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March 16, 2009

「授業づくりネットワーク2009春」が開催されます。

わたしも時に関わらせていただいている特定非営利活動法人授業づくりネットワーク主催による「授業づくりネットワーク2009春」が開催されます。
今年のテーマは 「教師の学び-安定した授業・安心のある学級を」です。

もし興味のある方がおられたら、どうぞご参加くださいませ~!

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授業づくりネットワーク2009春
「教師の学び ― 安定した授業・安心のある学級を」


 授業づくりネットワークでは、今まで「授業成立の基礎技術」の成立を柱に活
動を重ねてきました。すでに4年が経過します。ほぼ成功を収めたと言ってもよ
いと自負しております。これからは、「教師教育」にさらに力を注ぎ、そこに焦
点を絞りたいと考えています。

 最近、若い先生方の採用が徐々に増えてきています。その若い先生方をも仲間
に入れて、新しいものを求めていこうと思っています。ベテランの先生方から若
い先生方と多くの文化を伝えながら、逆に若い先生方のフレッシュな考えを引き
出しながら、楽しい研究会を企画できればと多くのテーマを模索している研究会
が授業づくりネットワークです。

 今回の春の大会では、教師の学びにおいて、さらに詳しく言えば、教科書定番
教材やそれに対する学習方法への姿勢において、蓄積感に裏打ちされた安定した
気持ちで授業を構築でき、子どもたちと接していくことができればと考え、様々
なプログラムを用意いたしました。
 具体的には、「教科書定番教材で学ぶ言語活動」「授業の導入・つかみ型の工
夫」「ライフヒストリーからの学び」という三つの切り口から、授業・学級経営
に対する研究成果を求めていこうというものです。
 最後に、情報提供として、文部科学省初等中等教育局教育課程課長から、現代
の様々な問題を踏まえながら、現場の先生方の理解を広め、新学習指導要領が実
りあるものになるようにしていくために、できる限り具体的な講演をお願いする
予定です。

 すべての教師が日常的に学ぶために、さらに安定した授業を求めて、安定した
学級経営が模索できるように、21の講座を設定いたしました。この中から、3つ
を選びご参加ください。お待ちしております。


■日時 2009年3月29日(日) 10:00~17:30(受付は9:30~)

■会場 成蹊大学8号館
 http://www.seikei.ac.jp/university/
 東京都武蔵野市吉祥寺北町3-3-1
 〈アクセス〉
  JR中央線・総武線(東京メトロ東西線)・京王井の頭線吉祥寺駅下車
  ・吉祥寺駅北口バスのりば1・2番より関東バスで約5分成蹊学園前下車
  ・吉祥寺駅より徒歩約15分

10:00~10:20 全体企画「教師の学び-安定した授業・学級経営の模索」とは。

10:30~12:30 ワークショップ1 教科書定番教材で学ぶ言語活動

 教科書には定番教材があります。それを着実に授業にかけることができるとい
うのは、授業に対する安心感・安定感につながっていきます。その教材に対して、
新しい学習指導要領では、すべての教科について、「言語活動」という言葉が登
場しました。この言語力を身につけ、発表ができるように子どもたちを鍛えてい
くためのワークショップです。

 A 「小学校国語の文学教材に活用する群読」
             加藤 恭子氏(北海道・伊達市立東小学校)

 B 「中学校国語の文学教材に活用するミニワークショップ型授業」
             平山 雅一氏(北海道・三笠市立三笠中央中学校)

 C 「国語の説明文教材に活用する要点・要約・要旨学」
             白石 範孝氏(東京・筑波大学附属小学校)

 D 「国語の音声言語教材に活用する学習ゲーム」
             鈴木 啓司氏(千葉・市川市立曽谷小学校)

 E 「国語の作文教材に活用するライティング・ワークショップ
             池田 修氏(京都橘大学)

 F 「理科の実験教材に活用するミニネタ」
             真田 伸夫氏(山形・寒河江市立白岩小学校)

 G 「社会の歴史教材に活用するワークショップ型授業」
             松島 久美氏(山形・天童市第二中学校)


12:30~13:30 昼食休憩


13:30~14:30 授業の導入・つかみ型の工夫

 授業の最初の5分が勝負と考えています。その5分の間に、子どもたちの興味・
関心を取り上げたい内容に引きつけ、授業のメインの活動に引き込むポイントが
あるはずです。例えば、教師が教材に関する発問をして、それとくっつけて、そ
の後に子どもたちのアクティビィティを用意します。具体的には、ゲームであっ
たり、クイズであったり、パフォーマンスであったり、最近のICT型の授業スタ
イルであったりします。

 H 「教室の空気をあたためるなごみ・トーク系導入」
             田中 博司氏(東京・杉並区立杉並第九小学校)

 I 「落ち着いた雰囲気をつくるいやし系導入」
             米望 久美子氏(埼玉・さいたま市立与野八幡小学校)

 J 「学習主題に迫る授業目標系導入」
             星 彰氏(東京・調布市立調和小学校)

 K 「教室を盛り上げるパフォーマンス・いたずら系導入」
             田中 光夫氏(東京・羽村市立栄小学校)

 L 「子どもたちを注目させる小道具・ビジュアル系導入」
             中嶋 卓朗氏(宮城・仙台市立桜丘小学校)

 M 「頭の回転を高めるクイズ・ゲーム系導入」
             堀 多佳子氏(宮城・仙台市立小松島小学校)

 N 「楽きびしく鍛える脳トレ・トレーニング系導入」
             大谷 雅昭氏(群馬・藤岡市立藤岡第二小学校)


14:45~16:15 ライフヒストリ-からの学び

 一人ひとりの教師には他人には真似のできない、独特の授業スタイルがありま
す。しかしその教師の技術は共有されて始めて、すべての子どもたちの役に立ち、
一般化されて始めて、みんなのものとなります。ライフヒストリ-研究は、実
践家の先生方に、なぜそのような形の授業スタイルを取るのか、根掘り葉掘り
質問を行いながら、それを明らかにしていきたいコーナーです。

 O 「個人史としてのユーモア詩」   増田 修治氏(白梅学園大学)

 P 「個人史としてのICT活用教育」   阿部 隆幸氏(福島・本宮市立糠沢小学校)

 Q 「個人史としてのアドラー心理学」 赤坂 真二氏(上越教育大学教職大学院)

 R 「個人史としての群読授業」     高橋 俊三氏(前群馬大学)

 S 「個人史としての体験学習法」   甲斐崎 博史氏(東京・羽村市立栄小学校)

 T 「個人史としてのお笑い教育」   中村 健一氏(山口・岩国市立通津小学校)

 U 「個人史としてのミニネタ」    土作 彰氏(奈良・広陵町立広陵西小学校)


16:30~17:30 「新しい学習指導要領をどのように活用するのか」(講演)
 文部科学省 初等中等教育局 教育課程課長 高橋道和氏

 新しい学習指導要領の改訂のポイントの整理と、現場の先生方にどのように学習
指導要領を理解し、現場のなかで活用していってもらいたいと考えているのかにつ
いて、できる限り、わかりやすく解説してもらいます。


18:00~19:30 懇親会(希望者のみ)


【参加費】
 一般   4,000円
 会員   3,000円
 一般学生 2,000円
 会員学生 1,000円

【懇親会費】
 3,000円(希望者のみ)

●申し込み方法
 下記についてHP、Eメール、郵便、FAXでご連絡ください。
  (1)氏名
  (2)一般・会員・一般学生・会員学生の別
  (3)〒・住所
  (4)電話・FAX番号
  (5)Eメールアドレス
  (6)勤務先名
  (7)希望するワークショップ
    10:30~12:30 1(A~Gを選択):(  )
    13:30~14:30 2(H~Nを選択):(  )
    15:15~16:15 3(O~Uを選択):(  )
  (8)懇親会参加の有無
 *参加費、懇親会費は当日払いです。
 *当日受付も行いますが、希望する講座に参加できない場合もあ
  ります。(各講座の定員30名前後)
 *各講座の詳しい内容は次のアドレスをご覧ください。
  http://www.jugyo.jp/nw2009haru/
 *申し込み後、連絡が全くない場合はトラブルが予想されます。
  恐れ入りますが、再度ご連絡ください。

●申し込み先
 (HPの場合)
  http://www.jugyo.jp/nw2009haru/
 (Eメールの場合)
  nw2009haru@jugyo.jp
 (郵便・FAXの場合)
  〒162-0814 東京都新宿区新小川町6-12
         授業づくりネットワーク事務局
  TEL&FAX 03-3269-3715
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March 18, 2008

「どかどか、どんどん, がんがん、ぐりぐり」

教授から出されたテーマで、毎週1本台本を書いてます。
「台本」といっても、せいぜい10ページ弱ぐらいのもの。

1回目は「日常観察」がテーマ。
わたしが書いたのは「We Love Pig」。動物愛護運動をしている母をもつ少年と古着屋のねーちゃんの物語。

2回目は、ジャン・ジュネ「女中たち」。
わたしの台本は「No doubt about it」(「疑いの余地なし」)。
取調べ室とカウンセラールームで行われた事件についての一幕。

3回目は、世阿弥「敦盛」。
台本は「The Best day」。
離婚した夫婦が、春のお墓で出会う葛藤のストーリー。

今のところ、なんとか締め切りに間に合うように書き上げることができている。

これは、なによりも、インプロのおかげ。
なにしろ、わたしたちインプロバイザーは考える時間をかけないで「即座」に物語を紡いでいかなくてはならない。こういう訓練をたくさんしているから、「ぱっつ!」とひらめいたストーリーを台本という形にするのも、そんなに難しいことじゃない。

映画プロデューサーの夫としてみたら、これは驚異的なことみたいだ。
なにしろ、映画の脚本というものは、何ヶ月、何項と練り上げて創りあげていくものだから、
わたしみたいに、「ぱっぱ!」と台本を書いてしまうなんてことはありえない。

だいたい「ぱっぱ」と書いてすごく面白いときもあるけど、「ありきたりのソープドラマ」になってしまうこともある。

(今回の「The best day」は、実はメランコリックすぎて面白くない。思いきって違うものを書きたかったけど、期限は2日間。「これ、面白くないわ」と思ったときにはとき遅し。
もう締め切り直前だったのでした。。。)

逆に、熟考しすぎてひらめきを失った作品よりも、ひらめきで作成したもののほうが「面白いもの」ができることが多いって、イギリスのマイケル・グラットウェルというルポライターは書いていたっけ。

結局、方法はどっちでもいいと思う。
「どっちにしても、いいものならいいもの。面白くなけりゃ、面白くないもの。」なんだから。

これからのテーマとしては、オルビー、アイスキュロス、シェークスピア、ベケット、ブレヒトと、それこそ戯曲の王道が、「どかどか、どんどん」やってきます。

「がんがん、ぐりぐり」読んでいかなくては。

こんなこと、大学院に行かなかったら絶対やっていなかっただろうなぁ~。

そういう意味では、大学院は学べます。刺激的っす。

March 16, 2008

「世阿弥・能・禅:俳優のマインド」

オークランド大学院の教授のお手伝いで「世阿弥・能・禅:俳優のマインド」というテーマで、
半年のリサーチをすることになった。

わたしの研究分野は「インプロヴィゼーション」。
ずいぶんとかけ離れている分野のように思えるかもしれない。

んが、じつは、たくさんの共通性を見つけることができる。

だから、このリサーチは私の研究にもとても役立つのである。

今回はリサーチしたことは、すべて英語でまとめなくてはならない。
ぐふぅ~、これはきっと簡単ではないだろうなぁ~。。。
わたしの英語力で太刀打ちできるだろうか?

「いや、やるっきゃない!」

もう、進むべき道は、はっきり見えているんだから。

それにしても、大学のときあんなに退屈で嫌いだと思っていた「能楽」。
最近は、「うっひょ~、面白い~!」と感じる。
自分の「好み」って、こんなにも変わるものなのねぇ~。

まぁ、「嫌いなもの」が増えるより、「好きなもの」が増えるほうがいいとは思うけれども。

August 13, 2006

「これからの教師にとって、どのような資質が必要か」

「これからの教師にとって、どのような資質が必要か」というシンポジュームを聞いた。

パネリストは現役の校長先生や教育に関わっている先生方だった。そして、5人中3人が開口一番、「今の若者はコミュニケーション能力が欠けている」と発言した。

そして、「あいさつができていない」とか、「自分を表現できていない」とか、「モチベーションが低い」とか、ちまたに転がっているような発言がゴロゴロでてきた。

「どのような資質が必要か」というタイトルは、「現在、教師には足りないところがある」ということを暗黙のうちにあらわしている。

だからかもしれないが、「○○ができていない」「○○が悪い」という、現代の若者(これから教師になりたい人たち)を否定する発言ばかりだった。

世の中には、「今どきの若いものは。。。」と自分を棚にあげて、新しいものすべてを一刀両断に否定する年寄りがいる。こういう年寄りは聞く耳をもたず、理屈をこねくりましわして、ねちねちと若者をいじめるのだ。自分の先入観を価値観と勘違いしている。

パネリストの先生方の発言を聞いていたら、パネリストの先生がたが新米の若い先生たちを校長室でいじめている風景が浮かんできた。

きっとそうじゃないことを祈る。。。

最後に質疑応答があって、学生から、「コミュニケーション能力が欠けているとおっしゃいましたが、いったいコミュニケーション能力とは何でしょうか?そしてわたしたちはどうやってそれを身につけたらよいのでしょうか?」という質問があった。

そこで、決定的に、先生方のお里が知れた。

なんと、この質問にまともに答えられたのは、たった一人だった。

いちばん憤慨して「若いものはコミュニケーション能力が足りない!」と言っていた先生は、ものすごくあせって、あせって、あいまいな薄ら笑いを浮かべて、「いやぁ~、実際、コミュニケーションというのは何なんでしょうねぇ~。わたしも分からないなぁ~。実際、わたしができているかというとそうでもないかもしれない、、かもしれない。。」と答えた。

びっくりした。

そして分かった。

「これからの教師にとって、どのような資質が必要か」。

これは暗に、「今の教師には欠けているものがある。」ということを現している。

そして、そのベストサンプルが、舞台上に並んでいたのだ。

(こんなこと発言したら、誰かに殺されちゃうかもしれないけど、面白いシンポジュームってホントに少ないなぁ~。。。)

August 10, 2006

磨かれているのか、いじめられているのか?

ただいま大学で勉強しているので、さまざまな先生の授業を受ける。

自分がワークショップをリードする仕事をしていることもあり、「教える」ということについて、とても興味があるわたしはここで勉強できることをとても嬉しく思っている。

そして大学の先生たちは、と~っても個性豊かだ。ビジネスマンにはない破天荒さをもっている方が多い。研究者とはこういうものなのだろうか。それとも生徒の前だからなのだろうか、言いたい放題、攻めたい放題である。

たとえば「教育の原理」という授業で「文化資本」の問題を扱った。子どもの学力がどのくらい発達するかには、子どもの「文化資本」というものが大きく影響する。「文化資本」というのは、簡単に言うと、その子どもが育っている環境や文化という資質であり、その違いが子どもたちの「学習理解度」や「学習態度」に大きく差をつける。

たとえば、親が芸術鑑賞が好きで、子どもを連れて出かけたり、親が本をよむ習慣があると、子どもの文化資本は「芸術鑑賞」や「読書」について豊かである。反面、親がテレビしか見ないで、読書の習慣がなく、不規則な生活をしていると、子どもの文化資本に「芸術鑑賞」や「読書」はなく、代わりに「テレビ」や「不規則な生活」が、その子どもの文化資本になる。

さてその授業中、先生がスクリーンに、ミレーの「落穂ひろい」の映像を映した。そして、「この絵を美しいと思う子どもの文化資本はなにか?」とわたしたちに質問した。わたしは、「親が芸術的なことに興味・理解があることです」と言った。すると先生は、畳み掛けるようにわたしにこう質問する。「芸術的ってなに?」。「じゃあ、興味・関心ってどういうこと?」と。

しどろもどろで答えると、それよりも格段に普遍的な質問を浴びせられる。

わたしはアップアップ!

(「そんなにしつこく聞くなよぉ~!」と最後はふて腐れてごまかしたけど。。(^^;))

***************


さて、このように学問とは「疑う」ことから始まる。
それを生業としている大学の先生たちは、なんにでも「それはいったいどういうことなのだろうか?」と疑う。生徒のどんな発言にでも、「それはそうだろうか?」と疑問をぶつけてくる。そしてわたしたちを思考の袋小路に落としこむ。

なんと抜き差しならない人種なのだろう~!

そして袋小路に追い詰めて、先入観をブシブシ壊されるのだ。

ブシブシ。

そう。

学問に「思い込み」は厳禁。「これが正しい」と思ったら大間違い。それは間違っているかもしれない。他の考え方もあるかもしれない。

「学習」とは、それを学んだことでその人間が変化すること。

そういう意味で、学習って自分磨きのツールになりうると思う。

わたし、いつかは、ピカピカになれるかなぁ~(^^;)。。。


December 25, 2005

アオテアランギ

テストが終了しましたぁ~!

ノートを持ち込むことができたので、精神的に非常に「楽」なテストでございました。。。

そして今日はクリスマス。

ニュージーランドからうちのダンナが来日しているので、
恵比寿にある「アオテアランギ」というニュージーランド料理のお店に行きました。

久々にニュージーランド・ワインを飲んで、リラックスした夜でした。

そこで有名な写真家のK.Sさんを見かけましたよ。

わたしは興奮していたけど、うちのダンナは「ふぅ~ん」だって。

日本の有名人も、うちのダンナにかかっては、「変わった髪形をしている、ただのおじさん」だったみたいです。

(苦笑)。。

December 24, 2005

根性論じゃない「学び」を

スクーリングの真っ最中!

ねらいどおり「教師論」は、ワークショップ・リーダーにとても関係ある学問です。

どうやってワークショップを組み立てるか、指導者はどうあるべきか。

「とにかくがんばれ!」というど根性論じゃなくて、理論的に「学び」を深めるためのこと。

それらを、いろいろと学んでいます。

これは、まとめて近日中に発表したいなと思ってます。

May 23, 2005

一石二鳥の英語クラス

いよいよ大学の勉強が始まった。
通信大学からダンボールにいっぱいの教科書が送られてきた。
これから論文やレポートを山のように書かなくてはならない。

わたしはず~っとまえに、(中退したけど)大学で卒業論文を書いて、なんとかすれすれ最低ライン(苦笑)だったけど合格した。でもそのときは論文の書き方を、ぜ~んぜん分かっていなかった。
今考えるとひどいものでした(苦笑)。

この分からんちんのわたしが、ちょっとサルに進化したきっかけは、数年前に、ニュージーランドの語学学校で「アカデミック・イングリッシュ」というコースに半年行ったこと。
そもそもは英語を勉強するためだったんだけど、このコースは偶然にも大学に行く学生のための準備コースだった。

英語を勉強するのはもちろんだけど、同時に英語を使って、大学での論文の書き方を学ぶ。
たくさん英語で文章書いたし、構成づくりや引用のルールなど徹底的にやらされた。
最後の論文では、尊厳死についてのレポートを書いた。
このコース、大変だったけど、すんご~く鍛えられた。

ということを、そのときには気がつかなかったけど、今わかる。
このときの経験が、いかに大切だったかを。

今、わたしは論文がどういうものであって、どういうことを書けばいいのか、どんな本をどう読んだらいいのか、どう考えたらいいのか。ということが地図を眺めるようによく分かる。

英語を勉強するために行ったけど、一石二鳥だった。

日本の留学したい学生さん、こういう語学学校のコースに行くといいですよ。

April 29, 2005

大学にカムバ~ック!

晴れて、カムバック。

今年から玉川大学教育学部で、通信学生として勉強することになりました。

42歳の大学生!

理由は、3つ。

1)大学を卒業して、大学院の資格をいかして、もっと勉強して、インプロ学をつくりたい。

2)教育学・心理学・哲学について勉強したい。

3)勉強することで、インプロをもっと深めたい。

以上、ステイタス欲、勉強欲、興味の赴くままに生きたい欲などに突き動かされて。

ああ、なんてわたしは欲望のかたまりなんだぁ~~~。。(苦笑)

最短2年で卒業できるんだけど、今年は駆け込み寺のように忙しいので、できる範囲で勉強。
来年ごっそり単位がとれるといいなぁ~と期待度100%。

いったいどうなることやら、これは別にブログを立ち上げて、日記をつけようかなぁ~と思ってます。

「通信大学卒業への道」とかのタイトルで。

October 18, 2004

本当にそうなりたかったら、そうなるように行動しているはず。

友人の息子さんが神戸からやって来た。数ヶ月ニュージーランドに滞在して、英語の勉強をするためだ。
うちに他人が長期で泊まるのは、これが初めての経験。緊張しないで生活できたらいいな、お互いに。

学校を決めるために、ワークングホリデー・センターに行って、学校を紹介してもらう。なんとオークランドだけで70もの語学学校があるらしい。それぞれの学校には特徴がある。だから「自分がどうしたか」がはっきりしていないと、なかなか学校を選ぶことができない。「え~っと、どこでもいいです」「え~っと期間は決めていません」じゃすまされない。日本の大学のように、あらかじめつけられた「ブランドイメージ」に頼ることができないから、自分の目でいい学校かそうじゃないかを見定めなくてはならない。だから「なんとなく、外国で生活してみたかった」ぐらいの気持ちだと、学校を選ぶことも難しいだろうなぁ~。

つまり、どのくらい真剣に勉強する姿勢があるかーこれによって、英語が上手くなるかどうかは決定する。今英語がしゃべれなくても、本当にしゃべれるようになりたいと思っている人なら成長は早い。反面、ちょっと英語がしゃべれても、別にしゃべらなくてもいいとなると、成長は止まってしまう。

「できたら日本人の少ない学校に入りたい」
これは日本人語学留学生の誰もが思うことかもしれない。ただ残念なことに、英語を習いたいネイティブはいない。英語学校の生徒はみな「英語が得意でないから、得意になりたい人たち」だ。だから「すでに英語ができる人たち」はいない。だから生徒のほとんどはアジア人(日本、中国、韓国、タイ、インドなど)。たまにヨーロッパ人もいるけど、少数派であることは間違いない。考えてみれば、クラスに日本人がいようといかなろうと、本当に英語を勉強しようと思えば、関係ないことなのだ。日本人とも英語でしゃべればいいのだから。

本当にしゃべれるようになりたかったら、なんとかしてでも勉強する。

「英語をしゃべれるようになりたい」と会うたびに言う人がいる。でも「今しゃべれない自分」を検証してみたらいかがだろう。「わたしは本当にしゃべれるようになりたいと思っているのだろうか?」と。

「みんなが(みんなって誰だ?!)、英語がしゃべれるといいと言うから」という漠然とした理由で、漠然とそう思っているだけなのではないだろうか?

いっこうにしゃべれるようになれない人の中には、「しゃべれるようになれない」んじゃなくて、「しゃべれるように”ならない”」行動をしている人が多い。

これはどの世界でも同じだけれど。