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July 20, 2010

「舶来のインプロ」から「現代日本のインプロ」へ

昨晩、東京オレンジのインプロヴィぜーショナルシアターが満員御礼で千秋楽を迎えました。

ご来場のみなさま、ありがとうございました!

連日、満員で、本当に嬉しい&有難い限りでございました。

さて今回、わたしは、全日出演&監修ということもあり、座組みにどっぷり関わることになりました。

出演者としてだけではなく、フォーマットの開発、プレーヤーのコンディション・スキル調整係り、ショーの構成相談役(そんなに大したことはできなかったのですが)など、いろいろな立場として関わらせていただきました。

一番大変だったのは、ブレインとしての立場から、プレーヤーへの頭の切り替え。
ブレインの立場ではコーチとして自分を捧げるつもりで関わっているので、自分の存在を消しています。それがパフォーマーとなると、主体的な立場として存在しなくてはならない。。。これはかなりのチャレンジでありました。

そしてそのおかげで、忘れることのできない経験をすることができました。
メンバーともディープな関わり&試みをすることができたし、一発触発:大喧嘩(?)のスリリングさも経験し、
協力の中にも、お互いにお互いを「驚かせる」せめぎあいがあり、最終的には、ものすごく強い信頼関係と相手を裏切ることさえできる遊びごころの両方があり、寛容なグループになったのではないかなと思いました。

小劇場の役者さんたちとインプロをやるようになって、わたしの「インプロ」への考え方がちょっとづつ変わってきています。

今までは「舶来のインプロ」でした。
それが、現代の演劇界で勝負をしている俳優さんたちとご一緒し、現代の日本のお客さんを目の前に公演をすることで、「現代日本のインプロ」に変容してきているようなのです。

たとえば、
キース・ジョンストンからインプロを習った人たちは、「相手を輝かせる」ことの大事さを知っています。
そして、これは素晴らしい考え方です。自分勝手にならないで、相手を大事にする。リスペクトする。

ただ気をつけなくてはならないのは、「相手を輝かせる」ということは、自分がプレーヤーとして、俳優として、キャラクターとして、曖昧な存在でいていいということではないということ。ともすると、相手のことばかりを考えて、自分が俳優としてキャラクターとして舞台に存在できていないことが多々あるのです。それではつまらない。

これは、日本だけではなく、海外でもよく起こっていることで、たいがい、キースが言う一字一句を守ろう(守らなくてはならない?)とする信者のようなプレーヤーたちが陥っているようです。

キース・ジョンストンが「相手を輝かせる」といったのは、(おそらく)、「自分が自分が!」という気持ちが強いカナダ・アメリカのプレーヤーの姿を見て、それを問題だと思い、それを解決するために言ったことであり、また演劇というよりはエデュケーションとして、人間として、「相手を輝かせることに注意を向けるべきではないか」という、ノーベル平和賞レベルの願いからではないかなぁ~と思うのです。

ですから、もともと相手に気を使うことに敏感な日本人に対して、言葉じりだけをとって、「相手を輝かせよう」ということばかりに意識を向けてしまうと、ちょっと違ったことになっちゃうんじゃないだろうかしら。

「自分が何をしたいのか良くわからない。」
「相手のことは目につくけれど、自分のことはよくわからない」

そういう人のほうが多い日本では、「相手を輝かせる」ことは実は得意で、それよりも「自分を輝かせる」力が足りないんじゃないかな。。。。

そんなことを感じました。


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