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June 02, 2013

インプロをやっている人たち(自分をふくめ)

一つ異論を言うとしたら、インプロをやっている人たちは 即興そのものに挑戦するのではなく、即興を使って即興には見えないよね〜と言われるものを創ろうとしてする傾向があること。

日本だけじゃなくて、国際的に見てもそう。

それは「既製品」になろうとしていることじゃないかな。

即興を上手くやるためのすべばかりを磨く傾向がある。国際的にも今はそのレベル。

インプロ(即興演劇)には「イエスアンド」という考え方があります。

私の解釈だと「相手のアイデアを否定せずに受け取ることで、自らが触発され、創造に向かう」というピースフルでラブリーな考え方です。 しかし、へそ曲がりのメタな私がつぶやきます。 「それだけでいいの?」

どんな異物も内包し、新しいものを創りだす「イエスアンド」の考え方は、本来ものすご〜くタフでチャレンジングな考え方のはずです。

しかし日本では(単なる主観ですが)、それが「自分が肯定されるための安全装置」として、「失った自己肯定感を取り戻すためのリハビリテーション」として使われることも少なくない。

それ自体はまったく悪いと思いませんが、弊害は、この安全装置が作動するためには「相手からのパーミッション」が必要で、極端になると「相手に頼る」はめに陥るということ。相手の顔色を見て、そこからしか創れないことになる。

自分への戒めとしてそうではないことをやりたいと思ってキャスティングしました。

「ひとり」で生きていける強さがあり「今」を飾り立てず、ありのまま表現できる。「できあい」を拒み「時間そのもの」をキャプチャーでき、偶然を必然にクリエートできる者。「本音を言える強さ」があるパフォーマー。


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