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September 29, 2013

明日からベルリンです(実感が湧かないなぁ〜)。

明日からベルリンです(実感が湧かないなぁ〜)。

応用インプロの国際コンフェランスに参加するのがメイン。
詳細は以下。

それから、ドイツのグループと打ち合わせもします〜。
ドイツ人ウルフガングのカンパニーは、国際的な企業を対象にインプロを用いた研修をしていて、わたしもたま〜に駆り出されるのですが、その活動が今後ますます活発になりそうだそうで、それについての打ち合わせをします。メンバーは、ドイツ人、ロシア人、ベルギー人、イタリア人、日本人です。

それにしても、実はぜんぜん準備できてなくて、プログラムの内容とか、会場やホテルの場所とか、ぜんぜん分かっていませ〜ん(冷や汗)。空港からホテルまで、どうやって行ったらいいんだろ〜。。。
今回はホステルとかではなくて、香港在住のアメリカ人インプロバイザーと、スタジオをシェアーする予定です。それも楽しみ!

前回のサンフランシスコでのコンフェランスは参加するだけで満腹でしたが、今回はできるだけ、日本の皆さんにも説明できるように、しっかり記録をとってきます。がんばります。これから荷造りです。

茨城大学で2日間「教育と臨床にいかすインプロヴィゼーション」講座

茨城大学で行った2日間「教育と臨床にいかすインプロヴィゼーション」講座が終了しました。

この企画はもう7年目。

茨城大学の正保先生と絹川のコラボレーション。
毎回、「どんなことをやろうか?」「何が大事なんだろうか?」をたくさん話して、できるだけ充実した内容を心がけています。

<今回こだわったのは「質」>
たとえばミラーエクササイズを行うとき、ただ「楽しい」だけではなく、心の底から「コネクト」を感じているか。「ゲームのルールを行う」のではなく、「楽しんで」いるか。「楽しみ」を「わかちあえて」いるか。ベクトルが「自分」にあるのではなく、外側の「相手」や「空間」や「時間」にあり、それと「ブレンド」しながら、「ダンス」しながら、それを味わえているか。そうなるためには、どうしたらいいか?

今回は、わたしができるだけデモンストレーションを行い、わたしと相手役がどのように「変化」していくかというところを、見ることで理解していくことも大事にしていきました。
(この構造については、もっとシンプルに説明できるようになるといいなと思っています。)

また、わたしが感じた参加者のみなさんの問題点について、くどいぐらいメッセージをこめました。

<「間違えたくない」という気持ち>
見ていると「間違えたくない」という気持ちが強い人がいます。
日本では本当にしばしば見かけます。

まるで「間違えた」という言葉の意味が「いけないこと/悪いこと/恥ずかしいこと」とぴったりとくっついているようなのです。「間違えた」という状態が「いけないことをした」という気持ちに直結しているので、ちょっと間違うと、ものすごくネガティブな気持ちになってしまいます。反省してしまいます。

常に自分をチェックして「間違えないように」と振る舞うと、その緊張感にしばられてしまい、楽しむというレベルに到達できません。「間違えないように」という気持ちの先には「できた/できなかった」しかないのです。「挑戦しよう」とか「工夫しよう」とか「発見しよう」とか「創り上げよう」といった態度にはなれません。

「間違えてはいけない」という方向性よりも、「楽しむ」「好奇心をもつ」「相手と楽しい時間をつくろうとしてみる」という方向の働きがけのほうが、ずっと建設的。つまり「自分への検閲を緩めて、自分を楽にしてあげて、むしろ相手に意識をむける」という意識の働きがけです。このほうが最終的に、自分を忘れ、楽に、相手とシェアーすることができる体験をすることができるのです。

冷静に考えてみれば、たとえば科学者たちの数々の発見は「間違い」から生まれました。ペニシリンだって、ミラーニューロンだって、そうです。つまり「間違えた」ことがあったら、「新しい発見かもしれない」という気持ちを直行的に感じることだってできるはずなのです。

自分が自分に作り出した「呪縛」を解き放つ。
これが価値観の大転換にとても必要なことだと考えます。

またこの問題に対して「がんばらない」という言葉を使う方々もおられますが、わたしはあまり好きではありません。なぜなら「〜しない」という言葉自体が、すでにネガティブさを含んでいるからです。
それよりは「間違ってもいいよ〜」とか「楽しもう〜!」とか「心を揺り動かしてみよう」とか「緩めよう」とか「寄り添おう」とか「ささやこう」とか「分かち合おう」とか、そういう肯定的な言葉のほうが、人間の無意識的に働きかけてくれるような気がするからです。

さて最後には、「違和感をストレスなしに受け入れて、そこから新たな自分を発見する」エクササイズを行いました。

ここでは、「あるマテリアル」を多様に使いました。これについては、ここでは詳しく書きません。一緒にやった人たちだけの記憶にとどめておくことにしましょう。なぜなら、このエクササイズたちには、かなり深い構造が潜んでいるように感じるのです。ですので、簡単に出してしまわないで、私の研究がある程度すすんで、ちゃんと自分の言葉で書けるようになってから発表していきたいと思います。

大学院生になるのは来年4月からなのですが、すでに論文を読んだり、学会に参加したり、教授たちのお話を伺ったり、ゼミに参加するようになってから、わたしの「物の見方」や「理解の仕方」がずいぶん変化してきているのを感じます。具体的に説明するのは難しいのですが、今まで「漠然」と感じていたことを、前よりは少しですが説明できそうな気がします。

もちろん、まだまだ、まだまだ。
でも自分としては、この自分の変化を「おおお〜っ」と驚きながら楽しんでいる最中です。

さて。
茨城大学の「教育と臨床にいかすインプロヴィゼーション」講座は、来年も実施する予定です。

興味のおありになる近隣の方は、お気軽にご参加いただけると嬉しいです。

September 27, 2013

東大、文春、ぱぶりっく。

今日は朝から東大で仕事、お昼は文芸春秋で打ち合わせ、夜は世田谷パブリックシアターで「少年院での演劇実践」のレクチャーを聞きにいきま〜す!

September 26, 2013

ユニークな企業研修じゃない企業ワークショップ。

今日は大手企業Sさまと打ち合わせ。来月から始まる企業ワークショップについて。

このワークショップはとてもユニークで、一般的な企業研修とは違います。
5年目の社員の方々中心で企画して、入社1年目〜4年目の方々が参加するのが通例で、
テーマも「会社を知る/自己実現」など、大きなテーマを扱います。
今年は、光栄ながら、インプロワークスにご依頼いただきました。
しかも、「研修っぽくないようにしてください」というリクエスト。

通常の企業研修ですと、「効果を出す」「意味をちゃんと説明する」「日常の仕事と直結するもの」という点に重要性がおかれておりますので、それを考慮にいれてプログラムをつくっていきます。

正直に申しますと、インプロや演劇を用いたワークショップは、「成果を出すためには、長い時間が必要」で、「効果」といっても「目に見えない効果」なので、そんなにちゃんと「目に見える効果」を出しにくいものであり、本当なら「意味」をこちらから説明しないで、「みんなで見つけていく」ことを大事にしていきたいのです。つまり、企業研修で求められるものと逆のことを大事にしています。ですので企業研修の依頼を受けると、とても苦労して、内容を考えます。

今回は、むしろ、私たちが大事にしている点を大いに体験していただいていいということですので、本領発揮でございます!もう、たくさんたくさん担当の方々とお話をさせていただき、可能性を試していきたいと思っています。

こういう企業さまもあるのかと思うと、日本もまだまだまんざらではありません。

September 25, 2013

青山学院大学の授業。

昨日は青山学院大学院で「インプロ(即興演劇)」の授業を行いました。

インプロの歴史、現在の状況、国際的な活動展開の様子、応用インプロについて、様々な角度から。海外で行われている最先端パフォーマンス、完全即興のビデオ、コメディア・デラルテのビデオなども観ていただきました。その後ワーク。オファーとアクセプト。生徒さんのモチベーションが高く、がしがし質問が出ていい感じ!こちらの「秘伝」をガンガンお伝えス。

指導方法などを知りたい方々もおられるので、次回はがっつりエクササイズとプログラムについて。

September 24, 2013

玉川大学の授業開始〜!

今日から、玉川大学での授業が開始しました〜!

わたしの担当は「演技基礎B」。

入学したての頃とはずいぷん変わって、元気な大人になっている姿に嬉しくなります。
前期は「まだ入学したてだから」ということで、優しく優しくやっていましたが、これからは、ただ優しいだけではなく、「もっとできるよね!」というエールを込めて、時には厳しくもやっていきたいなと思っています。

それが、彼らに「ホンキで関わる」ことであり、彼らへの「リスペクト」であります。

エンカレッジするけれど、セラピーじゃない。

もっとクリエイティブな環境を作っていきたいと思います。

September 23, 2013

読書会。

今日は東大の研究室での「読書会」でした。

初めて「読書会をします」と聞いたとき、「どんな小説を読むのかな。村上春樹だといいな〜」などと思っていました。

オークランドでは、「Reading Group」という仲間内の集まりを行っていて、そこでは「小説の古典を読む」というテーマで、源氏物語とかダンテの神曲とかディケンズとかを読んでいます。ですので、それと同じようなイメージを持ったわけです。

しかし、ここは東大の研究室〜!
「読書会」=「論文を読む」ということでした(冷や汗)。
しかも、選ばれた4編は、すべて英語。最新の論文です。ふぁ〜っつ!!(激汗)

しかも参加者は、うちの研究室メンバーだけではなく、芸大の先生や学生さん、埼玉大学から先生や学生さん、他の東大の学生さんたちもご参加されるとのこと。どきどき〜!

必死に読みました。。。前日に。。。遅いぞ〜!。。。一夜漬けでござんす。。。

内容理解はかなり曖昧のまま、ドキドキの参加でした。

結局、それぞれの論文の担当者がレジュメをかなり詳しく作成して、それを読んで議論するということになりました。(つまり、原文を読んでなくても、まぁどうにか参加できるということ、、いや、でも、やはり、ちゃんと、読んで行かないといけないですよね〜自分叱咤激励)

創造性や教授法についての論文でしたので、わたしもちょっとだけ発言したりして、いろいろ面白いものでした。しかも、ほどよい程度に「理解できない〜!!!!』部分もあり、これからもっと勉強してかなくてはいけない=勉強の余地あり!を感じられたことは、もしかしたらかなり素っ頓狂でノンシャランな考え方かもしれませんが、これからの励みになると思います。

読書会のあとは「ワイン会!」
ここからは無礼講。ふふふ。先生がワイン&シャンパンを大量に提供してくださり、みんなで料理もちより、わたしはニュージーランドからシャルドネとメルローと家庭用チーズ1キロを持参。

普段はなかなかできない「ぶっちゃけトーク」を繰り広げたのでした。

いやぁ〜楽しかったです〜。


September 17, 2013

【自分への備忘録】ファシリテーターの創造性。じゃあ、あんたは一体なんなんだ?

ワークショップをファシリテートする立場として、今日のワークショップは(自分的には)ひじょ〜に新しいものでした。コーチングでいう「レベル1,2,3」の概念を持ち込み、「ジブリッシュ」を使って、「考えだす」のではなく「オーガニックに溢れ出す」発想の感覚をつかむことがテーマでした。

(裏話をすると、事前に考えていたテーマ&内容は「柔軟性を養う」で「最終的にペーパーズをやる」でした。しかしウォーミングアップの時に皆のリクエストを聞いて分かったことは、私が用意していたものは「まったくそぐわない」ということ。そこで思い切って、すべてを「即興」で、しかも→ここが大事→「クリエイティブに」進めてみることに挑戦したのです)

さて通常ワークショップの内容は、事前にプランを立てておくものだと考えられがちです。参加者やワークの主催者側から「何をやるのですか?」と事前に聞かれることもあるし、集客のこともありますし、「テーマとか内容とかは予め決めておくこと」がコモンセンスになっています。これはワークショップそのもののためというより、むしろそれを「社会という現場で成り立たせる」ために必要なのではないかと私は考えます。

とくに初心者のファシリテーターには(別の意味で)プランは必要です。「次になにやろうか?」と考えるあまり固まってしまい、参加者のみなさんを不安にさせるのはよくありません。不安な顔を見せてしまったら、場も人も不安になります。(ワークの場は「安心」の場であることが大事だから)それに大事な時間を止めることはできません。だからプランは必要。ただし、これはあくまでも「防火対策」であり、「補助輪」であり、「日よけ対策」であり、「転ばぬ先の杖」です。

自分のプランにしばられ過ぎることによる弊害は、参加者を含めた「現状」を見逃してしまうこと。「現状」に必要なことを見逃したり、無視したりして、自分のプランを押し通そうすると「合わない入れ歯」と同じで、参加者にとって苦痛な時間となります。(入れ歯はしてないけど、想像すると、おそらくそうです)逆に「今必要なこと」を勇気を出してやってみると「醤油にマヨネーズ」「オレンジジュースにシャンベン」「チーズに海苔」。「あんがい行けるじゃん!」となることも多いです。

さて、経験をつんでファシリテーターも中級になると、現場の状態を見ながら、どんどん変えることができるようになります。こうなるとファシリテートする側も参加する側も、ワークショップの「場」も、クリエイティブになっていきます。考えてみると、「誰かが考えたルールを守る/うまくできるようになる」というレベルでは、結局「やらされている」だけで、自分のクリエイティビティは発揮されたことにはなりません。それでは「車の運転を習う」のと大差はない。のかも。

さて、今回はもっと大胆なファシリテートに挑戦してみました。プランを全く立てないで「参加者の状態から、次の展開を”創造”」していったのです。

想像するだけでもスリリング〜。

どんな流れだったかを簡単にご説明しましょう。ウォーミングアップの段階で、かなり面白いことになっていたのですが、それは割愛して、エクササイズの部分の話しをします。以下。

いつもの「ジブリッシュサークル」からスタート。それ以降は、皆さんの中に「その時に起こったこと」をさらに広げ深めるためのエクササイズを「その場で」つくり、試しました。そこから「みんなで見つけた面白さや問題点」をさらに広げ深めるために、新しいエクササイズを「その場」でつくり、試してみます。

誰かにならったエクササイズは一つもやらず、すべてのエクササイズは「その場」で産まれたもの。つまり、そのエクササイズは今まで誰もやったことがないし、ファシリとしては、一回も試したことのないエクササイズなわけです。それを参加者の方々に試してもらいました。

絹川「じゃあ、今度はこれを試してみて〜。3人出てきてくださ〜い。あ、やっぱり4人ぐらいいたほうがいいかも。4人出てきてくださ〜い。4人でシーンつくります〜。」

そのエクササイズが、「これをやると場が盛り上がる」的な「絶対うけるエクササイズ」なのかどうなのか、それはやってみないと分からないのです。もしかしたら、ぜ〜んぜん面白くないものかもしれません。それはやってみないと分からない。。。

さて、実際には、2時間30分のワークショップで、新しいエクササイズが5つできました。その中の1つは、かなり秀逸で、みんなで狂ったように笑いました。逆にある1つは、「逆に頭で考えることを促進してしまうね〜」という感想。皆でディスカッションする中で、今回のテーマにはそぐわないエクササイズだということを発見できました。しかし、違う文脈で利用できる可能性も大きく、裏側から「頭の使い方」について皆とシェアーできたのが「知の共有」として豊かでした。

つまり、このような作業には「よい/悪い」は無いのです。芸術の世界では、しごく全うな世界であります。

さて、このような「どうなるか分からない」ワークショップは、現実的には非常にリスクが高いです。ワークショップ主催側の立場だったら、決してやりたくない。だいたい集客できませんものね〜(苦笑)。しかも、「もしわたしがアイデアを思いつかず、新しいエクササイズを考えられなかったら、どうするのか?」という不安もあります。まぁ、これを疑った段階で思考がストップしそうです。

今回、このようなやり方を、なぜ試すことができたのか?
それは、参加者の皆さんとの信頼関係だったと思います。長年同じメンバーでワークショップを続けていくことの良さが、ここにはありました。私を信頼してくださっている事を知っていますので、私も思い切った冒険をすることができたのです。

「目に見えないもの」「あるけど、ほとんど見逃してしまうこと」に気がつく面白さがありました。(あ、くれぐれも提言しておきますが、これは、神秘で、信仰宗教的で、ミステリアスで、マジックな世界観や意味ではありません!)私が興味があって、今述べているのは、「芸術や表現周辺にあること」についてです。

これらを、ファシリテーターだけが提案するのではなく、参加者の皆さんと一緒に見つけていくこと。これはただワークショップをプロバイドする。ワークショップを受ける。という関係を超えています。そして、とてもクリエイティブだと思います。

こういうワークショップがいつもできるとは限りませんが、じょじょに、どんなワークショップでも、このような手法、このような参加者との関わり方、このような立ち振る舞いができるようになると、もっと面白くなるなと思いました。

自分よりもっと偉い先生から教えてもらったことを(それは悪いことじゃないと思う)、いかにも「自分が考えた」ことのように話すことで(話すのはぜんぜん悪くない。でもそれは「あなた」が考えたことじゃないことも話していいのでは)、自分のステイタスを維持し(即興は開くこと。玉座から降りること)、「相手を変える」こと(即興演劇では、相手を変えようとする前に、自分が変われがモットー)を職業とするのではなくて、

「じゃ、あんたは一体どうなんだ?」と突っ込まれても、堂々といられる人間でいたいです。

つまり、ファシリテーターという立場も「創造的であるべき」だってこと。

わたしは、自分に、そういうテーマを突きつけて活動していきたいです。


September 15, 2013

前座修行で社会人としての「気配り」を身につける?

林家木久蔵師匠の落語とレクチャーを聞いた。

落語界は今だに厳しいヒエラルキーがあるそうで、前座さんは5年間無休で、朝8時30分から仕事をする。それは寄席の楽屋で1日50人もの師匠たちにお茶を出したりすること。1人3杯出すのが決まりらしく、1日150杯のお茶を出す。

また楽屋にはあえて灰皿やゴミ箱を置かず、師匠たちがタバコを口に加えたら、ティッシュで鼻をかんだら、絶妙なタイミングで、必要なものを「さっ」と出さなくてはならないそうだ。

 その中で彼らが何を学ぶかというと「気」を働かせることだという。
相手が何を求めているのかを即座に感じ取り行動に移す。この気づかいができないと、結局、高座にあがって落語をやったとしても、お客さんの求めていることを察することができないのだそう。

実に古くさい教育方法だし、今の若い人たちに受けるとは到底思えないけれども、教えることが最も難しい「目に見えない」ことを教えるためには、実はあんがい効率的な方法なのかもしれない。

 前座修行で挨拶や気配りを徹底的に身につけたら、仮に噺家さんになれなくとも、社会では十分通じる人材になるかもしれないなぁ〜。

 就職面接対策プロジェクトとして「前座修行体験」なんていうのはどうだろう?
噺家さんには失礼かもしれないけれど(苦笑)。

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