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January 06, 2012

メルマガ没原稿

以下、実は「メルマガ」で掲載される予定の原稿だったのですが、「あまりに間抜けすぎて、、」ということでボツとなりました。だからという事ではないのですが、このブログにのせておきたいと思います。

*******************
さて本番3日目を観られなかったスタッフの小里が、私のツィートを読んで、
「もう少し具体的に書いて欲しい」と言われた。

そのツィートとは以下。
「昨日の千秋楽は、今までに無かった手法をあみ出した。
それはエンディングが上手くいかなかったことから編み出された。
観た人しか分からないけれど、それは「こういう終り方も成立する」というものだった。」

インプロをやっていると「ここで終れる!」というところが、いつかやってくる。アメリカのロングフォームは「え、こんなところで終り?」というところで照明が暗くなるが、これは時間が決められており、照明さんは内容をほとんど無視して、時間がきたら照明を暗くして、お芝居を終らせてしまうから。アメリカのお客さんはそれでも満足げだけれど、「日本のお客さんだったら納得しないだろうな〜」といつも感じていた。

終るためには、何かしらの「結末」が欲しい。それが「To be continue」であっても。

さて。最後のロングフォームは、終りに近づいていた。
時間的にもそろそろ終りにしなくてはならない長さだった。劇場を借りている時間もあるし、お客さんを家に帰してあげなくては。

しかし、この日のショーは、終りがなかなか見つからなかった。
私はどちらかというと自分からエンディングを作りにいくタイプ。お客さんの理解度を意識しながら、最後を創るためにオファーする。

この日。パフォーマーの数人は「そろそろ終りだな」と思っていたし、数人は終りにすることについて気がついていないようだった。
私たちは舞台上で相談することができないので、こうやって意思がずれることも多々ある。けれど「ずれることだってある」と重々承知で一緒に舞台を創るのです。

「ここで終れる!」と思った瞬間が何度かあった。
しかし、それに気がつかないパフォーマーが新たなシーンを始めてしまった。
そこでシーンが延びて、キャラクター的に私が舞台に登場しなくてはならなくなった。私は共演者の今井さんという男性と手をつないでグルグル回りながら、舞台上で終りを探していた。

そのとき、「ふぅ〜」っと、まるでため息のように、静かに照明が暗くなった。
シーンの脈絡やリズムとまったく関係なく。

この暗転はあまりに唐突だった
「これでは終れない!」と瞬間に思った。
そして、今までの経験がよみがえってきた。

「これでは終れない!」と思った時、2つの道がある。
1)照明の決断にイエスアンドして、終らす。
2)自分の直観にイエスアンドして、そのまま続ける。

経験上、私の直感が正しいことが多かった。
照明さんのアイデアにイエスアンドすると、お客さんから「最後がいまいちだったね」と言れることが多かった。自分的にも「あ〜やっぱり妥協しないでやり抜けば良かった。もう少しいい終りを創れてお客さんが感動してくれたのではないか」と後悔してしまうんだ。

そう思って、この時も自分の直観を信じることにした。
暗転の中、芝居を続けた。
照明さんが、私たちに気がついて照明をつけた。
私たちは芝居を続けた。しかしこれは「終るため」にである。
これ以上新しいシーンをはじめたりすることなく、もう終らなくては。なのだ。
しかし、完全にパフォーマーたちが混乱している。
自分達は終りだと思ったのに、まだ舞台では絹川と今井がぐるぐる回っているのだから、それも仕方ないのだけれど。

私は、舞台そでにいるパフォーマーを全員引っ張ってきた。
みんな驚いていたけれどついてきてくれた。全員で長い列になった。

どう考えても、終らせなくてはならない。
それなのに全員が、ただ混乱のまま手をつないで列を創っている。
誰もオファーができない状態。

完全に間抜けだ。。。

私は、お客さんに向かって、まるでクレイジーキャッツの「あれ、お呼びでない?」みたいなニュアンスでこう言った。

「え〜っと、終りです〜。てへへへ。」と言った。

どう考えても間抜けな台詞だ。っていうか台詞でもない。
これは俳優としての絹川さんの言葉、キャラクターじゃなくて。まったく文脈からはずれている(冷や汗)

お客さんのブーイングを一瞬想像したけれど、意外なリアクションが返ってきた。ものすごい拍手が起こったのだ。
お客さんは「この人たちはどうやってこれを終らせるんだろう」と心配してくれていた。安堵の拍手だった。

そして私たちは、手をつなぎ列のまま挨拶をした。
「ありがとうございました〜」
照明はそのまま暗転になり、ようやく「終らせる」ことができた。

客観的に観て、かなり不思議な空間だったのではと思った。
文脈的にはすでに「終っていた」のにも関らず、「終れない」ことが舞台上にしばらく残っていた。これは「非日常」でもあり、また「日常」でもある。その2つのレイヤーが方向を失って、行ったり来たりしていたのである。

さて終りに近づいて、これが「新しいエンディングの手法」だったかどうか不安になってきました。それから、皆さんにどのくらい伝ったのかどうかも。

しかし、ここでも直観に従いたいと思います。
「終り」が延びる前に、、、。

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