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October 06, 2009

「イエス・アンド」は万能薬でもなければ、特効薬でもない。むしろ漢方。

わたしは「イエス・アンド」という考え方は、すばらしいものだと思っています。

相手のあるがままを認め、受け取り、そこに自分のアイデアを付け加えていく。もしくは、そこから何かを創りだしていく。この「共存関係」は、多様化した社会には必要な考え方だと思っています。

社会の変化は早く、世の中の価値観はどんどん変わっていきますので、そういう変化に対応するためにも、「イエス・アンド」という考え方は、とても役立ちます。

ただ、すべての問題を「イエス・アンド」で解決できると考えるのは、ちょっと違うんじゃないかな。

そういう考え方は、たとえば、「この壷を買うと、誰でも幸せになれる」と言っているのと似ています。
「四葉のクローバーを見つけると、幸せになれる」とか、「黒猫を見ると、不幸せになる」とか。

世界の問題はそんなに簡単に片付けられるほど、単純ではないんじゃないかしら。

不正な行動にも「イエス・アンド」するのかしら、戦争に対しても「イエス・アンド」するのかしら。

たとえば、世の中には、「これさえあれば、成功する」とか「これさえやれば、お金がたまる」とか「3日で完璧に英語がしゃべれるようになるとか」甘い言葉で読者を誘惑する本がたくさん出版されています。んが、そういう言葉に惑わされてはいけないなぁ~。

だってこれは、「楽をしたい」「”すぐ”に幸せになりたい」「時間をかけるのが大事なのはわかるけれど、面倒くさい。時間がない。」という人間の気持ちをあおって、本を買わせようとしているだけであって、どんなにがんばっても3日で英語がペラペラになるわけはありませんから。(苦笑)。

このような極端な考え方は、「イエス・アンド」しなくてはならないという脅迫的考え方にもなりがちで、たとえば、「あなたはイエス・アンドできていないから、ダメ」というような極端な判断をしてしまいがち。そんなこと無いのにね!

「イエス・アンド」すれば、問題がすべて解決するとか、「イエス・アンド」すれば幸せになれるとか、「イエス・アンド」だけで人生が明るくなりますとか、そういう特効薬的な言い方は辞めたほうがいい。

「イエス・アンド」はすばらしい考え方なのですが、だからこそ、”さりげなく”使っていくことが大事なんじゃないかな。

たとえば漢方薬みたいに。

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