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May 31, 2009

インプロー即興演劇―が生き残るためには?

インプロー即興演劇―が生き残るためには、「いかに整った物語を体よく創るか」ではダメだと思う。

その部分で勝負しようとしても戯曲作家さんに負けます。
シェークスピアに、チェーコフに、井上ひさしさんに、別役実さんに。

インプロの醍醐味は「今、お客さんの目の前で創っている“さま”を見せている面白さ。

厨房で作られた料理をテーブルにお出しするのではなく、目の前で出来上がるのを見ることができる「お好み焼き」とか「もんじゃ」みたいな面白さなはず。

また「今」「その役者そのもの」を表現できることもインプロの強みです。

役者が一人の人間としてパーソナルな側面をさらけ出す。その「覚悟」がお客さんを納得させるように思えます。もちろん、それだけでもダメですが。

ロングフォームで「モノローグ」があるのは、そのインパクトのためだと思います。

だからパワフルなんじゃないかな。

翻訳家の柴田元幸さんと小説家の高橋源一郎さんの共著「小説の読みから、書き方、訳し方」(河出書房新社)を読みました。 

翻訳家では今一番すばらしい仕事をしているんじゃないかと思われる柴田さんと、天才小説家(「さよなら、わたしのギャングたち」を読んだとき、そう思いました。)が、「ものがたり」について、自分の頭の中にあるイメージを書く(翻訳する)ことについて、とても刺激的にやり取りしています。

そこで面白いと思ったのは、小説の世界では、「ものがたり」を語るにおいて、実にさまざまな表現手法があるということ。だって「何を語っていい分からないことについて」の物語だってあるほどですから。

そういう意味では、インプロはアメリカ・カナダから日本に上陸したので、ハリウッド的な分りやすい「ものがたり」が大事なフレームのように思われがちですが、インプロでの「ものがたり」についても、もう少し進化できるんじゃないかな。

「今」「その役者そのもの」を表現するために相応しい文体があるんじゃないか。

その辺り、いろいろ実験していきたいです。

May 30, 2009

訃報

日本のインプロバイザーとして、俳優として。いわば天才肌の方がお亡くなりになりました。

劇団「電劇」の時代から知っていた俳優さんで、数年前に偶然再会し、そこからまたお付き合いさせていただいていました。

海外のインプロの先生に習ったこともないのにインプロは抜群で、相手の気持ちをマッハのスピードで感じ取れる方でした。

あまりにショックで、上手く受け止められていません。

まず「亡くなった」ということが信じられず、それを理解しようとしています。

そして今、ちょっとだけ時間がたって、「本当に亡くなられた。」という「実感」が、わたしに訪れようとしている感じ。

「実感」したくないなぁ~。

来るな、「実感」。。。(夢であって欲しい!)。。。。

でも、それじゃダメだ。相手のことを考えて、受け止めて。

そこに居てみます。

受け止め切れないかも。。。

でも受け止めて。

あふれる気持ちで、、、祈るだけです。

34人、6時間30分。

桐朋学園短期大学の演劇科の生徒さん対象のワークショップ。

今日は最終回でした。

6時間30分という長時間のワークショップ、しかも参加者は34人という大所帯。

どういう風に指導していくかが試される時間でした。

結果的には、とてもいい時間が過ごせたと思います。

前半は基本のおさらい+アドバンス的エクササイズ。

最後はチームに分かれての発表。

ワークショップの参加人数が多いときは、どうしても発表タイムを設けるのを危惧してしまいます。

待ち時間が長すぎて、みんながだれてしまうんじゃないかと思って。

でも今回、思い切ってやってみて、「人前で発表すること」+「人が発表しているのを見ること」によって、かなりたくさんのことを学ぶことができるということが分りました。

1週間前の彼らは、派閥があり、遠慮があり、「どんなことをやらされるんだろう」という緊張がありました。しかし今、彼らはお互いを尊重する姿勢ができてきました。遠慮しないで自分の思ったことを表現してみる力がつきました。表現の楽しさ、できなくてもそれはマイナスじゃなくて、プラスへの旅の途中だということを理解できるようになりました。お互いの良さを認める体験をしたのは大事。なにしろ、最初はそういう環境の中で演技していくことが、役者としての成長につながりますので。そして演劇することの楽しさを身体で思いっきり感じてもらえたこと。
これは、これから彼らが何年とお芝居をやっていくことへの揮発剤になることでしょう。

そして、34人全員がプロの役者さんになれるとは思いません。

きっと、大人として、親として、社会人として、それぞれの人生の歩の中で、この経験が活かされるに違いありません。

と、いうか、そうなることを心から祈っています。

May 29, 2009

またまた「イエス・アンド」について、たくさんの発見をしました。

「イエス・アンド」クラスが終了しました。

暖かい笑いの中から、お互いのいいところを発見し、それに影響されてすこしずつ今ある自分を乗り越えていく。
そんな姿を幾度も見ることができました。

最後はみんな離れがたい気持ちでいっぱい。たった4回のセッションだったのに、ものすごく濃い時間だったんですね~。そんな時間を過ごせて、嬉しい気持ちでいっぱいです。

今回のクラスでも、たくさんの発見がありました。

「アンド」は「遊びこころ」が大事。

「ルール」を守ることに振り回されないで、「ルール」を使って遊ぶことを意識しよう。

「アンド」はちょっと。

相手が入る「すき間」をつくること!

「アンド」するときは、次の「イエス」を考える必要はありません。
先を考えないという意味では、もしかしたら、「アンド」はある程度「無責任」なアイデアかも。
それでいいんです。そこに責任を感じてしまったら、先を考えることになり、今を見逃してしまいます。

だから、ちょっとだけ「無責任」になってみましょう~!

***

わたしが継続クラスを担当するのは、すご~く久々で、おそらく今年はこれが最初で最後になると思います。

毎週、同じメンバーと会える嬉しさ、つみあがる充実感を感じた1ヶ月でした。


May 28, 2009

満員御礼立ち見のでる盛況さ「シアタースポーツ」!

「シアタースポーツ」終演しました!

満員御礼、立ち見が出るほどの盛況さでした。

ご来場くださった皆さま、ありがとうございました!

前半は「少年じゃんぷ」VS「PAN PAN ぽてち」
昨日と同じチームですが、若干のメンバー・チェンジがあり、また違った印象のチームとしての登場でした。

後半は3チーム。
「オレンジファルコンズ」「一級河川」「インプロ・モーティブ」。
さまざまなキャラクターがはじけた時間でした。

「シアタースポーツ」では演出、舞台監督、司会、稽古、もろもろスタッフ仕事といつも準備が大変で、わたしはいつも開演前にすでにヘロヘロな状態なのですが、チームのみんなのポジティヴ・エネルギーに支えられ、なんとかやりくりしています。

今回もそんな感じで、わたしが一番とちりが多かったんじゃないかな。(苦笑&反省)。

でもそんな疲れも、ショーが終わればぜ~んぶ吹っ飛びます。

インプロはまだまだ新しい演劇です。
育つのには時間がかかります。
待つ時間、耐える時間、栄養を吸収する時間、伸び盛りに起こる問題に対応する時間。そんな時間を経て、大きく育っていくものと考えています。巨木になれば安定するのでしょうが、それまでは丹精込めなくては。

仮に上手くいかないときがあっても、一見「なんの変化もない」時があっても、失敗しても、「あきらめない」ことだと思っています。

インプロはもう本当にいいものなので、それをもっとたくさんの人たちに知ってもらいたいです。

10年ぐらいで、20年ぐらいで、あきらめちゃだめだ。

それを再度、感じた日でした。

May 27, 2009

「シアタースポーツ」は今日もあります。渋谷のザナドゥです。ぜひぜひご来場くださいませ!

「シアタースポーツ」の初日でした。

前半はビギナー・チーム。
「PAN PAN ポテチ」VS 「少年じゃんぷ」。

初めて「シアタースポーツ」に出演する人たちもいて、始まるまえはすんご~く緊張していたようですが、舞台ではリラックスしてできたみたい。ちゃんとストーリーができていたし、それぞれが魅力的でした。

面白いと思ったのは、経験があるインプロバイザーはなかなかやらない「ワンボイス」を「少年じゃんぷ」がやりました。ゲーム的には非常に「地味」なゲームなのですが、お客さんがすごく喜んでいるのが分かりました。

こんな単純なゲームがなぜ面白いか?
それはおそらく、プレーヤーが「気持ちをあせて声を出そうとしている。」ことへの喜びだったように感じます。人間が生きる上でとても大事なこと=人と関わることの純化した姿に、お客さんは素直に嬉しさを感じたのではないでしょうか。

わたしは、このようなお客さんの喜びを引き出せるのがインプロ・パフォーマンスのいいところではないかと思っています。

後半は「オレンジファルコンズ」VS「一級河川」。
まったく質感の違う2つのグループの共演でした。

オレファルは、お客さんとのやり取りを楽しむ余裕があり、舞台で起こっていることをすばやくキャッチして表現していくまさにインプロ的なことを体現しているチームです。「一級河川」はキャラクターの濃い5人で、一人ひとりが味わいのあるキャラクターをもったメンバーでした。

後半はまさにドラマ。
ダイナミックにチャーミングに。

前半の良さ、後半の良さが掛け算して、ミラクルな時間がくり広げられました。

わたしはMCとしてみんなを見ていて、とても頼もしい気持ちがしました。

数年前は「わたしが出演しなくては、ショーが成り立たないのでは」という心配がありましたが、もう大丈夫。みんなだけでも充分ショーができるような実力がついてきました。

嬉しいなぁ~。

これでやっと私もいちプレーヤーとして、みんなとジョイントできるってわけです。

「シアタースポーツ」は今日もあります。渋谷のザナドゥです。
ぜひぜひご来場くださいませ!

May 26, 2009

コーヒーの粉。

インプロとは全然関係ないのですが、プランジャーでコーヒーを入れた後、そのコーヒー粉をどうしていますか?

そのまま捨ててしまいますか?

実は、コーヒーの粉は植物にとってもいいそうです。

わたしは庭にまくようにしています。

とくに水分がたくさん必要な植物なら朝でも晩でもいいようです。

どうぞやってみてくださいませ~。

May 25, 2009

どこへいくか分からないことを受け入れる.

茨城大学公開講座「教育と臨床に活かすインプロヴィゼーション」でインプロのワークショップ2日目。

今日はエクステンド&アドバンスについて。

実は、「エクステンド&アドバンス」については、キースもデルもそんなに強調している訳ではなくて、わたしはオーストラリアのリン先生から教えてもらいました。ランディも「エクステンド&アドバンス」的な考え方をする人で、同じ考え方を持っているのですが、言葉は違う感じ。だから、海外のインプロバイザーの中にはセンスとして知っている人もいるけれど、こういう言葉として理解している人はそんなに多くないかも。そういう意味ではユニークな発想かもしれません。

言葉のエクステンド。

動きのエクステンド。

初心者のインプロをやっている人たちは、シーンやストーリーをつくると、どうしても「先」を考えて、すぐにアドバンスしてしまいがちです。たとえば、シーンのタイトルが海水浴だとします。考えられるのは、ひとりが登場して「わぁ~キレイな海だなぁ~」と言うと、二人目が登場して「泳ごうぜ!」と誘う。これって状況がなにも明確になっていないのに、ストーリーを進めてしまうことになります。これ、アドバンス症候群。(?)

どういう状況なのかを豊かにしていくこと、味わうこと、そういう時間があってもいいんじゃないか。

そう思います。

<「エクステンド」はクリエイティブな作業ですよ。>

「エクステンド」と「アドバンス」がよく理解できない人は、小説を読むことをお薦めします。そして2色のペンをもって、文章をどちらかに分けてみたらいかがでしょう?

「エクステンド」は青、「アドバンス」は赤。アンダーラインをひいてみます。

小説によって、両者の分量は違いますが、両者が必ずあることがお分かりでしょう。

さて、「エクステンド」と「アドバンス」を理解するために、正保先生が「くまとやまねこ」という絵本を紹介してくださいました。わたしは実物の絵本を読む前に、正保先生からあらすじを伺ったのですが、もうそこで感涙。。。。

そして現物を読んで、家で激涙。

そして今日、講義のときに紹介されたのを見て、また涙。。。。

わたしの涙腺をめっちゃ刺激する絵本です。

「人に寄り添う」やさしい時間。

「愛する人を失った悲しみが癒える」までの、人と思い出とが一緒にいられる時間。

忙しい毎日の中では「そんなこと忘れて、先に進もうよ!」としがちなところを止ってみる。

ゆっくりしてみる。「立ち直る」なんて先のことを考えないで、今にいる。

わたしたち現代人が忘れがちになっていることを、絵本はやさしく教えてくれます。

そのためには、「どこへいくか分からないことを受け入れること」が大事なように思います。

May 23, 2009

ワークショップをやっている最中に、新しいエクササイズのアイデアが突然沸いてくるキヌガワ

茨城大学公開講座「教育と臨床に活かすインプロヴィゼーション」でインプロのワークショップをやりました。

この講座は毎年実施させていただいています。
今年は半分は経験者(ず~っとインプロを続けて学んでいる皆さん)と半分は初心者の皆さんでした。
タイトルでも分かるように、「教育」「心理学」に携わっている皆さんが対象でして、参加者のほとんどが教師・カウンセラー・教育関係者・教育学部の学生さんなどなどでした。

みなさんモチベーションが高く、お互いを尊重しあいながらも、切磋琢磨。
笑いがほとばしる時間でした。

わたしは最近のキヌガワ傾向(=ワークショップをやっている最中に、新しいエクササイズのアイデアが突然沸いてくる)炸裂で、予めプランは決めていたものの、「あれ?こういうエクササイズはどうだろう?」というアイデアが沸いてきて、それを試し、そして皆さんからの意見を聞き、ディスカッションするという流れになりました。

この流れのいいところは、講師であるわたしが一方的にエクササイズ(ゲーム)のルールを教え、それを参加者の皆さんが”間違えないように、ルールを守って”行なうという「押し付け」ではなく、参加者の皆さんの自主的な意見や感想が、ワークショップという場で大きな力を持ち、それによってワークショップが有機的に変化していくことです。トップダウン形式ではなく、参加者の自発性によって、ものすごく深い学びになっていく、お互いのコラボレーションによって、お互いが学んでいく、、、。そんな場になることです。

さて今日は、そんな場の中から新しいエクササイズが生まれました。

ここでお話しちゃっていいものか。。。
ちょっとためらっちゃうなぁ~。。。へへへ。。

かなり革新的なエクササイズだと思うので、もう少しいろんな方々とやってみてから、皆さんにご紹介したいと思いま~す。

May 20, 2009

サイド・コーチについて

研修講師&コーチのたかちゃんと打ち合わせ。

たかちゃんからこんな感想を聞きました。

「ユリさんのワークショップのリードのすごいところは、サイドコーチにあるね。
ユリさんはワークショップ中に出すサイドコーチは、まさに“その場・その時”に必要なことを“ずばっ!”と言ってくれるから、すんごく腑に落ちるんだよね~。。。」

なるほど。

確かにわたしは、ワークショップをリードしている間、参加者の皆さんがまるで波乗りするようにスムーズに自分を解放できるように気を配っています。方法としては、ワークショップを自分の解説で止めることをできるだけ避けること。(最近、話が長くなりがちなので困ったものですが、、、)

そして、皆さんがエクササイズをやっている最中に、その人にとって(もしくはグループにとって)必要だと思うことを感じ取って、すぐにサジェッションするようにしています。
(これをサイド・コーチといいます。)

いかにして、効果的なサイド・コーチを入れるか。

これはリーダーにとって、もっとも大事で、もっとも難しいことかもしれません。

リーダーは、「即興」でワークに関わらなくてはならないし、自分の直感を信じなくてはならない。
参加者が今どういう状態で、なにを必要としているのかを感じ取らなくてはならない。

ワークショップをリードしている人の中には、サイド・コーチができない人がけっこういるんじゃないかな。これが一番大事だと思うのですがね。。。

さて、たかちゃんからこう聞かれました。

「ねぇ~、ユリさんが教えているとき、ユリさんの中で何が起きてるの?何を考えてるの?」

そこで初めて気がついたこと。(というか、意識してやっていたのだけれど、人に説明していなかったこと)。

それは、わたしがリードしているときは、「まるで自分がエクササイズをやっているかのようにシュミレーションしている」ということです。自分はもちろん客観的に輪からはずれてみんなのことを見ているのですが、頭の中では、一緒にやっています。そしてアタマの中だけじゃなくて、「身体的」にもイメージしています。

なので、参加者が今どのような状態にあるのか。を自分なりに体感(イメージというより体感)しているのです。そして、次にどんなエクササイズをやったら効果的かを判断します。

だから、「その場」にふさわしいサイド・コーチができているんじゃないかしらん。

サイドコーチについては、最初から自信があったわけではありません。タイミングが悪くて、場にそぐわない言い方をしてしまったことも山ほどあります。「本当に自分って下手だなぁ~。」と思っていましたし、どうしたら的確なサイドコーチがいれられるか、いつも工夫してきました。

いつも的確な言葉を捜し、的確なタイミングを感じ、やってみて反応をもらい、反省し、工夫し。。。そんなことをくりかえしているうちに、ようやくつかめてきたのです。

まぁ、今でも修行の身でございます~。

ちなみに、自分が客観的になりすぎて、トップダウン式「先生」の立場になると、参加者の状態を感じ取れないことも経験から知っています。そして参加者の状況を感じ取れない判断、サイドコーチ、次のエクササイズは、場にそぐわないものになってしまうこともあります。

リスクを負って直感を信じてやってみる。謙虚に反省する。めげずに続ける。工夫する。

やっていることといえば、そんなことの繰り返しでございます。。

May 18, 2009

桐朋学園短期大学にて「インプロ・ワークショップ」

桐朋学園の演劇科の生徒さんとの「インプロ・ワークショップ」が始まりました。

今年は大学一年生34人と、2週間の活動を行ないます。

さっきまで高校生だった若いエネルギーと正面から向き合って、彼らがより「自由」に表現していけるきっかけづくりができたらなと思っています。

May 17, 2009

第3回「ワークショップ・リーダー勉強会」が始まりました。

第3回「ワークショップ・リーダー勉強会」が始まりました。

今回は、予想を上回る応募があり、このような会が必要とされていることを痛感しました。

残念ながら、すべての皆さんを受け入れるだけの枠がなく、泣く泣く「ごめんなさい」させていただいた方がたもおられました。

選抜メンバー16人で、今年1年「ワークショップ・リーディング」」について勉強していきます。

この活動はブログで公開していき、興味のある皆さんともシェアーできたらいいなと思っています。

May 15, 2009

平野啓一郎さん「小説の読み方ー感想が語れる着眼点」

平野啓一郎さん「小説の読み方ー感想が語れる着眼点」(PHP新書)を読みました。

おもしろい!!!

「小説をどう読んだら、もっと味わうことができるか」

この着眼点は、自分が物語りを創るときにも、とても参考になります。

特に、文章には「主語」と「述語」があり、この「述語」には2種類がある。
ひとつは、「主語」を「行動」させるもの。
もうひとつは、「主語」のキャラクターを「豊か」にするもの。

(これって、エクステンドとアドバンスの概念とも似ていますね)。

これからのインプロ・ワークショップで、インプロのパフォーマンスで。
試してみたいアイデアがたくさん沸いてます~!


5月26日・27日は「シアタースポーツ」!!!

5月26日・27日に開催される「シアタースポーツ」のための稽古が続いています。

わたしは演出、トレーナー、そして当日は司会です。

「シアタースポーツ」とは、チームごとに分かれて即興で演劇をし、それにジャッジから点数がつき、その点数を競い合うという「演劇」+「スポーツ」のようなショーです。

さて今回は前半が始めて「シアタースポーツ」に出演する人たち、後半はベテラン(?)チームという構成。

稽古をしていて感じるのは、インプロを始めて、「表現って面白い!」って思って、「人前で表現したい!」と感じだし、「よし、やってみよう!」とチャレンジを決めた人たちに対しては、「まず、そのレベルで表現できること」を提案すること。

それ以上の要素は表現において必要ない。でも、ちゃんと表現になっている。そういうショー構成にしてあげること。それが、彼らの魅力を最大限に活かす手助けになる。。。

抽象的ですね。。。

演出家の一番大事な仕事は、「出演者が輝いてみえるようにサポートすること」だと思っています。
当日の司会もそう。

主役は(いかに経験が少なかろうが)、出演者です。

そして出演者は「自分で考え、自分で感じたことを表現する」という自主的な行動をする必要があります。

そこにこそ価値があると思っています。

ですから、そのための指導をする必要があるわけです。

むか~しむかし。

どこの国のインプロ・グループだか忘れてしまいましたが、司会者(おそらくインプロの先生だと思います)が、出演者を完全にコントロールしているインプロのショーを見たことがあります。司会者(おそらくインプロの先生だと思います)が、シーンに対して、「このシーンに出演するのはだれだれとだれだれ」と指示し、シーン中にも誰が登場するのかさりげなく支持し、キャラクターが登場する前に、ストーリーのプロットをナレーターとして解説してしまい、エンディングはその人がナレーターのようにまとめ、出演者は司会者(おそらくインプロの先生だと思います)の笛にしたがって、出たり入ったりしている。。。。

そのショーを見たとき、(確か数人のインプロバイザーたちと観劇していたと思いますが)、みんなで顔を見合わせて、「このショー、いやだねぇ~。あのリーダーがすべてを指示しているもんね~」と話し合ったのを覚えています。

誰かに指示されるんじゃなくて、自分から行動する。
全員がいっせいに、そういう行動をとっているから、オーガニックに面白い空間ができあがっていくのだと思います。

誰かの指示を待つのではなく、自分から動く。

それがインプロの醍醐味であります。

それができるような指導をしていきたいと思っています。

指導といったら、おこがましいですが、、、(^^;)

「シアターススポーツ」、ぜひ観にきてください!!!!

May 14, 2009

デレク・ベイリー「即興演奏の彼方へーインプロヴィゼーション」

デレク・ベイリー「即興演奏の彼方へーインプロヴィゼーション」(工作舎)を読みました。

日本のインプロ(即興演劇)が、これからどこへ向ったらいいのか。
世界のインプロ(即興演劇)が、これからどこへ向ったらいいのか。
そして自分は、インプロ(即興演劇)と一緒に、どこへ向いたいのか。。。

そんなことを探すために、音楽世界のインプロヴィゼーションについて学んでいます。

まず冒頭に「インプロヴィゼーションとは、あらゆる音楽活動のうちでも、もっとも広範囲に実践されている一方でまた、認められ理解をしめされることが、もっとも少ないという、奇妙な特徴を有している。」とあります。

これって、インプロ(即興演劇)とも共通しているなぁ~。。。。

インプロって、本当に説明が難しい。

面白いもの、いいもの、楽しいもの、もしかしたら世の中を変えるぐらいインパクトをもった、しかも健康的で正攻法なもの。と感じているけれども、「じゃあ、いったい何?」と聞かれると説明はなかなか難しい。。。

人によって解釈が違うし。

即興演劇としての「インプロ」は、あくまでも「演劇」(創造者と観客と空間という関係性をもった表現形態)なのだけれど、「自己満足」「自己啓発」のためのツールとして(のみ)紹介してしてしまっている人もいるし。

本当に難しいです。

さて。この本にもどります。

ロック・ジャズ・現代音楽にインプロが用いられているのは、なんとなく知っていましたが、驚くことに、インド音楽、フラメンコ、バロック音楽、教会オルガン音楽も即興で演奏されているといいます。

その辺りを詳しくみていくと、フレーミングが決まったところでの即興演奏と、すべてフリーの即興演奏があることが分かります。どのような理由でそれが分かれていくかというと、それはその音楽に関わる「人」「状況」によって、スタイルわけされているのが分かります。つまり即興音楽は芸術としてあるだけではなく、「人」や「状況」と深く結びついているということ。

また、音楽家の中にはインプロヴィゼーションを嫌う人たちもたくさんいます。

なぜ嫌うのか。

ある即興ミュージシャンだった人は、「誰にでもできる」という考えのもと、音楽の基礎ができていない(そのミュージシャンが言うところの)、まったく分かっちゃいないミュージシャンがインプロをやるようになって嫌気がさしたとか。

これらについても、わたしとしてはとても興味のあるところです。

今、「インプロはいい!」という気持ちで活動していますが、「インプロはいや!ダメ!嫌い!」という人の声を聞くべきだと思うのです。それを理解すること。そこからの進歩。それが大事だと思っています。

反対に、アインシュタインは、即興を感情的、知的な必然とみなしています。

インプロヴィゼーションをめぐる意見はとても沢山あって、それぞれが全く違っています。

譜面に残さない芸術なので、とらえどころがないので、分析するのに大変なのだと思います。

わたしはまず、それぞれの意見を聞いてみたいと思っています。

自分の主観は置いておいて。

May 13, 2009

山田ズーニーさん「おとなの小論文教室。」

山田ズーニーさんの「おとなの小論文教室。」(河出書房新社)を読みかえしました。

いい本は、何度読んでも新しい感動があるもの。この本も、まさにそういう一冊です。

ここでは、「自分の本当のやりたいこと」を「自分の心の火種」と表現しています。そしてそれは「授かるもの」だと。妊娠するものだと。だから出産したい・表現したいのだと。

そして著者はこう問います。

「好きなことを堕胎するようにして、生きている人がいるとすれば、その人が、日々、得ているものは何なのだろう?」

これは、「好きなことをあきらめないで!」という著者からのメッセージであり、その方法として

「心の火種をどうやって発見するか?消さないか?」消すとすれば、それは社会や組織じゃなく自分であるし、本気で守ろうとしたら守り通せるのだと私は思う。

と示唆しています。

近藤等則さんの「いのちは即興だ」でも書かれていましたが、「自分の本当にやりたいことに忠実になる」ということは、やはり自分次第なのではないでしょうか。誰のせいでもなく。自分次第。

ズーニーさんの本は、小論文という媒体について述べていますが、それだけではなく、自分を表現するすべての媒体についても通じる普遍性のあるストロングでクリアーなメッセージです。

May 12, 2009

近藤等則『いのちは即興だ』

ミュージシャンの近藤等則さんの『いのちは即興だ』(地湧社)を読みました。

近藤さんはTVコマーシャルなどにも出演されているので見たことのある方も多いと思います。

めっちゃ、ダンディーで国際的に活動している即興ミュージシャン。なんとダライラマ14世から提唱されて「世界聖なる音楽祭・広島2001」を開くなどプロデュースにも力を入れておられるらしいです。

音楽と演劇。

ジャンルは違えども、同じインプロヴィゼーションをやっている同士として、何か学べることがあるといいなと思って、この本を手にしました。

音楽のインプロヴィゼーションにも、いろいろな種類があって、フレーミングが決まっている中をいかにインプロで演奏するか。というスタイルと、それもとっぱらって音楽するというスタイルがあります。近藤さんのスタイルは後者。

(音楽のインプロヴィゼーション自体については、また後日ご紹介したいと思っています。こちらも即興演劇の活動にも参考となる面白いことがたくさんあります。)

読み終わって、本のページ右下にたくさん折り目が入っています。これは「大事だ」と思ったページ。

山ほどあります。

その中から、一部を抜粋します。

「人間は無意識にフタをしてきたけれど、無意識レベルの解放というのもあるんじゃないか。もし「無意識の解放」が起これば、いまだに20世紀のパターンで行き詰っている現状を乗り越えられるんじゃないか」

「即興演奏も手馴れてくると、あいつがこう出したからオレはこういう音を出すとか、あいつがこう出しそうだからオレはこう出すとか、一種の武道の組み手みたいになってしまって、ちっとも面白くないんですね。」

「欧米の連中とインプロヴィゼーションすると、彼らは「最良の選択」をしてくのが即興演奏だというんです。(中略)日本人的発想からすると、自分で音を選択するというのはまだ極意からは遠くて、勝手に自分の中に飛び込んでくる音を出すのが、極意だと思うんですよね。」

そして最後に
「”だから、誰に何と言われようが、自分のいのちに忠実に生きよう”と腹を決めれば、いのちのエネルギーが爆発的に解放されて、新たな道を開いていくと思います。」

そして近藤さんのものすごいところは、上記を”体現”しているところ。みごとに自分に忠実に生きている。そういう選択をしているところ。まるで「自分」という楽器を演奏しているみたい。

近藤さんが一番求めているのは「自由」。そして「自由」は、自分の枠を超えたところに存在する。だから譜面をなぞる音楽じゃなくて、自分の枠を超えることのできる可能性をもった即興という手法の音楽を選らんだといいます。

演劇にも同じことが言えます。台本(音楽でいう所の譜面)をいかに演じるかという行為は、台本の翻訳家のような作業であり、直接的に表現者が自分を表現するという行為にはなりにくいのです。よって、手っ取り早く「台本のない表現」=「インプロ」(即興演劇)となるわけ。

手取り早くと言ったのは、台本があっても、そこから「自由」を得ることもできるんじゃないかと感じているからですが、これは別コラムでお話することにしましょう。

May 11, 2009

どの立場から試行錯誤するか。それが問題だ。

今日は、5月26・27日に行なわれる「シアタースポーツ」のキックオフ・リハーサルでした。

「シアタースポーツ」とは、チームごとに即興でお芝居をし、それにジャッジから点数がつき勝敗が決まるという「演劇」と「スポーツ」が融合した新しいエンターテイメントです。

今回は、前半2チーム、後半3チームが出演します。

今日は、このショーがデヴュー戦になる2チーム・メインでの稽古でした。

舞台に、初めて&即興で立つ。

これはと~ってもスリリングなことです。

演出の私としては、「デビューにあたって、どのような稽古がいいのか、どのようなプロセスを経て本番まで持っていったらいいのか」が最大のテーマとなります。

わたしも15年前ぐらいに初めて「シアタースポーツ」に出演しました。

そのときは無我夢中でした。

ただ、稽古中から感じていたことは「自分がやらなければという気持ちを持つとシーンは上手くいかない」という反省点です。そしていいシーンができるときというのは、いつも「何がなんでも相手をサポートしよう。そのためだけに舞台に出よう」ということを腹にすえたときでした。
ですので、自分が即興で舞台に立つときはいつでもそれを肝に銘じています。

そして、今日は、みんなにもそのことをアドバイスとして伝えました。

ただ、わたしの場合、自分もンプロバイザーであり、俳優であります。つまり稽古をリードしているものの、自分も出演者のひとりです。演出家・演技トレーナー・批評家のように、自分は演じないで客席から客観的に見てアドバイスする立場ではありません。だからアドバイスも客観的ではなく、主観的になってしまいます。それがいいのか悪いのか。いつも試行錯誤するところです。

オスカー・ワイルドはこう言いました。

One should either be a work of art, or wear a work of art. Oscar Wild

(世の中には以下の2種類がある)芸術するか、芸術を(身に)まとうか。

できたら、わたしは前者でいたいのです。

そして、その立場から何かできたらいいなと思っています。

May 09, 2009

「能」は「インプロ」だった!!???

わぁ~、ウィキペディアでこんな記事を見つけました!

それは、「玄人による能は、即興芸術である。」ということ。

え~、「能」は「インプロ」なの???

びっくりしました。

これはウィキペディアですので、専門家が書いた資料ではないのであてにはならないのですが。。。

どなたかご存知であれば、教えてくださ~い。これって本当ですか~?

(だとしたら、面白いですよね~!!!)

***********************

即興芸術としての能

玄人による能は、入念なリハーサルを行わない上に一度きりの公演であるという点も独特である。通常の演劇では事前にリハーサルを重ね、場合によってはゲネプロという形で全て本番と同じ舞台・衣装を用いるが、能では事前に出演者が勢揃いする「申し合わせ」は原則一回であり、しかも面や装束は使用しない。これについて前出の八世観世銕之丞は、能は本来、全て即興で演じられるものであり、出演者同士がお互いのことを解りすぎていることは、能においてはデメリットになると論じている。[3] 能には「小書(こがき)」と呼ばれ、同じ曲でも特殊演出(替えの演出)で行われることがあるが、これらの最初はシテや地謡、囃子がそのときの気分で演じたハプニングが元になっているものもあるらしい。また玄人同士の約束事として、シテが何かの所作をすれば、例えば舞が延びたり終わったりする場合もあるとのことである。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%BD


相手をいたわり、自分を表現ークラウンってステキ!

今日の朝日新聞(神奈川県川崎北部版)で、「コミュニケーション・トレーニング」に「クラウン」を使っている活動の記事が掲載されました。

「クラウン」とは道化師のこと。

わたし的に表現するならば、人間が持っている「純粋で素直で優しい心」そのものとしての存在。

講師はご自分でもクラウンとしての活動をされている橋本千鶴子さん。

子どもから大人まで、「相手をいたわり、自分を表現」することを体現できるようにするのが目的だそう。

わたしはこの記事を読んで、と~っても嬉しくなりました。

そうそう!

「クラウン」のような存在がこれからの世の中には必要!

こういう活動はどんどん広まるといいなぁ!!!

子どもも大人も、ビジネスマンも看護婦さんも、みんな赤い鼻を付けて「クラウン」になろう!

純粋な存在そのものに立ちもどろう!

そしてクラウンは即興で演じなくてはなりません。
そういう意味では、人と人とが繋がっていく作業のすべてに「インプロ」は関わっているのだなぁ~としみじみ。

ただ、こっそり白状してしまいますが(スタッフには怒られるかもしれませんが)、わたしは「インプロ」をやっていますけれども、仮に「インプロ」自体が広まらなくてもいいのです。たとえば「クラウン」という手法だとしても、どんな手法であっても、世の中のすべての人が、自分らしくイキイキと生を全うできれば、それが一番嬉しい。

そのためにやってます。

だから、「クラウン」が注目されるのが嬉しくて。。。。

嬉しいなぁ~。

こういう活動がどんどん広がるといいなぁ~!!!!

「みんな違って、みんないい」のは大賛成なのですが。

2ヶ月ぶりに日本に帰ってくると、面白いことに、日本を違った目で見ることができます。

無意識にニュージーランドと日本を比べて、両者のいいところ、悪いところを感じることもできます。

ここをこうしたら、もっと良くなるんじゃないか。
ここはいいところだから、もっと良さを自覚したほうがいいんじゃないか。

もちろん「違うからいい」という概念は当然あります。

「みんな違って、みんないい」。

同感です。

ただ、そんなに簡単に割り切れない社会問題もあるんじゃないかな。

「みんな違って、みんないい」という言葉は、さまざまな苦しみ・悲しみ・葛藤・誤解・解決の難しさを通り抜けて初めて使える言葉のような気がしています。

逆に、この言葉を簡単に使ってしまうと「問題を見てみないふりをしてしまう」ことになってしまいかねないんじゃないか。すべてを簡単に「みんないい」って言ってしまうことに対して、そんな危険性も感じます。

もちろん、「みんな違って、みんないい」のは大賛成なのですが。

May 08, 2009

ささいなことで、グー・パンチ。

わたしは肝っ玉の小さな人間でありまして、「ささいなこと」ですぐ落ち込んでしまいます。

「ささいなこと」とは、たとえば、誰かから「あなたはだめね。」のようなニュアンスで受け取れるような言葉をさりげなく言われたとき。

もちろん、その誰かは、きっと、まったく、悪意なく、さりげなく言ったんです。それは分かる。でも落ち込む。落ち込みはこちらの理性的判断を無視して、ぐりぐりやってきます。

わたしの落ち込み症状は、胃をグー・パンチで「ぐぃっ」と押されたような圧迫感です。

(みなさんはどんな症状になりますか?)

そして落ち込むと、頭の中は「ささいなこと」でいっぱい。

これからの「将来」だとか「可能性」だとか「世界」だとか、そんな先のことはぜんぜん考えられなくて、その「ささいなこと」でいっぱい。

ただ40歳にもなると、落ち込み度を最小限に食い止めるコツがつかめてきまして、落ち込んだとしても、「プチ」落ち込みぐらいですむようになりました。(これは歳を取ったことのメリットかも)

さて、最近の「プチ落ち」をご紹介しましょう。
(皆さんにわたしの肝っ玉の小さなところをお目にかけてしまいますよ、、、、(^^;))

それは、一般ウエッブ上で公開されている「インプロ本リスト」なるものに、自分の本が入っていなかったこと。

『インプロ・ゲーム』(晩成書房)は「インプロ本リスト」に入らないのか???
少なくとも、「インプロ」というタイトルを使った本としては、日本で最初だと自負しておりますが、、。

まぁ、そんなことです。

すみません、肝っ玉の小さいことを言いまして、、、。

すみません。

そんなことです。

(苦笑)。。。

May 07, 2009

5月。ワークショップやショーで花盛りのインプロ・ワークスです~!

5月のインプロ・ワークスは大忙しです!

毎週木曜日の「イエス・アンド」クラスが始まりました。
定員を大きく上回るお申し込みをいただき、賑やかに開催です。

講師は絹川。継続ワークには初登場。
一番の関心事は、参加者のみなさんが自分らしく輝き、その輝きが日常生活に立ち返っても失せないためには、いったいどのようなリードをしたらいいのか、どのような伝え方(伝えない方)をしたらいいかということ。

毎週月曜日には「ロング・フォーム」クラスが始まります。
これはスーパー講師:明石光弘。

「遊ぼう会」は16日(土)、即興ミュージシャンとのセッションで、講師はキヌガワ&スィンギー。

16日(土)の夜には、大阪からやってくるバイリンガル・インプロ・グループの「パイレーツ道頓堀」のメンバーとのバイリンガル・ワークショップ・セッションも初の試みとして行います。

ある高校への講演会を広瀬日美子(ひみちゃん!)が行ないます。
これは実はアンコール講演会。今年の初めに行なった「不登校児をかかえた親御さん達に向けてのワークショップ+講演会」が大変評判で再度、同じ高校から依頼を受けたのです。

また、新しい企画「リーダー育成プログラム」がついに始まります。
こちらも予想をうわまる応募数で、なくなく「ごめんなさい」させていただいた方々も。
こちらは自主的勉強会として、今年1年、指導者として必要なことがらをみっちり学んでいきます。

キヌガワ個人としては、桐朋学園の演劇科一年生への1週間ワークショップ!
初々しい学生さんたちに、み~っちりインプロを享受いたします。

また水戸で2日間のインプロ・ワークショップを行ないます。
こちらは心理学を学んでいる方、カウンセラーの方々を中心にしたワークショップです。

そして。
インプロ・ワークスとしては大きなイベント「シアタースポーツ」が5月26・27日(火・水)に上演されます!!!!

こちらは、「シアタースポーツ」に初めて出演するメンバー+レギュラーメンバーでの賑やかな公演となります。

そんなこんなで5月は花盛りのインプロ・ワークスです。

お時間ございましたら、ぜひ足をお運びくださいませ~!

May 06, 2009

マスク。

日本に帰国しました~!

成田はマスクでいっぱい!

カメラを抱えた報道陣の人たち=マスク。
手荷物チェックの人=マスク。
税関の人=マスク。

税関犬もマスク?

マスク。

マスク。

マスク。

実家に電話したら、父が開口一番「マスクを買いなさい」と。

マスク。

マスク。

マスク。

分かるけど。

日本ってまだ誰も感染していないんですよね~?

な~んて言っていると、「そんなことだからダメなのよ」とお叱りをうけそう。

それにしても。

マスク。

マスク。

マスク。。。。

May 04, 2009

政治的即興演劇のリーダー、アウグスト・ボワール死去

アウグスト・ボワールが5月2日に亡くなりました。
78歳でした。

彼は「Theater of the Opressed」のリーダーであり、演出家であり、俳優たちはもちろんのこと、一般の人たち(ノン・アクター)と即興演劇をくり広げ、さまざまなフォーマットやエクササイズを開発しました。

それだけではなく、ブラジルで政治的な活動も行い、ノーベル平和賞にノミネートされたこともありました。

http://en.wikipedia.org/wiki/Augusto_Boal(もっとお知りになりたい方へ ウィキペディアです。)

5月18日~21日にミネアポリスで、彼を称える意味も込めてワークショップとコンファランスが開かれるそうです。

残念ながら、日本語のボワールの資料はなかなかありません。
(日本大学の熊谷先生がご専門でいらっしゃると記憶しています。)


こんなことがきっかけになるなんて、あまり嬉しくはありませんが、わたしは「Games for actors and non-actors」を読んだだけだったので、あわてて「Theatre of the Oppresseed」を読み始めたところです。

ご本人にお会いするのは手遅れなのですが、それでも知りたくて。


May 02, 2009

秘密の写真

引き続き、お芝居の本番中です。

昨晩は友だちのフォトグラファーが観に来てくれました。

彼女は天才フォトグラファー。
もちろん、いつもカメラを持っています。

しかし、このお芝居では「写真撮影絶対禁止!」。

これは演出家ウォーレックのポリシー。「お芝居は生ものだから、記録しない。」ということ。
なにしろ、彼はあるお芝居の本番中に、お客さんが写真を撮っているのを見つけて、
芝居の途中だというのにお客さんからカメラを取り上げ、その場で壊したというワイルドな経歴の持ち主です。

ですので、わたしは彼女が来るときにカメラを持ってくるかどうかが気がかりでした。
心配でもあり、エキサイティングでもあり。「持ってくるな」というのも野暮だと思ったし。

案の定。

お芝居の最初の部分は、野外で演じられます。わたしは演技をしながら、お客さんの中に彼女の姿を探しました。でも。彼女を見つけるのはと~っても簡単でした。なんたって、姿より先に、カメラのシャッター音が響いていましたから!!

彼女はバチバチ写真を撮っています。

演出家のウォーレックは出演者でもありまして、コンクリート建物の天辺で天使の人形といっしょに歌を歌っています。

わたしは決心して、演技エリアからこっそり抜けて、彼女のところへ行って、こうささやきました。

「ヨハナ、写真は撮っちゃだめなのよ。もしウォーレックに見つかったら、あなたのカメラをぶっ壊すと思うわ。だから止めたほうがいいよ!」

そしてまた演技エリアにもどりました。

(苦笑)

お客さんは天辺で歌を歌っているウォーレックに注目していたので、おそらく、わたしの奇行は目立たなかったと思います。たぶん。。。。

彼女は写真を撮るのを止めてお芝居を観ることに気持ちを切り替えたようでした。

そして終演後。

彼女は、堰を切ったように、再びシャッターを押し始めました。

まぁ、お芝居は終わったんだから、いいか。。。。

この写真は、その中の貴重な一枚です。


Yuri0614i

キヌガワ、白塗りです。

眉毛そってみました。(^^;)

一応、芸者風メイクのつもりなのですが、やってみると、これが結構ムズカシイく、どうしても暗黒舞踏の人になってしまいます。

まぁ、ニュージーランドの人にとっては、いっしょくたんに「エキゾチック!」ということらしいですが。

May 01, 2009

こころの「お休み」とは?

日本はゴールデンウィークですね~!

ゆっくり休んでくださいね~!

「休む」っていうのは、「眠る」とか「節約する」とか、わりと「休止する」というイメージがあると思うのですが、逆に思いっきり「行動」することが、結果的に「休む」ことになるかもしれないなぁ~。

たとえば、「心の休養」には、家で寝ていないで、新しい植物を植えたり、煮込み料理を作ってみたり、穴の開いた靴下を繕ってみたり、絵を描いてみたり、大胆に詩を書いてみたり、歌ったみたり。

そんなことのほうが効果的かも。

お休みって、きっと、「健康であり続けるために使う時間」のことであって、決して「止るための時間」じゃないと思うんです。

心に栄養を。

心に楽しみを。

心に旨みを。

心に滋養を。。。。。

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