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July 23, 2010

友人の死。

ニュージーランド人で友だちの女優:ペータが急に亡くなった。

所属している事務所からメールをもらったのです。

悪性の脳腫瘍で。俳優の夫とひとり娘(18歳ぐらい)を残して。。おそらくまだ50歳になったばかりぐらいだったんじゃないかしら。

わたしは数ヶ月前に会ったばかり。
そのときは病気など寄せ付けない元気さだったのに。。。。

数々のすばらしい舞台に出演し、名優といわれた彼女。
わたしの「お母さん役」をやった時は、逆さづりの私を細身のカラダで持ち上げながら、舞台を芸者のように練り歩いた人。稽古中の即興エクササイズはめっちゃ面白く、「こ、こ、この人は天才だ。。。」とわたしに思わせた人。
誰よりも稽古熱心で、誰よりも怖がりで、誰よりも舞台で堂々としていた人。。。
いつかまた、一緒にお芝居できたらいいなぁ~と思っていたのにな。

ペータは今、どこにいるのかな。

そして、どんな気持ちなんだろう。

ペータに会いたいな。

死んでほっとしているのか、未練を残しているのか、安堵なのか心配なのか。
できたら、安堵でいて欲しい、きっと未練もあるだろうけれど。
死んでしまったのだからね。

そう考えると、「死」は圧倒的なもので、人間は誰も逆らうことができないんですね。

自分が「嫌だ」と思っても、情け容赦なく、わたしたちから「生」を奪っていく。

そして、いちど奪われた「生」は二度と帰ってこない。。。。

もちろん、ペータはわたしの一部として、これからも行き続けるでしょう。ただそれは、この世の中ではなく、細分化されて、出会った人たちそれぞれの「心」の中でです。

今ある「生」だけが、私たち(自分だけじゃなく、他者もいるインタラクティブな世界)が自由に使える時間や空間や関係や場。

この場だけが、わたしたちに与えられた唯一のチャンス。

だとしたら、本当に、それを楽しみ、味わいつくせねばね。

そして、ペータ、また会おうね。わたしが死んだら。

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