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April 10, 2010

「創造力を養う教育」を!

「こうなるといいな」

「ああなるといいな」

「もし、こうなったら、どうなるだろ?」

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そんなことに思いをめぐらすことで、人間はここまで文明を発展させてきました。

これは「創造力」のなせる業でございます。

つまり人間が、ここまで楽な生活ができるようになってきたのも、長生きできるようになったのも、遠くへ早く行けるようになったのも、すべて「創造力」のおかげなのです。

そう考えると、「創造力を養う教育」がもう少し大事にされてもいいんじゃないかしら。

現在の教育では、「創造力」はまったく「無力」として扱われているみたい。もしかしたら、「創造力」が無い人たちが教育を考えているから、「創造力」にフォーカスが当たらないのかしら。なんて、いじわるに「創造力」を働かせたくもなります。

さらに、付け加えるならば、「演劇」が「創造力を養う教育」にはものすごく適していることに、世の中がもっと注目してもいいんじゃないかな。

一般的に「演劇」=「人に見せるもの」と考えられがちですが、それだけではなく、「創造力を育む教育」のための「演劇」があるのです。ドラマ教育の先駆者イギリスのブライアン・ウエイは、エンターテイメントとエデュケーションという対象の違う「演劇」について、きちんと区別しています。観客に見せるお芝居は、シアター。人間が成長するために手法として演劇をつかうときはドラマ。特に教育のために演劇の手法を使うことに関して、「エデュケーション・ドラマ」となずけています。

エデュケーション・ドラマは、「創造性を育む」のに適しています。

「人前できちんと話せるようになる。」とか「覚えたせりふを、人前で間違わないで言えるようになる。」とか、そんな「体裁」の良し悪し(だけ)ではなく、人生の可能性を信じて生きることのできる力をはぐくむことができます。

そういうところに注目した教育が、本当に今、必要なのです。

「創造力を育む教育」が、日本の学校教育の中に少しでも取り入れられるためにはどうしたらいいか。

それを、創造力を駆使して、考えています。

(だれか、いいアイデアがあったら教えてくださいませ!)

September 25, 2005

教育は腹八分目(?)

芝居の稽古で朝が早いので、デイリーキヌガワが「ときどきキヌガワ」になっとります(苦笑)。。。

ニュージーランドは英語圏なので、先生に対しても「YOU」とか「スチュワート」と呼びかけます。
「先生」じゃないんですね。

これって些細なことだけど、言葉の違いが、関係性をすんご~く変えるなぁ~と思います。

相手をどう呼ぶか。相手からどう呼ばれるか。

「先生、これどうしたらいいですか?」と「スチュワート、これどうしたらいいですか?」の違い。


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今回のお芝居の演出家はスチュワートという教授なんだけど、日本の演出家とはとても違う振る舞い。
どんなことにも相談にのってくれるし、役者を怒鳴ることはない。手伝う。
役者に「お茶入れるけど、欲しい人いる?」って聞く。

逆に言えば、「役者に甘い」。
物分りのいい役者は自分で鍛錬するけど、そうじゃない役者は「甘やかされる」。
そして「甘やかされる」のに慣れてしまう。

楽しいのは大事だし、クリエイティブなこころは子どもみたいなものだから、傷つきやすいし繊細だから、無謀な非難は、その成長を妨げてしまう。

日本の大人の多くがクリエイティヴィティを無くしているのは、子どものころから受けている無謀な非難だと思う。

しかしその反対に、ニュージーランドでは「甘やかされて育った」人たちがたくさんいて、それはそれで成長できなくて(あとで)苦しむことになる。。。。

教育は、このどちらに傾きすぎてもよくない。

中庸(ちゅうよう)を行くことが大事だ。

食いしん坊のキヌガワがこれを例えてみるならば、「腹八分目」とでも言おうか。

いずれにせよ、健康にいいことは間違いない。(苦笑)。