My Photo
無料ブログはココログ

« オペラを映画館で。 | Main | 「12月」ーどの言葉を付け加えますか? »

November 29, 2010

アートのもつ、さまざまな側面。

最近、東京の演劇制作の方とお話しをしていて、
最近の小劇場の俳優の動き方がずいぶん変わったと聞きました。

インプロだけではありませんが、近日の日本演劇はさっきまで観客席で見ていた人が、
いつの間にか舞台で演じているということが身近なものとなっています。
つまり、ネコも杓子も舞台に上がる時代なのだそう。。。

う~ん、
こういう表現だとネガティブに聞こえてしまいますね、、。(苦笑)
ネガティブな意味だけではなく、誰でも彼でも舞台に上がれてしまうようになったのです。

これは、人々が表現の場を持ったという意味ではいいことだし、
そのために弊害があるのならば、あまりありがたくないこととなります。

さて、どうして、このような変化が起こっているのでしょうか。
演劇はその社会を映す水鏡のようなもの。つまり、社会自体が「表現を見る」ことだけではなく、
「表現をすること」を必要としているのではないかと感じています。

アーティストであり医学概論を研究している井上リサさんは、「アート×セラピー潮流」(フィルムアート社)の中で、現代人の表現活動について、このように述べています。

「先進国」では、情報のインプットがものすごく多くて、
人々は情報過多になってバランスを失っています。
芸術かどうかは別にして、アウトプットするための表現を、多くの人は求めているのではないでしょうか。

また、アートセラピストのマーガレット・ナウムブルクは
「個々人は、美術教育の経験の有無にかかわらず、
内面的葛藤を視覚の形に投影する潜在能力をもっている」と述べています。

つまり、人間は生まれながら、自分の心に起こっていることを「表現」するという能力を持っているのではないかということです。

このような潜在意識、自分では自覚できないけれど無意識に沸き起こってくる衝動の高まりが、
現在の演劇やインプロを引導しているように思います。

わたしは、最近のインプロには2つの側面があると考えています。
ひとつは純粋な演劇としてのインプロ。演じる俳優がいて、それを見る観客がいる関係。

もうひとつはインプロを応用するインプロ。応用インプロ。
これは、インプロをツールとして、自分のために使うもの。
自分の内面と自分をつなげる関係づくりのための、自分のための表現。

たとえば、芸術としてのアートがあって、その一方、アート・セラピーがあります。
また「楽しみ」のための趣味としてのアートもあります。
それと似ていますね。

そしてインプロは台本を覚える必要がなく、基本トレーニングさえ行っていれば、それほど沢山のリハーサルをしなくても、すぐに舞台に乗せることができることでも使い勝手がいい媒体です。

このようにインプロは、この両方の意図として用いることができる、いわば使い勝手のいいアートフォームだということができると思います。

そしてこのインプロの登場によって、さらに観客と俳優の境目を自由に行き来できるようになったのです。

« オペラを映画館で。 | Main | 「12月」ーどの言葉を付け加えますか? »