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July 08, 2012

自分の「居場所」について

自分の「居場所」について、いつも考えています。
これは物理的な空間としてもそうですが、概念的な空間としての「居場所」についてもそうです。

わたしは小さな子どもの頃、母の精神的な問題のために、親戚の家に預けられていました。久々に向かえにきた父のことを、すっかり忘れていたそうです。10代のころ家が火事になり、一時家族がバラバラになりました。
20代のころ、なかなか「集団」というものになじめず、いつも居心地が悪かった記憶があります。
自分らしくない。でも自分らしくいることができない。自分らしくいたいのに、その自分を出すことができない。これは30代中盤まで続きました。最終的には自分で自分の「居場所らしきもの」としてインプロワークスを立ち上げました。その後、インプロや、国際的な体験や、私を受け入れてくれた夫やその家族や友達や、いろいろな出会いから、わたしは「概念的な居場所」を見いだせるようになったのです。

それでもまだ、わたしは自分が「根無し草」のような気がしてなりません。
自分が自分らしくいられる「場」。それを創っていくこと。それをさらに突き詰めたい気持ちが強くあります。

さて、以下、そんな「場」について考えてつぶやいたツィッターの言葉たちです。
詳しく書く事はできないのですが、私の周囲でいろいろあって、わたし自身はすでに自立してサバイバルしていける体力や精神力がある程度あると思っています。でもわたしの後輩たちが、わたしのせいで苦しい思いをしているのならば、それはどうにかしたい。でも逆に、わたしが出ていってしまうことでのマイナスもあるはず。
といったジレンマから、曲線的につぶやいてみました。要するに「好きなように生きていいんだよぉ〜」ってこと。その強さを持って欲しいってこと。

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わたしがインプロを教えた全ての人を後輩と呼ぶならば、後輩には幸せになってほしい。
できるならば、つらい惨めな気持ちは味わって欲しくない。
でも私のせいで、そうなってたらごめんね。

同時に今の「場」だけが「居場所」だとは限らないことをお忘れなく。
もっとあるかも。自分の居場所と可能性

たとえば。

鳥は「移動」するのが当たり前。
移動しない鳥のほうが珍しい。

ホントウは、そう「移動」とか「変化」とか。そういうい物のほうが、ずっと普遍的なものと繋がっているように思える。

だから広げていいのだと思う。
動いていいのだと思う。
決して留まらず。

「逃げる」という言葉は「負け的敗北感」がつきまとうけど、
もしかしたら「野性的直感にもとずく生存本能的アクション」なのでは?

陸に住んでる魚は海へ、
筆箱に入っている歯ブラシは洗面所へ、
日本に住んでいるパスタはヨーロパへ。

自分の居場所はきっとある!

そして「居場所」が見つかると、ようやく「創作」を始めることができる。

それまでは、どんなに「創作」しても、しょせん「居場所探し」。

物理的なことだけじゃなく、精神的にも。

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