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November 11, 2011

どのページで「表現」を考えるのか。

剣術家の甲野善紀さんのツィッターを読んでいて、剣術も芸術も求め行き着くところは同じではないかと思うことがあります。

今日は、11月1日に亡くなった木彫彩漆工芸職人;渡部誠一翁についてツィッターされていました。
渡部翁がおしゃった言葉が、とても興味深いので、それについて書いてみたいと思います。

渡部翁は作家にとって一番大切なことについて、以下のように語っておられるそうです。
”作家にとって一番大切なことは、「いい作品を作ること」ではありません。もっとも大切なのは、「生きること」です。日々をいかに生きているかということと創作活動とは、まったくひとつのことであり、切り離すことはできないのです。”

確かにこれは素晴らしい/道理の分かる発言です。ただ渡部翁のすごいところは、その語の切り返しです。
”だからといって、「作品を見れば作家がわかる」などとは、おっしゃらないでください。私は、私を表現するために作品を作っているわけではありません。私は、美を追求している者です。自分を知っていただきたくて作品を作っているわけではありません。”

つまり芸術とは、「いい」か「悪いか」というページでの話しではない。そこは作家自身が人生がかかっているほどのページの話しである。しかし、その真の目的は、作家自身を超えたところにあり、それは「人間」を超越した「美」というものを目指しているのだ、(そういうページ上の話しなのだ)ということだと私は解釈しました。

この話しを聞いて、わたしは自分の活動にひき付けて考えてみました。
自分のツィッターにも書いたのですが、わたしが、一般人(演劇のトレーニングを受けていない人)の表現を魅力的で面白いと感じるのは、それが「本人を表現しているから」ではなく、「そこに人間の魅力の本質があるから」だろう。ということ。

つまり、それは「素人さんか/プロフェッショナルか」というページではなく、「人間を表現する/しない」というページの価値観である。しかしその真の目的は「人間」を超えたところにある「美」(私的には本質的魅力=美)を追究したいし、それを観客(それもまた人間)と分かち合いたいということなのだ。ということです。

そして、そこを自分で理解しておかないと、なにを企画し、どう活動していくかという「自分の行動」がずれてしまうなということ。

これを徹底的に見つめていかないと、自分の考えていることと行動にずれが生じてしまうだなぁ〜。

これは今後の活動のひとつの光かも。と感じております。まだわりかし漠然とした光ですが。

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