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January 05, 2011

身体的な知を求めてー即興劇を科学的に観る。

清水博著「生命知としての場の論理」(中公新書)を改めて読み直しています。

清水先生は、「生命システム」を、一時停止ができな、常に今の瞬間の判断と決断を迫られることを「即興劇」にたとえて解説されておられ、民族国家が平和を保つための原理(=多くの人間の多様な働きをベースにした秩序を創出する原理)はこの「即興劇モデル」を介して成り立つ」というようなことを述べられています。
(解釈が間違っていたらごめんなさい!)

これは、なぜ現在インプロが教育分野で注目されているかを科学的観点から述べていることにもなります。

またこの本で興味深いのは、インプロバイザーが通常つかう「波長を合わせる」スキルを、「創造のコヒーレンス性」という言葉で述べておられるところ。コヒーレンスとは「同調する」という意味で、複数の役者がどのくらい同調し関係し合っているか、時間を共有しているかが大事であるということ。また、深い創造の世界に入るためには、創出ルールの働きが必要であり、そのためには自己中心的領域から離れること、大胆に言うと、「自分を思い切って捨てる」ことが大事なのだとおっしゃっています。

これは私たちインプロバイザーがトレーニングする「波長を合わせる」ということと共通した考え方です。これはカウンセラーなどのお仕事の方々にも必要なスキルとして捉えられています。インプロバイザーの場合、このセンスは必須のものだと私は思いますが、観察していると、このセンスが優れている人のコヒーレンスは外側から見ることができません。絶妙に隠されています。この能力があまり無い人たちからは、その能力が見えない。だから、一部の人たちだけに見えて、一部の人たちだけが使っているというような、なんだかSPのような感じです~苦笑。

付け加えて、「波長を合わせる」というのは、「意見を同じにする」とか「相手の気持ちを慮る」とか「相手の気持ちを察する」とかとは別の位相に存在するものであり、後者が知的に相手を理解しようとする頭脳的働きとすると、前者はもっと感覚的であり、呼吸であり、身体的働きだとわたしは考えます。(清水先生は「身体的な知」とおっしゃっています)

さて、清水先生によると、柳生新陰流と即興演劇には共通点がたくさんあるとおっしゃいます。わたしは空手を習っていたときに(過去形にしたくないのですが、現在ほとんど通えていないのです。)、即興劇との共通点をたくさん感じました。また座禅を組んでいるときにも同じように共通点を感じます。

まぁ、私の場合は、清水先生の足元にも及ばない論理ですが、、、(涙)。。。

実物の清水先生は、とても爽やかでフレンドリーで謙虚で、ステキな先生です。

今年こそは、一度、わたしたちの即興劇を観に来ていただきたいなぁ~と思っています。


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