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December 03, 2010

異質性・多様性に対する免疫のなさ。

日本人はどうして英語を学ぶのでしょう?

みなさんは、どうお考えですか?

授業のひとつだから。
国際言語だから。
海外旅行に行くときに便利だから。
かっこいいから。
なんとなく。

反面、英語なんてできなくても、日本に暮らしていれば困らないんじゃないの?
とお考えの方々もおられるかもしれません。

極論の方々は、「英語を共通語にしたほうがいい。日本語より大事。」という英語びいきの人たちから、「日本語が一番大事。外国人も日本に来たら日本語を話すべきだ。」という日本語絶対いちばんという人たちも。

さてこの問いに、ものすごく深く答えてくれる本を見つけました。

名古屋外国語大学教授の大谷泰照さん著「日本人にとて英語とは何か」(大修館書店)です。

サブタイトルに「文化理解のあり方を問う」とあるように、「日本語がいい」「英語がいい」という2者択一の問題だけではなく、言語を通して異文化を理解するための道標を語っています。

さて大谷さんは、本著の中で、日本人がなぜ英語を学ぶ必要があるのかという問いへの答えのひとつとして、多様な人間同士が相手の立場に立って考えるために大事なのだといいます。

それは、協調性という点では、考えもしないで全員が右を向いていたら右を向く性格と同時に、隣の人にあまり興味をもたない、つながりもたない閉鎖的な性格が両方極端に出る独特の性質をもっている日本人への、とても大事なメッセージだと感じました。

とても考えさせられたところを引用します。

「人はみな違う」ことを、小さい頃からたたき込まれて育つアメリカ人などに比べると、日本人の最大の弱点のひとつは、なんといっても異質性・多様性に対する免疫のなさであり。そのためか、何の前提もなく「世界はひとつ」「同じ人間同士」といったことばを、およそ日本人ほど簡単に口にする国民もめずらしいのではないか。しかし、その異質性や多様性を厳しく見据える姿勢を抜きにしては、本来、人間同士の相互理解も一体感も生まれようがないはずである。

たしかに、海外に行くと、自分の「無知さ」を痛感します。
海外旅行に行っても、その国のことについてろくに知らない。
若い頃は、知ろうともしませんでした。自分が自分的に刺激を楽しむことだけに夢中になっていたような気がします。それは、新しいおもちゃを与えられた子どもと何ら変わらないレベルで。

海外の人たちと仕事をしたり、友情がうまれて長くお付き合いしていくと、自分との共通点に驚き、異質な点に呆然となります。そういう体験を通して、相手に対してさらに理解したいという気持ちと、「違いを認めることは、そう甘っちょろいことじゃない。そんなに簡単なことじゃない。」とその難しさを痛感するようになりました。

そして、だからこそ、「もっと知りたい。」と思うように。

この本を通して、異文化理解のために、異文化の言語を知る・理解することはとても有効なことだと分かりました。

そして、よく考えてみると、言語というのは脳を通して、五感を通して、身体を通して発せられるものですので、とても感情的だし肉体的だし人間的な行為そのものなんですよね。

だから言語を学ぶということは、頭でっかちになりがちな「知的理解」ではぜんぜん無く、血や肉を伴うもっと「身体的」な行為だと思います。

英語は日本語とはとても違う言葉なので、それを学ぶことには大きな意義があります。
それ以外にも、とても違う言葉を学ぶことは、異文化理解への一歩かも。

フランス語、ドイツ語、オランダ語、フィンランド語(ものすごく難しいらしいですよ~)、アイヌ語、マオリ語。

人生はそんなに長くないけれど、できたら、もう一つ二つの言語を勉強したいな。。

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