章を読んでも、何も感じない人だっていんだん。なのに、その人は「ドキッ」としたんですから、それには「何かしら」の理由がある。

そして「問題」が見えるようになったということは、その「問題」は解決できる「問題」です。
解決できる「問題」しか、その人の目の前に現れないから。
(これは数日前、ここに書きました)。

また、わたしのブログはシバシバ物議をかもし出しますが(苦笑)、読んでいてお分かりのように、すべて自分を振り返っての内容です。キヌガワがキヌガワのことを書いているのに、その内容に「ドキッ」とするということは、キヌガワを鏡として、自分の心をご覧になっているのかもしれませんよ。

***************

そうそう、以前読んだ本(竹内薫著『99.9%は仮説』光文社新書)の中で、こんなエピソードがありました。

望遠鏡を発明したガリレオは、それを持ってイタリア・ボローニアに24人の大学教授を集め、その望遠鏡を披露しました。大学教授たちは、遠くにある山がものすごく近くに見えて、「これはすごい!」とガリレオを大絶賛しました。

次にガリレオは、望遠鏡で夜の空を見せました。
すると大学教授たちは、ものすご~い勢いで怒りだしました。

「こんなのはデタラメだ!」。

なぜ知性教養のある大学教授たちがそんなに激怒したか?

それは、その時代の「あたりまえ」があって、ガリレオの提案はそれに反していたからです。
つまりその時代は、「天は神様が住んでいるところ」という常識がありました。にもかかわらず、望遠鏡で見た天空には、でこぼこのクレーターがある月があったり、黒い点があったりして、神様はいませんでした。だから、当時の大学教授たちにとってそれは、「ドキッ」とすることだったのです。

(ここで彼らが「問題」に取り組んでいたら、ガリレオの人生もずいぶん違ったものになったでしょう。)

このように、なんらかの出来事で自分のこころが「どきっ」としたら、それは自分のこころが何かに反応したからです。それが何なのか、それを自分の中につきとめることができたとき、人間は成長することができるのかもしれません。

*************

そうそう、こういうメールもいただきました。

ーユリさんのブログは、「こころ」じゃなくて、「耳」が痛いんです。。。。ー

その方にとって、わたしが書くことは「耳」が痛いことであり、「はっ」として初心に返ることができるそうです。

こんな風に、キヌガワごときの稚拙な文章からも、自分の学びを見つける人もいる。

やはり、目の前に起こった物事を、自分がどのように受け止めるかが分かれ道のように思えます。

それにしても、そんな風に活用してくださるのは、嬉しいなぁ~。


July 01, 2007

「あまいっしょ」は撤去されます。

わぁ~、右上の「あまいっしょ」。
大福さんたちの会話がすんご~くネガティブだったりします。
めっちゃ、「バット」です。(苦笑)。

今日明日ぐらいは残しておきますが、あまりにがっかりするので、おそらく撤去すると思います。

だって気持ちがなえるんだもん。

(苦笑)。

インプロにおける演出家。

即興のパフォーマンスでは、出演プレーヤー全員が演出家でもある。

だから通常の演出家はあまり必要ではない。
(インプロバイザーのスキルアップのためのトレーナーは必要かもしれないけど)。

だから演出家の顔が見えるような即興演劇は、なんかちょっと違っちゃっているように思える。

もしかしたら、演出家はプレーヤーを信じていないんじゃないか。
もしかしたら、演出家は、自分のフォーマットを発表したいだけなんじゃないか。
もしかしたら、プレーヤーを「コマ」としか認識してないのではないか。

そんなことをね、ちらっと考えちゃったりするわけです。

ジャズ・セッションで、一人ひとりの演奏家が際立つように、インプロのパフォーマンスでも出演者一人ひとりが際立つべきだと思う。

(もちろん、それはお互いがサポートして、フォーカスをギブ・アンド・テイクすることで生まれることだけれど)。

あまいっしょ。

このブログの右上のところ、変わりました。

「Zくん」から、「あまいっしょ」へ。

大福さんをクリックすると、ほのぼのした大福さんたちの会話を読むことができます。

どうぞ、お茶請けにお楽しみくださいませ~。

あなたは王様に向かって、「裸だ!」と言えますか?

インプロ・モーティブの大浦さやかちゃんとメールのやり取り。

わたしが感じている、昨今のインプロバイザーについて長文を送りました。

この私的意見は、またいろいろな人に伝えたいことでもあるので、ここにも記しておこうと思います。

*****

最近、ちょっとだけ感じている危惧は、インプロ経験者がものごとに鈍感になっているんじゃないかということ。
もしかしたら、インプロを学んでいるんじゃなくて、インプロに洗脳されているんじゃないか。

インプロを長くやっている人と、そうでない人を比べると、ずいぶんな違いを感じる。

気になっているのは、インプロ初心者よりもむしろ、インプロが長い人たち。
インプロしている人って、必要以上に、他者に「楽しもう」ということを「強制する」ことがあります。
「テンション上げようよ」とか、「失敗を恐れないで、はじけようよ」とか。
もちろん結果的にそうなればいいだけであって、それは「強制」することじゃない。

(最近聞いたエピソードでは、あるインプロ・ワークショップに行って、「参加していたインプロ経験者の異常なテンションと、”みんなもそうならなくちゃいけない”みたいな雰囲気についていけなかった」という話。インプロをやっている人独自の”異様”な姿。それがどうして、受け入れられないのか。もしそれが本物ならば、万人に受入られるんじゃないか。それが「うわぁ~、これって異様!」と引かれてしまうのには、なにか理由があるのではないか。)

そういうことって、もしかしたら「良かれ」「正しかれ」と思ってやっているのかもしれないけど、結局、他者をコントロールしていることです。そしてそれってそもそもインプロ精神に反していることになる。
なのに、日本でインプロをしている人たちの中には、自分がやっていることに疑問をもたないで、そういう矛盾を、「自分達が正しい」という態度でやってしまうことがある。(もちろんそうじゃない人たちもいるけど)。

そういう人を見ると、長くインプロやっていて、いかにも「インプロを知っている」という顔をしているけれど、本当のところ、まったく分かっていないんじゃなか。と思ったりする。

それは私にとっては「ちょっとうそ臭い」感じなの。
オレンジの公演のいいところは、インプロを知らない人たちがいること。彼らは「うそくささ」を敏感に嗅ぎ取っています(横山君含めて)。だからいい。

たとえて言えば、インプロを知らない人たちは、「王様は裸だ!」と言う純粋な子供達。うそを見抜くことができる。
そしてインプロ経験者たちは、王様が裸なのに、それを見て見ぬふりをしている大人たち。「いや、王様は裸じゃない。裸じゃない。だってそう習ったもの。キースが言ったもの」って。それっておかしいよ。

(注:キースがおかしいんじゃなくて、キースが言ったというよろいで防衛していることがおかしいってこと。)

だから、鈍感になったインプロプレーヤーには(自分も含めて)、こういう機会がとても大事だと思っています。

いいことです。

******

インプロを長くやっているからといって、その人が面白いかそうでないかとは違う話。

これはどこの世界でも同じですね。

音楽でも、絵画でも、社会でも。

そして一流の人たちほど謙虚なものです。

ホントにホントに、そうでありたいです。

それに気がつかせてくれるのは、自分じゃなくて、他者です。

ー自分の垢に気がつこう。それを落とそう。-

これが、最近のわたしのテーマです。


政治とは何か?

社会学に凝ってます。(^^;)

先日ブログにも書きましたが、橋爪大三郎という社会学の教授が、”政治の定義”としてこう言っています。

「政治とは、関係する人びとすべてを拘束することがらを決定することである。」

この定義でいくと、政治はありとあらゆる人間関係の中に現れるのではないでしょうか?

家族でも、会社でも、グループでも。

ミクロな政治や、マクロな政治が、ありとあらゆるところにあります。

そして拘束。

「拘束か。。。」

政治は解放される方法でも、リラックスできるようになる方法でも、幸せになる方法でもないんですね~。

「拘束する」っていうことなのですわん。

でもそれが結果的に、解放になったり、リラックスになったり、幸せになったりすること。

だったらいいですね~。。。

いろいろな考え方や、いろいろな拘束の仕方や、いろいろな事柄があると思いますが、それでもね。。。


「仲間」と「特許」と「インプロ」

ある人から、「絹川さんは、日本でインプロのことを一番考えている人たちのひとりです」と紹介された。

その人は、わたしのことを、ある意味権威づけしようという意味で紹介してくれたのかもしれないが、わたしはちょっとがっかりした。

だってわたしは、その人もインプロを大事だと考えている同じ仲間だと思っていたんだもん。
「一緒にインプロで世の中を面白くしようと企んでいる仲間です。」ってな感じでね。でもその紹介には残念ながら「仲間」というニュアンスは無かったな。

その紹介の仕方は、まるで「わたしはインプロのことは考えていませんが」というニュアンスに取れた。

さらに、「インプロのことを考えているのは、絹川さん”だけ”ではありません。ほかにもいます。」というニュアンスまで含まれていた。

妄想的には、「インプロっていうものがありますが、それを一生懸命考えているなんていう"きとく”な人がいるんですね~」なニュアンスがあった!

まぁ、これはわたしの「思い込み」なんでしょうねぇ~(苦笑)。。。

それほど「仲間」が欲しくて、それほど「特許」が欲しくて、それほど「インプロ」に情熱をかけているのかキヌガワよ。。。

気がつかない自分を見つけました。。。

とほほほほ。。。。

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