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November 16, 2007

鼻水に布。

風邪をひいたかな?

なぜか鼻水が止まらず、気がつくと「つ~」と鼻水がたれてくる。

さっき鼻をかんだのに、また「つ~」。

(スミマセン、汚い話で、、、(苦笑))。

さて、あなたは鼻水が出たとき、「何」で鼻をかみますか?

ティッシュペーパーを使う方がほとんどなんじゃないかしら。

さて、人によっては、「ハンカチ」で鼻をかみます。
わたしの義理の父や、ヨーロッパ人の友達は「ハンカチ」で鼻をかみます。
そしてかみ終わったらそれをポケットにしまって、また鼻が出たとき、同じハンカチで鼻をかみます。
「それって衛生上、ど~なんでしょ~?あまり綺麗なマナーじゃないように思えるがなぁ~」と密かに思っていました。

でも、あまりにも鼻水が止まらないキヌガワは、 ティッシュで鼻をかみ続けて、鼻の下がヒリヒリと痛くなってきました。鼻の下は赤くなってきて、皮がむけてきたりして。

そこで、身近にある「ハンカチ」で鼻をかんでみました。

ハンカチで鼻をかむと、あ~らびっくり!
そんなに痛くなりませぬ。
ソフトタッチで鼻にやさしい~。

ついでにタオルでも試してみました。
あ~らあら。
鼻がつまって苦しいときも、タオルを口にあてることで呼吸が楽になる!
癖になるやらわらかさ!
なのです!

ただ気になるのは、鼻をかんだときに、その前にかんだ鼻水が残っていること。(スミマセン、再び汚い話で、、(苦笑))。でもね、意外にこれが気にならないのです。意外に乾いている。(スミマセン、再三汚い話で、、(苦笑))。

ということで、わたしは最近「ハンカチ」や「タオル」など、布類で鼻をかんでおります。

とても快適です。

余談ですが、忘れちゃならないのは、鼻をかむのは、自分専用の「布類」に限ること。
くれぐれも自分の恋人や夫の「布類」で鼻をかまないように。

まっすぐに嫌がられます。。。。

(苦笑)。。。

October 07, 2007

オールブラックスに悪夢、フランスに奇跡。

ニュージーランド中が、悲しみにつつまれています。

だって、オールブラックス(ラグビー)がフランスに負けてしまったんですものぉ~!!!

20対18.

しかも、前半は13対3で勝っていたのに。。。。(激涙!)

これで決勝戦に行くチャンスが無くなりました。。。(脱力。。。)

オールブラックスはニュージーランドの希望・強さ・未来の象徴です。だから彼らが負けるということは国を挙げての大事件なのです。

それにしても、フランスは今ごろ「浮かれ気分」でしょうね!

あの強敵オールブラックスに勝ったんですもの。。。

そういう意味では、「ニュージーランドがフランスに、希望・強さ・未来を与えた。」ってことにもなりますか。。。。

、、、、、。

まぁ、負け犬の遠吠えに聞こえるかもしれませんがね。。。。。

、、、、、、、、。

、、、、、、、、、、、。

あ~あ、それにしても、残念!


July 18, 2007

歯茎を切る。

「歯の治療は全身麻酔でやってほしい~!」

歯医者さんに行くたびに、そう思います。

どんなちょっとした治療でも、「いつ痛みがやってくるか」と思うと怖くて怖くて。

今日は恐ろしい事態になりました。

だって先生がこう言ったんです。「歯茎を切り取りましょう~」って。

「は、は、はぐき、を、き、き、きりとる。ん。です~か。ぁ~。!!!」

「うん。でも大丈夫。麻酔するから。チクッツ(麻酔注入!)」

でも、この麻酔も痛いよ~。

麻酔をするための麻酔をして欲しい。

やっぱり全身麻酔で気絶してたい。(苦笑)。。

*****

治療が終わってから、先生にお願いしてみました。

「先生、それにしても、歯茎を切るってすごいですね~。」

「そ~お~?」

「先生、全身麻酔でやってくださいよぉ~。」

「大げさだなぁ~、死に至るわけじゃないんだから。。。」

「だって怖いですよぉ~。」

「はははは。」

先生があまりに能天気なので、こんなことも振ってみた。

「先生、歯茎を切る感じで、わたしのお腹の脂肪も切り取ってくださいよぉ~。この辺り(つまんで見せる)」。

「(苦笑)。。。そ~だなぁ~、それはなぁ~。金がかかるよ。保険きかないよ。(苦笑)」

う~ん、そうかぁ~。

お腹の脂肪も、できたら保険内ですませたいなぁ~。

いずれにしても、手術は全身麻酔でお願いしたいけどね。(苦笑)。

May 10, 2007

こっそり言うと、ここでは「何を書かないか」ということが、裏テーマになっています。

ある本の中に、日本で出版されている「インプロ」本についての批判があって、ちょっと凹んだ。

このことに関しては、山のように言いたいことがあるんですが、同じ穴のムジナになりたくないので、ここではじっと耐えましょう。

新しいものや価値が社会に入っていくとき、その新しいものの全体がちゃんと理解されるなんてことはほとんどなくて、そのもの自体の「かけら」や「端っこ」が、まるでそのもの全体であるかのように伝えられてしまうことはよくあります。本当は正しいことを知ってほしいけど、そうじゃないことが「正しいこと」として伝わってしまうことは、この世の中にはよくあるのです。

「ニセ科学」という言葉があります。
「ニセ科学」とは、科学のように見えるけど、科学的じゃないことで、これらは科学的な根拠が全く無いのに、そうだと一般に信じられていること。たとえば「血液型性格判断」とか、「マイナスイオン」とか「水が言葉によって形を変える現象」だったりするそうです。それが教育現場にも「正しいこと」として流れていっていることがちょっとした問題になっています。

実はわたしは(科学者さんたちには怒られそうですが)、「血液型性格判断」が大好きです。その類の本もよく買います。これは人生の大きな位置をしめているわけではないですが、ちょっとした「娯楽」として楽しんでいます。このレベルならば罪はないのでしょうが、それでもしかし、科学者としては、「正しくないこと」が「正しいこと」として一般化されてしまうことは、とても残念なことなのでしょう。(この問題に関してはたくさんの著書が出版されているので、興味のある方は読んでみてください)。

そして、この悔しさを解消するためには、著者側は、「自分が正しいと思うこと」を届けるための行動をしていくしかないのです。(それに対して、誰かが「それは違う」って異論するかもしれませんが。)

そしてこれらは出版社の「モラル」や、本を買うほうの知識レベルもあると思うんだけれど、そこまで言ってしまうともうどうしょうもないですね。(敗北感ばかりを感じます)。。。

つまり、読者のチョイスは誰にもコントロールすることはできないことを肝に銘じることです。
正しい本が売れるかというと、そうではない。俗悪な本ほど売れたりします。これは読者が望んでいることだからでしょう。これは当然のことです。

sれらを前提として、ちょっと愚痴らせていただくとすれば、

できれば「正しい情報」がバランス良く伝わるといいなと思います。
本を書く人は、できたら正確な情報を伝えて欲しいな。ちゃんと調べて、正攻法で。読者の方々は、そういう情報の危険性を知って欲しいな。本に書かれていることがすべて正しいと思って鵜呑みにしないで欲しいなと。
(だから、この文章だって疑うべきなんです。。。デカルト??)

さて、気を取り直して、『編集者という病い』見城徹著(大田出版)を読みました。
こちらは「アカデミック」と対極な、個人的な想いによって書かれたものです。同じプロフェッショナルになるならば、どうせなら、こちらの態度を見習いたいな。

内容的には何度も同じ文章が掲載されていて、いかがなものかと思いましたが、著者の生き様はすごく面白いし素敵だと思いました。

アカデミックを盾にして「正しさ」を掲げた本と、リアルや本音を盾にして「真実」を追求した姿。

一日に読んだ対極的な2冊は、これからのわたしの行動に、かなりの変化をもたらしてくれると思います。
そういう意味では、凹んだことも、わたしを凹ませた本も、わたしにとって価値ある(勝ちある)ものだと言えましょう。

すべてに価値はあるんですね、きっと。(「科学」にも「ニセ科学」にもね)。

August 30, 2006

「すごい人」は違う意味で「すごい人」だった。

うひょ~、まだ頭痛が続いてます。

しつこいなぁ~(^^;)。

先週やったワークショップのことを書きたいんだけど、頭がガンガンするので、落ち着いたらまとめて書きます。

*******

こんなに頭がガンガンしていたのに、あるお世話になっている人から、「ユリちゃんに興味をもっているビジネス・コンサルタントの人がいるのよ。その人はアメリカの有名企業から何億ものお金を売り上げた人で、すごい人で。。。」というお誘いがあり、その「すごい人」に会ってみました。

いやぁ~、「すごい」といっても、わたしにとっては「違う意味」で「すごい」人でした。

何億というビジネスをしているこの男性は、インプロはもちろんのこと、演劇のこと、小さいビジネスのこと、企業研修やコーチングやコミュニケーション・ワークショップのこと、教育のこと、福祉のことなど、わたしが関わっている分野について、ぜ~んぜん知識をもっていないし、興味もないみたい。

まず、その時点で、「いったいわたしはここに何しに来たんだ?」という気持ち。
なので、紹介してくれた人に、「この会っていったい、どういう主旨だったんでしたっけ?」と直撃。

そして、いつもと変わらぬ絹川の態度を見て、その「すごい人」は、「いやぁ~新鮮だなぁ~。こういう人もまだいるんだなぁ~。ざっくばらんだなぁ~。普通の人は固いもんねぇ~」と言った。しかし、これは心から出た言葉ではないことがすぐに分かった。だって目が笑ってないもの。あきらかに「なに、この生意気なオンナ」。というコンテキストが丸見え。

インプロワークスのリーフレットを見て、「へぇ~、これって結局、お遊びしているみたいなものなの?」と私に聞いてきた。わたしがどんなに激怒したか、みなさんは想像がつきますか?

わたしは、「あなたのような人には、別にお話しすることはありません。」と言って、部屋を出て行きたかった。すぐに帰りたかった。でも紹介してくれた人は目の前でヒヤヒヤした顔をしていたので、ぐっとこらえたのです。

そして、わたしはこう言いました。「わたしはこれ以上、自分のビジネスを拡大する気持ちはありません。このままでいいと思っています。」(つまり、これ以上、お話しすることはありません。というコンテキストを伝えるためのセリフ)

しかし、彼から何倍もの「アドバイス」が帰ってきました。(以下はその中のいくつか)

*****************

1)君、お客様の声をHPに出してる?出してないの?出してないなら、ビデオに撮らせてもらってHPに載せたほうがいいよ。こういうビジネスは口コミが大事だから。(→うちはほとんどがすでに口こみです!)

2)歩くエクササイズで有名になった、なんとかサライエという人のことをえんえん話、「彼は自分で働かないで、弟子にやらせてお金を吸い上げているんだ。だから、君もそういう風にするといいよ。」だと。

3)コーチングへの批判(誰かから又聞きした噂を鵜呑みにして、話を展開。まったく根拠なし)。そして、君はそういう人たちとは付き合わないほうがいいよ。

4)今、年間なんかいワークショップやっている?一人いくらとってる?(計算して)じゃあ、年収はこのくらいになるはず。で、いくらぐらいもらっているの?え、それしかもらっていないの?だめじゃないの。だったら自分で経営して、自分の利益にしたほうがいいよ。

*********

も~まるで、「いらないおせっかい」です。

むかついて、むかついて、「むかついてます」と顔に書いておいたのですが、本人はまったく気がついていないようでした。だいたい、わたしの意見は聞いてない。一方的に話すだけ。「無神経」。

だいたい、初めて会う人(相手が自分よりあきらかに収入の少ない、ビジネスの無頓着なオンナでも)をこ馬鹿にするような態度をとるなんて、その時点で、「すごい人」失格です。

本当は、ここでご本人のお名前やサイトを暴露して、「この人には気をつけろ!」的なことをしてやりたい気持ちではありますが、そんなことしてもなんの幸せもやってこないので、辞めておきます。

また、こういう人に、「お願いします!」って頭さげて、すがりついて指導を仰ぐ人たちもいるんだろうなぁ~。
馬鹿にされながらも。。。。。
以前、社会貢献のアイデアについてプレゼンしたときがあって、そのときのパテーティでもこういう人がたくさんいました。「僕はたくさんコネクションをもっているから、紹介してあげるよ。名刺をちょうだい。」「僕が会員になっている会があって、そこにはたくさんのお金持ちがいるから、今度来てみれば。紹介してあげるよ。」とか。

そして、そういう人たちにぺこぺこして、「お願いします!」とすがりつくようにくっつき、コネクションをつくろうとしている人たちをたくさん見てきた。

わたしはそうやって、虎の威を借る狐のような人は、どうしても信用できない。
だから、そういう人にぺこぺこしてまで仕事やコネクションが欲しいとは思えない。
そんなことまでして、お金持ちになりたいなんて、これっぽっちも思わない!

(だから、このような自転車操業なのだけれど、、、(^^;))

************

それでもね、わたしは帰るときに、「お時間ありがとうございました。」って頭さげたのよ!

我ながら偉いと思いましたわ。

そして、紹介してくださった方にメールをしました。

「貴重な体験をさせてくださって、ありがとうございました。でも、もう二度と、こういうことにわたしを紹介しないでください。二度と、こういう類の人たちには会いたくありません」と。。。

******

「だからダメなんだ。」と世界中の人が思ったとしても、「わたしはそうは思わない。」と堂々と言える。

そんな体験でした。

(頭痛で、頭がガンガンだったのにぃ~。もっと具合が悪くなったですわぁ~。。。)

苦笑。


May 01, 2006

なんだか不当に扱われているような。。。

今まではそんなに気にならなかったのだけれど、最近、不当な態度をされると、すぐに激怒してしまう。

たとえば、駅で待ち合わせしていて、「すみません、3番出口で待っていてください」と言われる。
こちらはでかいスーツケースを引きずっている。3番出口までに徒歩10分。そして目の前には、バビロンの塔のように長い階段がそびえる。わたしは愕然とする。そして決心をしてあまりの重さに口をへの字に曲げながら、スーツケースを引っ張り上げる。そこに涼しい顔をした主催者が立っている。「いやぁ~すみません、ここのほうが車がつけやすいので、、、。」

たとえば、喫茶店で待ち合わせする。事前に、「じゃあ1階で」とお願いする。荷物が多いからだ。
当日、待ち合わせの10分前に、「2階で待っています」というメールが届く。「どうして2階にしたの、1階のほうがありがたかったのに。。」と言うと、「いやぁ~、2階のほうが好きだから。。」と言われる。

たとえば、久々に会った生徒さんに「ユリさん日焼けしましたね」と言われる。
わたしは日焼けしているの(ニュージーランドに住んでいるから)をとても気にしているので、「いや、そんなことないよ。」とすばやく言う。「早くこの話題、終わってほしい!」と一心に願って顔に出す。しかしその気持ちに反して、その生徒さんから「なに、ユリさん、そんなに否定して!いやいや、日焼けしている!ユリさん、絶対日焼けしている!」と何度も何度も言われる。

たとえば、あるワークショップ主催者側からこういうメールをもらったことがある。「ユリさん、交通費がもったいないので、タクシーは使わないでください。」

たとえば、ワークショップの前日になって、「ユリさん、忘れてました。明日のワークショップの参加者なんですけど、予定の2倍になっています!」と言われる。

昔はこの逆があった。当日になってこう言われた。
「ユリさん、忘れてました。今日のワークショップの参加者なんですけど、2人です。」(予定12人)。。。(苦笑)

********************

どうしたのだろうか?

わたしが怒りっぽくなったのだろうか?

なぜか不当な扱いを受けているように思われてならないのだが、これはわたしの間違いだろうか?

それとも、わたしは自分の知らない間に「高飛車」な人間になってしまい、相手からされるささいなことに腹を立てているのだろうか???

たまに感じる。「もう少し、わたしを大事に扱ってくれてもいいんじゃないの?」って。

とくに旅をしているときは、自分の荷物だけではなく、販売用の本やTシャツや、ワークショップで使うものも持ち歩いているので、どうしてもスーツケーツが重くなってしまう。移動だけでもシンドイ。それに加えて連日の仕事。
体調を崩しているときは、さらに具体的にきつい。(このときは、過労で無くなった如月小春さんを思い出した)。

「自分で自分を守らなくてはならぬ。」

それはある意味「ノー」と言うことでもある。

インプロでは「イエス・アンド」だが、「ノー」と言うことも、わたしは悪いとは思わない。
だって、そうしないと、自分が傷つき疲れてしまうから。
代理がきかない、わたししかできない仕事へのエネルギーをそがれてしまうから。
大事な本番に力を出せなくなってしまうから。

それがある意味「高飛車」と思われてしまうのなら、それは仕方ないかもしれないと思う。

その分、相手にはちゃんと感謝の気持ちを表していこう。
そうしたい気持ちを、ちゃんと目に見える形で表現していこう。

この両方のバランスがとれていれば、人間として、なんとか相手に失礼のないように生きていけるのではと思うのだが、、、。


January 03, 2005

バカバカしいので、これっきりね。

「ユリさん、ユリさんのワークショップを受けたことをある人に言ったら、“ああ、あなたはユリ派なのね”って言われましたよぉ~」。。。

のほほんとした顔の姫ちゃんが言った。どうやら、この世には“ユリ派”と呼ばれるものがあって、なんとわたしが“派閥の大将”になっているらしい。いやぁ~びっくりしましたぁ~。。。というか、正直に言うと、ちょっと「アハハハ」というか「トホホホ」な気持ちになりました。

わたしがワークショップを始める前のこと。だんだん流行になりつつあった表現ワークショップに派閥があって、「○○先生派」と「××先生派」の生徒たちが対立しているらしいと聞いたことがあります。そのとき、「なんてバカバカしいんだろう。なんてバランスの悪い考え方なんだろう」と思いまいた。また劇団などでも派閥争いのために、グループが分裂することがあるし、演劇界だけじゃなくて、政治の世界だって、お茶やお花の世界にだって派閥があります(この場合は流派というけど)。

そして。
いやぁ~ついにやってきました、インプロ界にも“派閥”が!

バカバカしい。。。。(苦笑)

わたしは一度も自分から、「わたしはユリ派よ。あなたもユリ派に入らない?」な~んて言ったためしがないし、他のインプロのグループの人たちに対しても、「あなたは○○派の人ね」な~んていう目で見たこと、一度もない。いったい誰が、そういうこと言ってるのか~???

それにしても笑える。
自転車操業、キヌガワが裸一貫(?)で活動しているインプロワークスでっせ。派閥もなにも、人がいない! スタッフは制作メンバーのみ。ワークショップは単発だし、おなじみさんはいても、むしろ「みなさん、もっといろんな人のワークショップを受けたほうがいいですよ」と薦めることのほうが多いのに。「即興を遊ぼう会」も「ワークショップ・リーダー勉強会」もわたしが牛耳っている会じゃなくて、みんなが自主的に活動しているだけ。キヌガワは「集団行動のできない女」なので、とにかく「集団行動しなくてはならなくなる所帯」は作らないようにしてきた。それなのに、“ユリ派”かぁ~~~。へ~~~。(妙に関心してしまふ)。。。

それにしても、ワークショップというものは、そもそも参加実践型の勉強方法のこと。それ自体が組織になるのは変だし、仲間が固定化してしまうと、マンネリになるし、成長がストップする。これではワークショップの本来の目的とは離れてしまう。だから、ワークショップ同士で派閥をつくるのなんてナンセンス。

そんなこんなで。

わたしはけっこう人から悪口を言われたり、言われるような種を自分から蒔いてしまうような、馬鹿なところがあるので、陰口を言われても「な~んかねっ」。と思って忘れてしまうことができるのですが、わたしのワークショップを受けた人たちが、いわれもない決め付けによって、不快な思いをされているとしたら、それはとても悲しいこと。

だから言いましょう。

「インプロワークスは“ユリ派”の人たちが集まっている場なんだ」。と思っている方、どうぞ、それは“勘違い”です。わたしのワークショップを受けている人たち、また受けた人たちは、“ユリ派”なんかじゃありません。たまたまユリのワークショップを受けてくださっただけであり(これはわたしにとって嬉しい出会いですし、できる限りの提供をしています)、その人たちがどのワークショップを受けようと、その人たちの自由です。

またキヌガワとしては、派閥づくりというより、むしろ反対のこと(それぞれが、いち個人として活き活きできる場所づくり)をしたいと思ってます。

勘違いしているみなさん、どうぞご理解を!

それにしても、こういう弁明は、これっきりにしたいものですわん。